星空のディスタンス

構想・打鍵:Zeke

 この作品はフィクションであり(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を使用しております。
 尚、ここに登場する、人物、名称、土地、出来事、名称等は実際に存在するものではありません。



 日中、平気で30度を超えていた気温は、夜の帳が降りると同時に下がり初め、午後
9時を過ぎると25度を割り込んだ。
「さすがに八十八町と違って夜になると涼しいな」
 スコップを肩に担ぎ、旅館の裏口から出てきた龍之介はホッと息を吐いた。これから
ちょっとした重労働をこなす彼にしてみれば、この涼しさは有難い。
 熱容量の大きいコンクリートで囲まれるのと、若干ながらも冷気を放出する木々の緑
に囲まれた海岸沿いの田舎町とでは、驚くほどの違いがあった。
「さて、急ぐか」
 本来なら一緒に来ている仲間達とワイワイ騒ぐ処なのだが、愛美を労おうとビールを
注ぐ処を唯に見咎められ、部屋からつまみ出されてしまった。どうやら酒乱愛美を発動
させ、ストリップショーを企てていると思われたらしい。
「ったく、唯め… 俺は本当に愛美さんを労うつもりで注ごうとしただけなのに」
 本当に、というのはもちろん嘘であるが。

「それ以前に、未成年が未成年に飲酒を勧めるのは言語道断でしょ」
 あれこれと思考を巡らせながら歩いている龍之介の後ろから声。彼は振り返りもせず
にその声に応えた。
「そうか? 成年者が未成年に飲酒を勧めるのもどうかと思うぞ?」
 表向きはマスターが1人で大瓶5本のビールを飲み干した事になっているが、実の処
彼に吸収されたアルコールは2本分がせいぜいだった。残りの3本を
“高校を卒業したら成年者”
 と勘違いしている女子大生2人と、
「それに、友美だって飲んでたじゃないか」
 そう言って足を止めると、龍之介はくるりとその場で回れ右をし、正面に立つ友美に
言ってやった。
 大体の摂取量としては、愛衣>友美>愛美の順で、友美はグラスに3杯ほど。くぃーっ
とビールを飲み干すその姿に、周囲は唖然とした。
 唯曰く、
『お母さんみたい』
 だったらしい。
「あんなの… 飲んだ内に入らないわ」
 何故か飲む人間は口を揃えてそう言うが、友美の場合それが本当の事のように変化が
無かった。愛衣なぞは(飲む量が友美よりやや多かったが)やや頬に朱が差し、色っぽ
く映ったものだが、友美にはそれがない。男からすれば手強いタイプだった。
「なるほど。俺もその手で行こう」
 追求したところで適当にはぐらかされるのがオチなので、やはり適当に話を切り上げ
ようとするが、
「何してるの? こんな時間に」
 そんな龍之介の態度は、“(この状況が彼にとって)都合が悪いからはぐらかす”と
いう風に友美には映ったようだ。それ以前にスコップ持ってこんな時間に出歩くこと自
体、怪しさ120%だった。
「何って、これが裏山に登って徳川埋蔵金を掘りに行く格好に見えるか? ただの散歩
だよ」
「埋蔵金を掘りに行くようには見えないけど、落とし穴を掘りに出掛けるようには見え
るわ」
 今日の昼間にやられた仕返しを明日実行する為、今夜中に仕掛けを施すつもりだった
らしい。どちらかと言えば非は龍之介の方にあるので、仕掛けられた方にしてみれば逆
恨みに近いだろう。しかし、
「あのなぁ…、俺がそんなちっぽけな事をいつまでも引っ張る人間に見えるのか? 見
損なうなよ」
 真面目な顔で反論すると、龍之介は友美に背を向け、再び歩き始めた。
「そうなの? …じゃあ、ごめんなさい」
 取り敢えず自分の言動を謝罪し、龍之介を追ってこちらも歩き出す。

 暫く縦列状態+無言で歩く2人。先に根負けしたのは龍之介だった。
「……何処行くんだ? こんな時間に」
 自分の後ろを歩く友美に、先程自分が受けた言葉を返してやるが、友美の方は龍之介
のようにひねくれた言い方はせず、
「散歩」
 だが結果としては龍之介と同じ答えを返した。
「散歩? こんな時間に女の子が1人歩きするのは危ないから戻った方が良いぞ」
「大丈夫よ。素敵なナイトがボディガードが付いてくれてるから」
 にっこりと笑って友美は龍之介を指したのだった。


 5分後。
 浜辺に着いた龍之介は適当にアタリを付け、おもむろにスコップを突き刺すと、友美
の冷ややかな視線をものともせず、ざくざくとその場を掘り始めた。
「財宝でも埋まってるのかしら?」
 無視された格好の友美が嫌味たっぷりに言うも、龍之介は無言でDIGDUG。夜の
海を見に来たカップルや、花火を楽しむ家族連れの注目を浴びるも一切無視。もっとも、
その奇異の目に耐えられるのは龍之介だけで、友美の方は居心地が悪いったらなかった。
「ねえ、みんな見てるわよ」
 が、衆人衆目に慣れきっている龍之介は気にせず、むしろ何処か弾んだ声で、
「注目を浴びる事を恥ずかしいと感じるようじゃ、大義は為し得ないぞ」
 そんな大層な事をしている訳でもないのに、龍之介は全く取り合わない。
「龍之介くんはそれで構わないでしょうけど、一緒にいる私まで同じ目で見られてるの、
判ってる?」
「別に一緒に居てくれと頼んだ覚えは無いぞ。嫌なら帰ればいいじゃないか」
「……龍之介くんはこんな時間に女の子を一人歩きさせても何とも思わないのね」
「さっき素敵なナイトが居るから大丈夫だとか言ってなかったか?」
 果たして… これは自覚無しに言っているのか、それとも自覚して言っているのか、
いずれにしてもこの龍之介の一言が友美の怒りに火を付けた。

 ざざざざざ……
「あ、なにすんだよ、せっかく掘ってるのに」
 掘り起こした砂を穴へ埋め戻す友美に龍之介が不満げな声を上げる。
「こんな穴掘って、もし他の人が落ちたらどうするのよ!」
「安心しろ、そんな事もあろうかとコレを用意した」
 と言って、どこにしまってあったのか、立て札を取り出す。
『この先落とし穴。注意!』
(……何処まで本気なんだろう、この人は)
 こめかみを押さえ、最近酷くなってきた偏頭痛に耐える友美。
「で? この立て札を見たいずみちゃんが、大人しくこの落とし穴に落ちると思う?」
 誰でも考える疑問を投げつける。
「まさか。俺はアクティブな人間だからな。罠に掛かるのを待つなんて悠長な事はしな
い。“落ちぬなら 叩き落とそう ホトトギス”だ」
 つまり無理矢理突き落とそうと言う魂胆か。
「その上で羞恥の限りを尽くしてやるのさ。ふっふっふ…」
 最後の嫌らしい笑いだけで、何を考えているのか手に取るように判ってしまう。友美
は龍之介からスコップを奪い取ると、不届き者が掘り起こした砂を全て埋め戻し、仕上
にスコップの面でバンバンと転圧した。
「ちぇ、せっかくあそこまで掘ったのに…」
 ガッカリ、と宙を見上げる龍之介。
「どうしてこの労力を他の事に向けられないのかしら?」
 溜息を吐きつつスコップを返そうとするが、龍之介は呆けたように空を見上げたまま
だった。

「どうしたの?」
「星が……」
「え?」
 つられて友美も目を空に向ける。
「わあ…」
 なぜ龍之介が言葉を飲み込んだのか判るくらいの星空だった。
 一般に夏よりも大気が澄んだ冬の方が天体観測に向くのだが、彼らの八十八町で冬に
見上げる夜空よりも星の数が多い。
「やっぱり空気が澄んでいるのかしら」
 住宅地とは言え、八十八町は海岸付近を東西に車通りの多いバイパスが通っている。
トラックなどの大型車両も頻繁に通るので、排ガスの量も結構なものになる筈だった。
「周りに照明も無いしな」
 周囲には道路に申し訳程度の外灯がある位で、星の瞬きを邪魔する物はほとんど無く、
本当に星の光で辺りが照らされていると言っても過言ではなかった。

 暫く無言で星を眺める2人。と、不意に、
「やっぱりヴェガとアルタイルって言うより、織姫と彦星って言った方がしっくりくる
わ」
 本当に何の脈絡もなく友美が切り出す。今日が7月7日であれば、非常にタイムリー
な呟きなのだが、残念ながら七夕はとうの昔に過ぎ去っていた。
「なんだよ、藪から棒に。…しかしまあ、確かにある種異常だよな。年に一回、しかも
互いの距離は14〜15光年も離れているってのに……。とうの昔に破局っててもおか
しく無いぞ」
 ロマンの欠片もない龍之介の言葉に、友美は「はあ…」と小さく、しかし龍之介にも
聞こえるように溜息を吐いてみせた。
 琴座のヴェガ、そして天の川を挟んだ鷲座のアルタイル。いわゆる織姫と彦星は中国
から伝わった、日本古来の恋愛物語だ。それを超現実的に分析してくれたのだから溜息
のひとつも吐きたくなると言うものだろう。
「なんだよ、その如何にも『呆れました』って溜息は」
「如何にもじゃなくて、正真正銘呆れたの。一応女の子が一緒に居るんだから、もう少
しロマンティックな方へ話を…」
 自分の事なのに何故か“一応”と言ってしまう辺りが悲しいな、とか思いつつ友美が
龍之介の方を見ると、
「アルタイル… 判るか?」
 不意に真顔で問いかけられた。
 鷲座の一等星アルタイル、夏の大三角形の一角を担う七夕の主役牽牛星の彦星だ。
「う、うん。あれでしょ」
 その真顔にやや怯みつつ、この時間見上げる位置にあるアルタイルを指さす。
「その北側…って言うか左側に、……こんな風に星が並んでるだろ」
 そう言って、龍之介はスコップの先で4つの点を砂浜に刻んだ。線で結ぶと「ラッパ」
の様に見えなくもない。
「えっと…、天の川の中?」
 龍之介の指定した場所には天の川があるので、あまり等数が大きいとその中に溶け込
んでしまって見つけにくくなってしまう。……が、
「あ、あれでしょ?」
 明るい星でも4等星が良いところで、そんなに強く主張している訳では無かったが、
その星の連なりは思いの外はっきりしていた。
「そう。あれ、何に見える?」
「何って…… そうね、ラッパ若しくは弓矢…かな?」
 確かに反対から見れば「矢」に見える。
「ラッパは面白いな。ま、正解は“矢”。矢座だよ」
「へぇ。そんな星座があるなんて知らなかったわ」
 実際星座としてはマイナーな方だが、某少年漫画では青銅聖闘士に瞬殺された最弱の
白銀聖闘士として有名だ。
「あの矢はキューピットの矢なんだってさ。金の矢なら相手に自分を好きにさせる事が
出来て、鉛の矢なら自分を憎むようになる」
 龍之介が真顔で“キューピット”なんて言うのは異常事態だ、と友美が思う間もなく、
龍之介の問いが被さった。
「友美なら金の矢と、鉛の矢どっちを手に入れたい?」
 妙なことを聞くなと思ったが、あんまり他人に自分を憎ませるような物騒な物は欲し
くないので、
「やっぱり… 金の矢じゃないかしら」
 無難に応えた…つもりだった。次の龍之介の切り返しがあるまでは。
「その金の矢で、友美は誰を射る?」
 どくん…
 真顔で、真正面から、真っ直ぐに、瞳を通じて心の中まで見られたような気がした。
「え… そっ……」
 しどろもどろになりつつも、友美は顔がかぁーっと熱くなったのを自覚した。まるで
さっきのビールのアルコールが一気に回ったような感じだ。少しくらくらする。
「…んなの、言える訳無い……じゃない」
 それでも何とか切り返した。本当に“なんとか”という感じで。
「そうか? 俺は言えるけどな。……金の矢を手に入れたら……」
 そう言うと、龍之介はいずみよろしく弓を引く構えを取り、つぅーっと番えた矢で友
美の胸の辺りに狙いを定め……

「……最後の最後まで真顔が保てたら、90点を付けて上げたのにね」
「……ダメか?」
「今のあなたの顔を鏡で見せて上げたいわ」
 龍之介の顔はそれと判るほど引きつっていた。騙し切れないとか言う以前に、気障な
台詞で自滅した感じだ。
「しかし上手く行っても90点かよ。随分と点数が辛いな」
 相当自信があったのか、難しそうな顔で唸る龍之介。
「今のは上手く行ってないから点数すら付けられないわね。それにその話、お母さんの
受け売りでしょ?」
 この場合の“お母さん”は友美の母親では無く、龍之介の母親を指した。
「まあ…、矢座とキューピットの話くらいはな」
 それ以外の処が母親から伝授されていたらちょっと恐い。
「星、好きだったものね」
 どこか遠くを見るように、友美は目を細めた。
「ああ。光学系の物も好きだったしな。カメラとか望遠鏡とか…… 知ってるだろ、俺
が小学校の入学祝いの時に買った望遠鏡。アレ、自分が欲しかったからだぞ、きっと」
 そう言われても仕方がないほど立派な望遠鏡が、今も龍之介の部屋に鎮座在している。
「おまけに何かって言うと夜に連れ出そうとするし」
 流星群、月蝕、惑星蝕、彗星などの天体イベントが発生すると、意気揚々と出掛ける
のだ。息子と隣家の女の子を連れて…
「私は好きだったけど… 星の話とか沢山聞けて。流れ星もたくさん見せて貰ったわ」
 叶えて貰えた願い事はその数に対して驚くほど少なかったが。
「まあ、それだけ好きだった星の一つになれたんだから、さぞや満足だろう」
 人は死んだら星になる。実際にはそんな事がある筈無いのだが、龍之介にしては気の
利いた言い回しだった。友美の方も(今のは80点上げてもいいかな)と思った程だ。
もちろん思っただけで、口にはしない。 
「そうね。今も私達のこと見てるかも」
「相変わらず友美は俺の後ろにくっついてばっかだ、と思ってんだろうな」
「……そう言う鈍感な所はちっとも変ってないと思ってるわよ、きっと。私はちゃんと
おばさまとの約束を守って…」
 そう言いかけて口を噤んだ。
「ちょっと待て。なんだ? 約束って」
 死んだ自分の母親が、自分の幼馴染みと交わした『約束』。龍之介ならずとも気にな
る所だろう。そもそも、微妙な所で言葉を切る辺りが怪しい。
「……教えてあげても良いけど……そうね。龍之介くんが私との約束を果たしてくれた
ら教えてあげるわ」
 そんな龍之介に友美が楽しそうに言うのだが、その台詞は更に龍之介を混乱させた。
「約束って… 俺、友美となんか約束したか?」
 確か一学期の修業式の日に、「夏休みの宿題は自力でやり遂げる」という約束をした
ような気がしたが、多分その約束の事じゃないだろう。第一、その約束を守る気は既に
龍之介には無かったりする。
「まずは私との約束を思い出す事ね」
 首を捻る龍之介を腕組みして(その上ジト目で)睨め付ける友美。暫しその冷たい視
線に耐えていた龍之介だが、
「ま、まあ… どの道死んじまった人間との約束なんだろ? 別に聞く必要も無い……
よな?」
 伺うように友美を見やった。
「少なくとも龍之介くんの利益になるような『約束』じゃないわよ」
 それどころか、その『約束』は友美の益にすらならない、言ってみれば龍之介の母親、
綾瀬恵(めぐみ)からの『お願い』のようなものだった。

#
 有り余る行動力とバイタリティを持つ龍之介の父、綾瀬博史を夫に持つが彼女だが、
自身はそれほど行動的ではなかった。もちろん、夫と比べての話なので、常識的に考え
ればまあ、普通の主婦と言った所だろう。
 そんな彼女の息子はどうやら父親に似たらしく、子供らしからぬ行動力があり、また
父親の方に良く懐(なつ)いていた。それ自体は多少の不満(「どうしてうちの子は他
の家の子みたいに母親に甘えて来ないんだろう?」と言った程度のものであるが)はあっ
たものの我慢出来ない程のものでは無かった。ただし、夫の教育方針には若干の異論を
唱えていた。なにしろ主軸が、
「自分が正しいと思った事は、障害を蹴倒してでも押し通せ」
 なのだ。裏を返せば単なる我が儘野郎になってしまう。ところが夫に言わせると、
「『自分がしたい事』では無く『正しいと思った事』であるところがミソだ」
 らしい。しかし結果として、彼女の息子は生傷が絶えなかった。

「今日は学校で何をしでかしたの? うちのバカ息子は」
 望遠鏡の脚を固定しながら、母親は彼女の後ろで懐中電灯で星図を照らしている隣家
の少女に唐突に訊ねた。
 自宅から車で20分程の所にある広域農道の待避所。そこが2人の天体観測のメイン
ステージだった。天体観測としてはさして面白味は無いが、2人はここ3年ほど毎年7
月7日は此処に来て、七夕の夜を過ごしていた。

 問われた少女の方はぶんぶんと勢いよく首を振り、知らないと言うことをアピールし
たが、こんな風に強く否定するときは口止めをされているという事が経験則で判ってい
た。こういう時は大抵敗けた時だ。帰るや否や部屋に閉じこもってしまって居ることか
ら大体想像はついていたが。
「また女の子がらみかなー。あの子、女の子の前だと格好付けたがるからねー」
 望遠鏡を覗いて微調整をしながら笑うように言う。何処の誰に似たのか、その割合は
かなりのものだった。
「あの… 今日は……」
「あ、違った? じゃあ、上級生のお姉さんのスカート捲って怒られたのかな」
 過去に一度だけそう言う事があった。
『うむ、男としては正しい行動かもしれん』と宣った夫を、ぐーで殴ったのもこの時一
度だけだ。
「あの…」
 これ以上黙っていると、自分の幼馴染みの名誉に関わると思ったのか、少女は渋々と
言った感じで口を開いた。
「…お昼休みに校庭でクラスの子達と遊んでいたら、5年生達が来て……」
 俺達が遊ぶからお前達はどっか行け、と言ったところだろう。それに反発して……と
言うのが顛末だろうと想像がついた。
「また…勝ち目の無い事をあの子は…」
 小学2年生と5年生じゃ勝てる訳がない。確かに非はその上級生にあるのだろうが、
自分より強い相手に自分が正しいという事を証明するには、それなりの力(或いは策)
が必要だ、というのが彼女の考えだった。
「……みんなは龍くんが正しいって…」
「正しいからってみんなが付いて来てくれる訳じゃ無いのにね」
 その冷厳な言葉に、少女はぎくりとした。自分が責められているような気がしたのだ。
だが、それは間違いだったようで、幼馴染みの母親はその顔に免罪の笑みを浮かべ、
「いいのよ、それで。下手に加勢してケガしたら損だもの」
 更に続けて、今度は何処か寂しそうな顔で、
「だからね……、友美ちゃんお願い… あの子が何か無茶をしそうになったら、友美ちゃ
んに止めて欲しいの」
 それは少女にとって、少々決意の必要なお願いだった。
『正しい事をしている龍之介を止める=悪い事を手助けする』
 という図式が浮かんだからだ。それ以前に、少女自身も“悪い事は悪い”と言うタイ
プで、それ故にトラブルに巻き込まれて龍之介に助けられる事もしばしば。さすがに今
回は相手が悪かったので口を出さなかったが。
 そこまで考えて、少女はじっと自分を見つめる隣家の母親に決意の眼差しを返し、こっ
くりと肯いた。
 そう。正しいこと全てを制止する必要は無い。少女の範疇から外れた“無茶な事”を
しようとする龍之介を制止(と)めれば良いのだ。そう考えた結果だった。
「ごめんね。無理言って」
 そう言って母親は自虐的に笑った。こんな事を幼い少女に頼むなんてどうかしている、
と。そしてそれを吹っ切るかのように、
「今日はね、取って置きのお星様を見せてあげる」
 そう言って星図を広げると、少女に今日の主役であるヴェガとアルタイルを確認させ
る。物覚えの良い少女はそれを間違える事は無かった。
「良くできました。でも、今日見るのはその2つの星を結んだ、ちょうど真ん中にある
この星」
 ちょうど天の川の中間、白鳥座の嘴(くちばし)に当たる星を指さすと、
「織姫と彦星は此処で会っているのよ」
 母親はにっこりと微笑んで見せた。
「え?」
 驚いた少女が弾かれたように空を見上げるが、ヴェガもアルタイルも定位置のまま。
2つの星が天の川を渡るのかと思ったらしい。
「そうじゃなくて…… 見てご覧なさい」
 促されるまま望遠鏡を覗き込むと、レンズの中央に2つの星が寄り添うように見えた。
仲の良い恋人同士が寄り添うように…
「わぁ…」
 少女は思わず感嘆の声を漏らした。白鳥座のアルビオレ。3等星の明るさに相当する
星は肉眼では1つしか見えないが、望遠鏡で見ると2つに見えるという二重星だ。
「ね?」
 そう聞くまでもなく、食い入るように少女はその星に魅入っていた。

#
 今思えば、逢い引きの現場を覗き見ていた事になるので少々後ろめたい気もする。あ
の後、龍之介の母親からも「内緒ね」と言われたのも、そう言う理由からだったのかも
知れない。
 そんな訳で、今現在この星に関しては友美の胸の内にしまってあるわけだが……

「んーむ…… そう言われても気になる」
 帰り道。肉眼では1つの星にしか見えないアルビオレを見上げる友美の鼓膜を、未だ
釈然としない龍之介の声が叩いた。
「大丈夫よ。今まで支障が無かったでしょ」
「そりゃそうだが…… ひょっとして我が家に伝わる財宝の有りかとかじゃないか?」
 そんな事を何故、隣に住む人間に言わなければならないのか。
「だから、龍之介くんが私との約束を果たしてくれたら教えてあげるって言ってるじゃ
ない」
 その約束が思い出せない。それに加えて、友美の条件が“思い出したら”ではなく、
“果たしてくれたら”という辺りが引っ掛かる。思い出しても、果たせなかったら教え
て貰えないと言うことだ。
「……ひょっとして、友美とお袋の交わした約束って、俺と友美が交わした約束と密接
な繋がりがあるとか?」
「……密接とまでは行かないけど、微妙な繋がりはあるわね」
 何が楽しいのか顔に笑みを携え、龍之介の問いに答える友美。もう旅館の塀が視界に
入っていた。友美はその場でくるりと振り返ると、
「はい、タイムリミットです。私は裏に回るから、龍之介くんは正面からね」
「はあ? なんでそんな面倒くさい事するんだ?」
 と龍之介が聞き返すが、友美は曖昧な笑みを浮かべたままそのまま1歩2歩と後退し、
「おやすみなさい」
 とだけ言うと、踵を返して旅館の方へ走って行ってしまった。

「……なんだよ。裏に回るんならスコップを持ってってくれればいいのに」
 などとブツブツ言いながら龍之介が正面口をくぐる ……と、視線を感じた。木造2
階建ての旅館。一階は主に旅館の施設(食堂、厨房、風呂場)、2階が客室という構成。
 その2階のバルコニーから…… スナイパーが狙っていた。
 銃を形取った人差し指が ついーっ と動き、龍之介の心臓辺りに狙いを定める。慌
てて龍之介は手を上げて降参の意を表そうとしたのだが、その甲斐なく……

『BANG!』
 二丁の銃が火を噴いた。

#
「当たったと思う?」
 左胸を押さえヨレヨレと庇の下に逃げ込もうとする龍之介を見下ろしながら、愛衣は
自分の後ろで未だ右手の銃を崩さない唯に訊ねた。
「たぶん。あーゆうリアクションする時は、都合が悪い時だから……」
 ノリが良いのは後ろめたい証拠と言うわけだ。もっとも、当たっていなくてもこの2
人に狙われたと言うだけで心臓に悪いだろう。
「なるほどね」
 身体を回して背を手摺りに預けると、ちょうど友美が部屋に戻ってくる所だった。
 チラと隣に居る唯を盗み見ると、なんとも言えない複雑な表情をしている。
「……なるほどね」
 同じ言葉を今度は口の中で小さく呟くと、愛衣は肩越しに空を見上げた。ひと目でそ
れと判る夏の大三角形が頭上で瞬いている。
 デネブ、アルタイル、ヴェガで形取られる三角形……
「この三角形の中に、エロス(キューピット)の矢があるってのも笑えるわよね」
 笑えないのは、矢の先が三角形の頂点にある3つの星、そのどれにも向いていないと
いう事だった。

後書き
え、なんですか? はあ、10ヶ月ぶりですか。
いや、自分でもよく書く気が失せてなかったと感心しますよ。はっはっは(切腹)
はい、どうも。忘れてなかったらとっても有難いFFS『10years』です。
一瞬、FFSが何の略か思い出せませんでしたが(逝)

さて、忘れているかも知れませんが、彼らは伊豆に旅行中です。海水浴です。
「一体いつの間に……」
と思った諸兄の方々は、お手数ですがEpisode29から読み返して下さい(おぃ

タイトルの「星空のディスタンス」はTHE ALFEEの1980年代半ばの曲。直訳すると「星空の距離」ですか? 曲中で「500マイル」って出てくるんですが上空800kmという事であれば、まあ納得。
他にもCalvadosさん推薦でチェッカーズの「星屑のステージ」も候補にあったんですが、
作中に「遠すぎる存在の人」が出てくるので、「星空のディスタンス」を採用。
この理由、後書きを書いている今、考えつきました(爆)

今回は星のお話。と言っても、私は大して天体に詳しくありません。中学の3年間、授業の一貫としてあるクラブ活動(部活動とは異なる)で天文クラブに所属していた程度のもんですが(^^;
理由は至って簡単で、天文クラブなら夜遊びの口実が出来るという程度のモン(笑)
土曜の深夜に校庭で空を見上げて、流星(艦上攻撃機に非ず)の数を数えたりしたものです。
しかし内容に関しては正確な筈です。何しろネットを駆使して情報集めましたんで(笑)
夏の大三角形はデネブ−アルタイル−ヴェガだし、ヴェガが織姫でアルタイルは彦星(なかば以上常識)です。
あ、矢座はちゃんと大三角形の中にありますよ。矢の先も3つの星どれにも向いてません。
ところでみなさん、アルビオレって知ってました? 恥ずかしながら今回ネタを探していて、初めて知りました。なかなかロマンチックですよねぇ。口説き文句に使えるかも。
(対象者が居ません)

言い訳
実を言うと、数回書き直したんです。最初、肝試しの話だったんですよ、これ(笑)
くじ引きで回る組を決めるんですが、龍之介が(愛衣と一緒に回れるように)細工した策略はあっさり友美に見破られ、結局唯と組む事に…。刺すような視線を背中に受け出発した龍之介と唯の前に、本物が現れた。
……長くなりすぎました。
この次に来るEpisodeがちょっとしたヤマ場になるので、あんまりダラダラやりたくなかったんです。
まあ、そんなわけで次の話に絡められるEpisodeにしました。

さて、この次はいつになるのやら(^^;
 

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