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心不全 Heart Failure

病態
 血液が各臓器、各細胞に必要な酸素や栄養を運搬する。もし血液の流れが完全に止まると各臓器、各細胞は十分な酸素、栄養を供給されなくなる。それで各臓器、各細胞は機能不全となり人間は死ぬことになる。
 血液の流れは心臓の収縮と拡張によりなされている。心臓の収縮、拡張が不十分になり、それがため血液の流れが不十分になり、各臓器、各細胞に十分な酸素と栄養がゆきわたらなくなった状態を心不全と言う。
 血液の流れは、体の上部の静脈が最終的に上大静脈(superior vena cava よくSVCと略して言われる)に集まり、体の下部の静脈が最終的に下大静脈(inferior vena cava よくIVCと略して言われる)に集まる。上大静脈と下大静脈は心臓の右心房(right atrium)に開く。心臓の右心房に入った血液は三尖弁(tricuspid valve)を通って右心室(right ventricle)に入る。右心室から肺動脈弁(pulmonary valve)を通って肺動脈(pulmonary artery)に入る。肺動脈は肺毛細血管に入り、肺毛細血管で血液中の二酸化炭素と酸素が交換される。だから二酸化炭素の多い静脈血が酸素の多い動脈血となる。動脈血は肺静脈(pulmonary vein)から心臓の左心房(left atrium)に入る。 左心房に入った血液は僧帽弁(mitral valve)を通り左心室(left ventricle)に入る。左心室から大動脈弁(aortic valve)を通り、大動脈(aorta)に入る。大動脈から全身の血液に送られる。なお心臓に入ってくる血管を静脈と言い、心臓から出ていく血管を動脈と言っている。肺動脈は心臓から出ていくから動脈と言われるが、流れている血液は酸素の少ない静脈血である。肺静脈は心臓に入ってくるから静脈と言われるが、流れている血液は酸素の多い動脈血である。
 心臓の収縮と拡張は心筋の収縮と伸展によりなされている。心筋を収縮させるにはまず心筋を伸展させなければならない。これはばねを収縮させるのと同じである。ばねを収縮させようと思えば、まずばねを伸展しなければならない。ばねを長く伸ばすほどばねは強く収縮する。心筋の伸展の度合いは心臓が拡張しきった時の心臓の容量(これを拡張終末期容量 end-diastolic volume と言う)に比例する。心臓の拡張終末期容量が大きいほど心筋はたくさん伸展しているのだから、心筋は強く収縮する。 心筋が強く収縮すると心臓から出る血液の量(これを心拍出量 cardiac outputと言う。単位はL/分である。)は増える。心臓の拡張終末期容積は血液で充満されているのだから、拡張終末期容積は心臓に入ってくる血液の量と言うこともできる。この心臓の拡張終末期容積(あるいは心臓に入ってくる血液量)が増えると、心臓から出ていく血液量(つまり心拍出量)も増えることをフランクースターリングの法則(Frank-Starling mechanism)と言う。
 心不全は心臓の拡張、収縮が十分でないために体に十分な血液を送ることができない状態である。つまり心拍出量が低下している状態である。心拍出量が低下するのは2つの場合が考えられる。1つは心筋の収縮力が落ちている場合である。もう1つは心筋が十分に伸展しないため心室が十分に拡張せず、心臓に入ってくる血液量が低下し心拍出量が落ちる場合である。これは先に言ったFrank-Starlingの法則による心拍出量低下である。心臓の収縮力が落ちている心不全を収縮期心不全(systolic heart failure)と言う。心筋の伸展が落ちている心不全を拡張期心不全(diastolic heart failure)と言う。
 心室は左心室と右心室の2つがある。主として左心室が不全になるのを左心不全(left heart failure)と言う。主として右心室が不全になる右心不全(right heart failure)と言う。これを上で言った収縮期心不全、拡張期心不全と組み合わすと、収縮期左心不全(left heart systolic failure)、拡張期左心不全(left heart diastolic failure)、収縮期右心不全(right heart systolic failure)、拡張期右心不全(right heart diastolic failure)の4つの場合がある。しかし右心不全は主に収縮期心不全になる。
 心臓の機能を表す指標は上で言った心拍出量(cardiac output 単位L/分)がある。ここに身長150cm、体重40kgのAと身長170cm、体重100kgのBがいるとする。Aの表面積は1.30m2で、Bの表面積は2.16m2である。このA、Bの心拍出量が同じく4L/分であるとすると2人の心臓の機能は同じと判断してよいだろうか。Bは表面積がAよりずっと大きいのだから、血管の分布している面積もずっと大きくなる。 それでBの心拍出量はAより多くなければ血液は十分に末梢までゆきわたらないはずである。心拍出量が同じだからと言ってA、Bの心機能が同じとは言えないのである。この点を考慮し、心拍出量を表面積で割った指標を考える。これを心係数(cardiac index 単位L/分/m2 基準値2.4〜4)と言う。この場合Aの心係数は3.08でBの心係数は1.85である。Aは基準値内だが、Bは心不全になる。
 1回拍出量(stroke volume)という指標は、心臓が1回の収縮で排出する血液量である。心拍出量=1回拍出量×心拍数の関係になる。
 肺毛細血管楔入圧(pulmonary capillary wedge pressure)あるいは肺動脈楔入圧(pulmonary artery wedge pressure)と言われる指標がある。ちなみに楔入圧は「キツニュウアツ」と読むようにかなを打ってある辞典があるが、大漢和には「楔」に「キツ」という読みはない。「セツニュウアツ」と読むのが正しいようである。
 肺動脈カテーテル(pulmonary artery catheter開発した人の名を取り、Swan-Ganz catheterとも呼ばれる。)を鎖骨下静脈あるいは内頚静脈から挿入し、先端を上大静脈、右心房、三尖弁、右心室、肺動脈弁、肺動脈と進め、最後に肺動脈の分枝まで進める。肺動脈カテーテルの先端には穴があいており、その穴の圧力が測定できるようになっている。穴の近位端にはバルーンがあり、これはふくらませることができる。バルーンをふくらませると、肺動脈の血流が断たれるから、肺動脈の圧はなくなる。肺毛細血管の圧がわかるのである。このバルーンをふくらませて肺動脈の血流を断って測定した圧を肺毛細血管楔入圧と言う。 肺動脈は肺毛細血管を経由して肺静脈、左心房へとつながる。肺毛細血管、肺静脈、左心房という血液の流れの中に流れを止める弁はない。肺毛細血管、肺静脈、左心房の圧は同じはずである。肺毛細血管楔入圧は肺毛細血管、肺静脈、左心房の圧を表すのである。また左心室の拡張期には左心房と左心室の間の僧帽弁が開き、左心房の血液が左心室に流れる。それで拡張終末期には左心室の圧は左心房と同じになるはずである。だから肺毛細血管楔入圧は左心室の拡張終末期の圧も表す。
 上大静脈や下大静脈のような中心静脈の圧を中心静脈圧(central venous pressure)と言う。上大静脈や下大静脈は右心房に入るが、この間に弁はない。だから中心静脈圧は右心房の圧でもある。右心室の拡張期には右心房と右心室の間の三尖弁が開き、右心房の血液が右心室に流れる。それで拡張終末期には右心室の圧は右心房と同じになるはずである。だから中心静脈圧は右心室の拡張終末期の圧も表す。
 左心不全は左心室からの心拍出量が減少している状態である。血液は右心室、肺動脈、肺血管、肺静脈、左心房、左心室と流れてくる。右心室と肺動脈の間には肺動脈弁があるが、肺動脈、肺血管、肺静脈、左心房の間には弁がない。だから左心不全で左室から血液が十分に出て行かなくなると、血液は左心房、肺静脈、肺血管、肺動脈に滞るはずである。肺血管に血液が滞っているのを肺うっ血(pulmonary congestion)と言う。
 肺は肺胞(alveolus)と呼ばれるぶどうのふさ様の構造物でできており、ここは空気で満たされている。ここで血中の酸素と二酸化炭素の交換がなされる。肺胞の間の構造物を間質(interstitium)と言う。
 肺うっ血になると、その増えた血液の圧で肺血管内の圧は上昇する。その圧に押され、血管内の血しょうが肺の間質にもれる。さらに肺うっ血がひどくなると肺胞の中にまで肺血管内の血しょうが侵入する。肺の間質や肺胞に液が貯留したのを肺水腫(pulmonary edema)と言う。肺水腫になると肺での酸素交換が十分にできず、息苦しくなる。左心不全、肺うっ血、肺水腫は次のような症状が出る。
  1. 動作時息切れ
     動くと組織は酸素をたくさん必要とするが、左心不全があると十分な血流がなく、組織への酸素供給不十分である。それで息切れが起こる。
  2. 起坐呼吸
     臥位になると重力の関係で下肢や腹部の血液が少なくなり、血液は胸腔に集まる。収縮力の低下した心臓は十分の血液を送ることができないため、肺の血管に血液がさらにたまり肺うっ血、肺水腫がひどくなる。それで呼吸が苦しくなる。起坐位のほうが呼吸が楽なので、起坐位で呼吸しようとするのを起坐呼吸と言う。
  3. 空咳
     肺うっ血で起こる。
  4. 発作性夜間呼吸困難
     息苦しさ、窒息感、不安のため夜間に目がさめる。気管支痙攣のため呼吸困難にもなる。これも肺うっ血で起こる。
  5. 安静時息切れ
     心不全が進むと安静時にも息切れが起こる。
 右心不全は右室からの血液が減少している状態である。血液は大静脈(上大静脈、下大静脈)、右心房、右心室と流れる。上大静脈と右心房との間、下大静脈と右心房との間には弁はない。それで右心室から血液が十分に出て行かなくなると血液は右心房、上大静脈、下大静脈に滞る。
 頚静脈は上大静脈に流れこむから、上大静脈に血液がうっ滞すると、頚静脈にもうっ滞することになる。それで頚静脈が怒張する。
 肝臓には門脈から血液が流れ、肝静脈を経て下大静脈に注いでいる。下大静脈に血液がうっ滞することになると、門脈系の血管にもうっ滞する。それで食欲不振、腹滿感、嘔気、肝肥大、腹水、心窩部痛あるいは右上腹部痛が生じる。
 下大静脈に血液がうっ滞するのだから、その圧で間質に体液がたまり浮腫となる。重力の関係で下肢にできやすい。
心不全になると心拍出量が低下するのだから、腎血流量も低下する。腎血流量が低下すると、腎臓はそれを代償しようとしてナトリウムの再吸収を盛んにして水の再吸収を増やそうとする。それで循環血液量が増える。これがためにも浮腫ができる。

検査
  1. 脈圧
    収縮期血圧と拡張期血圧との差を脈圧(pulse pressure)と言う。心拍出量が減少すると収縮期と拡張期の血圧の差が小さくなる。つまり脈圧が減少する。脈圧/収縮期血圧を脈圧比(proportional pulse pressure)と言う。脈圧比が25%以下の時心係数は2.2以下になるという報告がある。
  2. 脈拍数
    1回拍出量が減少すると、心拍数を増やして心拍出量を保とうとする。それで頻脈になる。
  3. 聴診
    Ⅲ音が聴取される。肺水腫のためラ音が聴取される。
  4. 体温
    心不全がひどくなると、皮膚の血管が収縮し熱の発散がしにくくなるため発熱する。
  5. 血算
    貧血が心不全の原因となることがある。また貧血を併発すると、酸素の運搬がさらに減少するため症状は悪化する。
  6. Na
    利尿剤の投与しすぎで脱水となり、高ナトリウム血症となることがある。ナトリウムの摂取制限のため、低ナトリウム血症となることがある。
  7. K
    ラシックス(furosemide)の投与で低カリウム血症となることがある。心拍出量の低下でナトリウム、カリウムの交換が十分にできず高カリウム血症になることがある。
  8. BUN(blood urea nitrogen 尿素窒素)  クレアチニン
    重症の心不全になると腎血流が低下し、腎障害が起こるために、BUN、クレアチニンが上昇する。
  9. AST(aspartate aminotransferase)  ;ALT(alanine aminotransferase)    LDH(lactic dehydrogenase)   ビリルビン
    肝うっ血のため肝障害が起こると上昇する。
  10. BNP(B-type natriuretic peptide)
    BNPは心室の容積と心室圧に比例して心室より放出される。BNPは左心室拡張終末期圧のよい指標である。BNPが80以上の時心不全に対する感受性は98%以上、特異性は93%以上である。
  11. BNP(B-type natriuretic peptide)
  12. 胸部X線写真
     ① cephalization
     立位で胸部X線写真を撮影すると、重力のために血液は下に行くから、肺下部の血管が肺上部より太く見える。心不全で肺うっ血になるとこれがなくなり上部の血管が下部の血管より太く見えるのをcephalizationと言っている。肺門より上の肺血管と肺門より下の肺血管の太さを比べて判断するが、はっきりしないことも多い。肺動脈と気管支は並行して走行し、前上葉枝の肺動脈と前上葉枝の気管支の径は正常なら同じであるから、前上葉枝の肺動脈の径が前上葉枝の気管支の径より大きいとcephalizationと判断する方法もある。cephalizationは心不全の初期から見られる。
     ② 肺血管の不鮮明
     肺血管は肺胞の空気をバックにしていると、水濃度と空気濃度ではX線の透過性がかなり違うために、血管の境界が比較的はっきりとわかる。間質や肺胞に液がたまると、肺血管のバックが空気濃度から水濃度に近づく。それでコントラストが悪くなり、肺血管影が不鮮明になる。
     ③ Kerley lines
     Kerley lineはA B Cがある。
     Kerley A lineは肺門近くから末梢に走る長さ2〜6cmのX線上白く見える線である。血管影と無関係に走るため血管影と交差する。
     Kerley B lineは肺の外側から、外側に垂直に走る長さ2cmまでのX線上白く見える線である。Kerley A lineより細い。肺底部に多い。 Kerley C lineはX線上白い、細い線がたくさん見られネット状に見えるものである。
     Kerley linesは間質にたまっている水が白い線に見えているのである。
     ④ peribronchial cuffing
     X線上輪切りに見える気管支の周囲をおおう水濃度のリング状に見える陰影を言う。間質に水がたまっていることを示す。
     ⑤ butterfly shadow
     心臓が蝶の体の部分で左右肺野に羽を広げているように見えるのをbutterfly shadowと言う。肺水腫のため肺野の濃度が上昇しているから肺門の境界は不鮮明となり、肺野の濃度が上昇してX線上白く見えるから蝶の羽のように見えるのである。
     ⑥ 胸水
     肺うっ血のため水が胸膜腔内にたまったものである。
     ⑦ 心肥大
     心不全を代償しようとして心肥大が起こる。心胸郭比(cardiothoracic ratio よくCTRと略す)が50%以上なら心肥大とする。

     なおcephalizationの段階ではまだ間質に水がたまっていないから聴診上ラ音は聴こえないが、間質や肺胞に水がたまるようになると、聴診上ラ音が聴かれる。
  13. パルスオキシメーター
     経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)を見るためにする。SpO2が90%以下なら酸素を投与する。
  14. 血液ガス
    肺水腫のため酸素分圧(PaO2)低下、二酸化炭素分圧(PaCO2)上昇が起こりえるためにする。高濃度の酸素を投与しても、酸素飽和度(SaO2)が90%以下の時と、PaO2が60mmHg以下でSaO2が90%以下になる可能性が高い時は、挿管、人工呼吸に移行する。またPaCO2が50mmHg以上でPHが7.30以下の時も、挿管、人工呼吸に移行する。
  15. 心エコー
    心機能、壁運動、心臓の弁、心膜の評価ができる。侵襲が少なく心不全の原因、状態が評価できる優れた検査である。
  16. 心電図
    左室肥大、左房負荷、虚血性心疾患の有無がわかる。左脚ブロックは左心室の機能低下を示す。
  17. 肺動脈カテーテル
    肺毛細血管楔入圧、右心房圧、肺動脈圧、右室拡張終末期容積、駆出率、心拍出量、体血管抵抗などがわかる。その侵襲の大きさが問題である。
治療
 薬物療法
 薬物療法は心臓に入ってくる血液を少なくして、心臓の負荷を減らし、さらに肺の血流を少なくして肺水腫を改善するか、心臓の収縮力を高めるか、血管の抵抗を減らして心臓から血液が出やすくするかである。心臓に入ってくる血液を前負荷と言い、血管の抵抗を後負荷と言う。だから薬物療法は前負荷を少なくするか、心臓の収縮力を高めるか、後負荷を少なくするかである。

ACE(angiotensin converting enzyme)阻害薬
 腎臓から出るレニン(renin)はアンギオテンシノーゲン(angiotensinogen)を切断してアンギオテンシンⅠをつくる。アンギオテンシンⅠはアンギオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme よくACEと略す)によりアンギオテンシンⅡに変換される。アンギオテンシンⅡは血管を収縮させ、血管抵抗を増大させる。それで血圧があがる。また副腎からアルドステロン(aldosterone)を分泌させ腎臓でのナトリウムと水の再吸収を促す。それで循環血液量が増える。この一連のメカニズムをレニンーアンギオテンシン系と言っている。
 アンギオテンシン変換酵素(ACE)を阻害すれば、アンギオテンシンⅡの合成が阻害されるから、血管抵抗が減り、循環血液量が減る。血管抵抗の減少は後負荷を減らし、循環血液量の減少は前負荷を減らす。これがACE阻害薬が心不全に用いられる理由である。
 ACE阻害薬はレニベース(enalapril)などがある。レニベースは2.5〜10mgを1日1回経口で投与する。

アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬 (angiotensin Ⅱ receptor blocker ARBと略す)
 アンギオテンシンⅡは血管のアンギオテンシンⅡ受容体に結合して、血管を収縮させ、血管抵抗を増大させる。アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬はアンギオテンシンⅡがその受容体に結合するのを妨げる作用がある。それがためにアンギオテンシンⅡの作用が妨げられ、ACE阻害薬と同じような効果がある。ACE阻害薬で見られる空咳の副作用が少ないと言われる。ディオバン(valsartan)などがある。ディオバンは40〜80mgを1日1回投与する。160mgまで増量できる。
ヒドララジン(hydralazine)
 ACE阻害薬はレニンーアンギオテンシン系を阻害することにより血管拡張をもたらすが、ヒドララジンは直接血管に働き血管を拡張する。このため前負荷と後負荷が減少する。ACE阻害薬と異なり妊娠中にも使える。
 商品名はアプレゾンがあり、経口の維持量は1日30〜200mgである。

ループス利尿剤
 ラシックス(furosemide)などがある。ループス利尿剤は腎臓の尿細管のヘンレ上行脚に働きナトリウム、カリウムの再吸収を阻害する。ナトリムとともに水も出るから利尿効果があるのである。ヘンレ上行脚では尿細管の25〜30%のナトリウムが再吸収されるため、これを阻害するループス利尿剤は強力な利尿剤である。カリウムの再吸収も一緒に阻害するため低カリウム血症の副作用が出る。
 ループス利尿剤は利尿により体液を減らすことと、肺動脈を拡張することにより、前負荷を減少させる。心不全に多用されている薬である。しかしループス利尿剤の多用は体液が減少するから、心臓に帰ってくる血液量が減少する。またループス利尿剤はレニンーアンギオテンシン系を刺激して血管抵抗を増大させる。 この2つのために心拍出量がかえって減少することがある。特に拡張期心不全は拡張期の心臓の容積が減少するために、心拍出量が減少して心不全になっているのだから、心臓に帰ってくる血液量が減少すると心不全が悪化する。心拍量が低下し、心停止となることがある。心不全即利尿剤という単純な治療でなく、全身の状態をよく観察することが大事である。ラシックスは1日に20mgから600mgまで使う。経口、静注、あるいは点滴投与する。

カリウム保持性利尿剤
 アルダクトンA(spironolactone)、ソルダクトン(potassium canrenoate)などがある。腎臓の尿細管の集合管ではアルドステロン(aldosterone)の働きでナトリウムを再吸収し、それと交換にカリウムを排出している。spironolactoneはaldosteroneと競合し、aldosteroneが受容体に結合するのを阻害する。 aldosteroneの働きが弱くなるわけだから、ナトリウムの再吸収が押さえられ利尿効果があるのである。カリウムの排出も押さえられるから、ループス利尿剤のように低カリウム血症になることはない。ただ集合管でのナトリウムの再吸収はヘンレ上行脚ほど強力でないため、カリウム保持性利尿剤はループス利尿剤ほどの強力な利尿作用はない。
 心不全にカリウム保持性利尿剤を用いるのはループス利尿剤と同じように、その利尿作用により循環血液量を減少させ、前負荷を減少させることを狙っているのである。カリウム保持性利尿剤はその利尿作用でループス利尿剤に劣るが、心不全に対する効果はループス利尿剤と同等であることを多くの研究が示している。
 アルダクトンAは経口で1日に50〜100mg投与する。ソルダクトンは1回100〜200mgを生食などに溶解し、1日に1〜2回静注する。

ニトログリセリン(nitroglycerin)
 ニトログリセリンは体循環と肺循環の血管を拡張する。冠状動脈の血管も拡張するために狭心症にもよく使われる。体循環の静脈が拡張すると、静脈内に血液がとどまるから、心臓に帰ってくる血液量は減少する。それで前負荷が減少する。全身の動脈が拡張すると、左心室が動脈に血液を送ることに抵抗する血管抵抗が減少する。それで後負荷が減少する。ニトログリセリンは前負荷、後負荷を減少させることで心不全を治療するのである。ニトログリセリンを持続点滴静注した時、40μg/分以下では静脈を拡張する。それで前負荷が減少する。200μg/分以上では動脈が拡張する。それで後負荷が減少する。
 ニトログリセリンはラシックス(furosemide)に比べ、効果、安全性に優れ、効果発現も早いことを多くの研究が示している。
 ニトログリセンは塩化ビニルを含む容器や管に吸着される。だからその投与に塩化ビニルを含む容器や管を使わない。
 ニトログリセリンは脳血流も増大させる。それで頭痛の副作用となる。また脳血流増大のため脳圧が高まるため、脳圧の高い患者には使わない。肺血流も増大させるが、酸素交換が十分できていない部分の血流が増大すると、酸素の少ない血液が増えることになり、呼吸不全が悪化する。これはacute respiratory distress syndrome(ARDS)の時によく見られる。
 持続点滴静注はミリスロール(nitroglycerin)を0.05〜0.1μg/kg/分で開始し、5〜15分ごとに0.1〜0.2μg/kg/分ずつ増量し最適速度まであげて、最適速度を維持する。
 皮膚から吸収させる投与法もあり、ミリステープ(nitroglycerin)等がある。ミリステープは1枚に5mgのニトログリセリンが含まれており、12時間毎に1枚ずつはる。実際に皮膚に吸収されるのは60%の3mgである。

ジギタリス(digitalis)
 ジギタリスは心筋の収縮力を増大させる薬品である。
 細胞外のナトリウムの基準値は135〜145 mEq/L、カリウムの基準値は3.5〜5.5 mEq/mLである。ナトリウムのほうがずっと多い。しかし細胞内ではカリウムのほうがずっと多くなる。だから細胞膜のイオンチャネルを通じてナトリウムは細胞内にカリウムは細胞外に拡散しようとする。ところがNa+/K+ ATpase(sodium-and potassium-activated adenosine triphosphatase)がナトリウムを細胞外に出し、カリウムを細胞内に引き入れるポンプ作用をする。これがためにナトリウム、カリウムの細胞内外の濃度差が保たれている。
 ジギタリスは心筋細胞のNa+/K+ ATpaseに働き、そのポンプ作用を阻害する。それで細胞内のナトリウムが増える。ナトリウムとカルシウムを交換することで細胞内にカルシウムが流入する。細胞内のカルシウムが増大するために心筋の収縮力が強くなるのである。
 ジギタリス製剤にはラニラピッド(metildigoxin)、ジギラノゲンC(deslanoside)などがある。維持療法はラニラピッドが経口で1日に0.1〜0.2mg投与し、ジギラノゲンCは静注あるいは筋注で1日0.2〜0.3mg投与する。
 ジギタリスを投与しても生命は伸びない。しかし症状を改善することにより生活の質を改善することができる。
 ジギタリスは有効濃度と中毒濃度が近く、注意が必要である。ジギタリス中毒になると、1%程度であるが死亡することもある。ジギタリス中毒の症状は次のようなものである。
 心臓に関連した症状: 動悸、息切れ、失神、下肢の浮腫、徐脈、低血圧
 胃腸に関連した症状: 食欲不振、嘔気、嘔吐、腹部痛、下痢
 眼に関連した症状: 物の周囲の光のリング、輝点、暗点、色の変化、視力低下
 腎臓に関連した症状: 尿量低下、夜間頻尿
 ジギタリスを投与する時過量にならないように血中濃度を測定する。ただし血中濃度が基準値内だからジギタリス中毒が起こらないというわけではない。血中濃度が基準値内でも、他の薬剤との併用や低カリウム血症によりジギタリス中毒が起こり得る。
 ジギタリスの作用を増強する薬剤は多い。よく使う薬剤ではverapamil(ワソラン)、diltiazem(ヘルベッサー)、nifedipine(アダラート)、ibuprofen(ブルフェン)、omeprazole(オメプラゾン)、erythromycin(エリスロマイシン)、tetracycline(アクロマイシン)などがある。
 低カリウム血症はジギタリス中毒を誘発する。心不全の時よくラシックス(furosemide)が使われるために低カリウム血症になっていることが多い。注意が必要である。

ドブタミン(dobutamine)
 ドブタミンは心臓の収縮力を増強する。また末梢血管を拡張するため、軽度の後負荷減少作用がある。心臓の収縮力を増強するのが主な作用であるから、拡張期心不全は適応にならない。収縮期心不全は左心不全にも右心不全にも効果がある。心拍出量を増大させても、それに伴い血管抵抗も減少させるため血圧は上昇しない。末梢血管を拡張し血圧を下げることもあるため、血圧が80を割る時には用いない。
 商品名はドブトレックスなどがあり、5〜15μg/kg/分で点滴静注する。

ドーパミン(dopamine)
 投与量により作用が異なる。
 0.5〜3μg/kg/分で投与
 腎臓、腸間膜、大脳のドーパミン受容体を刺激し血流を増やす。また腎臓での血流増大と無関係に腎臓でのナトリウム排泄を促し利尿効果を示す。
 3〜7.5μg/kg/分で投与
 β受容体を刺激し、心筋の収縮力を増強する。また心拍数も増やす。それで心拍出量が増大する。
 7.5μg/kg/分以上で投与
α受容体を刺激し血管を収縮させ、血圧を上げる。そのため後負荷は増大するから、この濃度では心不全の治療作用はない。

ドーパミンは低血圧のためドブタミンを使うことができない患者に用いる。商品名はイノバン、カタボンなどがある。0.5〜20μg/kg/分で点滴静注する。

フォスフォジエステラーゼ阻害薬(phosphodiesterase inhibitor)
 アルコールと酸が脱水縮合して結合しているものをエステルと言う。カルボン酸のカルボシル基(R-COOH)とアルコールの水酸基(R-OH)が結合して、R-COO-Rができる。これはH2O、つまり水がひとつ減って結合しているのだから、脱水縮合してできたと言い、R-COO-Rをカルボン酸エステル結合と言う。単にエステル結合と言うと、カルボン酸エステル結合を言う。 リン酸はO=P(OH3)であり、リン酸とアルコールの水酸基が脱水縮合してできた結合をリン酸エステル結合と言う。リン酸は水素は3つあるのだから、1つの水素がアルコールの水酸基と脱水縮合したのをリン酸物モノエステル結合(フォスフォモノエステル結合)、2つの水素がアルコールの水酸基と脱水縮合したのをリン酸物ジエステル結合(フォスフォジエステル結合)、3つの水素がアルコールの水酸基と脱水縮合したのをリン酸物トリエステル結合(フォスフォトリエステル結合)と言う。
 フォスフォジエステラーゼ(phophodiesterase)はcAMP(cyclic adenosine monophosphate)のフォスフォジエステル結合を切断する酵素である。フォスフォジエステラーゼ阻害薬を投与すると、cAMPのフォスフォジエステル結合が切断されることが少なくなるために、cAMPが増加する。それで心筋収縮力の増強、末梢血管の拡張(これは後負荷を減少させる)、肺血管抵抗の減少(これは前負荷を減少させる)が起こる。
 フォスフォジエステラーゼ阻害薬はアムコラル(amrinone)、ミルリーラ(milrinone)などがある。
 アムコラル(amrinone)は、1mg/kgを3〜5分で静注した後に10μg/kg/分で点滴静注する。希釈には生食を使い、5%ブドウ糖液は用いない。劣化を起こすからである。またfurosemide(ラシックスなど)と混合して投与しない。沈殿物ができる。
 ミルリーラは50μg/kgを10分で静注した後に、0.5μg/kg/分で点滴静注する。希釈は、生食でも5%ブドウ糖液でもよい。furosemide(ラシックスなど)と混合して投与しない。沈殿物ができる。

 肺動脈カテーテル検査は肺毛細血管楔入圧、右心室圧、右心房圧、肺動脈圧を直接測定でき、その与える情報は大きい。しかしカテーテルを肺動脈の分枝まで入れるのであるからリスクがある。不整脈、肺動脈の破裂、血栓、感染、出血などが起こり得る。これらは患者の死亡ももたらしうる。それで肺動脈カテーテル検査が心不全の治療によい結果をもたらすかどうかは議論が分かれている。
 肺動脈カテーテル検査をした時、収縮期左心不全の治療戦略は次のようになる。望ましい肺毛細血管楔入圧は血液の浸透圧により異なるが、浸透圧が正常の時、20mmHgである。
  1. 肺毛細血管楔入圧が低下している時
    心臓は入ってくる血液だけを拍出することができる。入ってくる血液が少なければ、心拍出量は低下する。(Frank-Starlingの法則)肺毛細血管楔入圧が低下している時は、入ってくる血液量が少ないのだから輸液をする。
  2. 肺毛細血管楔入圧が適切な時
    ① 血圧が低い時
    dopamine(イノバンなど)を投与する。α受容体を刺激して血圧を上げる。α受容体刺激作用は5μg/kg/分以上より出てくる。
    ② 血圧が正常の時
    dobutamine(ドブトレックスなど)あるいはamrinone(アムコラルなど)を投与する。これらは心筋収縮力を高める。amrinoneは単独でも使うがdobutamineと併用することもある。
    ③ 血圧が高い時
    nitroglycerine(ミリスロールなど)を投与する。血管を拡張し、前負荷、後負荷を減少させる。
  3. 肺毛細血管楔入圧が高い時
    ① 心係数が低い時
    dobutamine(ドブトレックスなど)あるいはamrinone(アムコラルなど)を投与する。
    dopamineは肺血管を収縮させ肺毛細血管楔入圧をさらに上げうるから、用いるべきでない。nitroglycerineのような血管拡張薬は、酸素交換ができていない所の血流を増し、低酸素血症を悪化させることがあるから用いない
    ② 心係数が正常な時
    nitroglycerine(ミリスロールなど)を投与する。あるいはfurosemide(ラシックスなど)を投与する。
    nitroglycerineは静脈と肺循環の血管を拡張し肺毛細血管楔入圧を減少させ、前負荷を減らし、動脈を拡張し後負荷を減らすために使う。しかし上で言ったように低酸素血症を悪化させることがあるから、血液ガス検査を頻回にする。
    肺毛細血管楔入圧が高いために心拍出量を維持している所があるから、furosemideを大量に使用することは勧められない。
機械的治療
 大動脈内バルーンポンプ(intraaortic balloon pump IABP)などがある。大動脈内バルーンポンプはバルーンのついたカテーテルを大腿動脈から挿入し、上に進め、大動脈から右鎖骨下動脈が分岐する所より末梢の下行大動脈内に留置する。バルーンは拡張期初期にふくらませ、収縮期初期に縮ませる。拡張期にバルーンが下行大動脈をふさぐのだから、拡張期血圧を上げることになり、血圧が高いのだから末梢の血流は増大する。また冠状動脈には拡張期に流れるから、拡張期血圧が上昇すると冠状動脈の血流も増やす。収縮期にバルーンを縮ませると、急に大動脈内の圧を下げることになるから血流が流れやすくなる。真空容器で採血するのと同じ原理である。圧差が大きいと血液は圧の低い所に容易に流れるのである。後負荷を減らすことで心不全を改善するのである。
 下行大動脈をふさぐのだから下肢の虚血の副作用がある。また敗血症の副作用もある。

参考文献
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2007年6月23日作成
2010年2月6日更新
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