〜10years Episode23〜

構想・打鍵 Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。
 本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。 

※数日後『Mute』
「どうしたんですか、このサクランボ?」
 小さめのボウル一杯に盛られた大量のサクランボに、唯と綾子がそれを差し出して
くれたマスターを見上げた。何しろコーヒーとミルクティーを頼んで、それに付け合
わすような格好で出て来たのだから、2人の困惑した表情も納得できる。
 大体、ソフトドリンクをオーダーして、付け合わせが出てくる事自体が妙だ。

 が、この2人の疑問にマスターは至極単純な回答を提示した。
「うん。お客さんから沢山貰ってね、ちょっと食べきれる量じゃないんで、お裾分け」
 そう言って、目をカウンターの端へ向ける。そこには4パック入りの箱が4つ積み
上げられていた。
 4×4で16パック。確かに処理に困ると言えば困る量だ。どうやら目の前にある
ボウルの中味が1パック分らしい。
「そういう事なら……」
「遠慮しなくてもいいか」
 頷き合い、早速手を伸ばす2人だった。

 それから5分としない内に、カラカラと乾いたカウベルの音と共に、
「もぉ絶っ対に愛衣ちゃんの後ろには乗らないっ!」
 半分泣きそうな声で高らかに宣言しながら愛美が入って来た。余程恐い目にあった
らしい。
「だから止めとけばって言ったじゃない」
 その後ろから愛衣。こちらはやや疲れ気味だった。恐がる人間を後ろに乗せて走る
ほど疲れる事は無い。
「あ、あんなに恐いもんだとは思わなかった」
 車体を傾けて曲がる事自体が愛美にとっては恐怖だ。
「愛美の隣に乗る教官の方が、よっぽど恐い目に会っているんじゃない?」

 上の会話を要約すると、教習所に通っている愛美が、愛衣に迎えを頼んだと言うこ
とらしい。
 ちょっと早めに着いた愛衣が、愛美の運転を見ていたのだが、それがまあ…
「失礼ね。誰だって最初はあんなものよ」
 人間誰だって自分には甘いものである。
「オートマチック車でエンストする人はかなり珍しいと思うけど?」
「うっ…」
 珍しいと言うより、ある種の特技だ。普通、AT車はエンストしないように出来て
いる。
 安田愛美、彼女はコンピューター制御を超えたドライバーに成長する可能性があっ
た……と言えば、少しは聞こえが良いだろうか?

「あれ? 愛美ちゃん、AT限定だっけ?」
 日本の道路を走る車の9割近くがAT車となった昨今、MT対応免許を取る人間は
希だ。と、言うよりマニアだ。
「いえ、何が起こるかわからないんで、限定解除です」
 限定解除という言葉をやや誇らしげに強調。誰かさんを意識しているらしい。二輪
の限定解除は、自動車のそれとは比較にならないのだが。
 ちなみに愛衣の場合、限定解除は取れないのでは無く、取らない……だった。理由
は許可が降りないからだ。洋子の父親から……
 そう言った意味ではやはり“取れない”のだろうか? 愛美もそれを知っているか
らこんな挑発をしたのだが、
「何かが起こる前に、何かが起きないと良いわね。あ、それ以前に免許取らないとねぇ」
“不測の事態が起こる前に、不幸な事故が起きないと良いわね”という意味の台詞で
愛衣が反撃を試みる。愛美の挑発を真っ向から受ける形になったのだが、

「うるさいなぁ…… あら、美味しそう」
 愛美の方は早々に戦闘を放棄した。勝ち目が無いのはもちろん、テーブル席に座る
2人にようやく気付いたからだ。
 ちなみに、唯と綾子が“美味しそう”という訳ではない。
「あ、良かったらどうぞ」
 綾子が気を利かせてボウルを愛美の方へちょっと動かす。
「いいの?」
「はい。いっぱいあるそうですから」
 そう言って、積み上げられた箱の方へ一瞥をくれる。それを見て納得したのか、
「じゃ、遠慮せず……」
 と、ボウルへ手を伸ばしかけたその時、
「あー、駄目々々。ちゃんとノルマがあるんだから」
 という声と共に、新たなボウルが“どんっ”と愛美の前に置かれ、
「これ、叶くんと2人で処理してね」

※
 育ち盛りとは今の唯や綾子ぐらいの年齢を言うのだろうか。
「だからと言ってサクランボだけってのはねぇ……」
 3つ目のボウルが4人の前に出て来た時、綾子が辟易とした声を出した。入る場所
はあるが、さすがに飽きてきたのだろう。食べるペースが落ちるのはもちろん、サク
ランボの柄を使って暇つぶしをする者も……
「ほらほら、綾ちゃんっ」
 ほとんど惰性でサクランボを口に放り込もうとしていた綾子に、唯が“べぇっ”と
舌を出してみせる。その赤い舌の上には、一重結びされたサクランボの柄が、ちょん、
と鎮座していた。
「あんた、つまんない特技持ってるわねぇ」
 と言いつつ、口の中でモゴモゴやっているのは、多分同じ事をしているからだろう。
 その間も唯は、次のサクランボを口に入れ、ものの10秒としない内に、新たな一
重結びを作ってみせた。

「あー、舌つりそうだわ」
 諦めてヨレヨレになった柄を口の中から取り出し、
「まあ、こんなの出来なくても実生活に支障があるわけじゃなし」
 やや投げやり気味に言う綾子だが、彼女の斜向かいに座る愛美を見て思わずコケそ
うになった。
 やっているのだ、口をモゴモゴと……
「何やってんですか、愛美さんまで」
 自分もやっていたことは棚に上げている。
「え? あ、ちょっと試してみたくて……。知ってる? これが出来ると……」

 からん
「ちゃーす」
 何かを言いかけた愛美の声を遮る来客。まあ説明の必要は無いと思うが、龍之介だ。
当然のお約束である。
 店に入るなり目敏く4人を見つけた龍之介は、そのままテーブルに歩み寄ると、
「お、サクンランボではないか。頂き」
 言うが早いか、ひょいと口に放り込む。そして僅かな間を置き、どうだ、とばかり
に舌を出すと、やはりと言うか一重結びが鎮座していた。

「……あんたら2人して、家で何やってんのよ?」
 2人を見比べ、綾子が心底呆れたように言う。まあ、大体想像はついていたのだが、

「唯と比べるなんて失礼な! 俺の方が断然早いぞ」
 何を勘違いしているのか、張り合っている。加えて唯までもが、
「お兄ちゃんのは結び目が粗いからだよ。もっと丁寧にやらなきゃ」
 確かによくよく見ると、龍之介の方が結びが緩い。
「おーし、見てろよ」
 と言ってサクランボを一個口に放り込む龍之介。同時に唯も……
 で、よーいドン!

 綾子が想像するまでもなく、その場面が目の前で、リアルタイムで繰り広げられて
いた。
「……で、愛美さん?」
 別次元へ逝ってしまった2人を放置して、改めて愛美に目をやる。その愛美はと言
うと、飽きもせずサクランボを口に運んでいた。
 ん? ってな具合に顔を上げる愛美。目の前で繰り広げられている低次元の争いに
毒気を抜かれたのか、さすがに柄結びはやっていなかった。
「これが出来ると、何か良いコトがあるんですか?」
 両手で当事者2人を指差し尋ねる。この2人を見る限り、何かの役に立つとはとて
も思えなかった。
 愛美もそう思ったのか、自信無さ気に、
「うーん……聞いた話だから本当かどうかわからないけど、これが出来る人はキスが
 上手なんだって」
 愛美がそう言い終わると同時に、2人がこれまた同時に“べぇ”と舌を出す。両方
とも見事な一重結びだった。

「でも、何でだろ?」
 愛美にはその理由がわからなかったようだが、それまで黙々とサクランボを口に運
んでいた愛衣には、その理由がわかりすぎるほどわかってしまった。
 同時にあの日の夜のコトが頭を過ぎる。あんなとろけて仕舞うようなキスが出来る
のにはそれなりの訳があったと言う事だ。
 ただ、引っかかるのは……

「あんた達、本っ気で家で何してるわけ?」
 綾子もそれ系の情報に詳しいのか、この柄結びとキスが上手である相関関係がわか
るらしい。先程より数倍呆れた声で2人に質す。もちろん冗談で言ってみただけなの
だろう。
 が、それを良しとしない人物有りき。
「日々弛まぬ努力……ね」
 横に立つ龍之介をチラッと見上げ呟く。
 しかし、そんな愛衣の心配というか不安を余所に、

「俺の方が早かった。それに結びだってほぼ完璧だ」
「ほとんど差なんかないよ。結びだって唯のなんか左右対称だもん」
「そこまで言うのならもう一度勝負してやろう」
「望むところだよ。綾ちゃん、どっちが早いか見ててね」

 はっきり言って、心配していた自分が情けなくなって来た。加えて、自分が唯を思っ
た以上に意識している事にも……
「まだまだ……ね」     
  そっと息を吐くように呟き、唯が作ったサクランボの柄結びを見やる。
 現状で龍之介が自分の事を好いていてくれるとは言え、少なくともキスに関しては
唯の方が一枚も二枚も上手(うわて)の様な気がした。


(了)
 【後書き】
浪費してます(爆)<龍之介
タイトルの『キスは少年を浪費する』は、
東京パフォーマンスドールの「MAKE IT TRUE」より『キスは少年を浪費する』です(笑)
東京パフォーマンスドールについては、何れ裏ページで語るつもりですが(笑)、取り敢えず有名所として、
篠原涼子とか「EAST END×YURI」の市井由里が所属していたアイドルグループです。

#内容について
いやー、自慢じゃないけど出来ます<柄結び(笑)
高校ん時、自慢気にやっていたら、クラスメートの女の子に、
「うわっ、キス上手そー」
とか言われたんですが、その時ボクはウブなネンネだったので、理由がわからず、
「なんでさ?」
と聞き返したところ、
「え、わかんないの? うふふ、教えてア・ゲ・ル」
と言っていきなり……
……すみません、この辺は嘘です(逝)

さて、1ポイントアドバイス(笑)
2ページ目の最後の方に
》「誰かれ構わずキスして歩いてんじゃ無いでしょうね?」
》「あのなぁ」
という会話がありますが、この『誰かれ』は暗に『唯』を示しています。
もっとも、愛衣が最初口にしたときは、そんな意味は持っていません。
ですが龍之介はそう解釈し、それが愛衣に伝わった、という事です。

今回、ちょっとキスシーンにリキ(笑)入れてみたんですが、どうだったでしょう?
多分某いずみストの方には、
「まだか! まだ引き延ばすのか!?」
とか言われそうですが(笑)

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