遙かなる南の島

 なぜ南の島に憧れるのだろう。青い空や椰子の木陰。海を渡ってくる熱い風や
咲き乱れる花々。旅行はいつも非日常だけれど…あの海の色は、風の香りは、
まるで別世界へ私を放り込んでくれる。私の生活している時間とは全く違う時
間が流れているかのようだ。

 モルジブという名を知ったのはそれほど昔ではない。観光旅行ではない旅行、
リゾートと呼ばれる旅行を知ったとき、遙か遠くインド洋に浮かぶ花の首飾り
の存在を知ることとなった。そこはダイバーのあこがれの海で、シュノーケリ
ングがせいぜいの私ごときが、そこに行けるとは思ってもみなかった。何しろ
遠い。だから相方が突然「おい、モルジブへいくぞ」言い出した時には、果た
して体力が持つだろうか、何ができるだろうかと考え込んでしまった。
 でも、すぐに思い直した。あの綺麗な海を一日中見ているだけでも十分じゃ
ないかと…あの写真で見たような海に出逢えるならがんばれると…

 9月中旬のモルジブはまだ雨期の季節となる。それでも日本の梅雨のように、
一日中降り続くというものではないらしい。一年も前から予定を組み、航空券
やホテルの手配をしてきていたので、その時期をはずすことはできない。少し
くらい雨が降っても平気。ともかく行けば何とかなるだろうと、単行本を何冊
ももって出発した。



 成田からシンガポールまで7時間。トランジット待ちで3時間。シンガポー
ルからマーレまで4時間半。長い長い時間をかけて、やっとマーレに着いた。 
土曜日ということもあるだろうが入国審査も混み合っており、荷物を受け取っ
て外に出るまでに結構な時間がかかってしまった。空港の建物を外に出ると、
すぐに桟橋。島全体が滑走路なのだ。
 出迎えのスピードボートに乗り込む。半月の月光の中に、底まで見渡せる透
明度の海が見える。走り始めてスピードボートの勢いに驚いた。まるで海に投
げかけられた月の光を切り裂くような勢いだった。

 滞在したのはFour Seasons Maldives at Kuda Huraa。島一週歩いて30分
程度の島。西海岸から東海岸へは、私の歩幅で約30歩。小さいのだけれど、
モルジブ最大の淡水プールのある島。小さなドーニで渡るスパアイランドがあ
り、レストランが3つ。「インド・モルジブ料理」「シーフード料理」「コンチネ
ンタル料理」を食することができる。そのほかにバーが2カ所、トレーニング
センターもあるといった具合に、なんとも施設が充実している。そのくせ狭苦
しい感じは全くしない。
 ぐるりと島をパウダーサンドが取り巻き、所々にサンデッキが備えられてい
る。何処のデッキを使用してもかまわないのだが、やはり自分のヴィラに近い
場所を選んでしまう。デッキのそばで佇んでいると、スタッフがタオルを抱え
て近づいてくる。デッキにタオルを敷くと、冷たい水と凍ったタオルを渡して
静かに去っていく。まるで魔法使いのようだ。



 強い日差しを避けてデッキに寝そべりながら単行本を開いていると、快い風
に吹かれていつの間にか眠りに入ってしまう。ふっと目覚めると、青い青い海。
コバルトブルー?エメラルドグリーン?なんと表現したらよいのだろう。白い
砂とコーラルブルーの調和。その眩しさに、またまた瞼が閉じてしまい…
 時折絶妙なタイミングでスタッフが、冷たい水と凍ったタオルを運んでくれ
る。ビールをお願いするとニッコリ笑って去っていく。ウトウトするともうビ
ールが届いていて、喉を通りすぎていく細かな泡が快い。単行本のページは…
ほとんど進まない。あの長い移動の時間が、全て溶けていくような時の流れ。
そう、ここはモルジブなのだ。



 夕方、サンセット・バーへ出向く。サンセットを眺めるために三々五々、人
が集まり始める。私が飲んでいるキールロワイヤルのような夕焼けの色。その
美しさに唖然とする。空一面にピンク色に染まって、若いカップルの影がまる
で切り絵のように浮かび上がる。今日一日の最大イベント。空も海もピンクに
染め上げて、1日が終わっていく。広い広い空。広い広い海。



 ドレスアップしてディナーに向かう。ヨーロッパ系の人達が、リゾートを楽
しむように着飾って集まってくる。静かなざわめきのような言葉の渦を、まる
で音楽のように聞き流している自分に気づく。皆今日一日の楽しさを語り合い、
明日の楽しみを笑顔で頷きあう。私はその声を音として楽しみながら、相方と
話している。彼らには解らないであろう日本語で、アマチュア無線の話やら明
日行くスパの楽しみやらを…

 ふっと見上げると、西の空に半月とともに蠍座のS。まるで蠍の心臓そのもの
のように、あかくもえるアンタレスが美しい。そして白鳥座が舞い降りていく。
そうか、空が晴れ上がっているのだ。
 翌朝、朝日に出会うため東海岸へ出向く。そこで出会ったのはオリオン座と
シリウス。牡牛座とプレアセデス星団。何と満天の冬の星座たち。あぁ、私は
一晩のうちに夏と冬の星座たちと出会うことができたのだ。
 ぼ〜と一人海岸に腰を下ろして星を見上げていると、東の空の色が変わり
星も光を失い始める。シリウスすらも光に溶ける頃、日の出。「御来光」という
言葉が頭を過ぎり、思わず生まれたての太陽に手を合わせる。でも、夕日を見
つめる人はあんなに多かったのに、日の出を見守ったのはその日私一人。何だ
かこれって、不公平だよね。



 ホテルのシュノーケリングツァーに参加する。大きなドーニでポイントまで
連れて行って貰い、約45分泳ぐことができた。やはり噂に違わず透明度が高
い。まるでクリスタルを溶かしたような海。パラオやロタの海も同じくらいに
透明なのだが、モルジブの海にはナマコが見あたらなかったのでずいぶん印象
が違って見えた。魚影は濃かった。魚たちも餌付けされていないのか、独立心
(?)も強く人間に媚びてこない。珊瑚もピキピキで、ダイビングのできない
私にも十分海の美しさが伝わった。何てカラフルな珊瑚礁。



 スパアイランドはとても小さな島で、スパのみの施設を備えた所。わざわざ
小さなドーニに乗って海を渡っていく。橋を架けずにドーニで渡るというとこ
ろから、夢の世界へ誘っているようだ。
 今回の宿泊は「スパ・パッケージ」申し込んであったので、生まれて初めて
「アユールベーダ」というインドエステの施術を受けることができた。
 先ず施術前にプルメリアという香り高い花を持たされた。「何だ?」と思った
けれど、逆らうこともできず目を閉じた。すると体温より若干高めのオイルが
額にタラタラと流れ落ちてくる。くすぐったいような不思議な感覚に、やがて
睡魔に襲われた。そうか、眠り込まないように花を持たされたのか。そういえ
ば、何度も「ハッ」と目が覚めたって事は、眠っていたって事。
 時間刻みで、分刻みで生活している者にとって、こんなにリラックスできる
時間は至福の時。私の相方でさえ「グゥ」と寝息をたてていたくらいなのだか
ら…

3カ所あるレストランで、一番のお気に入りは「リーフクラブ」でのシーフー
ド料理。ロブスターとオーストラリア産の生牡蠣を食べながら、シャブリを飲む。
こんな贅沢をしても良いのだろうかと思ってしまう。オーストラリア産の
生牡蠣は、以前シドニーで満月の光に浮かび上がるオペラハウスを眺めながら
食したことがある。その時も感動したけれど、モルジブの海の風に吹かれながら、
揺れるキャンドルの光の中で食べるというシュチエーションは、
更にバージョンアップして美味しさを味わわせてくれる。
思わず2本目のシャブリの栓を抜いてしまい、
飲み残しの半分を部屋で飲むという離れ業まで駆使してしまった。
それも、スタッフがフルーツと一緒に部屋に届けてくれて、キャンドルを灯し、
ワインクーラーまで用意してくれるといった念の入れよう。何処ま
でもサービスの充実したホテルだった。

 雨期とは思えない天候で過ごすことができたのは、本当にラッキーだったと
思っている。
 遙かな遙かな南の島モルジブ。でも、次に行くときはもっと近くに感じるこ
とができるだろう。2度目の道は、見慣れて遠く感じないように…
 そんな日が、少しでも早めに訪れんことを…


あとがき

 帰国の際、シンガポールで2泊した。そこでは、
@「ホテル・フラトンの壁、倒れてくる事件」
A「たった2人で広い個室。中華ディナーの酒づくしコースでのへべれけ事件」
等々、いろいろビックリ仰天事件があったりして、全く飽きない旅行だったの
でオ・マ・ケ。




  旅程
  
  09/14(土)  昼 JL719 成田 − シンガポール
          夜 SQ452 シンガポール − マーレ
  09/14(土)  夜 マーレ着
  09/14〜09/18 
Four Seasons Resort Maldives at Kuda Huraa
  09/19(木)  夜 SQ451 マーレ − シンガポール
  09/20(金)  朝 シンガポール着
  09/20〜09/21 The Fullerton Singapore
  09/22(日)  夜 JL710 シンガポール − 成田
  09/23(月)   朝 成田着
                         

写真集


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