構想・打鍵 Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。
 本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。 

 日曜の朝… なんと良い響きだろう。土曜の夜に比べると、ワクワク感というのは

若干薄れるが、いくら寝てても急かされないというのは、ある意味至高の贅沢だ。

 まあ、朝食を食べ損ねる恐れはあるが、9時前に起き出せば大丈夫な筈だ。

 以前は『憩』が始まる11時頃までは用意されていたのだが、日曜の朝食を唯が出

すようになってから、

『生活が不規則になる』

 などと横暴な事をぬかし、9時になってしまったのだ。

 で、今は何時だ?

「むぅ〜ん…」

 手探りで時計を探す。二度三度空を切った俺の手は、4度目にして目標物を捕捉し

た。さて、時間は……

 08:38

 ふむ、そろそろ起きなければ朝飯にありつけなくなるな。我が体内時計はかなり正

確のようだ。

 ……と、

『じゃ、9時に八十八駅前ね』

『ああ、遅れんなよ』

『それは私のセリフでしょ。去年の事、もう忘れちゃった?』

『ふん、俺は同じ過ちは2度犯さないのが自慢なのだ』



 不意にそんな会話が俺の頭の中で再生された。

 9時に八十八駅前? なんだっけ?

 寝起きの頭は、なかなか回転数が上がらない。さながらターボカーにおけるターボ

ラグのようだ。何気に時計に目をやる。短針は『12』を起点に右方向へ約102度、

長針は同じく約132度。ほぼ8時40分に近い。そして『6』の上に、申し訳程度

に表示された『30』は日付を指す。

 30日…… 何かあった様な……

 過給が効いてきたのか、回転数が徐々に高まりつつある。そして……



 がばっ!



 次の瞬間、俺は布団をはね除け起きあがった。

「目覚ましっ! 何故鳴らない!」

 起きあがってまず最初にやった事は、目覚まし時計に悪態を吐く事。何しろ昨日の

晩、確かに、間違いなく、8時00分にセットした筈なのだ。

 しかし、これはあまり文句は言えない。きっちりセットした筈の目覚ましは、きち

んとした手順を踏まれ止まっていた。つまり、俺が無意識下で止めてしまったという

事だろう。

 しかしだ、もう一個の目覚ましはどうした? あっちは無意識下でも止めようが無

いはずなのだ。

「……って、冷静に分析している場合では無いっ!」

 俺は大急ぎで着替えて、転がるように階段を駆け下りてダイニングへ……

「あ、おはよ」

 ……入ると、トーストに囓り付いた目覚まし(唯)が朝の挨拶をしてきた。



「おはよ… じゃねえよ。なんで起こしてくれないんだ!?」

 問いただす俺に、唯のヤツは、

「起こしたよ」

 と明快な返事を返してくれた。更に、

「起こしたけど、お兄ちゃんが起きなかったんだよ」

「起きなかったら起きるまで起こさんかっ!」

 全く……中学ン時は起きるまで徹底的に起こしたくせに…… まあ、それで「きち

んと起きたのか」と問われても返答に困るので、声に出しては言わない。

 しかし、これじゃ何のために起こしてくれるように頼んだかわからんじゃないか…



 おっと、そんな悠長な事をしている暇はなかった。1分1秒が惜しい。

 それでも唯をこのままにしておくのは癪なので、皿にあったハムと剥いてあったゆ

で卵をひょいひょいと摘んでやった。無言の抗議だ。

「あ――――――っ!」

 背後に唯の情けない悲鳴を浴びながら、洗面所へ飛び込み、素早く身支度を整える。

 まだ走って行けば、5分弱の遅刻で済みそうだった。





※

「ぜは〜 ぜは〜…」

 し、死にそ……

 9時5分。駅の柱に両手を着いて、俺は呼吸を整えていた。5分遅刻… 一応誠意

を見せなければならないので、全力で走ってきたのだ。

「ぜぇ… ぜぇ…」

 ま、まあ、この程度の誠意で許されるとは思ってはいないが……

「はぁはぁ…」

 だいぶ息が整ってきた。いつもならこの辺で嫌味が降って来て、俺が平謝りに謝っ

て、収まりがつく……と。



 ………。

 ……………。

 おかしい……

 何故声を掛けてこないんだ? ひょっとして新手の嫌味だろうか? 

 いや、いかんいかん。何を弱気になっている。ここは男らしく、毅然とした態度で

臨んでやろうじゃないか。

 俺は一つ大きく息を吐くと、勢いよく上半身を起こした。

 ……が、

「……あれ?」

 そこには誰も居なかった。

 いや、正確には通行人が右から左へ、左から右へと流れているのだが、俺の探して

いる人物はそこに居なかったのだ。

「…っかしいな?」

 ぐるりと視界を巡らせてみるが、やはり居ない。待ち合わせは9時で間違いないは

ずだし、たかだか5分の遅刻で愛衣が帰ってしまうわけが無い。

 と、すると……

「なんだ。愛衣のヤツも遅刻か?」

 愛美さんによると、遅刻は少なかったが、欠席早退が無茶苦茶多かった言う。遅刻

も早退も似たようなもんだから、今日もそうだろう。

 ……ちょっと無理があるだろうか? などと考え、何気に時計へ目をやる。

 9時10分… 5分待った事になる。

「なんだ、偉そうな事言って10分も遅刻かよ。……まあいい、5分前に来たことに

 して少しガツンと言ってやる」

「ガツンと、ねぇ……」

 背後からの声に、

「そう、ガツンと……」

 律儀に答える俺。



 ……刹那、言い様のない悪寒が俺の背中を駆け下りた。

「……誰が待ち合わせの5分前に来てたって?」

 聞きたくない声の上に、聞きたくない台詞。もっとしっかり探しときゃ良かった……

「は、ははは…… ど、何処行ってたんだ?」

 まだ後ろを振り向けない俺。

「別に…。5分待たされたからね。龍之介にも5分待って貰ったのよ」

 なるほど、いかにも愛衣らしい論理だ。しかしこうなると俺に選択の余地は無いと

いう事になる。

 ううっ……



「ごめん!」

 振り向き様、両手を合わせて拝むように頭を下げる俺。

「……言い訳は?」

 やれやれと言いたげな声が返ってくる。言い訳なんかしても聞いちゃくれないくせ

に……。まあ、仮に聞いてくれたとしても『唯が起こしてくれなかったから』とは言

えんな。

「ありません…」

 ………。

 暫しの沈黙。

「……ま、今回はその姿勢に免じて許して上げるけど、次は気を付けてよね」

 ほっ…

 許してくれる時はあっさり許してくれるんだよな。酷いときは3日間口きいて貰え

なかったけど……。

 ま、今日は誕生日だし、一日中不機嫌って訳にもいくまい……って、そんな日に寝

坊する俺も明らかに悪いけどな。



「すまん。お詫びに好きな物オゴるから」

 オゴると言っても、ランチの後のデザートとか休憩がてらに入った喫茶店での一品

とかそんなもんだ。愛衣もその辺は弁(わきま)えている。

「そぅお? じゃ、ケーキがいいな」

 悪戯っぽく笑って要求してくる。……変だな? いつもは(そんな何回もオゴった

訳では無いが)店に入って注文した後に、

『これ、龍之介のオゴリね』

 ってのがパターンなのに……。ま、いいか。

「おっけぃ、ケーキな。…んじゃ、取り敢えず如月町へ行くか」

 たしか『椎の樹』とかゆうケーキ屋があったはずだ。いきなりケーキ屋に行くって

訳じゃないけどな。



「手作りのね」

 歩き出した俺の背後から愛衣。

 ……何言ってんだ? ケーキ屋のケーキなら、まず間違いなく手作りだろう。それ

ともコンビニのカップケーキをオゴられるとでも思ったんだろうか?

「『椎の樹』だぞ。あそこのは手作りだろ?」

 追いついて俺の横に並んだ愛衣をやや見下ろし(ヒールのある靴を履かれても、俺

の方がちょっと背が高くなった)言ってやる。

 ちなみに『椎の樹』は美佐子さんも絶賛する美味しい店なので、味の点で問題は無

い筈だ。まあ、唯に言わせると、大きさに不満があるらしいが(小さいのだそうだ)。

 だが……、

「じゃなくて、龍之介の…… よ」



 ………。

 ……俺の? 俺の手作りケーキ?

 ……ちょっと待て。なんで『あの事』が洩れたんだ? …ってそりゃ洩れるわなぁ



「なな、なんの事だ?」

 無駄な抵抗とわかっていても惚けてしまう。

「ふーん… 惚けるんだ? 友美が嬉しそうに話してたんだけどね。…洋子は笑って

 たけど…」

 ええぃ! 外部に漏らすなとあれほど念を押しておいたのにっ… 寄って集って俺

の事を笑い者にしやがって。

「い、いや… あれは誕生日プレゼントの代わりみたいなモノでだな……」

 プレゼントを買う金が無かったので、唯に作らされたのだ。当然分量等は唯がやっ

たので、それなりのモノは出来た……のだろう。

 食した人間から文句が出なかったからな。

「今日… 私の誕生日なんだけど?」

 う… 誕生日だからってプレゼントを要求してくるような奴じゃないのに……

「それとも……、幼なじみ女の子の誕生日には作って上げられて、付き合ってる娘の

 誕生日には作ってくれないわけ?」

 一応、愛衣の方も俺と『付き合っている』という意識はあるらしい。それはそれで

嬉しいのだが、それとこれとは別問題だ。

「い、いや、俺の作ったケーキより、『椎の樹』のケーキの方が数段美味いって…」

 唯が聞いたらぶーたれるだろうが、本当の事だから仕方がない。

 その必至の説得が功を奏したのだろうか、

「……そう」

 呟いて俯く愛衣。なんとは無しに寂しそうに見えるのは気の所為だろうか?

 ……いや、騙されるな、これは何かの策略に違いない!



「せっかくお弁当作って来たのに……。ま、出来あいのお昼が良いって言うならしょ

 うがないわね…」

 手に持ったバスケットを俺の方に軽く掲げて見せる。見ろ! やっぱり策略だ。し

かも何て手の込んだ…… 

 ……いや、愛衣の手作り弁当はもちろん食いたい。食いたいのだが……

 苦悶の表情を浮かべる俺に、愛衣が更に追い討ちを掛けて来る。

「そう言えば手編みのセーターとかも、今から編めば寒くなる頃に間に合うんじゃ無

 いかしら……」

 くっ… ひ、卑怯なり……

「……あ、でも手作りは駄目なのよねぇ、龍之介は?」

 小悪魔のような微笑(えみ)を俺に向ける。小悪魔なんか見た事無いけど、まず間

違いなくこんな感じだろう。



「あ、あれは俺が作ったって言っても、肝心な所は唯に手伝って貰ってだな……」

「じゃあ、唯がやった肝心な所は私が教えてあげる」

 ………。

 ……唯がやった事? と、言うと……



 『あ〜ん』とか言って、愛衣がクリームの着いた指を差し出してくれる訳か?

  んで、その指を俺がくわえたりして……、更にクリームの着いていない別の指も

 丹念にしゃぶって、その勢いでつつーっと腕に舌を這わせたりなんかして、そのま

 ま首筋に……



 『あっ、駄目…』

  愛衣の身体がびくっ、と跳ねるが、お構いなしに俺は愛衣を抱きすくめた。触れ

 るか触れないかの微妙なタッチで舌を愛衣の首筋を行き来させる。

  何度も何度も…… そして、

 「くすぐったい? それとも……」

  耳元で囁き、

 「……感じる?」

  そのまま耳たぶに、やさしく歯を立てる。

 『あ… 駄目だっ…てば…あんっ』

  愛衣がぷるぷると身を震わせる。そんな愛衣の姿に満足した俺は、右手をそっと

 胸のすき間に……



「ちょっと」



  愛衣が止めようとするが、今さら止められるわけがない。



「ぶつかるわよ」



  そう、このまま手を伸ばしていけば、胸の頂きにぶつかるは……



 がんっ!

「ぐわ…」

 目の前で火花が散って、俺は現実に引き戻された。

 くそっ、なんでこんな所にお約束のように立て看板が……

 見ると、

『構内清掃中につき、御迷惑をおかけします』

 などと書いてある。まったくだ。…まあ、今のは明らかに俺の不注意だったけど。



「…なんか変な事、考えてたでしょ?」

 うっ… 疑惑の眼差しが痛い。

「へ、変な事ってどんな事だよ」

 負けずに切り返す。

「龍之介が、今、考えてたような事よ」

 唯と同じような切り返しをしやがって… どうも戦況不利のようだ。

 話を元に戻そう。



「なんでそんなに手作りケーキに固執するんだ? 特別なことは何もして無い筈だぞ」

  俺が将来ケーキ職人を目指しているならともかく、今のところそんな予定は無い。

「…別にケーキに固執している訳じゃ無いんだけどね」

 そこで一旦言葉を切って俺を見上げる。

「…ただ、友美には作って上げて、私にはくれないのかなぁ…って思っただけ」

 つい… と俺から目線を外す。



 それって……

 やっぱり『嫉妬』ってヤツなんだろうか?

 と、なると俺が取る行動はひとつしか無いではないか。

 ……まぁ、しょうがないか。それに2人っきりでケーキを作るのも悪くないかもし

れん。

 ……言っておくが、先程の妄想を実行に移そうなんて考えてないからな。

 これ以上邪な事を考えて歩くと、身体がいくつあっても足りないし。

「わあった、御希望に答えるよ。遅刻しちまった手前もあるしな。それに……」

 うっ、このセリフ言うのは結構恥ずかしい。

「…愛衣の作った弁当が食べられないのも、嫌だしな」

 あらぬ方を見てぼそりと言ったにも係わらず、聞こえていたのだろう。スッ…と俺

の腕に身体を預けてくる。

「あ、でも今日は駄目だからな。今日はきっちり俺に付き合ってもらうぞ」

 今日は二人して遊ぶのだ。



 見ればそろそろ電車が来る時間である。これに乗り遅れると、映画の上映時間に間

に合わない。

 券売機で2人分の切符を買い、少し慌てて改札を抜ける。構内アナウンスが列車の

到着を告げていた。

「お弁当、どこで食べる?」

 そのアナウンスの合間を縫い、愛衣が聞いて来る。

 如月町にはその巨大な施設の中に様々な休憩スペースが設けられていて、休日とも

なると家族連れやカップルがそこで足を休めたり、食事を取ったりする事が出来る様

になっている。

 ほとんどがテイクアウトのハンバーガーやアイスを口にしているが、中には弁当持

参でやってくる輩もいるので、普通に考えればそこで弁当をつつく事になる。

 ……のだが、



「そりゃ、やっぱり『あそこ』じゃないか?」

 愛衣の言わんとしている事を察し、俺はニヤリと返してやった。

 と、返事の代わりに、俺の左腕に微笑んで愛衣が右腕が絡めてくる。正解だったの

だろう。



『電車が参ります。黄色い線の内側までお下がり下さい』

 ホームに上がり切ったとき、ちょうど雷鳴の様な轟きを伴い、電車が滑り込んで来

た。

 慌てる事無く乗り込む。

 座れるほど空いている訳ではないが、鬱陶しくなるほど混んでもいない。

 取り敢えずこれで上映時間には間に合うだろう。映画が終わるのは正午少し前にな

る筈だ。

 車窓を流れる空に、雲はわずかに浮かぶ程度だ。天気の心配はない。



 映画を見終え、映画館を出たオレ達は、そのまま真っ直ぐ如月神社に向かうだろう。

 そしてあの階段を昇るのだ。

 長い長い…

 あの階段を……



【後書き】

 おお、書き終わった(笑)
 こんなに早く書き終わるとは…… っても、300ラインに満たないんですが(^^;
 タイトルは大黒摩季「BACK BEATs #1」より、『いちばん近くにいてね』です

  内容に伴ったタイトルになっていないのはお約束という事で(笑)
 こっぱ度は【74】くらいかな?

 お話自体は前回の続きです。
 補足して置くと、友美の誕生パーティは『憩』で行われたので、愛衣とか愛美は不
参加。いずみが参加していた筈なんですが、まあ良いでしょう(おぃ
 愛衣には洋子経由でバレた …と(笑)
 洋子は、友美が龍之介に気があるのを知っているので、面白可笑しく脚色して愛
衣に伝えちゃったわけなんですねー(笑)
 こんな背景があった事を念頭に置いておくと、分かりやすいかも……って、後書き
に書いてどうする<俺

 今回、男の子が貰って困るアイテム(○川達也=なんぱし談)のベスト5に入る
『手編みのセーター』の話がありますが、愛衣はそんなもん作りません(笑)
#つまり、まんまと騙された訳だ(笑)>龍之介
#唯は編むかもしれないけど……
#髪の毛を編み込む話が将軍のSSにあったなぁ(笑)

 ちなみに次の話は龍之介の誕生日の話になります。
 愛衣と龍之介がケーキを作る話はありませんし、当然その時には何もおこってません(笑)
 でもこの話の前に、海旅行のエピソードが入るんだよなぁ… 困った(笑)

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