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失神 (Syncope)

病態
 脳は酸素をかなり必要とする。脳への酸素供給が不十分になるために起こるのが失神である。 脳に酸素を十分に供給できなくなるのは、脳の血流が十分でなくなるからである。失神の継続時間は通常30秒以内である。
 立ち上がると、重力があるから血液は、坐位や、仰臥位より下にたまる。脳は人間の上にあるのだから、下に血液がたまった分だけ、血液が少なくなるはずである。脳の血流が低下するのだから、酸素不足となり、失神がおこってもおかしくない。しかし正常であれば、立ち上がるだけで失神することはない。これは立ち上がっても脳の血流をできるだけ一定に維持しようとする自動調節機構があるからである。自動調節機構で一番大きいものは、筋肉ポンプ(muscle pump)である。筋肉の働きで、血液が下にたまるのを防ぎ、また筋肉の働きで静脈の血流を心臓にもどそうとする。筋肉が衰えていたり、降圧薬で筋肉ポンプが十分に働かなかったりすると、自動調節機構が十分に働かず立ち上がることで失神が起こることがある。
 自律神経も自動調節機構になっている。パーキンソン病(Parkinson disease)や脊髄損傷、延髄や視床下部の梗塞で自律神経障害が起こったり、糖尿病(diabetes mellitus)、アルコール、ギラン・バレー症候群(Guillan-Barre syndrome)などで末梢神経障害が起こり、自律神経障害が起こることがある。自律神経が障害され自動調節機構が十分に働かないと、立ち上がることで失神が起こる。
 強い痛みや強い恐怖感などは、血管迷走神経を刺激する。血管迷走神経は心臓に働いて徐脈にし、血管に働いて血管抵抗を減少させる。それで低血圧となり、血液が血管内にどどまる。脳への血液量が不十分となり、失神が起こることがある。
 きついカッターシャツなどで首をしめ、首を回すと、頸静脈洞を刺激し、それがため血管抵抗を減少させ、血液が血管内にどどまり、低血圧となる。それで脳への血液量が不十分となり失神が起こることがある。
 心臓が十分に機能しないと、十分な血液量を心臓から送り出せないから、脳に十分な血液量が行かない。それで脳への酸素供給が不十分になり失神が起こることがある。種々の心疾患が原因となる。心筋梗塞(myocardial infarction)、心タンポナーゼ(cardiac tamponade)、僧帽弁狭窄症(mitral stenosis)、人工弁の不具合、種々の律動異常(160以上の頻脈、40以下の徐脈、洞不全症候群(sick sinus syndrome)、房室ブロック(atrioventricular block) QT延長症候群(long QT syndrome)など)などである。
 大動脈に狭窄があったり(aortic stenosis)、肺塞栓(pulmonary embolism)や肺高血圧症(pulmonary hypertension)のために心臓から十分な血液が送り出せない時も脳血流が減るから失神の原因になる。
 心疾患が原因となっている失神は予後が悪く、1年で20%〜30%が死亡する。
 脱水のため循環血液量が少ない時も脳の血流が減るから失神が起こりえる。
 舌咽神経の枝は頸静脈洞の圧受容体の情報を受け、血圧の維持の働きがある。それで舌咽神経障害があると、失神が起こりえる。舌咽神経障害による失神は、舌の基部、扁桃、咽頭が繰り返し刺すように痛む特徴がある。
 排尿や排便により失神が起こることがある。これは排尿や排便で胸腔内圧が高まり、心臓への血流の環流が減少し脳へ行く血流が減少するためである。
 長く咳をすると、失神が起こることがある。咳により長く咳をすると、胸腔内圧が高まるから、排尿や、排便と同じ機序とする文献もある。しかし 咳により脳の血流は一時的に止まるが、平均動脈圧は変化していないことを示す文献がある。長く咳をすると、胸腔内圧が高まり、これが大静脈を経由して頭蓋内に伝わり、頭蓋内圧が高まる。脳の血流は動脈圧と頭蓋内圧の差で流れるから、頭蓋内圧が高まると、動脈圧が一定でも、脳の血流が止まることになる。それで脳への酸素供給が不十分となり失神が起こるとする。
 第3染色体のSCN5Aに変異のあるBrugada症候群という遺伝疾患がある。これは失神が起こりえる。

検査
 意識障害を示す種々の疾患の検査を鑑別診断のためにする必要がある。意識障害を示す疾患は覚えやすいようにAIUEOTIPSとまとめられている。
A  alcohol  アルコールが関係するもの
 急性アルコール中毒 Wernicke脳症
I  insulin  インスリンが関係するもの
 低血糖 糖尿病性ケトアシドーシス 非ケトン性高浸透圧性昏睡
U  uremia
 尿毒症
E  electrolyte
 低ナトリウム血症
  encephalitis
 肝性脳症 高血圧性脳症
  endocrinopathy  内分泌の異常
 甲状腺クリーゼ 副甲状腺クリーゼ 副腎クリーゼ
O  overdose
 薬物中毒
T  trauma  外傷によるもの
 脳震盪 脳挫傷 硬膜下血腫 硬膜外血腫
I  infection  感染によるもの
 髄膜炎 敗血症
P  psychiatry  精神疾患
 てんかん ヒステリー
S  shock
 ショック
  stroke
 脳梗塞 脳出血 くも膜下出血 急性大動脈解離
  syncope
 失神

失神を示すのに必要な検査を述べる。
  1. 脈    速さ、不整を見る。
  2. 血圧    臥位、立位で測定し起立時低血圧があるか見る。
  3. 聴診    心疾患の有無を見る。
  4. 心電図    心疾患の有無を見る。
  5. 胸部X線写真    心肥大、肺水腫等の心疾患を見る。
  6. 血算、網状赤血球、BUN、血中クレアチニン    出血や他の原因による脱水の有無を見る。
  7. 心エコー    心疾患の有無を見る。

治療
 原因を知り、その原因に対する治療をする。

参考文献
  1. eMedicine. Syncope and Related Paroxysmal Spells. https://emedicine.medscape.com/article/1159181-overview (2008/12/14アクセス)
  2. Johannes J. Van Lieshout2, Wouter Wieling, John M. Karemaker, and Niels H. Secher. Syncope, cerebral perfusion, and oxygenation. Journal of Applied Physiology. Vol. 94, Issue 3, 833-848, March 2003. https://jap.physiology.org/cgi/content/full/94/3/833 (2008/12/14アクセス)
  3. Fred F. Ferri.Practical Guide to the Care of the Medical Patient 7th edition. ELSEVIER MOSBY,p.863-867.
  4. 聖路加国際病院内科レジデント編 (2004). 内科レジデントマニュアル第5版 医学書院, p.2
  5. 大阪医科大学付属病院救急医療部. 救急外来診療マニュアル. https://www.osaka-med.ac.jp/deps/emm/ermanual.pdf (2008/12/14アクセス)
2008年12月14日作成
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