Pick of the Week


Stoned Soul Picnic
The Best Of Laura Nyro
Laura Nyro
(Columbia/Legacy)



 ぼくが日本でまだ“ローラ・ナイロ”とか“ローラ・ニロ”とか呼ばれていた彼女を知ったのは中学生のころ。1969年のことだ。大好きだったフィフス・ディメンションのシングル「ウェディング・ベル・ブルース」を買ってきたら、そこにソングライターとして彼女の名前があった。その後、高校生になってから彼女自身のアルバムを手に入れ、本人のヴァージョンをはじめて耳にした。驚いた。フィフス・ディメンションで聞いたときはハッピーなだけのラヴ・ソングに聞こえたあの曲が、ローラ自身の歌で聞くと、不思議な切なさと哀しさとともに心にしみた。ぼくはちょっと大人になった気分だった。

 そんなローラ・ニーロの、たぶん初のベスト盤。ソニー系の“レガシー・シリーズ”からのリリースだ。67年リリースのファースト・アルバムから5曲、68年の『Eli And The Thirteenth Confession』から6曲、69年の『New York Tenaberry』から3曲、70年の『Christmas And The Beads Of Sweat』から4曲、71年のカヴァー集『Gonna Take A Miracle』から2曲、76年の『Smile』から1曲、77年のライヴ盤『Season Of Lights』から2曲、78年の『Nested』から1曲、84年の『Mother's Spiritual』から2曲、93年の『Walk The Dog And Light The Light』から5曲、未CD化のシングル・ヴァージョンが1曲、そしてニューヨークのボトムラインでの未発表ライヴが2曲。

 選曲に関しては、けっこう異論がありそう。ぼくも“あれー、なんであの曲が入ってないの?”と思ったりもするけれど。でも、ファンそれぞれの心のベスト盤はそれぞれで作ることにして。何かと過少評価されがちな彼女の本当の底力と魅力を手っ取り早く理解するにはまずまずのセレクションだろう。

 ぼくはヒットチャートが大好きなタイプの音楽ファンだけど。ときどきチャートなんて結局のところ無力でしかないなと思い知ることがある。たとえば、3年前、94年2月になんと22年ぶりの来日公演を行なったローラ・ニーロのライヴに接した瞬間とか。思い知った。再確認した。ポップ音楽を楽しむうえでチャートというのは確かに大きな指針にはなる。が、言い換えれば、チャートなんかせいぜい指針にしかならないってこと。そんなものとはまったく無縁なところにだって素晴らしい音楽は存在するのだ。今さら力説するほどのことじゃないか。でも、日々、続々と新譜がリリースされ、もうどれを聞いていいのやらわからない状況の中で、ヒット曲でなければ音楽じゃないと考えがちなワタシたちがいるのも事実だ。

 そんなぼくの奢った気分を、ローラさんは一瞬にして粉砕してみせてくれた。いや、もちろん彼女だってヒットチャートとまったく無縁な人間じゃない。デビュー当初はまずソングライターとして注目を集めた。フィフス・ディメンション、スリー・ドッグ・ナイト、バーブラ・ストライザンド、ブラッド・スウェット&ティアーズら、当時の人気アーティストがこぞって彼女の作品をカヴァーし、大ヒットに結び付けた。こうした後押しを受けて、彼女自身のアルバムが全米アルバム・チャートのトップ40内にランクしたこともあった。

 けれども、俯瞰して見れば、彼女は結局コマーシャルなフィールドとは別の地点で、地道に、着実に、アーティスティックな活動を続けている。とてもゆっくりしたペースで自分が信じる音の世界をていねいに構築してきた。デビュー当初は、ニューヨークという都会の喧騒の奥底にただよう詩情を歌に託していた彼女も、以来30年に及ぶ歳月の流れの中で、より広く大きな愛を題材にすることも多くなった。とはいえ、それでも彼女の作品はあくまでストリート・ミュージックなのだ。都市のスウィートな断面を切り取ってみせる50年代ドゥワップとも、都市の猥雑さを象徴する90年代のヒップホップとも、底辺でしっかりつながっている“街の歌”。

 時代のハヤリとか動向とか、そんなこと関係なく、30年間何ひとつ変わらない彼女の信念、色あせない才能、今なお伸びやかな歌声、表現への情熱。そんなものを再確認させてくれるベスト盤だ。やっぱりうれしい。