必ず逢いに行く





私の想い人は、遠い遠い空の上。











口の中で呟くと、それはまるで流行の歌のワンフレーズのようにありふれたものに感じられた。

忙しい国務の合間を縫ってのランチくらい、プライベートの時間として大切にしたいと、供の者は全て別室に下がらせている。

給仕一人を従えて、のんびりと最高級の味に舌鼓を打っている筈なのに、何故か酷く味気ない気分がした。

理由なんて分かっている。







『戦争』というものは厄介なものだ。

蝋燭の火を吹き消すように簡単な終結など有り得ない。

手一杯になっているのに、あれもこれもと押し付けられ、溺れそうになりながら王子としての役割を必死にこなす。

一日は瞬く間に過ぎ、気が付けばもう朝だ。

疲れた顔を見せるなど、私のプライドが許さない。

身支度を整え、鏡の前で微笑を形作り、そしてまた山のような書類と何時間にも及ぶ会議・会合に挑むのだ。



自分の中のやるべき事の優先順位を、見誤るつもりはないが、一日に一回は彼女の元に会いに行こうかだなんて考える愚かな自分が居る事も確かだ。

私は、激務に疲れた体と心を、彼女に癒してもらいたいのだ。

二度と経験する事はないだろう、あの過ぎ去りし日々。

絶望の果てに見付けた可憐な白い花は、未だに私の脳裏に焼きついて離れない。







ふと、頭の片隅に蟠る黒い感情。

最近上手く飼い慣らしている自覚があるから、苦笑も零れる。

それは今まで縁の無かった感情。

その名を『嫉妬』と言う。







あの魔法使いは、今日も白き花に怒られているのだろうか?

それとも、甘え上手な彼の事だ。

美味しいパイでも焼いてもらって居る所だろうか?

私の嫉妬の対象は、私の愛しい人と今も一緒に居る筈の美貌の魔法使いだ。

何でも出来る力があったのに、その力の制約故に滅びを待つだけで何一つ思い通りにならなかった、過去の彼を私は不幸な人間だと思う。

そして、その制約を解き放たれ、あまつさえ白き花を手折って傍に置く現在の彼を私は世界一幸せな人間だと思う。







『心変わりは人の世の常と申します』



あの時にあんな台詞で悔しさを紛らわせた自分の幼稚さを今頃恥じている。

同時にあれは私なりの宣戦布告だったのだとも思う。

相手が聞いていたかどうかは問題ではないが、案外ちゃっかり耳にしていたのではないかとも思う。

私は彼のライバルなのだから。

一歩リードされているのは承知の上。

彼と並んで彼女の前に立つにはそれなりの『成果』が必要だ。







ふぅっと溜息と一つ。

誰にも聞き咎められないと知っているからこそ遠慮なく吐いた。

『戦争の終結に尽力した』

それこそが私が彼女に示す『成果』だ。

彼女が喜んでくれる事で、かつ、形は違えどあの魔法使いが示した成果と同じ方向性のモノ。

生半可な努力では達成出来ないそれを敢えて選ぶ辺り、私も相当負けず嫌いだ。







「殿下。そろそろお時間ですが。」



遠慮がちが静かな声が背後から掛けられた。



「ああ、分かっている。」



ナプキンを置いて立ち上がると、扉に向かいながら午後の予定を頭の中でおさらいして、眩暈のするような仕事量に一瞬彼女の元への逃避を考えた。

だが。

私は手ぶらで彼女の前に立つことを自分に許せるほどプライドが低く無いし、勝算の無いまま戦いを始めるほど愚かでもない。

悲しいかな、未だ未だ彼女に会いに行く事は出来ないという事だ。







「私の想い人は、遠い遠い空の上。」







旋律のように抑揚を付けて謡うと、少し気分が浮き立った。

必ず逢いに行く。

きっと可憐な白き花は、悔しいけれど魔法使いの傍で待っているに違いないのだ。









end