night/knight










「何見てるの?難しい顔して。」

むにっと肩に柔らかなモノが乗っかる。

剥き出しの耳に触れたさらりとしたモノは蘭の長い黒髪で、前述の柔らかなモノは蘭の充分に育った胸だった。

蘭の胸の育ち方を一番喜んでいるのは何を隠そう俺だろう。

間違いない。

「『何』ってこの記事だよ。」

ばさっと広げて蘭にも良く見えるようにしてやると、蘭は俺の背後から俺に覆い被さる様に新聞を覗き込んだ。

「キッドの記事ね。・・・今回刑事さんが一人亡くなってるのよね。」

「あぁ。」

「嫌だなぁ。『仲間割れに巻き込まれた哀れな刑事!』だなんて書いてある。これじゃキッドが殺したみたいな書き方じゃない!」

蘭は怪盗キッドに好意的で、それは世間一般にも当て嵌まる事だった。

義賊、ではないが、何故か盗んではソレを返すという繰り返し。

そして3回に1回程度の割合で、行き掛けの駄賃とばかりに、その宝石に関係する隠されていた悪事を暴いて去って行く。

「怪盗キッドはそんな事しないよね!新一!刑事さん、キッドの手袋握り締めてたんでしょ?キッドは助けようとしたんだよね!」

俺の肩を抱いてバランスを取りながら、蘭が俺の顔を期待を込めて覗き込む。

同意して欲しいのが分かったから、俺はちょっと考えて口を開いた。

「そうは言うけど、蘭?手袋を握り締めていたのは、犯人を捕まえようとした刑事の執念かもしれねーだろ?」

「え?」

まさか反論されるとは思っていなかったのか、蘭が零した声はちょっと間が抜けていた。

俺は蘭を引っ張り寄せて、そのまま膝の上に座らせる。

蘭は不意を突かれた所為で大人しい。

「刑事の執拗な追跡に、ナイトメアはキッドを見捨てて逃げた。キッドは逃げ損ねて刑事に捕まりそうになる。手を掴まれたキッドが死に物狂いで抵抗した結果、刑事は足を踏み外して落ちた。」

「えぇっ?!」

「辻褄合うだろ?」

「合わないっ!」

勢いで蘭が反論して、すぐに黙り込む。

俺の推理を引っ繰り返すだけの証拠が無いのだから、そうなるだろう。

蘭の腰を緩く抱いて、俺はなおも続ける。

「それに何故、今回に限ってキッドはナイトメアと手を組んだ?一匹狼を気取っていたのに何故?」

「・・・それは・・・」

「ナイトメアとキッドは手を組める程ポリシーが似通ってるか?はっきり言って答えは『否』だ。キッドは他の奴らとは違う、異色過ぎる存在なんだぜ。手なんか組める筈が無いんだ。キッドの『ポリシー』を他の奴と組んで貫き通せる訳がねーんだ。」

「・・・新一は、何で手を組んだと思う?」

「組みたくて組んだんじゃない。つまりそういう事だろ?」

「・・・組まなくちゃならないから組んだって事?どうして?」

「弱みでも握られたんだろ。らしくねーよな。・・・がっかりだぜ。」

「それじゃ最初から仲間割れしてるって事になるよね。」

「『仲間』じゃねー。キッドとナイトメアは、今回の事件では主従関係だったと考える方がしっくり来る。逃走経路は全てナイトメアが考えたものだったんだろうし、それに唯々諾々と従ったのがキッドだろう。」

「新一は何故今回の逃走経路がナイトメアが考えたものだって思うの?」

「ナイトメアが過去に関わった盗みでは、例外なく逃走経路はナイトメアが指示したものだと考えられている事からもそうだと言えるが・・・」

俺は言葉を切って、なんとなく躊躇する。

蘭はキッドの味方をしたがるから、なんとなく奴の能力を認めるような発言はしたくねーんだよな。

だが沈黙を守っても結局白状させられるんなら、今言っても一緒だろう。

「今回の逃走経路、完璧じゃねーんだよな。」

「どうして?」

「俺だったら別のルートの方がより確実に逃げられると分析する。キッドもおそらくそう判断するだろう。だから、今回の逃走経路は奴が考えたモノじゃないと思ったんだ。」

「そうなんだ。・・・ねぇ、新一?」

「ん?」

「もし怪盗キッドが考えた逃走経路を使っていたら、警察は結局彼らに追い付く事が出来なくて、刑事さんも死なないで済んだのかな?」

ポツリともらした蘭の言葉に、俺は瞳を伏せる。

蘭は心が優しい。

だから誰かの死に心を痛める。

「多分・・・どっちにしろ刑事は死んだんじゃねーかな。」

「・・・何で?」

泣きそうな顔をした蘭の唇をゆっくりと塞いで、彼女のそれ以上の言葉を飲み干した。

割れたナイトメアの仮面。

それが意味するものはおそらく、死んだ刑事がナイトメアだったという真実。

キッドが何を思ってその真実を白き翼の下に隠したのかは知らない。

きっと調べれば納得出来る事実が出てくるのだろう。

でも俺はそれを知りたいとは思わない。

複雑な縁で何度となく対峙したあの怪盗を、俺は根拠も無く信じているのだ。

例えば、怪盗キッドがナイトメアと組まざるえなかったのは、奴の正体がナイトメアに知られたからだとしよう。

キッドが奴の口を封じる為に、奴とコンビを組み、機会を窺ってビルから突き落として殺したとも考えようと思えば考えられる。

でも俺はそう思わない。

キッドはナイトメアを助けようとしたのだろう。

だが、及ばなかった。

刑事は犯した罪の重さから、運命に審判を下されたのだ。



俺は未だぐずる蘭の身体をあやしながら、小さな口付けを繰り返す。

目の前で人が死ぬ苦しみを、キッドはどうやって忘れるのだろう。

俺のように、癒してもらえる人物は居るのだろうか?



・・・居ると良い、と俺は祈った。













2007/01/27 UP

END



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