GoodNight







「ねぇソフィー?寝ちゃってる?ねぇソフィーってば?」

擽るような潜めた声と共に、悪戯な指先がソフィーの剥き出しの肩やら腕やらにちょっかいを掛ける。

昼間の顔とは質が違う楽しそうな表情を見せながら、ハウルは飽きる事もせずにソフィーに手を伸ばす。

ほぅ・・・ほぅ・・・

何処からか聞こえる野鳥の鳴き声も気にならない程、ハウルはソフィーだけに気持ちが向かっていた。

「ソフィー?寝た振りなら、襲っちゃうよ?」

冗談、で済ませるような聞き分けの良い男ではない。

ソフィーはそれを一緒に暮らし始めてから嫌という程思い知らされていたので、閉じていた瞼を慌てて開けて、既に数センチの所まで近付いていたハウルの整った顔を押し退けた。

途端に笑い声。

ソフィーの癪に障ったが、ここは一つ我慢する事にして、ソフィーは精一杯顔を顰めてハウルの顔を睨み付けるに留めた。

「やっぱり狸寝入りか〜。ソフィーも酷いなぁ。」

「何が酷いよ。バカハウル。」

「だって、僕があんなに名前を呼んだのに、ずっと知らん振りだなんて。君の胸にちゃんと心臓は納まっているの?」

まるで確認させてよ、と言わんばかりに伸びて来た腕が、目指す目的地は間違いなくソフィーがしっかり巻き付けたシーツに隠れている柔らかな膨らみで、ソフィーはそれを知って遠慮無くその手の甲を爪を立てて抓った。

三日月型の痕がくっきりと浮いた手の甲を、痛そうな顔でひらひらと振るハウルは、それでも上機嫌でソフィーの体に擦り寄った。

二人だと狭いベッドの上で、ソフィーはぎりぎりまで端に寄ってハウルを避けようとしているのに、その分ハウルが距離を詰めるものだから、随分とバランスの悪い使い方になってしまっている。

それに気付いて、ソフィーは改めて両手でハウルの体を押し返した。

「ちょっとハウル。狭いからそっちに行ってよ!」

「嫌だよ。だってソフィーがそっちに居るんだから、僕だけがこっちに来てもねぇ?」

「私がこっちに居るんだから、ハウルがそっちに行くのが当たり前でしょ?何子供みたいな事言ってるのよ。」

「この僕が『子供みたい』?ソフィーはそう思ってるんだ?」

一々ソフィーの言葉尻を捕まえて、ハウルはまぜっ返すような事を平気で言う。

今も子供みたいと言われたからか、わざと夜の気配を濃厚に滲ませた艶やかな流し目をソフィーにくれて、シーツの隙間から覗いている日に焼けぬ肌を見せ付ける様に体の向きを変えたりする。

ソフィーが未だそういう媚態に慣れていない事を知っているくせにやるので、始末に悪い。

不幸にもその策略に嵌まったソフィーは、ハウルの思惑通り頬を真っ赤に染めて、視線をぎこちなく逸らせてしまった。

「ちょっと・・・ちゃんと服着なさいよ。風邪引くわよ。」

「大丈夫。風邪なんか引かないよ。ソフィーで暖まるから。」

「私はハウルなんか暖めないわよ!ああもう!くっ付かないで!触んないで!ああもう!今夜は最低よ!」

強引に華奢な体を抱き寄せようとする二つの腕を何とか潜って、頑なにシーツを十重に巻き付け、ソフィーが怒鳴り散らす。

耳の奥を容赦無く揺さ振る、ソフィーのつんけんした声でも、ハウルに取っては耳心地の良い音楽なのか、その表情から微笑みが消える事はない。

何度退けられても、ソフィーを求めて伸ばされる腕。

「ソフィー、ねぇソフィー。何をそんなに怒ってるの?」

「それをハウル、貴方が言うの?!」

コレ以上無いくらいに真っ赤に染まった頬は、そのまま夜の帳に隠れる事も無く、シーツの白さえ染め抜いてしまいそうだった。

頬も、肩も、腕も、先ほどからちらちらと覗いている染み一つ無い白い胸元も、ソフィーの肌は何処もかしこも薔薇色に染まっていて、とても愛らしかった。

そうさせているのが、自分だという事が分かっているから、ハウルは満たされた気分になり、つい際限も無く節操も無く、もっと欲しいなどという感情に負けてしまうのだ。

本格的にこの恥かしがりの子ネズミちゃんを捕まえようと、ハウルが潜っていたシーツから完全に抜け出し、邪魔な障害物になっていたふかふかの羽枕をベッドの下に落とし、長身を起こす。

自分に落ちて来た影に、ソフィーはざぁっと血の気を引かせて、叫んだ。

「ちょっとハウル!貴方約束を破るつもり?!今日はコレ以上駄目って言ったでしょ!!!」

「え〜?そんな事言ったかなぁ。最近忘れっぽくて。これもそれも、ソフィーがあんまりにも可愛いからだよ。だから僕は悪くない。」

「何バカな事言ってるのよ!自分で言ったくせに!それを忘れた振りだなんて卑怯よ!」

「僕は臆病だけど、卑怯じゃない。」

「だったらちゃんと約束ぐらい守りなさいよ!」

もっともなソフィーの主張に、ハウルは一旦動きを止める。

本当は止まりたくなんか無いのだが、ソフィーの目尻に光る涙の宝石を見付けてしまったから。

コレ以上やると、泣かせちゃうかなぁ。

無け無しの理性で、そう考えると、なんだか今日はやっぱりソフィーの言う通り大人しくしているべきだと思い直した。

普通、こんな状態になって我慢出来るなんて有り得ない話なのだが、ソフィーが相手だと、そんな無茶も出来てしまうから、これも『愛』かとしみじみしてしまう。

「はいはい。分かったよ、ソフィー。もうしない。」

「・・・本当?」

疑わしげに首を傾げてハウルの瞳を見詰めてくるソフィーに、真面目な顔で頷く。

それだけでは信用してくれなさそうなソフィーに、魔法の力を借りて、一瞬で白いネグリジェを着せてやった。肌を隠す布の感触に、ソフィーがほっと安堵の溜息を吐き、緊張を緩めたのをその表情から知る。

「信用した?」

「ん。」

ソフィーは自分の分の枕をベッドの端から引き摺り出してきて、定位置に収める。

クッションの具合を確かめて、それからもぞもぞと動いてぽふんと寝転がった。

短くなってしまった髪の毛が月の光を反射して、虹色の輪を一瞬浮かび上がらせた。

「もっとこっちにおいで。」

「嫌。」

「ソフィー・・・素直になってよ。」

溜息と一緒に伸ばした腕で引寄せると、今度はさほど抵抗も受けずにソフィーが胸の中に納まった。

「ハウル。腕は両方ともシーツの外に出しておいて頂戴。」

「何故?」

不思議そうに尋ねたハウルに無情な答え。

「だって、シーツの中に入っているハウルの手ほど危険極まりないものは無いわ。私が安心して眠る為にも、貴方がした約束を守るっていう証明の為にも、外に出して悪さしない証拠にして。」

「・・・ソフィー。それってなんだか満員のバスの中で痴漢じゃない事を証明する男みたいじゃないか。」

「そうよ。」

「・・・分かったよ。疑り深い僕のソフィー。君の仰せのままに。」

言われた通りに万歳するような形で腕を上に完全に上げてしまうと、自分のしている格好を想像してハウルが眉を顰める。

「僕、凄く間抜けな格好をしているんじゃないかい?」

「気の所為よ。」

それ以上の会話をするつもりが無い事を主張するかのような、素っ気無い声に、ハウルは観念して胸に感じるほのかな温もりに意識を移す。

ちゃんと脈打つ心臓の近くに、自分のものでない心音を感じて、それが嬉しくてまた笑顔になった。

「ハウル。お休みなさい。」

「ん。お休み、ソフィー。」

挨拶を一番近くで、そして眠りに落ちる寸前に交わせる人が、あの幼き頃に再会を約束した星の髪の少女である事の幸せ。

今夜もそれを神に感謝して、ハウルは穏やかな眠りに身を委ねた。











end