* 痛い話 *


薫が泣いている。
声を殺して肩を震わせ、そんな様を剣心に見られない様に顔を背けて泣いている。

それを見て剣心は泣きそうになった。
代われる物なら拙者が代わってあげたいと切に思っても、そんな事が不可能なのは良く分かっている。
しかし、喉の奥で声を堪える様を眼前にしてしまうとどうにもこうにも落ち着かなくい。
「もう、止めるでござるか?」
そっと背後から声を掛けると薫は辛そうに首を振った。
確かにこんな処で止めても結局の処何にもならないのは二人とも承知の事、只の気休めにしかならない。
剣心は意を決して目の前のほっそりとした肩をぐっと掴みそのまま力を掛けた。
「い、いぃ・・・いたーーーーーいぃっっ!!!」
薫が悲痛な叫びを上げた。

そもそもの原因は薫が人助けをした事だった。
人通りに多い往来で気分が悪くて座り込んでしまった老女を家までおぶって送っていってあげたのだが、その時無理な姿勢で長時間動いた為肩から背中に掛けて筋違えを起こしてしまったらしいのだ。
当日はそれでも騙し騙し稽古など普段通りにやっていた薫だったが、一夜明けた今日は歩く事もままならぬ程痛みが悪化していたという訳であった。
剣心は先程から薫の肩の痛みを少しでも和らげる為マッサージをしているのだが、それさえも痛むらしく間断無く悲鳴を上げる薫に打つ手無しという状態であった。

「薫殿。少し休むでござるか?熱いお茶を入れるでござるよ。」
「うん。」
弱々しい声で薫が返事をする。
くったりと横たわった姿が萎れてしまった百合の花を連想させて、剣心は心底悲しい気分になった。
薫殿が苦しんでいるというのに拙者は何も出来ないなんて・・・
もどかしい気持ちを持て余して剣心はこっそりと溜め息を吐くと、お茶を入れる為に立ち上がる。
剣心の足音を背後に聞きながら薫は身動きすらままならず、影のくっきりと伸びる庭を仰視した。
こんな日に家の中に篭もる事になるなんて、何て勿体無い事をしてしまったのだろう。
自分の不運を嘆きながら薫は背中の痛みと戦っていた。
「薫殿。ちょっと辛抱するでござるよ。」
声を掛けてから、薫の両脇に手を掛け一息で持ち上げる。
喉の奥で詰まったような呻き声を漏らした薫だがそれも一瞬の事で、上手く座れた事にほっと安堵の息をついた。
「はい。熱いから気を付けるでござるよ?」
優しい声と共に湯飲みが目の前に置かれる。
薫は感謝の気持ちを込めて剣心を見詰めると、そっと手を伸ばした。
「ごめんね、剣心。今日は家事何も出来なくて・・・」
「いいんでござるよ。普段は薫殿がやっているんでござるし、たまには拙者も役に立ちたいでござるよ。」
「たまにはだなんてっ!いっつもやってくれてるんだからそんな言い方しちゃ駄目!」
薫がちょっと怒った様に剣心の台詞を咎める。
嬉しくて剣心が小さく笑みを零すと薫は分かってないと言わんばかりに軽く睨んだ。
鳥の囀りに耳を傾けながら湯飲みの中身を空けると、薫は痛みを堪えながら足を崩して横座りをした。
「もう、どうしよう。このまま明日も痛むようだったら医者に掛かるしかないのかしら?」
「そうでござるな。寝てれば治る類のものなら良いのだが。」
「あぁもぅ!あたしの馬鹿馬鹿!・・・剣心に迷惑掛けちゃってごめんね。」
痛みの所為か心痛の所為か半泣きで薫が謝る。
泣かれる事に慣れていない剣心はそれだけでもう平常心ではいられずにはらはらする。
「いや、気にする必要はないでござる。それよりもう一度筋肉をほぐしてみよう?」
薫は泣き笑いの顔で頷くと、ゆっくりとその場でうつ伏せになる。
剣心は手を貸しながら、「代われるものなら代わりたいでござる。」と小さな声で独り言を言った。
すると聞こえてないと思っていた薫が首を傾け剣心に何か言いたそうに瞳を瞬かせた。
「それは駄目。」
薫は顔を両腕の間に伏せた。
「だって剣心が痛そうにしてたら私が『代われるものなら代わって上げたい』って思うもの。」
くぐもって聞こえる薫の声が優しく剣心の心を揺さぶる。
剣心は手を止めて幸せの余韻に浸ってしまい、薫に不信がられてしまい慌ててマッサージを再開する。
「ちょっとは良くなったでござるか?」
心配そうに眉を寄せる剣心に薫は痛みに顔を顰めながらも首を縦に振る。
「さっきみたいに涙は出なくなった。ありがと。」
「そうでござるか。少しは効いているようで良かったでござる。」
「午前中は痛くて痛くて泣き喚いてたから煩かったでしょ?折角揉んでもらってるのにぎゃーぎゃー叫ぶなんて失礼だよね。」
午前中の自分の状態を思い返して薫がしゅんと項垂れる。
「でも弥彦とか来客が来なくて良かったわ。人様に見せられないもの。」
剣心も内心薫に同感だった。
あんな可愛い泣き顔をあまり人に見て欲しくない。
薫とは別の理由で剣心は誰も神谷邸を来訪しなかった事を神に感謝していた。



剣心のマッサージが効いたのか、はたまた剣心の祈りが効いたのか、翌日薫は無事に全快し剣心をほっとさせたのであった。


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*痛い話*          

まず初めに、この小説の初出は10/29に開催された
るろうに剣心ノーマルカップリングオンリーイベント
【時代遅れの恋人達2000】にて配りました
『連載終了1周年勝手におめでとう企画!』のペーパーです。
もともとWeb上で発表する予定の小説だったのですが、
今回企画を姫川さんから持ち掛けられた時に、
「じゃぁこれを一緒に刷ってねvv」とお願いしました。
イベントに来られた方の中には、インターネットを見れる環境を
持ってない方も当然いらっしゃる訳でその方達にも読んで
貰いたいなぁと榊が思った訳です。
そして当然、イベントに来られていない方達も居る訳で、
今度はそんな方達にも読んで貰いたいが故に、
HPの方にもアップする事にしました。
内容は全く一緒です。
ペーパーの方にも書いたのですが、この『痛い話』は
カップリング小説で『泣く話』と言うのが存在します。
こちらはコナンの新一×蘭なんです。
・・・お気付きになりました?
そう、これは私榊が無謀にも3ジャンルカップリング小説に
挑戦した名残なんです。
『名残』・・・悲しい響きです(笑)
幻の『怒る話』は残ったカップルワンピのゾロ×ナミだったんですが、
どうしてもアイディアが出なくて断念しました。
くぅぅっ、今でも何か悔しいです。
そんな経緯を持つお話ですが、
独立した一個の話としてお楽しみ下さい。