岐阜新聞 寄稿 2019年8月7日
多治見市意匠研究所
中島晴美


 先日、中国の上虞現代国際陶芸センターで三か月ほど滞在制作してきました。現代陶芸を制作する私が、なぜ中国陶磁なのかといろんな方に言われましたが、30年に渡り国際陶磁器展を開催する多治見市の陶磁器意匠研究所の所長である私には、今どうしても確認しておきたい事がありました。

 私はかねがね「欧米の絵画、彫刻の物差しで日本の陶芸をはかる」ことの難しさを感じていましたが、第10回国際陶磁器展美濃の審査をしたときに、そのことが美濃の国際展のアイデンティティに関わると強く感じたからです。

 昨年、イタリアのファエンツア国際陶芸展60回記念展に参加したときです。

 そこで耳にしたのは「美濃の国際展は皿と壺ばかりで表現がない」と言いつつも「ファエンツアは現代美術を視野に入れた陶芸の国際展だが、いざ審査が終われば大賞は日本人ばかりになってしまう」とのジレンマの言葉でした。入賞入選作品を見れば美濃のレベルの高さは一目瞭然ですが、知名度はファエンツアに遥かに及ばないのが現実です。

 50年近くファエンツアで陶芸活動をする平井智氏は、「ヨ−ロッパから見ると日本は極東です。著名な学芸員やコレクターは、ファエンツアで陶芸を見るでしょう」と話しました。

 そんな折に、上虞での滞在制作を強く依頼されたのです。

 清華大学の白明教授は「東アジアの陶芸文化は、欧米の絵画彫刻を背景にした文化とは異なる」との考えが、私の陶芸観と共通すると感じられたのでしょうか。

 「今、中国が直面しているのは文化の成熟です。磁器発祥の地「上虞」に現代国際陶芸センターを作って、古い磁器の源を開放し世界に向けていきたい。作品は芸術家が作っているように見えるが、私が見ているのは、その後ろにある影響力です。世界の様々な国の芸術家が持っている、異なる記憶、文化、創作観念、材料に対する認識が、現地の文化や芸術に対する見方、陶磁器に対する認識の空間を変化させると思う。」
 と、センター設立の趣旨を話されました。
 私は、7千年前に遡る景徳鎮以前の原始磁器の発祥の地「上虞」での制作をお引き受けしました。

 センターで使う景徳鎮の磁器土は素晴らしいものでした。可塑性があり、白く美しく耐火性もありました。特に私が惹かれたのは土の記憶現象でした。それは、制作のプロセスの中で染み込んだ作者の癖を、焼成後まで記憶に残す、やきものの素材の土ならではの特性です。粘土の可塑性により引きずり出された私の体臭は、遠い壮大な遺伝子の歴史を巻き込んで、生命の記憶として蘇ります。

 しかし、そんな私の感想とは別に現地のスタッフは、上虞から始まり景徳鎮に引き継がれた磁器の歴史と経験を、技術の熟練として捉え、手作りでの大量生産を目指していました。言い換えれば、機械に近づくことを求めているように見えました。
 「成熟した社会ゆえに求められる文化、芸術としての陶芸」が、今まさに直面している問題との齟齬は、想像以上に大きなものでした。

 私は、やきものはアジアの、特に東アジアの独特の文化であり世界に誇れる芸術だと思っています。しかし、成熟した社会の中で培われた合理性に対して、人間性を土の可塑性に求めるとしたら、「欧米の成熟した社会から生まれた文化芸術から学ぶことの大切さを知るべきだ」と感じずにはいられませんでした。

 センターが設立されて今年で4年目になりますが、来年は政府の整備した広大な古窯公園の近くに、リニューアルしたセンターと景徳鎮大学と資料館の設置が計画されています。

 磁器発祥の地「上虞」と、現代陶芸の先進地「美濃」から世界に向けて、陶芸ならではの文化、芸術を発信する日が来ることを願って帰国しました。