消毒がかえって感染症を拡大する

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 私たちが住んでいる外界にはたくさんの微生物がいる。微生物とは顕微鏡でなければ見えないような小さな生物である。糸状菌、細菌、微小藻類などである。10アール(1反)の畑には微生物が700kgいると言われる。この700kgのうち70%が糸状菌で25%が細菌である。重さで考えると糸状菌が多いが、数では細菌のほうが多い。1gの土壌には10億個の細菌がおり、その種類は数百万である。
 私たちの体はまったく無菌の所と細菌がたくさんいる所がある。外界には細菌がたくさんいるから、人体も外界と接する所はたくさん細菌がいる。外界から隔離されている所はまったくの無菌である。人間の皮膚はいつも外界と接しているからたくさんの細菌がいる。心臓、肝臓、腎臓、膀胱、尿道、血管などは、外界から隔離されているからまったくの無菌である。尿は腎臓でつくられ膀胱にたまり尿道を通って出てくる。尿は腎臓、膀胱、尿道とまったく無菌の所を通って出てくるのだから、意外に思うかもしれないが、まったくの無菌である。人は尿はきたないものと思っているが、細菌がいないことをきれいと考えるなら、尿は手よりもはるかにきれいである。
 人間は口から食べ物を入れる。口から入った食べ物は、食道を通り、胃、小腸、大腸を通り消化吸収され、肛門から大便として出てくる。消化管は口と肛門で外界と接している一つの管であるから細菌がいる。口の中には1000億~1兆個の細菌がおり、腸には100兆個の細菌がいる。
 大便は食べ物のカスと思っている人が多いが、実際はその3分の1から3分の2が細菌とその死骸である。幅があるのは、玄米や芋類のような食物繊維の多いものをたくさん食べる人は食物のカスが多くなるからである。
 こんなにたくさん細菌がいるのは大変だ、すぐに除菌しなければならないと思うかもしれない。しかし腸や皮膚にたくさんの常在菌がいるからこそ人間は健康に暮らすことができる。腸内常在菌は病原菌の侵入を防いでいる。またビタミン類をつくっている。分厚いステーキを食べても消化できるのは、腸に大腸菌がたくさんいるからである。赤ちゃんにステーキを与えるとすぐに下痢してしまう。赤ちゃんは腸内の大腸菌が少ないからである。
 人間の皮膚には表皮ブドウ球菌という細菌がたくさんいる。この細菌のおかげで皮膚は潤いを保つことができる。手を石けんなどで洗い過ぎると手が荒れることを経験しないだろうか。これは洗い過ぎると皮膚の表皮ブドウ球菌が洗い流され、さらに汗や皮脂も洗い流されるからである。表皮ブドウ球菌は汗や皮脂を餌にしている。汗や皮脂が少ないと表皮ブドウ球菌は増えにくい。表皮ブドウ球菌は弱酸性の物質を産出し皮膚を弱酸性にしているから、表皮ブドウ球菌が少ないと皮膚はアルカリ性に傾く。病原菌はアルカリ性を好むものが多い。だから皮膚がアルカリ性に傾くと病原菌が増殖しやすい。つまり手が荒れると手に病原菌が増殖しやすくなる。手に病原菌である黄色ブドウ球菌も増えやすくる。黄色ブドウ球菌は表皮ブドウ球菌と同じくブドウ球菌の仲間だが、表皮ブドウ球菌と違い病原菌である。肺炎の原因にもなるし、食品で増殖するとエンテロトキシンという毒ができ食中毒を起こす。
 外科医は手術をする前に手を徹底的に洗い、完全に滅菌した手術着を着て手術をする。これは外科医が手術する人体の部位は無菌でなければならない所だからである。無菌でなければならない所に細菌が入ると重篤な感染症を起こす。
 手をアルコール消毒して清潔にしていると思っている人が多いが、これは実際は手を不衛生にしているのである。手は本来表皮ブドウ球菌がたくさんいなければならない所である。表皮ブドウ球菌がいなければ、手に病原菌が増え感染のリスクが高まる。手をアルコール消毒すると、表皮ブドウ球菌が死ぬ。表皮ブドウ球菌が死ぬと手がアルカリ性に傾く。手がアルカリ性に傾くと病原菌が増える。手をアルコール消毒するという行為は手に病原菌を増やしているのである。
 私たちが住んでいる外界はいろんな細菌がたくさんいる世界である。多くの細菌と多くの動植物が共存共栄して生活している世界である。多くの細菌と多くの動植物が調和して生活している世界である。何かの事情で多くの常在菌が死ぬことが起こるとこの調和が乱れる。競合する常在菌がいないから、病原菌が急に増殖する。その病原菌を人間などの動物が取り込み死ぬことになる。自然の調和を乱せば、自然の一部として生きている人間にも大きな災いをもたらす。
 田や畑の害虫を殺そうとして、人間が大量に農薬をまいたらどうなるだろうか。農薬で確かに害虫は死ぬ。しかし害虫を食べる益虫もまた死ぬ。益虫がいない所にまた害虫が発生するとどうなるだろうか。害虫は一気に増える。害虫を食べる益虫がおらず、害虫の餌である農作物はたくさんあるからである。農薬で害虫も益虫も殺した後にまた益虫が発生しても、益虫が一気に増えることはない。益虫には餌である害虫がいないからである。
 現在新型コロナウイルスの患者が増えている。新型コロナウイルスに感染した時の症状はインフルエンザと似ている。しかしインフルエンザよりも致死率がかなり高い。それで人々は恐れている。新型コロナウイルス患者が出るとその人が生活していた所は徹底的に消毒される。患者が出ていない所でもドアノブなどをアルコール消毒するのをよく見かける。イベントなどに行くとアルコールを置いてあり、手をアルコールで消毒しなければならない所もある。消毒することで新型コロナウイルスを殺そうとしているのである。しかしこの行為がかえって病原菌を広げる可能性が高い。
 アルコール消毒すれば確かに少しいる病原菌は死ぬだろう。しかしたくさんいる常在菌も死ぬ。外界は細菌がたくさんいる所である。細菌がたくさんいるべき所を無菌にしようとしても無菌にすることはできない。たとえ一時無菌にしても、また細菌は増えてくる。常在菌がたくさんいる所に少しの病原菌がついても、病原菌は簡単には増殖できない。多くの常在菌と競合し打ち勝たなければ増殖できないからである。病原菌がいても少しなら人間に害をもたらさない。黄色ブドウ球菌がついている食品でも黄色ブドウ球菌が少しならその食品を食べても食中毒は起こらない。食中毒が起こるには黄色ブドウ球菌が増えていなければならない。アルコール消毒して常在菌が少なくなっている所に病原菌がつくと、競合する細菌が少ないから病原菌が一気に増える可能性が高い。病原菌が増えると感染を起こす。消毒するという行為は常在菌を殺し病原菌が増えやすい環境をつくることである。消毒すれば病原菌はかえって増えやすい。
 新型コロナウイルスはウイルスである。細菌でない。ウイルスはそのウイルスに適した限られた細胞に入り込まないと増えることができない。ウイルスは人体の外に出ると時間とともに死んでいく。条件によるが1時間から3時間ぐらいで半分死滅すると言われる。だからウイルスがよほどたくさんでないと長時間生きることはない。咳やウイルスで落下する程度ならウイルスが長時間生きることはない。新型コロナウイルスに感染して生きている人の体内には新型コロナウイルスがたくさんいるが、環境にはほとんどいない。感染者がいる病室のような場所以外ではまず問題にならない。それにもかかわらず、アルコール消毒を繰り返せば、多くの常在菌を確実に殺す。常在菌がいなくなれば、競合する細菌がいないから、病原性のある細菌が急に増殖する可能性が高い。他の感染症が流行する可能性が高い。

参考文献
青木 皐 (2008)『ここがおかしい菌の常識』 集英社
青木 皐 (2004)『人体常在菌のはなし』 集英社
大崎明子 (2020)『新型コロナでも「普通の葬儀ができるはずだ」ウイルス専門家の西村医師が現状を問題視 』東洋経済ONLINE. https://toyokeizai.net/articles/-/351111?page=5(2020/8/26アクセス)
古賀農園 (2019)「土壌微生物の概要と種類 」note. https://note.com/kogafarm/n/n5031033107b8(2020/8/20アクセス)
独立行政法人農業環境技術研究所 (2005)「1グラムの土壌中には数百万種もの 多様な細菌がいる 」農業と環境 No.66. http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/066/mgzn06608.html(2020/8/20アクセス)
福田真嗣 (2019)「消毒や殺菌だけではダメ 悪い菌を追い出す方法とは?」朝日新聞Reライフ.net. https://www.asahi.com/relife/article/12602989(2020/8/20アクセス)

作成日:2020年8月26日