〜10years Episode21〜
構想・打鍵 Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。 
 本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。

「詐欺じゃないか」 
 私は隣に立つ父様に聞こえないように、小さく口の中で呟いた。 
 確かに受験が終わったら盛大なパーティーを開くと言うのは聞いていたけどさ… 
 最初は、 
「合否が出ない内にパーティーを開くなんて…」 
 と思っていたけど、今ならその理由がわかる。  
『篠原多足歩行システム発表記念パーティー』 
 会場であるホテルのホールに、バカでかい看板(少なくとも私には看板にしか見え 
ない)を見つけた時、私は自分の愚かさを嘆いた。  

 私、篠原いずみは現在中学3年生。ついでに言うなら季節は冬。つまり受験シーズ 
ン真っ盛りの時期なのだ…… と、言うのはついさっきまでの話。 
 実は今日がその試験当日だった。 
 で、試験が終わって校門を出たところで私は黒塗りのセダンに放り込まれた。事情 
を知らない人が見たら誘拐と間違えたかも知れない。 
 早い話が『受験お疲れさま』という意味合いのパーティーでは無いという事だ。 
 もっともそんな理由でパーティーを開かれたら恥ずかしくて仕方がない。当てつけ 
に篠原の本社ビルから飛び降りているところだ。  

「あーあ、こんな事なら榛名(註:いずみの中学時代の友達)達とパーッと…」 
「何がパーッとだ?」 
 ととっ… 思っていたことが口に…… 
「はい。友達に、試験が終わったのでパーッと遊びに行かないかと誘われていたので 
 すが、お父様のお誘いの方が先でしたので、お断りしてしまったのが申し訳無いな 
 と…」 
 咄嗟に考えた言い訳にしては中々上手く言い繕えたな、うん。 
「そうか。では今度、いずみの方からそのお友達を誘って上げなさい。お詫びの意味 
 も込めて」 
「はい。そうしたいと思います」 
 つ、疲れる…… 
 中学の3年間で染み付いた言葉遣いを言語変換するのは骨が折れるよ、ホント。 
「でも、私のような者がこのような場に出てきてしまってよろしかったんでしょうか?
 見れば随分と立派なパーティーの様ですが……」 
 これが血の繋がった父娘の会話か? 
「まあ、今日は場の雰囲気に慣れる程度の気でいなさい。これからはお前もこういう 
 場に出ることも多くなるだろうしな」 
 うぇ〜 
「で、でもそんな事をされては、私がお母様に恨まれてしまいます。きっとお父様を 
 私に取られたとお思いになりますわ」 
 本当は母様もパーティーは苦手なのだけど、そんなこと私には関係ない、誰が好き 
好んでこんな動きにくい格好して、見たこともない人達に笑顔を振りまかなきゃいけ 
ないんだ? 
「いや、母さんもお前にこういう場に慣れて貰う為と、今回は辞退してくれたのだよ。
 だから安心しなさい」 
 やられた…… くぅ〜、実の娘を自分の都合で売り飛ばすなんて… 
 まあ、人の事は言えないか。  

 それにしても… 
 改めてホールを見回すと、随分と沢山の人がいる。まあ、学校の集会よりは少ない 
みたいだから、5〜600人位かな…… うっ、外国人までいるじゃないか。 
 頼むから話し掛けて来ないでくれよ。 
 なんて余計な心配か? 
 しかしホントに凄いパーティーだな。でもなんで私が「おあずけ」された犬みたい 
に父様とここにいなくちゃいけないんだ? 
 ホール中央のテーブル群には世界各国の豪華料理が並んでいるって言うのに…… 
 そりゃ、主催者のパートナーが料理をがっつくのは拙いかもしれないけどさ、私が 
会場に入って口にしたのって云えば、乾杯の時に渡されたオレンジジュースだけだぞ。

 ああ… あのローストビーフ、最後の一切れだったのに…… そ、そのオードブル 
下げないでくれぇ…… あっ、中華饅だ。うわっ蒸籠(せいろ)にのって本格的なや 
つじゃないか。湯気が立って…… ご、拷問だぞこれは。 
 ひょっとしてパーティーって耐える場所なのか? 
 ……でもここで、 
「お腹が空いたので、何か頂いてよろしいでしょうか?」 
 と言ったら、良い顔しないだろうなぁ。さっきから挨拶に来る人が耐えないし…… 
  
 とかなんとか考えていると、 
「やぁ、篠原さん。今日はお招きいただき……」 
 父様と同年代の男性がにこやかに近づいて来た。 
「これは、水野さん。本日はお忙しい所、無理なお願いをして申し訳ない」 
 えっと、ミズノ、ミズノ… 
  試験終了から会場入りするまでの間に頭へ叩き込んだ人物ファイルをパラパラと捲 
る。そのお陰で、受験のために覚えた英単語やら数式がこぼれ落ちたかもしれない。 
 えー、ミズノスポーツ、水野メディケア、水野建設か。でも確かミズノスポーツと 
水野建設のトップは孫がいる年齢だったよな。 
 と、すると…… 
「いずみ、こちら水野メディケアの代表取締役……」 
「水野忠興様ですね。お噂はかねがね… 父がいつもお世話になっています」 
 父様が紹介するより早く、頭を軽く下げ挨拶する。 
 ふふん。どーだっ、これくらいの挨拶なら私だって出来るんだぞ。これで来月から 
高校生と言うことも相まって、一気にお小遣いの倍額間違いなし。 
 ……と、思ったのもつかの間、 
「娘のいずみです」 
 すかさず父様のフォローが入る。 
 しまったぁ、自己紹介するのを忘れてた。なんてことだ、私のお小遣い倍額計画の 
夢が…… 
 いや、倍額と言っても大した額じゃない。ウチは世間一般ではお金持ちの部類には 
いるらしいけど、私のお小遣いに関しては、そんな事を微塵も感じさせない。 
 なんと3,000円。 
 30,000円じゃ無いぞ、日に3,000円でも無いぞ。月に3,000円だ。 
映画に行ってお昼を食べようモノなら、あっと言う間に無くなってしまう額なんだぞ。
 高校生になれば付き合いの幅も広がるだろうし、益々出費がかさむだろう。本当は 
倍額だって足りないくらいだ。  

「あの…」 
「はい?」 
 自己紹介を忘れた恥ずかしさのあまりか、お小遣い倍額計画頓挫のショックからか 
私は目の前に立つ女性に、間の抜けた返事を返してしまった。 
 ……って誰だろう? この女性(ひと) 
 目の前の彼女は、尚も困ったような笑みを浮かべ私を見ている。 
「すみません、友美さん。あまりこの様な場に連れて来ていないものですから……」 
 何故か父様が申し訳無さそうに彼女に詫びる。 
「いえ、私もいつまで経っても慣れませんので良くわかります。ましてやいずみさん 
 はこちらに入って気を休める間も無かったでしょうから…」 
 ここまで聞いて、私はようやく理解した。どうやら彼女は私に自己紹介をしてくれ 
たみたいなのだが、こっちは上の空だったらしい。 
 だぁっ! 重ね重ねの失態 
「し、失礼しました、篠原いずみです。本日はお忙しい時間を割いて頂きありがとう 
 ございます。大したもてなしは出来ませんが、ごゆっくりお楽しみ下さい」 
 慌てて取って付けたように頭を下げるが、本当に取って付けたような挨拶になって 
しまった。 
 しかし彼女はそんなことを気にした風もなく、 
「初めまして、水野友美です。本日はお招きに預かり………」 
 私は彼女…… 水野友美さんの挨拶を聞きながら“ぼうっ”としてしまった。 
 はぁーっ、キレイな女性(ひと)だなぁ… 
 身長は私より10cmは高いかな? 眼鏡を掛けているけど、目鼻立ちが整ってい 
るから知的な印象しか与えてないし、髪はサラサラのロング……手入れが大変だろう 
なぁ。10人の人が見たら、まず10人が美人と言うタイプだな、うん。 
 ドレスはシンプルだけど、それがまた彼女の魅力を引き立てているし、スタイルも 
私とは比べるのもおこがましい…… 
 年は私より2〜3歳上かな? 私も2〜3年経ったらこのくらい魅力的な女性にな 
れるだろうか?  

「……それじゃ友美さん、お願いします。いずみ、私は水野さんと大事な話があるか 
 ら、その間友美さんをご案内して上げなさい」 
 ……へ? あの、ちょっと…… 
  またも思考が飛んでいる間に、私のあずかり知らない所で何事か決まったらしい。 
 父様はというと、 
「どうです? 最近こっちの方は?」 
 とか言ってゴルフスイングの真似をしている。何が大事な話だよ全く……  

 って、愚痴っててもしょうがない。お客様のお相手をしないと…… 
 でもどうすりゃいいんだ? 今日のメインは“多足歩行なんたらシステム”の発表 
だけど、私そんなの知らないぞ。 
 そもそもわかっていても、彼女にはわからないだろう。えっと… なにか共通の話 
題は…… 
「あの… ご趣味は?」 
 …って、これじゃお見合いだな…… 
 でも向こうもきっかけが欲しかったのか、 
「え? ええ、読書……かな? あと最近はお料理とか……」 
 良かった、なんとか話題が続きそうだ。読書はあんまりだけど…… 
「お料理ですか… 私は母の手伝いをする程度なんですが……」 
 ……待てよ、今まで私が独力で作り上げた品目ってあったか? おにぎり……は料 
理じゃないな…… 
 しまった、料理もあんまり得意じゃないじゃないか! 
「……水野さんはどう云ったものを良くお作りになるんですか?」 
 く、苦肉の切り返しだ。 
「あ、そんな大したモノじゃないの… お友達と一緒にお菓子を作ったりする程度だ 
 から……」 
  ふーん、お菓子かぁ 
 脳裏に水野さんとそのお友達が、広い庭園のテーブルで和やかにケーキやクッキー 
を作っている光景が浮かんだ。 
  うーん、なんでこの人が言うと、優雅なお菓子作りの風景が目に浮かぶんだ? 
(作者註:実際には優雅にはほど遠い。閉店後の『憩』が戦場となり、翌日美佐子が 
     泣きたくなるほどの惨状になるのだ)  

「話は変わってしまうんですけど……」 
 頭の中に浮かんだ情景に思いを馳せていたのを、話題に詰まったと思ったのか、今 
度は水野さんが話題を振ってくれた。 
「なんでしょう?」 
 ちょっとお菓子作りに興味があったんだけど、まあ、いいか。 
「篠原さんは、八十八学園に入学なさるんですか?」 
 あれ? 何で知っているんだろう? 父様が話したのかな? 
「ええ、合格できればですけど……」 
「あ、やっぱり。今日、学校で良く似た方を見かけたので、もしかしたらと思って」  

 ……なるほど、そういう事か。 
 多分水野さんは八十八学園の生徒で、父様から 
『娘の面倒を見てやって貰えないか?』 
 とか言われたのかもしれない。 ……ひょっとしてお目付役? 嫌だなぁ…… 
「すると、水野さんも八十八……」 
「ええ、私も合格できればですけど」 
 やっぱり…… 2年生かな? 3年生かな? 3年生なら1年間の監視で済むなぁ…
はぁ、気が重い…… 
 ……… 
 ………待てよ? 
 ……今、『私も合格出来れば』とか言ってなかったか? 
「あ、あの…」 
 私は真実を確かめるべく恐る恐る、 
「…水野さんが、今日私を見かけたって言うのは……」 
「ええ、私も今日試験だったから」 
  
 ガーン… 
  なんて事だ! 3年間の監視付き。私の青春はどうなるんだぁっ! 
 ……ってそんなことよりっ!   

「お、同い年ぃ!?」 
 嘘だ! なんで同じ15歳で、なんでこうも違うんだっ!? どう見ても彼女の方 
が年上だぞ。 
 そうか、きっと水野さんは、3年間病に伏せっていて、それが完治したから晴れて 
受験を……ってそんな非現実的な話があるかっ!  

「やだなぁ、そんなに私って老けて見える?」 
 パニクっている私に水野さんはにっこりと微笑み掛けてくれるが… そう、それ! 
その笑み! それから落ち着き払った態度。どこが同い年なんだ!? 
「あ、いや… 老けているって意味じゃなくて、大人って言うか落ち着いているって 
 いうか、そういう意味だよ。あはは…」 
 まあ、私の成長が遅い(断じて止まったわけではない)せいもあるだろうけど…… 
 すると水野さんはまた、くすくすと笑い、 
「ふふ… おじ様の仰った通りね」 
「な、何が?」 
「さっきね、『今日は無理して言葉遣いを正しているけど、普段はもっと砕けた調子 
 だから』って」 
 み、見透かされている…… さすがは父親。しかしこれじゃ私が道化じゃないか。 
 ……えーい、こうなったら恥の掻きついでに聞いてやる。 
「み、水野さんは…」 
「友美でいいわ」 
「そ、そうか? じゃ、私のこともいずみでいいよ ……えっと、友美は私の父様か 
 ら何かを頼まれなかった?」 
「何かって?」 
「た、例えば学校での私の行動を監視して、逐一報告するようにとか……」 
 自分で言っててなんだけど、執行猶予付の犯罪者みたいだ。まあ、いくら父様でも 
これは無いだろうけど…… 
 と、思った私が甘かった。  

「そうねぇ… 仲が良さそうな男の子が居たら教えてくれって言われたわ」 
 ……なんて親だ。 
 私が寂しい高校生活を送ることになったら全部父様のせいだぞ ……って、なに笑っ
てんだ友美は…… 
 ま…ま・さ・かっ! 
「だ、騙したなぁ!?」 
 拳を振り上げて詰め寄ると 
「きゃっ、ごめんなさい」 
 小さくなって頭を押さえる。 
 ったく… でもなんかホッとするな。大人っぽく見えていてもこういう所は年相応 
なんだ。やっぱり同い年なんだな。  

「……で? 本当の所は?」 
 友美の頭を軽く小突いただけで許して上げた私は、改めて友美に聞き直してみる。 
「本当の所は…… ただ仲良くしてくれって言われただけよ」 
「本当にぃ〜」 
 尚も疑いの眼差しを向けてみる。と……、 
「あら、そんなに疑り深いところをみると……」 
 ま、まずい… 
「い、言っとくけどな、いないぞ。仲の良い男の子なんて…」  
「なにも聞いてないわよ?」 
 ……くっ、侮れない。 
 いや、本当にいないんだけど、父様に変なこと吹き込まれるのは…… 
「ふふっ、冗談よ。そんなことよりいずみちゃん、お腹空かない?」 
 なんか手玉に取られてるなぁ。まあ、お腹が空いていることは事実だ。何しろここ 
に入って一時間、ジュースしか飲んでいないし……  
 そうだな、父様からも開放されたことだし、これから元を取ることにしよう。 
「そう言えば…… 友美は何か食べたのか?」 
「私もあまり食べてないの。あ、でもあのローストビーフは美味しかったなぁ」 
 ああ、あの私が見ている前で無くなったヤツね。 
「あ、ほら。あそこ……」 
 友美が促す方へ目を向けると、ちょうどボーイさんが新しいお皿と変えている所だ。
 やたっ! エライぞ篠原重工。私は自分の家を滅多に褒めないけど、今日はいい。 
特別に褒めて上げよう。  

 よーし、食べるぞ。取り敢えずはあのローストビーフだ。それから中華饅、パスタ 
に海鮮サラダに……うん、やっぱり来て良かったかもしれない。これだけの料理をお 
腹いっぱい食べられるんだから……  

 でも…… 
 それよりなにより、 
「なあ、友美」 
「ん? なあに、いずみちゃん?」 
 ひょっとしたら私は、高校生活で一番の友達を、入学する前に見つける事が出来た 
のかもしれない。 
「一緒の……一緒のクラスになれるといいな」 
 いや、多分見つけたんだろう。 
 だって彼女は、私の問いかけに満面の笑顔で 
「うん、そうだね」 
 って答えてくれたから。  

  うん。今日はやっぱり来て良かった。
 

【後書き】(2000.03.17)
原作では親友という事になっている友美といずみ。
もちろんシリーズでもこの辺を踏襲するのだが、その第一歩となるのがこの『Dear Friend』である。
タイトルは岡村孝子の「SWEET HEARTS」から『Dear Friend』。


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