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「いつも貴方が許されると思わないで。」







それは強烈なカウンターパンチ。





















「雲が多いね。」

デッキに出たならば、ハウルの体でさえ吹き飛ばされかねない強い風。

当然体重の軽いマルクルなどひとたまりもなく遥か彼方へ持って行かれてしまうだろう。

カルシファーの温かな炎を囲んでお茶をしていた、今は家族となった面々に、ハウルは今日はデッキと中庭にはなるべく出ないようにと一言添えると、優雅にカップを口元へと運んだ。

ハウルの隣に座ったソフィーも、倣ったように中庭へと続く出入り口へと目を向けて、目に飛び込んで来た大山のような雲の塊に目を見張った。

「嫌だ。洗濯ものが乾かないじゃない。」

「君、こんな天気なのに洗濯するつもりだったの?」

「ハウルが昨日汚した大量のカーテンを早く洗ってしまいたいんだもの。お城の中に洗濯が必要なものがごっそりとあるって考えるだけで気が滅入っちゃう。」

唖然とした様子で口を挟んだハウルを軽く睨んで、これ見よがしに溜息を吐いたソフィーに、ハウルはちょっと笑う。



確かに昨日自分が呪いに使うつもりで精製していた綺麗な色がついた液体を、注意力散漫が原因でカーテンに吹き付けてしまったのは失敗だった。

斑に染まったカーテンを見たソフィーの驚きと怒りの表情も、これまでちょっと見た事もないようなモノだった。

ソフィーにこっぴどく叱られながら、ハウルがこっそり上機嫌だった事に、ソフィーは気が付いてしまっただろうか?

ソフィーの怒りが少しでも早く収まってくれる様に、彼女よりも数10cmも高い背を精一杯縮めて、謝罪の言葉を山程並べて、自分が反省している事をアピールしながら、必死で笑顔になってしまいそうな率直な自分の顔をそれらしい顔にするのが如何に大変だったか!

目を見てしまったら抱き締めてしまうだろうからと、不自然に逸らしたままだった目線の意味を、ソフィーは自分の怒りの威力を少しでも緩めようとする手段だと勘違いしていたらしい。



それも仕方のない事だ。

まさかハウルが手元を狂わせた原因が、乾いた洗濯物を畳んでいたソフィーが、誰も見ていないと思ってハウルの白いシャツにゆっくりとキスしていたのを盗み見た事だなんて、思いもしないだろうから。











「まぁ洗濯だけしてしまえば、あとはカルシファーがなんとかしてくれるよ。」

「おいらは嫌だからな!シーツなんて乾かしてやるもんか!ハウルがなんとかすれば良いだろう!」

何故か機嫌の悪いカルシファーに、首を傾げてからハウルはまぁ別にどうでも良いかと無視する事にした。

自分が関係していてもしていなくても、カルシファーの御機嫌取りをするつもりにはならなかったからだ。



「中庭に植えたお花、大丈夫かなぁ?」

「大丈夫よ、マルクル。だってハウルに魔法掛けてもらってるんだから。」

「でも・・・」

「あら、マルクル?ハウルの魔法じゃ不安?」

心配そうにちらちらと庭に咲く可憐な花弁が付いた花を見るマルクルに、悪戯っぽくソフィーが微笑む。

種から植えて毎日世話をしてようやく花開いたそれに愛情を注ぐ様がとても可愛らしくて、ソフィーがからかい半分で投げた質問に、ぎょっとして首を左右に振るマルクル。

「そんな事ないですよ!ハウルさんの魔法は効きますから!」

「お花が痛むような風や雨から守るお呪いって、簡単な魔法なの?」

ソフィーがマルクルからハウルへと質問先を変えて尋ねると、ハウルは軽く肩を竦めた。

「簡単と言えば簡単。難しいと言えば難しい。」

「なぁに、それ。はっきりしない物言いね。」

「だって、白ならOKで黒ならNGっていう具合のはっきりとした基準がないじゃないか。風や雨を全部シャットダウンしてしまったら、花は生きていけない。そこが難しい所。花を守る魔法は意外に簡単なのさ。」

「マルクルにも出来るかしら?」

「いずれ出来るよ。ねぇ、マルクル。」

カップを置いてにっこりと笑ったハウルに、頬を紅潮させたマルクル。

ソフィーが城に来てから、マルクルは随分と魔法の腕が上達していて、それをハウルも認めている事が嬉しいらしい。

褒められたら嬉しいのは、子供なら誰でも一緒なのだから。

「良かったわね、マルクル。ハウルなんかの力を借りなくても、大切なお花を自分で守る事が出来るわよ。」

ハウルは、ぴくりと眉を動かした。

言葉の中に潜む小さな棘にちくりと心を刺された気分だった。



「カルシファー。私これからカーテンを洗濯してくるわ。面倒だからシーツも一緒に洗濯しましょう。」

椅子を引いてソフィーは席を立つと、背筋をピンと伸ばして飲み干したカップに手を伸ばす。

床をかつかつと叩くブーツの音が、彼女のいつものリズムと違う事に気が付いて、ハウルは思わずソフィーの後ろ姿を目で追っていた。

凛とした立ち姿にダブるはっきりとした違和感が不安を煽った。



「ソフィー・・・?」

「お風呂場にお湯をたっぷり送って頂戴。カルシファー。」

「分かったよ、ソフィー。」

ハウルの時と違って素直なカルシファーの返事。

ソフィーはカルシファーに微笑みで感謝の意を伝えて、流しの脇に掛かっていた手を拭く為のタオルもついでの様に抜き取って歩き出した。

「ソフィー!」

「なぁに?」

一度目は無視されて、二度目でソフィーは振り返った。

静かに笑うソフィーに、ハウルは顔色を変えた。



「怒ってるの?もしかして?」

「あら、嫌だわ。ハウル。貴方、私に怒られるような事したの?」

にこにこ。

その笑顔が作りモノである事を、もはやハウルは疑わなかった。

「・・・」

「言えないの?」

「ソフィー。」

答えられなかったハウルは、冷や汗を流しながら名前を呼ぶしか出来なかった。

和やかなお茶の雰囲気は、ソフィーのほっそりとした体から滲みだした怒気に吹き飛ばされて跡形も無い。

マルクルは突如として走った緊張感と怒りを孕んだ気迫の稲妻に、椅子の上に膝を抱えて身を小さくした。

ハウルは椅子から立ち上がるタイミングを逃がして、ソフィーを美貌台無しの情け無い顔で見上げた。



「私、ちっとも知らなかったの。カルシファーに教えて貰うまで。」

自分の名が出た途端、カルシファーは暖炉の奥に逃げ場を求めて駆け込んでしまった。

ハウルはちらちらと空中で舞うカルシファーの残した火の粉を目の端に収め、大体の事情を察した。

ひくりと頬の一部が引き攣った。



「貴方が魔法使いだって事、時々忘れちゃうの。そうよね。王室付き魔法使いであるマダムサリマンが後継者にと望んだ程の貴方だもの。一人の人間の行動全部を盗み見る為の魔法くらい、簡単よね?」

「ソフィー、それは誤解で、僕は別にソフィーの事監視しようだとかだね。思った訳じゃないんだよ。」

「しがない掃除婦の一日なんて監視して何になるって言うのかしら?ハウル。貴方がした事がいけない事だって分かってる?」



子供を叱る様に愛情たっぷりならば、良かった。

表情の無いソフィーの温度の感じられない言葉が、容赦無くハウルの甘えを切り裂く。

華奢な体からは、否を唱えさせない威圧感が迸っていて、ハウルは白旗を揚げざるを得なかった。



「・・・ごめん。ちょっと、ほら、最近花屋なんかやってるからソフィーの身辺が心配になって。僕はちゃんと紳士だから、勿論ソフィーが恥かしがるような所まで覗いて無いよ?ちゃんとブロックを掛けてるから心配無い。それで。まぁ僕の目を離れた隙にだね。ソフィーに危険が迫ったら僕は一体どうやって君を助けたら良いか、分からないだろう?そういう時の為の予防策を兼ねているから。本当にこれは必要な事なんだ。・・・悪い事だって、ちゃんと分かってるけど。」

許しておくれよ?

そう訴え掛けるハウルの瞳と、洪水のような言い訳の数々を、ソフィーはきっぱりと拒絶した。

「いつも貴方が許されると思わないで。」

「ソ、ソフィー!!」

ぎょっとして椅子をみっともない音を立てて蹴飛ばしたハウルを切り捨てる様にソフィーは機敏な動作で階段を登って行ってしまった。

伸ばした中途半端な手の平は、ソフィーを引き止める事も出来ずに所在無げに宙を掴んでいる。

石化したハウルをマルクルが何とも言えない表情で窺っていた。

一人話が通じていなかったからだ。



「ハウル。見過ぎたんだよ。」

暖炉の奥から這い出して来たカルシファーが、面白そうににたぁっと口を三日月型に開ける。

ハウルは恨めしそうに呪詛を吐いた。

「カルシファー。僕の事をソフィーに売ったね?」

「だっておいら、基本的にソフィーの味方だぜ。ソフィーが不安そうにおいらの所にやって来て、『最近人の視線を感じるの』だなんて相談されりゃ、黙ってなんか居られないだろ?」

「何で僕の所に一番に相談に来なかったんだ、ソフィーは!」

「『その視線・・・知ってる人の気配がするんだけど?』ってのはソフィーの言葉だぜ。つまり、あんたが上手くやってなかったって事さ。」

「・・・つい、止められなくて。しまった。」



両手で髪の毛をぐちゃぐちゃにして、ハウルは「ソフィーに嫌われた!」だの、「どうすれば良いんだ!」だの「絶望だ!」だの叫び出した。

その声の大きさに、カルシファーとマルクルが咄嗟に指で耳栓をしたのも頷ける。

机を叩いて、机に縋り付き、急に思い立った様に立ち上がってそわそわと二階を気にしたり。

それにも飽きたのか、暫くするとハウルは檻の中の熊宜しくうろうろと部屋の中を独り言を言いながら歩き回り始めた。

カルシファーが半眼になって、炎を口から吐き出した。

「そこで泣いてないで、早く謝りに言っちまえば良いじゃないか。鬱陶しい。」

「駄目だよ、カルシファー。ハウルさん聞こえてないみたい。」

小さな可愛らしい溜息を吐くと、マルクルは「ハウルさんを宜しくね、カルシファー」と言い置いて二階へと続く階段を登って行った。

ソフィーにハウルのフォローを入れに行くのだろう師匠想いの弟子を眺めながら、カルシファーはぽつりと漏らしたのだった。



「おいらがハウル担当かよ。やってらんないね。」









end