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低カルシウム血症 Hypocalcemia

病態
 カルシウムは人体にとって重要ものである。神経伝達、筋肉の収縮、血液の凝固というような重要な役割をするからである。人体には0.5kg以上のカルシウムがあるが、人体のカルシウムの99%は骨にある。細胞内にあるのは1%で細胞外には0.1%しかない。この細胞外液のカルシウムが低下しているのが、低カルシウム血症である。低カルシウム血症は種々の異常を人体に起こすが、異常を起こすのはカルシウムイオンが低下している低カルシウム血症に限られる。細胞外液のカルシウムは蛋白と結合して存在するもの(41%)、クエン酸イオンやリン酸イオンなどの陰イオンと結合して存在するもの(9%)、カルシウムイオンとして存在するもの(50%)がある。この中で活性をもつカルシウムはカルシウムイオンだけである。結合している蛋白の80%はアルブミンである。アルブミンが低下すると、カルシウムイオンが減少していないが、アルブミンと結合したカルシウムが減少するために、低カルシウム血症となる。この時は低カルシウム血症であるが、カルシウムイオンが低下していないために、人体の異常は起こらない。通常の血液検査で測定するカルシウムはアルブミンと結合したカルシウム、陰イオンと結合したカルシウム、カルシウムイオンの3つを合わせたカルシウムの値が出てくる。それでアルブミンの減少による低カルシウム血症を除外するために、次のような式でカルシウムの補正をする。
 測定カルシウム値+(4-アルブミン)
 または
 測定カルシウム値+0.8×(4.4-アルブミン)
 しかし一番正確なのはカルシウムイオンを測定することである。医療現場では、血液ガスを測定するときにカルシウムイオンも測定できる。以後低カルシウム血症という言葉を使うが、正確には低カルシウムイオン血症のことである。
 低カルシウム血症になるとどういう異常が起こるのだろうか。カルシウムが減少すると神経は興奮しやすくなるが、筋肉の収縮は減少する。筋肉の収縮が低下するのは、神経筋接合部のアセチルコリンの放出を低カルシウム血症が妨げるためである。末梢神経が興奮すると、自ら信号を発し筋肉を収縮させる。これをテタニーと言う。神経の興奮が筋肉の収縮低下に勝るために、筋肉が収縮するのである。感覚神経も興奮されやすくなるため、しびれ感、チクチク感を感じる。喉頭の平滑筋も収縮させるために嚥下障害、気管けいれんによる息切れが起こり、喘鳴が聞こえる。気道を閉塞して死亡することもある。中枢神経が興奮すると、けいれんが起こる。低カルシウム血症は心筋の収縮を減少させるために、心拍出量減少、慢性心不全、低血圧が起こる。
 カルシウムを調節しているものに、副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone PTHと略す)、ビタミンD、カルシトニン(calcitonin)がある。
 血清カルシウムを増加させるには、どうしたらいいのだろうか。体にたくさんのカルシウムを取り込むか、カルシウムの腎臓からの排泄を減らすか、骨にたくさんのカルシウムがあるのだから、これを血清に取り込む(これを骨吸収と言う)かのどれかである。
 PTHは骨に働いて骨吸収を増加させる。また腎臓に働いてカルシウムの再吸収を増加させ、腎臓からのカルシウムの排泄を減らす。ビタミンDは腸管からのカルシウムの吸収を増大させる。また骨からのカルシウム吸収を増やす。ビタミンDは腎臓でカルシウムの再吸収も促進するが、これは弱い作用で、細胞外カルシウムを調節する主たる作用ではない。カルシトニンは骨吸収を減少させて血清カルシウムを下げる。カルシトニンは甲状腺で分泌される。
 PTHは甲状腺に付着している副甲状腺(上皮小体とも言う)から分泌される。副甲状腺は4個あるから、2個を取り除いても異常が出ることはは少ない。3個取り除くとしばらくPTHが少なくなるが、やがて残りの1個が肥大して代償することができる。PTHの多くの働きはcAMPで仲介されている。
 ビタミンD群の主たるものはcholecalciferolである。cholecalciferolは皮膚にある7-dehydrocholesterolから紫外線によってつくられる。食事から摂取するビタミンDも働きはcholecalciferolと同じである。ただし原子がわずかに違っている。cholecalceferolは不活性であり、ビタミンDとしての働きはほとんどない。ビタミンDの働きをするには、これを活性のあるものに変換する必要がある。変換は肝臓と腎臓でなされる。肝臓では、cholecalceferolが25-hydorxycholecalciferolに変換される。25の位置に水酸基がつくのである。cholecalceferolは何ヶ月も肝臓にいることができるが、25-hydorxycholecalciferolは数週間しか肝臓にいることができない。それでcholecalciferolをすべて25-hydorxycholecalciferolに変換してしまうと、せっかくのビタミンDを浪費してしまう。 また不活性ビタミンDをすべて25-hydorxycholecalciferolに変換すると、活性型ビタミンDが増えすぎることもある。それで25-hydorxycholecalciferolが多くなると、cholecalceferolは25-hydorxycholecalciferolに変換されなくなる。不活性ビタミンDをたくさん摂取しても25-hydorxycholecalciferolをつくりすぎることがないから、安心してビタミンDを摂取できるのである。腎臓で25-hydorxycholecalciferolはPTHの助けを借りて1,25-dehydroxycholecalciferolに変換される。25-hydorxycholecalciferolの1位にさらに水酸基がついたのである。1,25-dehydroxycholecalciferolが活性型ビタミンDである。1,25-dehydroxycholecalciferolはcalcitriolとも言う。1,25-dehydroxycholecalciferolは、cholecalciferol、25-hydorxycholecalciferolの1000倍の活性を持つ。ここで気をつけるべきは1,25-dehydroxycholecalciferolに変換するのにPTHが必要なことである。PTHが不足すると活性型ビタミンDが不足することからも、血清カルシウムは低下するのである。
 1,25-dehydroxycholecalciferolは2日でカルシウムに結合する蛋白を腸管の上皮につくる。これがカルシウムを取り込む働きをする。
 くる病は太陽にあまりあたらないために、ビタミンDが不足し、それがためにカルシウムが不足して起こる病気である。しかしくる病ではカルシウムは少し下がっている程度だが、リンは非常にに下がっている。これはPTHが分泌されカルシウムを上げようとするからである。PTHはリンの腎よりの排泄を促すためにリンは下がる。
 どういう場合に低カルシウム血症になるのだろうか。
 PTHが十分に産生されないならば低カルシウム血症になる。これを副甲状腺機能低下症(hypoparathyroidism)と言う。
 PTHが十分に産生されているのに、臓器のPTHへの反応が低下し、PTHが低下しているのと同じような状態になることがある。これを偽性副甲状腺機能低下症(pseudohypoparathyroidism)と言う。これも低カルシウム血症になる。
 サルコイドーシス、結核、ヘモクロマトーシスは副甲状腺を浸潤して副甲状腺機能を低下させ、PTHの産出を少なくすることがあるために、低カルシウム血症になることがある。
 リンはカルシウムに結合して低カルシウム血症を起こす。それで高リン血症の時は低カルシウム血症になる。高リン血症は重篤な患者に見られることがある。
 横紋筋融解症では横紋筋の融解でCPK(creatine phosphokinase)が増大するから、リンが増えることになり、リンはカルシウムと結合するから、低カルシウム血症になる。
 急性膵炎で低カルシウム血症が起こりえる。膵臓が障害されると、リパーゼにより遊離脂肪酸がつくられ、遊離脂肪酸はカルシウムと結合しカルシウムが析出するためである。低カルシウム血症を起こした急性膵炎は予後が悪い。
 腎不全だと1,25-dehydroxycholecalciferolへの変換が妨げられるから、活性型ビタミンDが少なくなることと、リンがたまることのために低カルシウム血症になる。
 肝不全だと25-hydorxycholecalciferolへの変換が妨げられるから低カルシウム血症になる。
 骨増殖性の骨転移では、骨にカルシウムが移動し、血清カルシウムが低下する。
 プロトンポンプインヒビター(lansoprazole タケプロンなど)は胃酸を減少させる。これがカルシウムの吸収を減少させる。
 膵臓を切除すると酵素が不足し十二指腸、空腸でのカルシウム吸収が妨げられる。
 アルカローシスはカルシウムとアルブミンの結合を促進しカルシウムイオンを減らす。
 低マグネシウム血症は、臓器のPTHの感受性を妨げることと、PTHの分泌を減少させることのために低カルシウム血症を起こす。
 アルミニウム、アルコールはPTHを抑制する。
 エストロゲンはカルシウムの骨吸収を妨げる。
 敗血症はICUでよく低カルシウム血症の原因になる。遊離脂肪酸が増えるため、カルシウムとアルブミンが結合するのが、増えるためだろう。
 輸血すると、輸血製剤の中のクエン酸とカルシウムが結合するために、低カルシウム血症になることがあるが、肝不全、腎不全がなければ、輸血による低カルシウム血症は一時的である。
 炭酸水素ナトリウム(sodium bicarbonate メイロン)を静注すると、カルシウムイオンが炭酸水素イオンと結合するため、カルシウムイオンが減少することがある。
 phenobarbital(フェノバール)、phenytoin(アレビアチン)はP-450の活動を高め、cholecalciferol(ビタミンD)が25-hydorxycholecalciferolになるのを促進することと、ビタミンDの異化を促進することのためにビタミンDを減少させる。それで腸管でのカルシウム吸収が減少し低カルシウム血症になる。
 aminoglycoside(イセパシンなど)、cimetidine(タガメット)、heparin、thephylline(テオドール)のような薬剤で低カルシウム血症になることがある。
 シスプラチンは低マグネシウム血症を起こすがために低カルシウム血症になる。
 ヘパリン投与や、高ビリルビン血症でカルシウムの検査値が低く出ることがある。

検査
  1. 血清カルシウム
    補正血清カルシウム値が8.5未満は低カルシウム血症である。
  2. カルシウムイオン(イオン化カルシウムとも言う)
    カルシウムイオン 1.0mmol/L未満は低カルシウム血症である。
    カルシウムイオンの低値こそが真の低カルシウム血症である。カルシウムイオンの測定は通常は血液ガスの測定とともになされる。
  3. マグネシウム
    低マグネシウム血症は、臓器のPTHの感受性を妨げるために低カルシウム血症になる。低マグネシウム血症と低カルシウム血症があると、カルシウムを補っても、マグネシウムを補わなければカルシウムは増えない。
  4. リン
    リンはカルシウムに結合して低カルシウム血症を起こす。
    腎臓が正常ならば、PTHはリンの排出を促進する。それで低カルシウム血症でリンが高いなら、PTHが出ていないか(副甲状腺機能低下症)、PTHへの反応が悪いか(偽性副甲状腺機能低下症)、マグネシウムが不足しているか(低マグネシウム血症は臓器のPTHの感受性を妨げる)を意味する。
  5. PTHインタクト
    PTHは84個のアミノ酸からなるが、蛋白分解酵素により簡単に切断され、N末端、中間部、C末端に分解される。これをフラグメントと言う。フラグメントに分解されていない完全分子型をPTHインタクトと言う。活性のあるのは、N末端フラグメントだけだが、N末端フラグメントは半減期が2?5分のため測定するのが困難である。それでPTHインタクトを測定する。PTHが不足して低カルシウム血症になっていないかを見る。
  6. 25-OHビタミンD
    25-hydorxycholecalciferolは25-OHビタミンDとも書かれる。cholecalciferol(ビタミンD)は代謝や脂肪組織への移行で血中濃度が大きく変動する。それで25-hydorxycholecalciferolを測定し、ビタミンDが不足しているかどうかを見る。
  7. 1,25-(OH)2ビタミンD
    1,25-dehydroxycholecalciferolは1,25-(OH)2ビタミンDとも書かれる。 活性型ビタミンD低下により低カルシウム血症になっていないかを見る。
  8. BUN(blood urea nitrogen)  クレアチニン
    腎不全を見る。
  9. アルブミン  PT(prothrombin time)
    肝不全を見る。またアルブミンは補正カルシウム値を出すのに必要である。
  10. ALP(alkaline phosphatase)
    くる病、骨軟化症があると高くなることが多い。PTHの不足では、基準値内か、少し上昇している程度である。
  11. 尿カルシウム(随時尿)
    低カルシウム血症であるのに、尿カルシウムが高ければ腎障害である。
  12. Chvostek 徴候
    Chvostek 徴候とは、耳珠の2cm前をたたくと、同側の口角の収縮、顔面筋の収縮が起こるのを言う。低カルシウム血症は神経が興奮しやすくなるために起こる。ただし正常な人でも25%は陽性になる。
  13. Trousseau 徴候
    収縮期血圧より20mmHg上で3?5分間カフで圧迫する。これが神経を刺激し、手首と手根指節関節の屈曲、指節間関節の伸展、親指の内転が見られるのを言う。低カルシウム血症は神経が刺激されやすくなるために起こる。ただし低カルシウム血症があっても、30%には見られない。
  14. 心電図
    QT延長が起こる。
治療
 カルシウムが不足しているためにいろいろな症状が出ているのだからカルシウムを補ってやればいいのである。血清カルシウムを増やす働きをするビタミンDやPTHを補う方法も考えられる。しかしPTHを投与しても効果が数時間しか続かないこと、PTHに対する抗体ができやすく、だんだんと効きにくくなるなること、さらに高価であることのために、臨床的にPTHは治療として使われない。
 カルシウムの点滴静注は重要臓器の血管収縮と虚血をもたらすことがあること、細胞内のカルシウムを上昇させ、致命的な細胞障害が出ることがあることがあるために、慎重にすべきであり、積極的なカルシウムの点滴静注は、症状のある低カルシウム血症とカルシウムイオンが0.65mmol/L以下の場合に限るべきである。
 カルシウムの補正にはグルコン酸カルシウム(calcium gluconate  商品名 カルチコール) がよく使われる。カルチコールには、グルコン酸カルシウム水和物が8.5%の濃度で入っている。グルコン酸カルシウム水和物の化学式はC12H22CaO14・H2Oである。2×12+1×22+40+16×14+1×2+16=448 だから分子量は448になる。カルチコール1mL(1g)には1000mg×0.085=85mg のグルコン酸カルシウムが入っているから、85×40/448=7.59mgのカルシウムが入っている。しかしカルチコールには糖酸カルシウムも添加されているため、糖酸カルシウム由来のカルシウムも含めると、カルチコール1mLにカルシウムは7.85mg入っている。カルシウムは2価であるから、1当量は40/2=20になる。7.85mg/20=0.39mEq(miliequivalent ミリ当量)になる。たからカルチコール1mLには7.85mg(0.39mEq)のカルシウムが入っている。
 積極的なカルシウムの点滴静注は次のようにする。
 カルチコール 15?25mL(Ca 118?196mg) + 5%ブドウ糖液または生理食塩水 100mL を10分で落とす。
 その後カルシウムを0.3?2mg/kg/時 で少なくとも6時間は点滴し、その後血清カルシウムにより、投与を変える。体重50kgの患者にカルチコール 40mL + 5%ブドウ糖液または生理食塩水 500mL を6時間で点滴静注すると、1.25mg/kg/時で投与したことになる。10分でカルシウムを200mg投与すると、血清カルシウムは1mg/dL上昇するが、30分もすると下がり始めるために6時間以上の持続点滴をするのである。
 カルチコールを経口で投与するには、1日1?5g を分3で投与する。
 ビタミンD製剤には、calcitriol(1,25-dehydroxycholecalciferol)(商品名 ロカルトロール)がある。1日1回 0.5?1μgを経口で投与する。
 急性膵炎や黄紋筋融解症で低カルシウム血症になっている時は、十分なカルシウムの補正はすべきでない。急性膵炎や黄紋筋融解症が改善すると、高カルシウム血症になることがあるからである。
 低カルシウム血症とアシドーシスがあり、両方とも積極的な補正が必要な時は、カルシウムの補正をしてからアシドーシスの補正をすべきである。アシドーシスが先に補正されると、カルシウムイオンがさらに減少するからである。

参考文献
  1. Paul L Marino. The ICU Book. Second Edition. LIPPINCOTT WILLIAMS & WILKINS, p.673-679.
  2. Arthur C. Guyton, John E. Hall. Textbook of Medical Physiology eleventh edition. ELSEVIER & SAUNDERS, p.978-995.
  3. eMedicine. Hypocalcemia. https://emedicine.medscape.com/article/767260-print (2009/3/10アクセス)
  4. eMedicine. Hypocalcemia. https://emedicine.medscape.com/article/241893-print (2009/3/10アクセス)
  5. eMedicine. Hypocalcemia. https://emedicine.medscape.com/article/921844-print (2009/3/28アクセス)
  6. 三菱化学メディエンス株式会社. 内分泌検査 副甲状腺. https://data.medience.co.jp/compendium/main.asp?field=03&m_class=03&s_class=0002(2009/3/20アクセス)
2011年6月22日更新
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