輪舞
最初に見たのは・・・そう、おねーちゃんの結婚式。
「ああ、この人にしよう」って思ったのよね。
「こんにちは。」
金髪の巻き毛は陽に透けて光輝くような義兄さんのものとは違い、しっとりと水分を含んでいるような落ち着いた色合い。
整った顔立ちの第一印象は『上品』という言葉そのもので、出逢いが多い私の人生の中でもちょっと見ないタイプだった。
だからかなぁ。
声を掛けようだなんて思ったのは・・・
その人は突然声を掛けられた事に吃驚して私の方を振り仰いだ。
その驚き方は、この場に自分を知る者など一人も居ない筈だと確信しているかのようで、私はますます興味を持った。
日に焼けぬ肌、そして理知的な瞳。
間近で見て直感が彼が上流階級の人間、それも飛び切りの部類だと告げる。
ちらりと頭の隅でやっちゃったかなって思った。
「貴方は・・・ソフィーさんの妹君?」
「はい。ちっとも似てないでしょ?」
目が雄弁に語っていた事を先回りして口にすると、その人は淡く苦笑を口元に刷いた。
立ち上がり、空いていた席を優雅な仕草で引き、私に座るようにエスコートする。
慣れた仕草に、今更緊張してきてしまった自分に発破を掛けた。
駄目じゃない!レティー!
品良くおしとやかに、それからちょっとでも魅力的に見えるように振舞わなきゃ!
「確かに、第一印象はあまり似ていませんね。」
改めて着席したその人は、長い指先を組んで私に目線を合わせた。
「でも、ソフィーさんと似てますよ。」
「本当ですか?あんまり言われないんですけど。」
「それは貴方方を上辺しか見ていない人達が如何に多いかという事ですね。」
にっこり笑って結構キツイ事をはっきりと言う。
でも私は嬉しかった。
だって大好きなおねーちゃんと似てると言われる事は滅多に無くて、それは私の気分を沈ませる要因の一つだったりしたから、似てると言われた事が純粋に嬉しかった。
それに、この人の言葉を借りると、この人自身が私達姉妹の上辺だけを見ている訳ではないという事になるから。
「何処が似てますか?」
「そうですね。物怖じしない所と、接し方の距離とか。貴方達は初対面の人間でさえ、無意識の内に懐に迎え入れてしまっていますね。そういう所は近しい人間から見るとはらはらします。」
すっと視線が私を離れ、宙を滑って純白の花嫁へと向かった。
おねーちゃんは、昔帽子屋で働いてくれていたお針子さん達と何事か楽しそうに喋っている。
傍らにぴったりと寄り添っているのは、今回ばかりは派手な衣装を自粛しておねーちゃんとおそろいの純白の衣装を着た義兄さん。
如才なく若いお針子さん方の相手をし、必要以上に踏み込ませないように笑顔でケムに巻いているに違いない。
別に何がどうという事はない。
二人のいつもの姿に、この人は切なげに瞳を揺らしていた。
狂おしく燻る焔は、おそらく嫉妬と羨望。
ことん、と答えが転がった。
この人はおねーちゃんに恋をしている。
妹として嬉しくて、女として悔しかった。
式は滞りなく終了して、おねーちゃんと義兄さんがハネムーンに出掛けるのを見送る。
義兄さんは大魔法使いだから、おねーちゃんが何処に行きたいと言おうともそれを叶えてくれるに違いない。
なかなか二人きりになれないんだから、一杯楽しんで来てねと囁いたら、おねーちゃんは随分と複雑な表情をして押し黙ってしまう。
なんだかなぁ。
義兄さん、何かしでかしたのかしら?
聞きたかったけど、あんまり踏み込んじゃうと出歯亀だし、聞きたくない事まで白日の下に晒されてしまいそうで、我慢する事にした。
それともう一つ。
先ほどの上品な男の人が何処の誰なのか聞きたかったけど、何故かおねーちゃんに聞く事が躊躇われて、とうとう聞けず仕舞いだった。
義兄さんも知っている人かしら?
そう思い付いて、義兄さんを探そうと振り返った瞬間、その心を読んだかのように目の前に幸せの絶頂に居ますって宣言して歩いているような笑顔の花婿が立っていた。
「きゃっ!」
「やぁ僕の可愛い義妹になったレティー。僕をお探しかな?」
「驚かさないで、義兄さん。」
ちょっと人に聞かれたくない話だったから、義兄さんのタキシードの袖口を引っ張って壁際まで移動すると、義兄さんは私の意図を察したのか指先で空中に丸く円を描いた。
多分魔法を使ったんだ。
見上げると、義兄さんは壁に右手の肘を突いて、左手を腰に預けてりラックスした態度で私を見下ろしていた。
身長差が結構有る事に今更気付いたけど、今はそれが問題じゃ無い。
「普通に喋って良いよ。外には漏れないから。」
「魔法ね。」
「そう。」
「じゃ、教えて義兄さん。金髪の巻き毛で若い上品な男の人が一人参列していたわよね。あれは誰?」
義兄はその質問を予期していたように、間髪入れず答えた。
「隣の国の王子、ジャスティン殿下さ。」
「えぇ?!」
有り得ない!!!
真っ先にその言葉が悲鳴を伴って頭に浮かんだ。
よりによって、王子様だなんて!
そりゃ上品な筈よ・・・
それに、お供も付けずにこの国に来るなんて自殺行為じゃないの。
私達の国とついこの前まで戦争やっていたのよ?
どうなってるの?
「レティー。君の瞳が零れ落ちてしまいそうだよ。まぁ落ち着いて。」
「落ち着けると思う!?義兄さん!!!」
「そんなに驚く事かなぁ。」
意外だと言わんばかりの義兄さんの態度に、ああこの人頭のねじが一本ずれてるんだと嘆きたくなる。
この人は何だかんだと言って王室とは所縁があるみたいだから、見知っている事は勿論、会話もした事があるだろうし人柄も良く知ってるかもしれない。
でもね。
私やおねーちゃんみたいな庶民にとって、王族なんて雲の上の人なのよ!
どーしてそこら辺の事を察してくれないのかしら?!
「そんなに睨み付けないでおくれ。怒ってると可愛い顔が台無しだよ。」
「義兄さん、怒ったおねーちゃんをそうやって宥めてるの?」
「・・・ソフィーは、コレを言うと倍怒るよ。」
肩を竦めて苦笑いした義兄さんに、容易に想像出来るおねーちゃんの姿を重ね合わせた。
おねーちゃん、褒め言葉とか駄目そうだなぁ。
躍起になって否定しそう。
「・・・おねーちゃんの事、好きなんじゃない?王子様。」
「その通り。片想いさ。」
「あ〜あ。」
別に隠す事でも無いし、私は思う存分落胆した。
どうしよう?
この人にしようって思ったのに、早くも挫折だなんて。
コンティニューか、リタイアか。
壁に背を預けて、唇を尖らせて、私は頭の中のぐるぐるを止めるでもなく前方を睨み付けた。
「『心変わりは人の世の常』ってさ。」
魅力的なテノールが私の耳元でそう囁いた。
私はぎょっとして目を瞬き、柳眉を逆立てて埋まらない身長差を埋めるべく精一杯背伸びして、その言葉の発言者を睨み付けた。
「その格好をした人間が言う言葉じゃないわ!!義兄さん!その上、私に向かって言うだなんて!」
押さえようとしなかったから怒鳴り声は魔法で閉じられた狭い空間中を響き渡り、義兄さんの鼓膜を直撃した。
顰めた顔に怯まず、私は場合によっては手だって出す構えで両足を開き仁王立ちした。
義兄さんは面白そうにくすくす笑って、違う違うと手を振った。
「僕じゃないよ。彼の言葉さ。」
「・・・は?」
「僕が直接言われた訳じゃないけどね。彼、ジャスティン殿下の伝言として受け取ったのがその言葉だって事。ま、宣戦布告って奴さ。」
「それは・・・まぁ。」
驚いた。
顔に似合わず本当にそういう事言っちゃう人だった訳ね。
この悪名高き大魔法使いの義兄さんにそんな事言って、怖い者知らずにも程があるわ。
・・・ああ、世間知らずって事かしら。
「結局ソフィーは僕だけを愛し、僕を選んで、一時も余所見をしなかった。勿論僕だって!だから僕らはこうして今日、永久の愛を誓って指輪を交換して晴れて夫婦になったんだ。もう彼が割り込む隙は無いよ。」
ほんのちょっぴり意地悪で、ほんのちょっぴり得意げな口調だった。
義兄さん、実は王子様を相手におねーちゃんを間に挟んで結構遣り合ったのかしら?
自信家で臆病で、我侭で寂しがり屋で。
おねーちゃんは色んな言葉を使って義兄さんを言い表したけど、こんな風に恋愛に一生懸命になる人だとは聞いた事が無かったから、とても新鮮だった。
「彼の言葉は、彼に当て嵌まるべきだと思わないかい。僕のソフィーへの想いを思い出にしたら、君に夢中になる可能性だってある筈だ。頑張りたまえ。」
楽しげに私を激励すると、義兄さんはおねーちゃんの所へと向かった。
私はその場に留まって義兄さんの言葉を頭の中で繰り返しながら、考え込んでしまった。
コンティニュー?
リタイア?
答えは多分この胸の中に既に息づいている。
end