〜10years Episode18〜
構想・打鍵 Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。 
 本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。

 都会。
 人々が日々の糧を得るために、自らの労働力を提供する場。
 眠らない街。 

 鉄道。
 街から、人々を安息の地‥‥家庭へと送り届ける為のシステム。
 眠らない街から放射状に延びて行くいくつもの線。
 その線の通過点にあるいくつもの街。 

 八十八町もそんな街の中の1つで、閑静な住宅街という表現がそのままぴったり当
てはまる高級住宅地だ。
 喫茶『憩』はそんな住宅街にあった。
 第一種住居専用地域という用途地域に建つ店舗併用住宅という用途の為、店舗面積
50平方メートルに満たないこの喫茶店には、その広さに似つかわしくない大きさの
熱帯魚用水槽がある。
 ただしその中を泳いでいるのは熱帯魚などではなく、全長50センチを超える巨大
な‥‥‥‥『金魚』だった。
  

 1986年 夏 

 ヒュ――――― ドーン ドドーン パラパラパラ‥‥
 夏の風物詩花火。
 この町に面した八十八海岸では毎年八月半ばになると花火大会が催され、多くの見
物客が訪れる。
 もちろん花火も良いのだが、子供達にとっては、その周辺に出ている露店も大きな
楽しみだろう。
 それは例の3人にも言える事だった。 

「ほい、ほい、ほいっ‥‥と」
「お兄ちゃん、凄い!」
 ひょいひょいと何の苦もなく金魚をすくい取る龍之介に唯は感嘆の声を上げた。
「はっはっは。俺に掛かればちょろいもんよ。‥‥よし、次はあのでっかいのを狙う
 ぞ」
 調子に乗った龍之介が狙ったのは、他の金魚よりふた回りは大きい魚体を持つ金魚
だった。
 その動きを目で追っていく龍之介。無言の対峙が十数秒続く。
「いまだ!」
 気合い一閃。が‥‥
『すかっ!』
「はい、残念」
 無情にもすくい棒に張られた紙は破れていた。
「くそっ、もう一回だ。友美! 金」
 手だけを友美に向け、催促するのだが、
「無駄遣いはダメ! もう充分取ったじゃない」
 確かにお椀のに中では5匹もの金魚が窮屈そうに身を寄せ合って泳いでいる。
 その様子を見て、多少不満顔を見せたものの龍之介も納得した。もっとも、龍之介
自身がお金を握っていたら使ってしまっていただろう。そう言った意味では、小遣い
をまとめて友美に預けた美佐子の判断は正しかった。 

 そんなこんなで、一通りの露店を巡り、花火も終わっての帰り道。
「あぁ〜〜〜!」
 と声を上げたのは唯。
 見ると手に持っていた風船がフワリフワリと‥‥それだけならまだしも、
「金魚がぁ〜〜」
 よせばいいのに風船に金魚の袋をくくりつけていたのだ。
 フワリフワリ‥‥
 唯の悲痛な声をよそに風船は空に消えて‥‥いかずにどういう訳だか3人の頭上
(地上高3mの辺り)に滞空していた。
 空高く消えてしまえば諦めもつくのだが、手を延ばせば届きそうな所にある物を諦
められる訳がなかった。
 特に龍之介は‥‥。
「どこかに長い棒は‥‥」
 辺りを見回すがそんな物は何処にもない。
「仕方がない。友美、肩車だ」
「え」
 思わず後ずさる友美。それも当然で、彼女は(唯もだが)浴衣を着ているのだ。そ
れを肩車しようと言うのだから‥‥
「早くしろよ。唯よりお前の方が背、高いんだから」
 その言葉が悪かったのか、それとも龍之介が強引に浴衣の裾を捲ろうとしたのが悪
かったのか、
 ばっちん! 

 そうこうしているうちに‥‥
 ヒュ――――
 風に乗って風船が移動を始めた。
「あっ、待って」
 真っ先にそれを追う唯、そして友美。その後を頬に手形をつけた龍之介が続く。 

 フワリフワリ‥‥
 風船はまるで3人を従えるようにして移動を続ける。 

「しめた!」
 風船の進行方向を見て歩いていた龍之介が歓喜の声を上げ走り出す。その先には一
本の電信柱が‥‥なるほど、そのまま風船が進めば、電柱から手が届きそうだ。
 スルスルと電柱を登っていく龍之介を見て唯と友美は、
「ああ、やっぱり人間の祖先は猿なんだなぁ」
 と思った。 

「さあ来い、ほら来い、すぐに来い」
 それこそ手ぐすね引いて待ち構える龍之介。あと3m、2m、1m。
「わっはっは。所詮は風船頭。人間様に適う訳がないさ」
 龍之介が高笑いを上げた瞬間。
 ヒュ――――
 海風か何かの影響だろうか、あと十数センチで龍之介の手が届きそうだった風船は、
あざ笑うかのようにその進路を変更した。
 この時、唯と友美は、
「ああ、やっぱり人間でも自然の力には適わないんだなぁ」
 と思った。
 しかし龍之介はそう思わなかったらしい。
「このやろぉ〜、風船の分際で人間様に楯突こうなんざ10年早い」
 しっかりと自分を風船のレベルまで落としてしまっている。そもそも10年経って
も風船は風船だ。 

 再び風船を追い始める3人。
 しかし無情にも風船はとある家の塀を越え邸内に‥‥
「あぁ――」
 唯が泣きそうな声を出す。
「回り込みましょう」
 あくまで冷静な友美が、壁づたいにその家の反対側に向かって歩き出した。 

「でっかい家だなぁ」
 延々と続く塀を見て、龍之介が呆れた顔で呟く。
 5分ほどしてようやくその家の反対側へ回り込むことが出来た。もっとも途中から
は走り出さねばならなかったが‥‥。
「来ないね」
 唯が空を見上げて呟く。
「中に落ちたのかしら?」
 友美が言うには風船と3人の速度から、風船が先行した恐れは無いとの事だった。
「中に落ちたのなら諦めるしかないわね」
「冗談じゃない!」
 そう反論したのは、蔦(つた)を頼りに壁をよじ登り始めた龍之介。
「風船に馬鹿にされておめおめ引き下がれるか!」
 その様を見て、唯と友美は
「もしかして人間の祖先はヤモリかもしれない」
 と思った。 

「いいか、10分経って俺が戻らなければ警察に連絡しろ」
 昨日見たテレビのセリフだ。
 龍之介曰く。「かっこいい決め台詞が欲しかった」そうだ。
 心配顔の2人を残し、龍之介は壁の向こうに消えて行った。 

 5分後‥‥
 ワンワンワン‥‥ 

 遠くから犬の鳴き声が聞こえて来る。
「遅いね、お兄ちゃん」
 更に2人の頭上をサーチライトの光が行ったり来たりし始めた。
「嫌な予感がするわ」
 そして、龍之介が塀の向こうに消えてかっきり10分後‥‥ 

 ガサガサガサ バサッ
 突如2人(唯・友美)の前に1つの影が現れる。
「ひゃっ!」
 思わず飛び上がる2人。だが‥‥
「逃げるぞ!」
 龍之介の声だ。
「逃げるって‥‥」
「説明は後だ。早く!」
 言うなり駆け出す龍之介。唯もその後に続いてしまったので、仕方なく友美も走り
出す。 

「はあはあ」
「ぜいぜい」
 5分ほど走り続け、ようやく龍之介が立ち止まる。
「はあはあ‥‥な、なんなの一体?」
 友美の言葉は龍之介に向けられたものだ。
「ねぇお兄ちゃん、金魚は?」
 しかし唯は金魚の方が気になるようだった。
 龍之介は(どこで拾ったのか)コンビニの袋を唯に手渡し、
「悪ぃ、池ん中に落ちていて、一匹しか捕まえられなかった」
 そして友美に向き直り、
「あの家、とんでもないぞ」
「なにが?」
 不思議そうな顔の友美。
「俺が金魚を回収するわずか10分の間にアレだ」
 唯の持つビニール袋へアゴをしゃくってみせる。
「うわぁ〜 すごい!」
 その袋の中を見て、唯が驚嘆の声を上げた。
 友美も唯の横から袋を覗き見‥‥その目が大きく見開かれる。
「恐らく生物学か何かの研究だろうな。3cmしかなかった金魚があの短い時間で
 30cm近くになって‥‥」 

「鯉よっ!」
 自慢気に解説する龍之介の言葉を断ち切り友美が叫ぶ。
「鯉よ! 鯉だわ。金魚じゃないわ! 龍くん! 今すぐ返して来なさーい!」
 あまりの剣幕に思わず後ずさる唯と龍之介。
「か、返すたって‥‥もう一回あの家に忍び込むのかよ」
「忍び込む必要はないわ。正面から謝りに行けばいいじゃない」
「友美‥‥お前だって犬が吠えるのを聞いたろ? ありゃ、お前ん家で飼っているよ
 うな愛玩犬じゃ無いぞ、ドーベルマンとかシェパードとかの大型犬だ。数だって一
 匹や二匹じゃなかった。つまりそうまでして守る何かがあるって事じゃないか」
 龍之介が言う『何か』とはこの場合巨大化した『金魚』を指す。 

「(確かに一般家庭がドーベルマンやシェパードを(それも複数で)飼うなんて考え
 難い。おまけにサーチライトまで頭の上で回っていたっけ。それじゃ、やっぱり‥
 ‥)」
 考え始めると悪い方、悪い方へ考えが進んでしまう。
 更に追い打ちをかけるように、龍之介の声が被さる。
「そんな所にのこのこ行って見ろ、どんな目に会うか分かったもんじゃない」
 悪い事に昨日テレビで見た『UFO大特集』を思い出してしまった。友美の頭の中
に手術台に縛り付けられ、解剖されていく自分達3人の映像が浮かんだ。
  

  1992年 夏 

 ぶーん‥‥ コポコポコポ
「はぁっ‥‥」
 水槽の中を窮屈そうに泳ぐ錦(にしき)金魚を見て、友美が溜息をつく。
 この『金魚』を鯉に詳しい父の友人に見せたところ、
「百万は下らない錦鯉だ」
 という評価を頂いた。
 それでも龍之介は相変わらず「金魚だ」と言い張り、唯に至っては『ぎょぴちゃん』
と名付け、毎日せっせと餌を与えている。
 そのお陰かどうか知らないが、当初30cmだった鯉‥‥もとい、金魚は50cm
近くまで成長してしまった。
 いくら何でもこれを金魚と言うには無理がある。いや30cmの金魚だっているわ
け無いのだが……
 もちろん2人だって気付いているはずだ、これが金魚じゃないという事に‥‥。
 ただ、恐くて誰も真実を口に出せないのだろう。 

「ねえ美佐子さん、この鯉‥‥」
 カウンター内で洗い物をしている美佐子に声をかけるのだが‥‥
「あら、金魚よ、それ」
 美佐子までもが龍之介に言いくるめられてしまっている事が友美には信じられなかっ
た。
 いや、あるいは美佐子も自分たちと同じように、それを認めるのを拒否しているの
かも知れない。 

 水野友美。
 彼女がこの『金魚』の持ち主である篠原いずみに出会うのはもう少し先の話である。


【後書き】(2000.03.17)
なんでこんなSSを書いたのか良く思い出せない(笑)
確か、セガサターンで『同級生2』をやった時に
「いずみの家に忍び込んで……」
という台詞が出てきて、書いたような……
タイトルは全くの脈絡無しに、ZARDの『風が通りすぎる街へ』です

そういや『憩』に招かれた際、鯉に気付かなかったのか?>いずみ

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