〜10years Episode20〜
構想・打鍵 Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。 
 本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。

 そして、その日の午後…
『Mute』 
 カランカラン…
「いやー、終わった終わった」
 カウベルの音よりも大きな声で入ってきたのは2人組の男、龍之介と忘れ去られて
いるかも知れないが、都築 樹。何を隠そう彼も八十八学園を受験したのだ。
「お疲れさま。どーだった?」
 その2人に労いの言葉を掛けたのは、テーブル席に座っていた女の子。宮城 綾子
と…
「おい綾、可哀想な事を聞くなよ。綾瀬ぇ、2次募集してる学校教えてやろうか?」
 こちらは労いの言葉でも何でもない南川 洋子。
 唯や綾子と同じ学校を受験した彼女だが、実は自己採点でボーダーラインギリギリ
なのだ。
「やめんか、縁起でもない。それにこー言っちゃなんだが、かなり良いセン行ってる
 と思うぜ」
 龍之介は余裕綽々(しゃくしゃく)で洋子の言葉を受け流し、カウンターのスツー
ルに腰を下ろした。
「ほぉ、そりゃまた大きく出たな… ところで友美はどした? 一緒じゃないのか?」
「友美? あいつなら試験終わって学校出たとこで親父さんの迎えが来てたな。なん
 だかパーティーがどうのと言ってたみたいだが……」
 更に樹が、龍之介の言葉を引き継ぐように、
「それと、2人に謝っておいてくれって言われた。なんか約束してたんだ?」
 と続ける。
「んー……、まあいいさ。今夜にでも電話しとこう」
 洋子は嘆息気味にそう言うと、再び綾子と何やら話し始めた。 

 そんな2人に龍之介と樹は大して気にも留めず、
「愛衣、コーヒー頼む」
「僕も同じで…」
 それから2人は樹の持っていた参考書を広げ、今さっきやって来た試験のディスカッ
ションを始めた。 

                  ☆ 

 一教科目を軽く流した終えた所で、
「いやぁ、しかしこれで当分開放的な気分に浸れるな。やっぱり試験なんてのは俺の
 性に合わん」
 スツールの上で大きく伸びをしながら、龍之介が少し大袈裟に自分の肩を叩いてみ
せる。
「それにしても我ながら良い出来だぞ。時間も割と余ったし、ミスもチェックできた。
 まあ、まず間違いなく受かるだろう」
 まだ受かったわけでもないのに、はっはっは と胸を反らして高笑い。
「水野さんに感謝しないとね」
「何を言う、これが俺の実力だ」
「でも彼女『龍之介くんが落ちたら私のせいだ』とか言ってたよ」
 実際、龍之介がここまで来られたのも、友美がつきっきりで勉強を見てくれたお陰
なのだ。
「うぅむ、まあ少しくらい感謝してやってもいいだろう」
 それでも偉そうな龍之介に、
「お待たせいたしました」
 なんとも事務的な声が被さり、2人の前に……アイスコーヒーが置かれた。 

 確かに2月も半ばを過ぎ、暦の上では春だがアイスコーヒーを飲む……というかメ
ニューに載せるにはかなり気が早いのではなかろうか?
 そんな疑問符付きの顔をカウンターの向こう側にいる人物に向ける2人。
「2人とも随分とアツくなっているみたいだから、それ飲んで少しクールダウンした
 ら?」
 なるほど、確かに2人とも今まで
『あの問題はあーだ、この問題はこーだ』
 と盛り上がっていたのだ。そのほとんどが歓声だったので、先程『我ながら良い出
来だ』と言っていた龍之介の言葉は嘘では無いのだろう。少々騒ぎ過ぎたため、喉が
渇いているのも事実だった。
「いやぁ、気が利くなぁ」
 昨夜の件があるので、何の疑問もなくそれを口に運ぶ龍之介。つまり本当に気を利
かしてくれたと思ったのだ。
「ぷはーっ! この一杯の為に生きているな」
 一気にグラスの半分ほどを流し込み、風化し掛けたオヤヂギャグを飛ばす。どうや
ら絶好調のようだ。
 そんな龍之介の隣で、
「にしてもくやしいな… まさか龍之介に負けるとは思わなかった」
 グラスを片手に樹が唸る。八十八学園を受けるだけあって、樹の成績はトップクラ
スなのだ。若干、数学が弱かったがそれにしても足を引っ張るほど悪くはない。今ざっ
と目を通したのはその数学だった。龍之介は…… というより、友美は数学が得意科
目なため必然的に龍之介にそれが継承されたらしい。
「贅沢なヤツだな、一教科ぐらい勝たせろ」
 さすがに他の教科では勝てると思ってないらしい。
「ま、あと四教科あるしね…… あ、でも午前中の英語と国語は水野さんにお墨付き
 を貰ったんだっけ?」
 どうやら昼食時にもディスカッションしたらしい。と言っても、唯の9割手作り弁
当をつつきながら、英語の長文問題の概要と、国語はやはり古文と漢文の要約、それ
に2、3の問題についてやり取りしただけだ。
「ああ、しかしよくあれだけで出来が判断できるもんだ」
 龍之介もこれには感心する。もっとも、友美にすれば龍之介の苦手そうな問題をピッ
クアップしただけなので、出来て然るべき問題が正解しているという前提が付くのだ
が……
「これなら何とかなりそうだね、合格」
「うむ、これも俺の努力が実を結んだ結果だな ……あとは『おまじない』が効いた
 んじゃないか?」
 そう言ってチラと愛衣に目を向ける。だがその愛衣は龍之介の言葉に何の反応も示
さない。
「なにさ『おまじない』って?」
 代わりに目敏い樹が興味ありげに聞くが、
「さーねぇ」
 はぐらかす様にアイスコーヒーのグラスに手を伸ばし、もう一度愛衣の方を見るの
だが、グラス磨きが忙しいのか龍之介の方を見ようとしない。
「(照れてるのかな?)」
 おめでたい龍之介はそう思ったのだが、磨いたグラスを置く際に、ぼそっと呟くそ
の声が彼の耳に届いた。
「誰の『おまじない』が効いたんだか…」 

 ゾッ……
 その言葉が、瞬時にして龍之介の顔から血の気を引かせた。
「(な、なんで知ってるんだ? 今朝のことを…)」
 今朝のことを知っているのは、自分と友美と唯しかいない。日中ずっと一緒だった
友美が愛衣に喋る事は不可能なので、結果として容疑者は……
 龍之介はある確信を持ってスツールを立ち上がると、先客の女の子2人の座るテー
ブルに歩み寄り……、
 
「おい」
 ドスを利かせた龍之介の言葉に、綾子と洋子が同時に顔を上げる。
「なに?」
「なんだよ」
 シラを切っているのか、2人の表情に変化はない。そんな2人に龍之介は押し殺し
た声で、
「お前らなぁ〜、唯に聞いたことをべらべらと他人に喋るなよ」
 どうやら、唯→洋子・綾子→愛衣 という具合に情報伝達がなされたと推測したら
しい。
 ところが2人は龍之介の顔を不思議そうに見、一度2人で顔を見合わせた後、
「なんのこと?」
 と逆に聞き返してくる。
「とぼけるな、唯から『おまじない』の話を聞いただろ」
 更に問い詰めるが、2人は更に更に不思議そうな顔になり、また顔を見合わせ……
そして数秒後。困ったように龍之介を見上げる綾子が、
「私たち、今日、唯に会ってないけど……」
 諭すような口調で事実を伝えようとしたが、自分の中で勝手に結論を出した龍之介
は、綾子が最後まで言い終わらない内に、
「言っておくけどな、アレは唯が勝手に…し……た は? 会ってない?」
 思いっ切り呆けた声を出す。
「うん。電話もしてない」
 冷静に答える綾子。
「なんだよ、またなんかやったのか?」
 続いて問い詰めようとする洋子の声が被さる。しかし、洋子の声は最早龍之介の耳
には届いていなかった。 

「(…っかしいな? じゃあ何で知ってるんだ?)」
 新たな疑問が彼の頭にわき出て来たが、すぐにそれは中断された。なんとなれば、 

 ドン! 
 背後からの衝撃が考え込む龍之介を襲う。振り向くと水差し(っていうか、水が入っ
た容器)を持つ愛衣と目が合った。
「なにボーッとつっ立ってんの、仕事の邪魔よ」
 随分とトゲのある言葉だ。先程『照れを隠しているんじゃないか?』と思ったのは、
どうやら完全に間違いだったらしい。
 してみると先程のアイスコーヒーも何らかの警告だったのだろうか?
 愛衣はそのまま龍之介を押しのけると、
「はい、2人とも、お水のおかわり」
 あまり量が減っていないようなグラスに、無理矢理水を注ぎ入れる。
「「???」」
 なみなみと注がれた水に、2人は何がなんだか分からない様子だ。
「では、ごゆっくりどうぞ」
 そして、愛衣が一礼してカウンターへ戻ろうとした際……、
『ぎゅう』
 龍之介の足の甲が踏みつけられた。 

「でっ…」
 大して痛くはなかったのだが、抗議のために悲鳴を上げると、
「あら、ごめん。でもボーッと突っ立てる龍之介も悪いわよ」
 さらに続けて、
「…ったく、そんな事だから朝っぱらから道端ですっ転ぶのよ」 

 ぞぞっ……
 再び龍之介の顔から血の気が失せる。この時になって初めて彼は自分の間違いに気
付いた。唯の『おまじない』では無く、友美の『おまじない』を見られていたという
事に……。
「み、見てたの?」
 背後の2人に聞こえないくらいの小声で聞いてみる。答えはある程度想像出来てい
たが……
「なにを?」
 逆に聞き返されてしまった。はっきり言って単刀直入に『見てた』と言われるより
ダメージが大きい。
「どの辺りから……」
 恐る恐る尋ねる。
「誰かさんが無神経な事を言って、鞄で顔を叩かれた辺りから」
 実際には声が聞こえるような距離から見ていたわけではないが、まるで聞いていた
かのように答えるあたりはさすがと言わざるを得ない。
 しかしそれを聞いて、龍之介は安堵した。その辺りから見てたなら、十分無実が立
証できると踏んだからだ。
「見てたんならわかるだろ、あれは不可抗力だ」
 怯えの声から一転して強気な口調になる。そう、確かにあれは不可抗力だった。転
んだ拍子に友美の唇が自分の頬に『当たった』だけだ。 

 もちろん愛衣も、あれが事故であるというのは了解していた。ただ、やはり面白く
はない。先程の妙な行動も、
『まあしょうがないけど、怒っている事に気付け』
 という意味があったらしい。
 たしかに、ああいう状況では避けようが無い出来事で、龍之介が言うように『あれ
は不可抗力』なのだろう。
 しかし……、
 言葉には気を付けなければならない…… 若しくは選ばなければならなかった。
「ふぅーん… じゃ、唯の『おまじない』は不可抗力じゃなかったんだ」 

 ぞぞーっ…
 今度ばかりは掛け値無しに彼の全身から血の気が引いた。
「(聞かれてた!?)」
 真っ青になって立ち尽くす龍之介を後目に、
「まっ、いいけどね。私には全っ然関係ないから」
『全然』に強いアクセント込め、すたすたとカウンターの中に戻っていく。
 今朝の友美型低気圧も相当なものだったが、今回の低気圧の方が遙かに強力なよう
だ。気象予報風に言えば『超大型で非常に強い』と言ったところだろうか? 

 こうして、龍之介にとってあまり歓迎できない状況になってしまった訳だが、ここ
で彼が取れる行動はそう多くはない。
 一つは「この場から逃げ去る」なのだが、これを実行に移すと事態が悪い方へ向か
うことが目に見えていた。下手をすればさらに発達して、台風になりかねない。
 そうなるとあとは、「堪える」しかなかった。堪えて無実を証明するのだ。
「はぁ……」
 溜息をつき、足取りも重くカウンターに戻る龍之介。3人分の『おまじない』の効
力は既に尽き、彼はそのツケを払おうとしていた。 

 その姿をテーブル席にから見ていた洋子と綾子には、彼の背に十字架が重なって見
えたという。
 もっとも、彼女達がその理由に気付くのは、まだ随分と先の話になるのだが……


【後書き】(2000.03.17)
タイトルはFIELD OF VIEWの「SINGLES COLLECTION+4」より『ドキッ』
色んな意味で「ドキッ」とするお話(笑)
まあ、龍之介には然るべき天罰が下ったと言うことで(笑)

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