創作脚本vol.1
総合学習の実践 地域の歴史を調べて、脚本にし、学芸会で発表する。
『羽束師水物語』(一幕六場)
時 江戸時代末
所 京のはずれ 羽束師の村
登場人物
古川村庄屋吉衛門(四〇才ぐらい)
その他の村の庄屋 2人
村人 男5人 女7人
大阪の商人
町人 3人
通行人 おおぜい
伏見奉行
奉行所の侍
飛脚
寺子屋の先生
村の子ども 仁太
和太
男5人
女5人
ナレーター
ナレーター ここは、今から二〇〇年ほど前の羽束師です。みなさんのおじいさんの、またそのおじ
いさんの、またまたそのおじいさんのころのお話です。
私たちの住んでいるここ羽束師は、今でこそ水にいためつけられるということはなくな
りましたが、ほんの三〇年程前、お父さんやお母さんの子どもの頃は、よく水害や水つき
で苦しみました。
「志水、古川水たえず」とよくいわれたそうです。
学校の横に羽束師川が流れているでしょう。この川は作られた川なのです。知っていま
したか。
これからお見せする劇は、その羽束師川が作られた頃のお話です。
どうやって、どんなわけで、この川が作られたか、よーく劇を見て心にとめてください。
序
(風雨の激しい音)
(村人2人、客席の後ろのほうから舞台に向かってさけびながら走りあがる。)
幕はしまっている。
村人 2 おーい、たいへんだー、ていぼうがきれる、堤防が切れるぞー
村人 3 たいへんだ、たいへんだー、にげろー、舟だ、舟をおろせ、つりぶねをおろせー
(幕が上がる。)
(川の水があれくるう。今にも切れそうな堤防。)
人の踊りで水を表す
村人 2 あーーー、きれるーー、
村人 3 きれたーーー
(堤防を越えて、水、舞台に溢れる。水の踊り)
(激しい水の音つづく)
(水、堤防をすべて流しさる。)
〜暗転
一 、 寺 子 屋
(舞台中央、一段高いところで子どもたちが数人手習いをしている)
ナレーター 桂川の堤防が切れたのを知らずに、村のお寺の学校でこどもたちが勉強をしています。
その頃の学校を寺子屋といいました。
(激しい雨の音はしている。)
村の子B 雨ばっかだね。また雷なっているよ。
女子 2 堤防切れるかも。
仁太 堤防切れたらどうしょう。
村の子B 仁太は、いつもそう、よわむしなんだから。そなん気弱じゃ、一番に流されちゃうわよ。
先生 はーい、勉強始めるよ。手本の十枚目あけて。読みます。
男子 1 京、ひさしぶりに遊ぼうぜ。
女子 1 あたしも入れてー。(話に割り込んでくる。)
男子 2 (女子1を無視して男子1に返事する。)うん、けど、おれのうちあかんし。
女子 1 (まだあきらめず)わたしの家、いいよ。
(先生がしゃべっている男子1をぽんとたたく)
男子 1 なにすんだよ。
(先生なにもいわず、居眠りをしている女子2をおこす。)
女子 2 あっ、先生、おはようございます。
先生 ああ、おはよう…もう、おはようじゃないでしょう、ちゃんと手本を開けて。
女子 2 先生、どこですか。
先生 ここでしょう、もうねぼけて、しかたない子ね。じゃ仁太に読んでもらおうか。
仁太 先生ー
先生 どうしたの。
女子 3 どこ読むか、わかんないんでしょう。いつも間が抜けてるんだから。
仁太 きょうはちがうよ。
先生 じゃ、どうしたの。
仁太 おしっこにいきたい。
(そんなにぎやかな寺子屋へ、村人が血相を変えて飛び込んでくる。)
村人女6 先生様、たいへんだー
先生 どうしたの、そんなにあわてて。
村人女6 堤防がやぶれ、やぶれたのです。はやく、はやく、はやくにげないと…
村人女7 志水村も古川村もひとのみにされた、この菱川村もすぐにやられます。
先生 みんな、きいたでしょう、すぐに帰りの用意をしなさい…
(先生がいい終わらないうちに、大水が流れ込んでくる。)(激しい水の音)
(あれくるう水、水の踊りが和太を飲み込む。)
先生 あーーーー、和太が、和太が流されるーー
男子 5 和太ーー 和太ーー
和太 たすけてーたすけてー
(だれも手がでない、そこへ仁太が飛び込む)
男子 2 あっ、仁太が飛びこんだー
女子 3 あの仁太じゃむりよ、
男子 4 二人とも死んじゃうーー
女子 5 いつもおっとりの仁太が…
(仁太、波に飲まれ見えなくなる。和太、丸太につかまり上がってくる。
和太 仁太が、仁太が、………
女子 4 仁太ーー
〜暗転
二 、 村 む ら の 寄 合
(舞台中央、数人の村人たちが腰を掛けている。)
ナレーター 仁太はゆくえ知れず、田は水つき、村のみんなは寄合を開いて相談しました。
村人男4 毎年毎年、田畑をつぶされて、わしらは、もう生きていけんようになる。
村人男5 もう精も根もつきたは。
吉衛門 わしは、息子の仁太を死なしてしもうた。
村人女1 どうしたらいいのでしょうね。
村人男2 どうだろう、新しい川を作ったら、大水を防げないだろうかな。
吉衛門 わしの父親がやろうとしてできなかった工事だ、大工事だぞ。
村人女2 一つや二つの村だけでは無理でしょうね。
村人女3 工事の費用も大変なお金がいるでしょうしね。
村人女4 それに、伏見の奉行所が簡単には、うんとは言わないだろうしな。
(みんなしばらく考えこむ。)
吉衛門 志水村の庄屋さん、菱川村の庄屋さん、力を貸してもらえますか。わしらの村が力を合
わせて他の村むらに呼びかけていきましょうや。
村人男4 よし、やりますか。
村人男5 子や孫の、そのまた孫たちのためにもがんばりましょうか。
吉衛門 何十年かかるかも知れんが、みんな、力をあわせてがんばってくれるか。
村人女3 女もやりますよ。
村人女4 そうや男だけにまかしとけへんわ。
吉衛門 よーし、そしたらみんなでかちどきや。えいえいおー
全員 えいえいおー 〜暗転 中幕しまる
三 、 伏 見 奉 行 所
(奉行がお付きの侍をおいて座っている。そこへ吉衛門がくる。)
吉衛門 お奉行さま、川づくり、ぜひお許しください。
奉行 ならぬ、ならぬわ。おまえの村は、やれ水つきだ、やれ大水だ、と言ってずうっと年貢
が入っていない。その上にたんぼをけずって、川づくりだと。だめだ、帰れ。
ナレーター その頃の土地の持ち主は、伏見奉行だけでなく、大きなお寺や、その他たくさんの殿様がいました。
川を作るには、そのすべてのとの様の許しがいります。吉衛門も何度もお願いにいきました。そして ついに……。
吉衛門 お奉行さま、この川ができましたらお米もたくさん取れます。年貢もたくさんはらえま
す。ぜひ、ぜひおねがいします。
奉行 うーん、おまえの熱心さにはまけた。よし、川づくりをゆるす。
吉衛門 ありがとうございます。
〜暗転
四 、 大 坂 の 町
中幕の前 (町人がいそがしくいきかう。)
ナレーター 人口五〇万人の大都市・大坂
お金を借りるために、吉衛門は何度も大坂にやってきました。
町人 1 ああ、いそがし、いそがし。
町人 2 ああ、がしいそがしいそ。
町人 3 ん…あんたはん、なにゆうたはんねん。「がしいそ」て。
町人 2 「がしいそ」?あっ、ほんまや。ごめんやす。いそがしすぎて、ひとりごともまちごう
てゆうてますわ。ほんまわては、あわてんぼうでいけまへんわ。ほなさいなら。ああ、が
しいそがしいそ……
町人 3 へんなひとやな、まだゆうてやわ。吉衛門 さすが大坂や、すごい人やな。
商人 あんたはんか、わてに金かしてほしいてゆうてやんのは。わてがおおざかの淀屋やけど。
吉衛門 わたしは、京の羽束師の村の庄屋です。川づくりのため、ぜひお金を。
商人 わては金かすのが商売やさかいに、なんぼでもかしたげまっせ。もちろん条件がおます
わな。
吉衛門 どんな条件でしょう。
商人 その川のみずでできた米の一割、わてに年貢としてくれまっか。
吉衛門 それはまた、なんとむたいな。
商人 あきまへんか、ほなお金もあきまへんな。ほなさいなら。
村人女5 なんてはく情なやつなんや。
村人男5 どけちー、おまえなんか、でぶ商人ー、
商人 なんやて、もっかいゆうてみー。
〜 暗転
ナレーター 大坂や堺の商人から、そう簡単にはお金は借りられません。吉衛門さんは、村に帰らず、
大坂の町を歩き続けていました。そんなある日、吉衛門さんにまた悲しい出来事が起こり
ました。
〜 中幕の前 (大坂の町の通り)
飛脚 あ、そこの人、古川村の吉衛門さんですね。村からの手紙です。
(手紙を読む吉衛門の顔が変わる。)
村人男3 どうしました、庄屋さん。
吉衛門 ……父が死んだ……でもわしは今帰れん……お前、ひとり帰って、葬式をしておいてく
れないか。
村人男3 ……は、はい。
〜暗転
ナレーター こうして、吉衛門さんは、父の死に目にもあえず、借りたお金だけでもたらず、自分の
財産を全部川づくりのためにさしだしました。
こうして川づくりが始まりました。
そんなある日の寺子屋です。
五 、 寺 子 屋
(前とちがってみんな静かに勉強している。)
先生 和太、あなたのせいじゃないのだからいつまでもくよくよせずに、元気だして。
和太 でも、ぼくが流されなかったら、仁太も生きていたのに。
(先生もだまってしまって静かに勉強が続く。)(舞台そでに、仁太が現れる。)
女子 5 あの子だれ。
女子 4 あっ、あれ、仁太じゃない。
女子 5 まさか……あっ、仁太、仁太よ。
男子 A おまえ、生きていたのか。
仁太 うん、淀川の船頭さんに助けてもらって、けががなおるまで、めんどうみてもらってい
たんだ。
全員 よかったなあ、よかったなあ。
和太 (泣きながら)ぼくのために、ごめんな。
仁太 いいんだよ。それよりみんな、ぼくのねがい、きいてくれるか。
男子 A きくきく、なんだ。
仁太 あのね、村へ帰ってくるとちゅう、大人たちの話を聞いたんだが、今川づくりをやって
いるんだって。人手がたりなくてたいへんなんだって。その川ができたら、ぼくみたいに
死にそうになる人が出なくなると思うんだ。ぼく、お父の手伝いをしよと思うんだ。けど
みんなも、てつだっ…
男子 A そんなことだったら、やる、やるよ、な、みんな。
男子 1 おれ、さんせい。
女子 1 あたしもやる。
男子 2 おれもやるよ。
女子 2 そうねわたしもやろうかな。
男子 4 おれもやるぜ。
女子 3 あたしもやるわ。
男子 5 おれもやる。
女子 4 しんどいかもしれないけどやろっ。
和太 もちろんぼくもやるよ、もうこんなことがおこらないために。
女子 5 みんながさんせいならわたしも。
男子 1 寺子屋にいるよりよっぽどましさ。
先生 こらー …先生もいっしょに行くー
仁太 ありがとう、じゃ、さっそく行こうよ。
先生 そうね、仁太、すっかり変わってたくましくなったね。勉強中止。しゅっぱーつ。
全員 わーーい。
六 、 川 づ く り
(村人たちが汗だくになって土を掘っている。) 工事の音
仁太 おとうーー
吉衛門 おおー仁太ーーおまえ、生きてたんか、よう生きてたな、よう生きて帰ってきたな。
仁太 おとう、川づくり、みんなで手伝うって。相談したんだ、いいだろう。
吉衛門 そうかそうか、やってくれるか。
男子 4 おじさん、てつだうよ。
村人男4 ありがてーなー
村人男2 男は力仕事
村人女1 女はこっちよ。
ナレーター こうして始まった川づくり、一年や二年の仕事ではありませんでした。本当には、十一
の村むらが協力して、一七年もかかりました。
そして、その新しい川に、新しい水がはじめて流れる日がやってきました。
仁太 おとうー 水がきた、水がきたぞーー
村人女5 水。水、水よ。
全員 水だ、水だ………
やったーー
終 『 水 の 詩 』 合 唱
一、あれくるう風 今年も洪水だ
大地が大きくゆれ動く
田畑を守れ たわらをつんで
水をとめろ 力を あわせ
二、新しい水 命の水よ
稲穂が大きくゆれ動き
今年は豊作だ たわらに米を
いっぱいつめて、夕日にそまる
(歌のくりかえしのところで幕しまる) 了