魔女と逢う







あたしが住む町、港町には風変わりな魔法使いがお店を開いている。

母ちゃんがよく呪いを頼むその魔法使いは、母ちゃん曰く「目の保養になる」くらいの良い男で、「腕は確か」らしい。

それで、「裏があるに違いない」程、料金が安いみたい。

確かに母ちゃんの代わりに呪いを取りに行く時に見た魔法使いは、なんだか怖くなるくらい綺麗な人だった。

ガラス玉みたいな青い目に、父ちゃんとは比べ物にならないくらい白い肌。

あたしが五月祭に父ちゃんから貰う小遣いみたいな金額で、呪いを手渡してくれる。

呪いが掛かった船で漁に出る父ちゃんは、大漁旗を掲げて帰ってくる事が多いから、信用のおける魔法使いなのも間違いない。



でも。

あたしはこの魔法使いがなんとなく苦手だった。

母ちゃんにお遣いを頼まれると嫌々行っていたくらい。

だって怖い。

上手く説明出来ないけど、あの魔法使いは怖かった。











戦争がやって来て、父ちゃんが漁に出れなくなって、母ちゃんが田舎に帰ろうかと悩んでいた頃。

この魔法使いのお店は唐突に無くなった。

うちの隣の船大工のおじさんが、「悪い事をして警備隊に捕まったんだ」って言ってたけど、本当かどうか分からなかった。

だってこのおじさん、嘘ばっかり言うんだもん。

しばらくして、戦争が終って、壊れちゃってた港が修理されて、父ちゃんがまた漁に出れるようになってからも、魔法使いのお店は空き家のままだった。

戦争の後、港町の街の町に住み着いた魔法使いも何人か居たけど、偵察に行ってきた母ちゃん曰く「顔は人並み」で「力はそこそこ」で、「魔法使いである事を鼻にかけた嫌な奴ら」らしい。

母ちゃんは新しい魔法使いは信用ならないから、呪いは頼まないと不機嫌な顔であたしに言った。











あの魔法使いが居なくなってから大分経った頃。

あたしは幼馴染と喧嘩して、顔も見たくないから遠い所に行ってやると普段足を踏み入れた事もないような路地を脇目も振らずに走り続けた。

家から大分離れた所で、荒い息を吐いて立ち止まる。

心臓が飛び出ちゃいそう。

お水、欲しい・・・











「あら、貴方・・・?」

上から声がした。

優しいそうではきはきした、女の人の声。

あたしが見上げると、あたしの上に影を落としていたおねーちゃんは、見た事も無いような綺麗な色の髪の毛だった。

「ねぇ、前にハウルの呪いを買いに来てた女の子でしょ?」

「・・・呪いは、ジェンキンスさんの所で買っていたけど。」

「あ!」

唇に右手を当てて、そのおねーちゃんは困ったように笑う。

ハウルって、あのハウルの事かな?

心臓食べちゃう、あのハウル。

あたしはふと思い付いておねーちゃんをまじまじと見詰めた。

まさかこのおねーちゃん、ハウルに心臓食べられちゃったのかな?

美人の心臓ばっかり食べるっていうから、このおねーちゃんなら、食べられちゃいそう。

「ごめんね。変な事言って。そうよね。ジェンキンスの呪いを買った女の子よね。そんなに急いで何処に行くの?」

「・・・別に行くとこないけど。」

「まぁ。じゃあ何故走ってるの?」

「・・・喧嘩したから。」

あたしはきっと凄く変な顔をしたに違いない。

おねーちゃんは目を見張った後笑顔を零して、あたしを出来立てのパイがあるからと言って扉の中へと誘った。











何処かで見たような、居心地の良さそうなお部屋。

揺れる椅子に座って居眠りするおばーちゃん。

おねーちゃんの足元にじゃれ付くなんだかモップみたいな変な犬。

おいしそうな匂いが全速力で走ってお腹が空いているあたしにはたまらなかった。

「名前はなんていうの?」

「マッジ。おねーちゃんは?」

「ソフィーっていうの。宜しくね。」

かまどからつやつやとした黄金色のパイが取り出されて、甘い匂いが濃くなった。

モップ犬は尻尾で床掃除が出来るくらいはしゃいで、おねーちゃんのエプロンに足を掛けて立ち上がる。

そしておねーちゃんに怒られた。

しゅんとした犬の姿を目で追っていると、目の前に熱々のパイとミルクが置かれた。

「お客様に出すのは初めてなの。良ければ感想を聞かせてね。」

こくっと頷くとおねーちゃんは嬉しそうに笑って、「おばーちゃん!パイ食べる?」と声を掛けた。

半分寝てるような声で「あたしゃ要らないよ。」と返事が返り、おねーちゃんは足元にモップ犬用にパイを入れた皿を置いて、あたしに向き合った。

「さぁ、頂きましょ?」











おねーちゃんは優しかった。

最初は自分の事を色々話してくれて、あたしが落ち付いた所でさりげなくどうして喧嘩なんかしちゃったの?って聞かれた。

箍が外れたように、勢い込んで滅茶苦茶に喋るあたしを、呆れもせずに根気良く話を聞いてくれて。

話してる途中で悲しくなって、涙と鼻水が出て来ちゃっても嫌そうな顔一つしないで鼻紙を差し出してくれた。

喉が乾いたらミルクをがぶ飲みして、それでまた凄い勢いであたしは喋る。

大きな声になっちゃって、泣きながら喋るからそれはとっても聞き取り辛い筈なのに、おねーちゃんはちゃんとあたしの話が分かってるみたいだった。

言葉を吐き出すだけ吐き出したら、あたしにはすっきりとした心が残った。

おねーちゃんがにっこりと笑う。

「帰ったら一番に仲直りしにいかないとね?マッジがごめんなさいって言ったらきっと仲直り出来るわ。私が保証する。」

「・・・うん。」

あんなに、もう二度と喋るもんか!と強く思ったのに。

あたしは素直にこくんと頷いた。

魔法みたいだ。

ただ、話を聞いてもらっただけなのに。

こんなに心が軽くて。

不思議でしょうがなかったから、あたしに2杯目のミルクを注いでくれているおねーちゃんに尋ねた。

「ねぇ。貴方も魔女なの?」

「・・・」

上目使いできょろんと瞳が瞬いた。

何か考えているその仕種は、とっても可愛かった。

「そうよ。私は世界一綺麗好きな魔女なの。」

どっかで聞いた言葉。

目の前でにこにこ笑ってるおねーちゃんは、初めて会う人なのに、なんでそんな風に思うんだろう?

ミルクを飲みながら、あたしはずぅっと考えたけど、答なんか出なくて、なんだかそこだけすっきりしなかった。

全てのミルクを飲み干し、あたしはパイの感想をたっぷり3分は喋ってから、おねーちゃんとまた逢う約束をした。

その時には今度は林檎のコンポートを食べさせてくれるというおねーちゃんに、仲直りした幼馴染と共にここに来る事を約束した。

それにきっと、ジェンキンスさんの店がここで再開してる事を知ったら母ちゃんが来たがるに違いないとも話したら、おねーちゃんは魔法のお客様は何時でも大歓迎よ、と言った。

「そろそろあたし、帰らなくちゃ。」

「そうね。一人で帰れる?」

「ダイジョーブ!」

「元気の良い返事ね!」

扉の所まで送ってもらって、扉に手を掛けた時だった。

おねーちゃんの肩がぴくんっと跳ね、あたしの事を抱き抱えるとさっと左に身を避けた。

そしてそれと同時に、まるで嵐が扉から飛び込んで来たのだ。











「ソフィーソフィーソフィーソフィーソフィーソフィー!!!!」

極彩色の嵐。

それがなんだか凄い声でおねーちゃんの名前を呼んでいる。

「聞いてよ!マダムサリマンの仕打ちを!ああもう!先生があんなに諦めが悪いだなんて誰も教えてくれなかったよ!二言目には王宮付き魔法使いにならないか!こればっかり!僕が幾ら嫌だって言ってもまったく聞こうとしない。ああもう僕は疲れ果ててへとへとさ!王宮なんかには二度と行くもんか!ああもう!矢でも鉄砲でも持って来給え!僕はいつでも受けて立つし、全力で撃退してみせるとも!ああ、ソフィー。君、聞いてる?」

「・・・聞いてるわよ。」

呆れ果てた、おねーちゃんにまったく気が付いていないその人は、今だおねーちゃんが抱き抱えたままのあたしに目を向けて、そこで初めておやっという顔をした。

「小さなお客さんだね。ソフィー。」

「そうよ。ジェンキンスさんのお客様だった子だから、見覚えあるんじゃない?」

「う〜ん。」

暫くあたしの顔を見て、その人は困った様に上品に微笑んだ。

「ごめん。覚えてないや。」

「まったく!しょうがない人。取り敢えず、着替えて来たら?お茶とパイを用意しておくから。」

「最高だよ!ソフィー。君のパイは絶品なんだから。」

うきうきとした足取りで、その人は階段をリズミカルに登って行った。

重さを感じさせないその優雅な仕種、一度見たら忘れないその美貌、耳に残って出ていかない美声。

間違いない。

魔法使いジェンキンスだ。

後姿を見送って、呆然としていたあたしの頭をソフィーは撫でた。

「ごめんなさい。お客様が居るって言うのにあの人ったら。」

「・・・ううん。別に、平気。」

「また来てね。マッジ。」

「・・・うん。」











橙色の太陽の光に急かされながら、あたしは足早に家に向かっていた。

何処からともなく美味しそうな匂いがする。

夕食の時間に差し掛かりつつあるからだ。

「別人、みたいだった。」

呟きながら、あたしは思い出す。

何処だか、はっきりとなんか言えなかったけど、あたしはあの魔法使いが恐ろしかったのに。

綺麗な見掛けで騙して、その内側は真っ黒なんじゃないかって思っていたのに。

今日見た魔法使いは、怖くなかった。

ちゃんと、あたしの目を見て、笑って、それからおねーちゃんをとっても大事そうに見ていた。

柔らかいイメージだった。

それにきらきらしていた。

変わってしまった魔法使い。

前後で違いを見付けるとしたら、それはあのおねーちゃんが、居るか居ないか。

「もう怖くないや。」

きっとおねーちゃんがあの魔法使いを変えてしまったんだ。

凄いなぁと、思う。

やっぱり魔女なのかな?

そうに違いないな。



だから、ちゃんとあいつと仲直りしよう。

だって、魔女が絶対仲直り出来るって言ってくれたから!



あたしは最後には駆け足で家を目指していた。











end