中島 晴美のアンチ・ロマン
東京国立近代美術館
金子 賢治

 かつて「男のロマンがやりたい」と書いていた中島さんは、ピンクの円錐形がニョキニョキと生え出た作品や、内部に小円錐形がたくさん生えた鞄シリーズを制作していた。
 ところが1992年になると、鞄というような具体的なモチーフは消え失せ、半球形が連続してつながっていく、うねるような曲面を形成し始めたのである。こうなると土が彩るフォルムは無限の広がりを示すようになり、あるものは波涛のように逆巻き、またあるものは体をくねらせ悶えるように徘徊し、アーチ形に湾曲したものなども現れた。

 彼は鞄シリーズに終止符を打つ弁としてこう述べている。

今、私は自己の内面にあるロマンチックなものへの執着に区切りをつけ。土そのものに自分を見出し、人間の苦闘する内面を表現したい。そしてそれを私の存在証明としたい。


 誤解してはいけないのは、あたかも苦闘しているかのように見える形を作り出そうとしたのではなく、内面の苦闘そのものを形にまで高めようとしたということだ。それを「土そのもの」、つまり手を通して土を立ち上げていく、あるいは捻っていくプロセスに移し(写し)込んでいこうとしたのである。これはいわゆる彫刻のように、あらかじめ予定された形に土を嵌め込もうとするのと正反対のことである。こうした素材に対する態度は「土から陶へ」を専らにする造形の分野では必須のものである。


 このことによって中島さんの作品には、土本来の力がかつてなく引き出され、ここの曲面の連続にリズムが生じ、全体のフォルムに豊かな抑揚のある張りが生み出されたのである。「苦闘」シリーズが完璧な曲面からなる有機的なフォルムにもかかわらず、明快で突き抜けた印象を与えるのもそのためだ。
 この土と自己との新しい関係、これを中島 晴美のアンチ・ロマンと名付けておこう。