僕だけに咲く花
ひらりと舞い上がるスカートはおしとやかな丈の長さ。
落ち着いた色合いの分厚い生地は、丈夫そうに見えはすれ、彼女の魅力を十二分に引き出すようには見えなかった。
あんなに綺麗なのに。
彼女はなんで着飾る事を厭うのか?
それは暫くの間、僕の中で疑問として燻り続けた。
「ねぇ、ソフィー。そのドレスってさ。」
「なぁに?ハウル。」
軽やかな声に、軽やかな動作。
僕が呼ぶ声に答えて振り向いた彼女の周りを、ふわりと光を撒き散らしながら銀の髪が舞う。
その様はとても神々しくて、思わず声を掛けた目的も忘れ見惚れてしまったほどだ。
「ハウル?・・・人の事を呼んでおいて、だんまりはないんじゃない?」
「ああ、ごめん。」
睨み付ける瞳には剣呑さは無く、悪戯っ子の様に微笑を浮かべながら僕の顔を覗き込むソフィーに、色の無い声で謝りの言葉を紡いだ。
心ここに在らずの僕の様子に、不思議そうに瞬いて彼女は持っていた本の束を机の上へと一旦置いた。
それは昨日寝る前に僕がここで読んでいた魔法書で、本来ならば僕が片付けるべきなんだけど。
目にしてしまえば、ソフィーはそれを放置する事なんか出来なかったみたい。
本当に家の中の仕事は全部ソフィーが取っていっちゃうんだから。
その一生懸命さは、とても可愛いけどさ。
「ソフィー。僕の城の中一番の働き者さん。そのドレスは君が選んだもの?」
「いいえ、違うわ。」
白い指先がスカートの膨らみを摘んで軽く揺らす。
濃紺のドレスは洗濯を繰り返して着古されてはいたけど、型崩れしている風も無く大事に着ている事が窺えた。
瞳を伏せて愛しそうな表情でスカートの表面を撫でるソフィーの仕種に、僕はぴんと来た。
「ふぅん。ソフィーのお父さんからの贈り物って訳?」
「あら、なんで分かったの?」
「そりゃあ分かるさ!僕のこの青い瞳は綺麗なガラス玉じゃないんだよ。」
「・・・自分で『綺麗な』って言っちゃう所がハウルよね。」
「だって綺麗じゃないか。それとも何?ソフィーは僕の瞳はお気に召さない?」
もしそうならば、僕に取ってこれ以上に哀しいものは無いなぁと嘆く振りをすると、苦笑したソフィーに軽く叩かれた。
「ハウルの悪い癖。なんでもかんでも絶望しないで頂戴。まったく貴方ときたら。」
「ソフィーは手厳しいなぁ。」
「貴方が甘えたがりなだけでしょ?弱虫な魔法使いさん?」
「ソフィーに比べたら誰でも弱虫になっちゃうよ。ああ、話が逸れちゃってるじゃないか!僕が言いたいのはそんな事じゃなくて。ソフィーのドレスの話なんだよ。」
「私の?」
体を見下ろしてきょとんと僕を見返す。
年頃の娘さんらしく柔らかな曲線を描く四肢に、日に焼けぬ真っ白な肌。
卵型の顔を縁取る銀の絹糸のような髪の毛。
ああ、勿体無い!
「ソフィーはもっと着飾るべきだよ。君に似合う色はこの世に溢れていると言うのに!!君は何だってそんな地味な色で時代遅れの形のドレスばかり着るんだい?」
「そんなに地味かしら?落ち着いた色で私はとても気に入ってるけど。それにシンプルな形で動きやすいのよ。コレ。」
「今君が着ているお父さんから贈られたドレスは良いとしよう。何着もあるドレスの中にはそんな暖かい思い出が一杯詰まったシンプルで落ち着いた色のドレスが有っても良いよ。でもね。そんなドレスばっかりじゃ飽きるだろう?」
「別に飽きないわ。」
がっくりとするような事を平気で言う。
ああ、可哀想なソフィー!
「家の中に篭って帽子ばかり作っていたから、自分がこんなに綺麗な事も可愛い事も知らないで、着飾る事を楽しむ事無くここまで大きくなったんだね。でも大丈夫だよ。僕に任せておくれ。きっと君に似合うものを選んであげる!」
「選ぶって?え?ちょっ?!」
ソフィーの手を取ると、僕は扉へと歩いた。
気がはやって、それは少しばかり駆け足になっていたかもしれない。
縺れそうになる足を必死に動かして半分僕に凭れ掛かるようになっている華奢な体を柔らかく抱き締めて、僕は素早く扉をキングズベリーへと繋いだ。
王都には最先端のファッションが所狭しと溢れ返っているから好都合だ。
「ハウルっ!」
「さぁ!今日は家事はここまで!これからは僕と買い物だ!」
「ちょっと!待って!」
「待てないよ。この時が楽しみでここ2・3日部屋に篭って魔法の依頼を片っ端から片付けていたんだから!」
戸惑う様に体を退いたソフィーを許さず、僕は指先を一つ鳴らしてソフィーのお気に入りの白い帽子を彼女の頭に被せた。
勿論僕は最初から外出用の服装だから問題無し。
緩く腰を抱いて大通りに踏み出せば、そこは賑やかなキングズベリーだ。
「好きなものを買ってあげる。だから遠慮せずに言うんだよ?勿論僕が前から目を付けていたドレスも試着してくれるよね。ソフィーが気に入るんだったら全部買おう。大丈夫。僕の見立ては確かだよ!」
「・・・ああ、もう。」
「溜息吐いたら幸せが逃げちゃうじゃないか。ほら、笑顔笑顔。」
「ハウルったら・・・楽しそうね。」
「勿論さ!だってソフィー。君を彩る事なんだもの!」
目を丸くして、それから盛大に真っ赤になったソフィーに、溢れ出した想い。
堪えきれなくて頭のてっぺんにキスを落としたら、照れ屋のソフィーに思いっきり突き飛ばされて僕はみっともなく地面に転がる寸前で、意地で留まった。
「ハウルの馬鹿!」
「馬鹿はないだろう?馬鹿は!」
逃げ出そうとするソフィーを捕まえて、手を絡める。
大人しくなったソフィーが恥かしそうに小さく笑った。
「さぁ!まず一軒目は最近人気が出て来たアリス・テーラーだ!」
そう宣言すると、僕はソフィーを連れて目を付けていた淡いオレンジ色のドレスがある店へと足を向けたのだった。
end