〜10years Episode14〜
構想・打鍵:Zeke
 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。 
 また本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。 
 

『ATARU』6階 陶器売場

「ふーむ……。」
 3つのコーヒーカップの前で思わず唸る。取り敢えず此処までは絞ったのだが……。
「どれも捨てがたい……。」 
 忌々しい事に、俺にも親父の血が流れている証しだろうか? こういったモノには
妥協したくないのだ。

「へぇー、良い趣味してるじゃない。」 
 背後から感心したような愛衣の声。

「でも、これは『憩』向きじゃ無いわね。」 
 と、ひとつのカップを取り上げる。そう、それは俺も感じていた。確かに今、愛衣
の手にある物は『憩』の雰囲気には合わないだろう。それでも候補に残したのは、単
に俺が気に入ったからだ。 
「やっぱ、そう思うか? ……仕方ない、それは外そう。この2つから……」
「うーん……でも、個人的にはこれが一番いいなぁ。あたし、買っちゃおうかな?」
 なに? そこまで気に入っているのか? ならば…… 
「いや、待て。やっぱりそれも候補に入れておこう。えーと、カタログは……」
「……性格悪いわね。」 
「いいだろ。どうせ俺が見つけたんだから……あれ、カタログ無いな。ちょっと待っ
 ててくれ、聞いてくる。」 
 今のカップをきっちりチェックし、精算カウンターへ向かう。

「すいません、『K−27』のコーヒーカップをお願いしたいんだけど?」
「はい。えーと(ゴソゴソ……)『K−27』こちらでございますね。一脚でよろし
 いですか?」 
「ええ。それと……」 
 チラと愛衣の方に目をやると、まださっきの所でカップを見ている。
「ギフトなんで、リボンかなんかを……」 
「かしこまりました……ふふ、いいなぁ。本当はリボン付けるの有料なんだけどおま
 けしたげる。彼女?」     
 俺の目線を追ったのか、女性店員が冷やかすような口調で聞いて来る。
「え? あ、違う違う。姉貴だよ姉貴。」 
 まあ実際、彼女というには違う気がするし……良くわからんな。
「あら、お姉さんなの?」 
 うっ、思いっ切り疑いの眼差しだ。 
「訂正、姉貴みたいな友達だ」
「じゃあ、これからだ。頑張ってね」
 なにを頑張るんだ、なにを。  
 女性店員は、慣れた手つきでリボンを結び終えると、
「はい、お待たせしました。税込み3,605円になります。」
 ううっ、5月は友美の誕生日といい出費がかさむなぁ。バイト代貰えて良かった。

 代金を払い、小さな手さげ紙袋にカップと一緒に、カムフラージュとして大目のカ
タログを入れて貰う。 
「ありがとうございました。」 
 の声を背にその場を後にし、愛衣の所へ。案の定というか、
「なにそれ、紙袋に入れて貰うほどカタログ貰ってきたの?」 
 と呆れられたが、気にしないことにする。なんとなく気分が良かった。

            ☆            ☆ 

 結局、『ATARU』を出る頃には6時半をまわっていた。とはいってもこの時期
の6時半はかなり明るい。 

「何処行くの? 駅はこっちよ。」 
『ATARU』を出て、駅とは反対方向に歩き始めた俺に、愛衣が訝しげな声をあげ
た。言っておくが、方向オンチという訳ではない。 
「うん、まあ……ちょっと寄って行きたいトコがあるんだ。」
 俺は取り合わない風を装い、歩き続ける。 
「寄って行くって……そっちは神社でしょう?」
 その通り。既にその神社にある木々の緑が正面に見えている。歩道橋を渡ればすぐ
そこだ。ただ、お祭りとかの行事がある訳では無いので、『しん』と静まり返って少
し不気味かもしれない。愛衣が及び腰になるのもわかるので、 
「別に脅かそうと思ってる訳じゃないよ。ついてくればわかるって。」
 安心させてやる。 
「……信用するけど、もし変な事したら後悔することになるよ。」
 ちょっとその『変な事』がどっちの意味かわからなかったのだが、取り敢えず俺に
そんな気は無いので、構わず神社へと歩を進めていく。 

                  ☆

 まだ明るいのに、確かに人気のない神社は不気味だ。 
「こんなトコに何の用なのよ。」

 やっぱり恐いのか俺の袖を握りつつ、愛衣が言う。 
「用があるのは此処じゃないよ。こっち……わかり難いんだよなこの道は。」
 記憶を頼りに、神社の右手にある茂みへと歩を進める。ここにはちょっと見た目に
はわからないが、道があるのだ。 
「へぇ、こんな処に道があったんだ。」 
 相変わらず木々が頭上を覆っている為薄暗いが、それも20mほど歩くと途切れる。
そして…… 

「ここ……」 
 愛衣が息をのむのがわかる。ようやく期待通りの反応を見せてくれた彼女に俺もホッ
とした。そしてちょっと自慢げに、 
「ちょっと長いけど、眺めは保証するよ。少なくとも『憩』までは見える。」

 木々を抜けたそこには……延々と続く階段があった。はっきりと数えた事はない。
最後に登ったのも随分前の事だ。 
 神社からの導きが悪く人気があまりない……唯も友美も知らない俺の取って置きの
場所。 

「なにやってんの? 置いてくよ。」 
 人が感傷に浸ってるってのに、すっかり乗り気だ。
「へいへい。」 
(さっきまでは震えてたくせに) 
「なんか言った?」 
「いーえ、何も言ってません。」
 すっとぼけて一歩を踏み出す……瞬間、妙な感覚に捕らわれた。なにか……たった
今見た事がずっと以前にも起こっていた様に錯覚する……そう、デジャビュという奴
だ。だが、今までそんな事が全くなかった訳では無いので、特に気にすることなく、
次の一歩を踏み出した。 

                  ☆ 

 187、188、189、190、191……
「あら、割とすぐなのね。」 
 段数を数えながら上っていた俺とは違い、先に愛衣の方が頂上に気付いた。確かに
思ったより時間は掛からなかった。数えていた段数も200を欠ける程度で、最終的
には220〜230段程度だろう。 
 うーん、ガキの頃に上った時はもっともっと時間が掛かったように思えたんだけど
な。ひょっとして景色も思った程じゃないかも……自分の中で美化し過ぎたかな。

 222、223、224…… 
「227段……へぇ、結構あったんだ。」
 なんだ、数えてたのか。道理で上ってる最中あまり喋らないわけだ。
 226……
「227!」 
 最後の一段を声に出して登り切った。途端に視界が開ける。360度……とまでは
いかないが、240〜250度のパノラマだ。 
 しかも、俺の中にしまってあった景色……それ以上の眺めだった。

 サァ――――― 
 風が抜けていく。俺の髪と愛衣の長い髪が、同じ方向に流れて揺れる。
「ふふ……なんかおかしい。」 
 不意に愛衣が呟く。 
「なにがだよ。」 
「だって、二人して黙々と階段の数を数え上ってくるなんて……」 
 それの何処がおかしいんだ? と思ったが、確かに二人して一言も発しないで黙々
と階段を上る格好は、端から見たら笑える光景かも知れない。 
 一端可笑しいと思えたら、止まらなくなってしまった。

「はは…はははは……」 
「あはははは……」 
 箸が転がっても可笑しい年頃、ってのは俺達ぐらいの年齢だろうか。二人して笑っ
ている光景がまた可笑しく更に笑えてしまう。 

「あはははは……はぁ。」
 ひとしきり笑うと今度は海の方へ目を転じる。ちょうど太陽が海に飲み込まれて行
くところだった。息を飲んで見つめてしまうほどの……こんな絶景にも係わらず、観
客は俺達2人だけだった。 
「きれい……」 
 愛衣の呟きが聞こえる。 
「ああ……」
 俺もそう言うだけが精一杯だった。

 最後にここに来たのは7年前……お袋が死んだと言っても、最初は唯や美佐子さん
がいたので寂しさはあまりなかった。 
 でもある日、どうしようもない寂しさに捕らわれ、学校の帰りに直接電車に乗って、
何故か此処に来ていた。あの時もこんな夕陽が…… 

 ふと気付くと、愛衣がじっと俺の顔を見ている。
「な、なんだよ。」 
「ぅん? 別にぃ。何考えてんのかなーって思っただけ。」
 そう言うのは『だけ』とは言わないだろうが……なんだかせっかくのムードを上手
く壊された様な気になる。 
「何も考えてねーよ……ほら。」 
 何となく気恥ずかしくなってしまい、それを隠すために切り札と言えるモノ紙袋か
ら取り出す。 
「誕生日なんだろ? 大したもんじゃないけど、一応バースディプレゼントだ。」

 しかし、愛衣は俺が想像していたようなリアクションを起こしてはくれなかった。
 何処か困ったような……期待が外れたような表情をしている。まさか…… 

「あの、ひょっとして誕生日じゃ……なかった?」 
 真っ先に心配したのはそれだ。もしそうだったら間抜けな事この上ない。
「え? ううん。ありがとう……。」 
 そうは言っているが、なんか戸惑っているみたいに見える。ひょっとして俺からプ
レゼントを貰うのは迷惑だったんだろうか? 
 そんな俺の心の内を察したのか、
「あ、ごめん。ありがとう、嬉しい……でも良く知っていたわね私の誕生日。」
「うん? まあ、前に5月生まれだって聞いたような気がしたからな。あと、マスター
 がそれっぽいような態度取ってたし……」 
「ふーん……」 
 愛衣はなんとなく気のない返事をして、また夕陽の方に目を向ける。俺の渡したプ
レゼントを両手で包み込むようにして持ったまま…… 

「なんだ……思い出した訳じゃないんだ。」

 風の音に掻き消されてしまうかの様な声。 
「(……?)」 
「でも、人の事言えないか……私もこの場所、覚えてなかったもんなぁ。」
「(何の話だ?)」 
 ……刹那、 
 頭の中にある光景が浮かんだ。場所は……恐らく今、上ってきた階段。その階段を
俺の手を引張き登って行く7〜8歳位の女の子の姿。 
 友美……ではない、もちろん唯でも無い。誰……だ?

「ね。この場所、どうやって見つけたの?」 
 再び俺の方に目を向けて聞いてくる。
 どうやって? 確かお袋に連れられて……いや、ちがう。俺がお袋や親父をつれて
来たんだ。するともっと前? 

「小学校3年……の春ごろだったかなぁ。下の神社に家族で来たの、洋子も一緒に。
 で、かくれんぼとかして遊んでる内に……ほら、ここ奥に行くと茂みが深いでしょ、
 迷っちゃて。」 

 俺もある仮定を元に過去を探り始めた。小学3年の春と云うことは……俺が5歳の
時の春……朧気ながらその時の情景が浮かんで来る。 
 あの時は親同伴で友美や幼稚園の仲間と一緒に、この下の神社に来ていた。やっぱ
りというか子供同士で鬼ごっこに興じ、道に迷い…… 

「迷った末、出てきたのが……」
 ……この階段の下。 
                  ・ 
                  ・
                  ・ 
 そして2人の子供は階段を見上げ、
『高いところから見れば、帰り道がわかるかもしれない。』 
 そう言って登り始めたんだ。長い長い階段を…… 手を繋いで……
 もちろん階段の途中で帰り道はわかった。それでも俺達は登り続けた、そして今立っ
ているここまで来たのだ。 

                  ☆  

「小一時間くらいかな? 2人でお互いの家を教えあったりしたのよ。」 
 愛衣は没し掛けた陽を見届けるかのように、海を見つめていた。
「へ、へぇー。そんな事があったんだ。」 
 俺はとぼけた。認めても良かったのだが、なにかとてつもない爆弾があるような気
がしたのだ。 
 ところが愛衣の奴はとぼけた俺を、あっさりと無視し……と云うより、確認するか
のように…… 
「で、帰ろうって事になって階段を降りる時に、指切りをしたのよね?」
 やっぱり出た。  
「へ、へぇー。な、なんの指切りをしたんだ?」 
 まずいっ! 声がうわずっている。
 愛衣はと云うと、相変わらず柵に手を掛け頬杖ついて海に顔を向けていたが、チラ
と目だけをこちらに向けて2、3秒俺の方を見、また海の方に戻す。 
「……忘れちゃった。」
 そうは言うが、その目が笑っている。くそっ、知っててとぼけてやがる。一体何の
指切りをしたんだ? 

            ▽            ▽

『おねーちゃん優しいから、大きくなったら俺のお嫁さんにしてやる。』 
 へっ?
『ふふ、ありがと。でも、あたし浮気は許さないよ。』 
『うわきって何だ?』
 おい、なんだこの会話は…… 
『他の女の子を好きになることよ。』 
 そんな指切りをしたのかっ!?

            △            △ 
  
「針……千本飲むのは大変よねぇ。」
 だから……俺の心を読んだようなタイミングで、そういう事を言うなよ。 
「そりゃ大変だろうな。でもアレって、ウソついて無きゃ飲まなくても良いんだろ?」
 取り敢えず防衛ラインを引いておこう。何しろ現段階ではウソはついていない。
……と思う。 
「そうね。こんな事なら『約束を忘れたら針千本飲ます』にしとけば良かったわ。」
 笑いを堪えるように言ってる。良かった、そんな指切りしなくて……。 
 う〜〜、それにしても我ながら節操がない。唯に友美に愛衣か……今やったら八つ
裂きにされるな。 
   
 そうこうしている内に陽は完全に暮れ、僅かに水平線の辺りを藍と朱で彩っている
だけになってしまう。……宴の終わり。 
 感応式なのか外灯がポツポツと灯り出す。
「……帰るか。」 
 何となく名残惜しい気もしたが、いつまでも此処で突っ立っている訳にも行かない。
「そうね……。」 
 と応える愛衣の声が寂しそうに聞こえたのはうぬぼれだろうか?

                  ☆ 

「ありゃ……」 
 階段を降り、神社へ抜ける道に入ろうとした俺はその前方に広がる闇を見て、思わ
ず立ち止まった。予算不足なのか、高台の上と階段、そして今立っている所には数が
少ないにしても照明の類があったのだが、この神社に通じる道には1つの灯りもない。
 闇の中にぽっかりと口を開けたその道は、如何にも『何か出ますよ』という感じだ。
『変な事したら後悔するよ。』 
 脳裏に愛衣の言葉が蘇る。もしその『変な事』が『恐い目に合わせる事』だったら
俺の方が『恐い目』に合ってしまう。 

 ま、まあ、たかだか20メートルに満たない距離だし……ってその先の神社の灯り
も見えないじゃないか。どうすべぇ…… 
 などと考え倦(あぐ)ねていると、俺の腕に何かが絡まって来た。
「?」 
 目を転じると、 
「なによ。」 
 バツが悪そうに俺の腕を取る愛衣と目が合う。やはりこう云った雰囲気も苦手なよ
うだ。しかしまあ、ここで茶化すのも何なので、 
「いや、別に……」 
 曖昧な返事を返して、俺達は木々のトンネルへ踏み出した。

                  ☆ 

 無言で歩く2人。当たり前だが突然脇の茂みから覆面のチェーンソー男が出てきた
り、地面からゾンビが出てくると云う訳もなく、淡々と進む。 

 しかしこう云った状況なら何かが出て来ても良いかなと思ってしまう。まあ、本当
にホラー映画並の化け物が出てきたら困るが、なんかこう突発的な出来事が……

 バサバサバサッ… キィ―――――ッ! 

 そうそう、こんな風に突然コウモリかなんかが飛んで来て、
「きゃあっ!」 
 とか言って愛衣が抱き付いて来れば、いい雰囲気に……って抱き付いて来てるな。

「な、なに? 今の?」 
「さあ? コウモリかフクロウじゃないか? 夜に飛んでるんだから。」 

 鳥目って言葉があるくらいだから、他の鳥は夜には飛ばないだろう……と思う。
「コ、コウモリ?」 
「別に不思議じゃないだろ? 自然が残っているという証拠じゃないか。」
 血を吸われるんであれば、遠慮したいところだが…… 

 目が慣れたせいか、暗闇でも愛衣の何処か怯えたような表情が見て取れる。普段は
強がっていても、こういう処は女の子なんだよなぁ。 
 なんか安心してしまう。

「なによ、その含み笑いは。」 
 そんなに俺って考えていることが顔に出やすいのだろうか?
「いや、別に……女の子だなぁ、と思ってただけだよ。」 
「当たり前でしょ、女の子なんだから。」

 ちょっと拗ねたようにそっぽを向く。そんな愛衣がとてつもなく可愛く見え、
「あ………」 

 気付いたとき、俺は愛衣を抱きしめていた。 
 思ったよりも華奢な身体……酔った勢いで抱き締めた事はあったが、シラフでは初
めてだ。 
「……人の弱味に付け込むのは卑怯なんじゃない?」 
 さほど怒っているとも思えない声……いい機会だ。
「卑怯はどっちだよ。俺、この前の返事……聞かせて貰って無いぞ。」 
 言うまでも無く、この前愛衣の策略にはまり、『好き』と言わされた事に対しての
返事だ。 
「何の返事?」 
 惚けてもダメだ。何しろ今日は俺の方が精神的には優位に立っている。
「先々週、『Mute』で言ったコトだ。」 
 目を見つめ、回した手に少し力を込め言ってやる。おお、我ながらなんて大胆な。
 ところがだ、 

「だって、あれは言葉のアヤだったんでしょ?」 
 例の小悪魔的な微笑(えみ)で俺の目を見つめ返す。うっ、なんか嫌な予感が……
「ちゃんと言ってくれなくちゃ、答えようが無いんだけど?」 
 如何にもといった感じで視線を外しやがる。

 ……それって……もう一回言えってコトか? 冗談じゃないっ! あの時だって酒
の勢いがあったからだし、そっちの策略にノせられただけなんだから…… 
 ……でも待てよ。ここでちゃんと言えば、はっきりした答えが返ってくるっていう
確約が取れたようなもんだぞ……いやいや愛衣のことだ、また巧いこと言ってはぐら
かそうとするに違いない。しかし今の状態なら……だがしかし…… 

「いつまでこうしてるつもり?」
 いつまでたって……くそーまずった。考え無しに抱き締めるんじゃなかった。後に
退けないではないか。 
 かといって強硬手段に出たら……強硬手段? 

“ぐっ”と腰に回した手に力を込め、抱き寄せる……と言うよりやや持ち上げるよう
な感じで引き寄せる。 
「あ、ずるい……」 
 俺の意図を察したようだが、
「ずるくない。」 
 そうだ。ずるいのはそっちじゃないか。たまにはこっちが強気に出たって……
「もう……」 
“ふっ”と愛衣の身体から力が抜け、 

 バサバサバサッ… キィ―――――ッ!

 何かが頭を掠めていく。 
「わっ」「きゃっ」 
 思わず2人して声を上げてしまった。
 ……せっかくいい雰囲気だったのに、その雰囲気を作ってくれたコウモリに邪魔さ
れるとは……何とかならんのか、この予定調和という名のお約束はっ! 

                  ☆


 なんか思いっ切り気が削がれてしまったので、回していた手を緩め愛衣を解放して
やる。……にも係わらず、愛衣は相変わらず俺の胸に顔を埋めたままだ。 
 しょうがないので暫くそのまま黙って立ち尽くしていたのだが、

「……聞かなきゃ分からないの?」 
 ……? 
「私の気持ち……」 
「そりゃ……」
(そうだろ)という言葉は、俺を見上げる愛衣の瞳に吸い込まれるようにして消えて
しまった。 
「……鈍感」 
 呟きと共に、瞳が閉じられる。 

 まあ、確かに自分でも鋭いとは思ってないが、この状況がどういう状況なのかくら
いは分かる。これが愛衣の答えというなら、愛衣も俺のことを……事によると10年
前から……などと都合のいい事を考えつつ、唇を寄せて…… 
 と、そこで俺の身体に急制動が掛かった。外部的要因からではない、内部的要因か
らだ。 

『2度ある事は、3度ある』そんな諺がある。 
 2年ほど前、取り壊される前の如月遊園地でゴンドラに乗ったとき、そして……
つい2週間前の『Mute』。 
 いずれも向こう(愛衣)からアプローチを掛けてきて、軽くいなされた苦い経験が
蘇る。 
 ……まあ、俺がはっきり答えていれば、そんな心配はしなくてもいいかもしれない
が、2度も3度も気軽に言える事じゃないし、それで納得する愛衣でもあるまい。

 となると、結果は火を見るより明らかではないか。……そんな訳で暫く様子を見る
ことに…… 
                  ・ 
                  ・
                  ・ 
 不自然なほど間(ま)が空くが、状況に何の変化も無い。
 ひょっとして、O.Kなんだろうか? ……いやいや、油断は禁物だ。これ以上コ
ケにされたら、俺の精神は崩壊してしまう。 

 ……更に数秒。 
『きゅっ』と襟元を掴む手に力が加わる。
 ……やっぱりO.Kなんじゃないか? いやいや……だがしかし…… 
 などと、また暫く心の中で葛藤があったのだが、
 だぁーっ! もういいや。なるようになれ! 
 覚悟を決めて、愛衣に唇を寄せ……

 ぱちっ 
 ……た処で、またも制動がかかる。今度は外部的要因だ。 

 さっきまで静かに閉じられていた瞳は、今や怒りの炎を携えて俺を睨み付けていた。
ご丁寧に眉もしっかりとつり上がっている。 
(や、やばい……やっぱりO.Kサインだったのか……)
 とか思った瞬間…… 
 ドン! 
 とばかりに胸の辺りを押され、よろけるように2、3歩後ずさる羽目になってしまっ
た。 
 ……で、愛衣はというと俺に背を向け、すたすたと歩いて行ってしまう。
(あれ? 恐いんじゃ無かったのか?) 
 そう思ったのだが、 
「何やってんの! 置いてくよっ!」
 振り返りざま、鋭い声が襲いかかってきた。 
(なんだ、やっぱり恐いんだ。)

 ……って余裕かましてる場合じゃないっ!
 慌ててその背を追うようにして駆け出す。

 しかしまあ、怒るってコトは愛衣にも『その気』があったと考えていーんだろうか?
 考えてみりゃムードは凄く良かったんだよな……誕生日でプレゼント渡して、同じ
過去を共有している事がわかって…… 
 でもなー、それならそれで、普段の態度をもう少し分かり易くして欲しいよな。そ
うすれば俺だって……  
 はあ……まあいいや。その内、また機会があるだろう。その時は断固とした態度を
取ってやる。 

 ……もっとも、当面の問題は、愛衣の怒りをどうやって鎮めるかだが。

【後書き】(2000.03.17)
♪君と再会(出会)った時 子供の頃大切に 思ってた景色(場所)を思い出したんだ♪
という歌詞を元に、ほとんどゼロから書き上げたZekeにしては珍しいタイトル先行型のSS。
ZARDの「TODAY IS ANOHER DAY」とFILED OF VIEWの「SINGLES COLLECTION+4」より
『DANDAN心魅かれてく』です

ちなみにZARDFILED OF VIEW、どちらの歌詞カードを見ても、
♪君と出会ったとき♪
になっている筈。
唯一、この曲がオープニングとして使われていたアニメ『ドラゴンボールZ(Gだっけ?)』の歌詞が
“再会”となっていたわけです。
ボーっとテレビを見ていたんですが、この歌詞を見た瞬間閃きました。それまで曖昧だった愛衣と龍之介の関係を一
気に打破出来る…と(笑)

でまあ、よくよくこの曲を聴いてみると、実に面白い
♪全然気にしないフリしても ほら君に恋してる♪
♪自分でも不思議なんだけど 何かあると君に電話したくなる♪
♪全然気の無いフリしても 結局君の事だけ見てた♪

♪僕は何気ない仕草に振り回されてる
と言った具合
#色分けされている所に注目(笑)
もちろん最初のフレーズは
♪君と再会(出会)った時 子供の頃大切に思ってた 景色(場所)を思い出したんだ♪
と、こうなります(笑)
愛衣と龍之介が再会したのはEpisode6のほぼ一週間前で、Episode7にもチラッと書かれていますが、この時
『Mute』に入ってきた龍之介を一目見て、愛衣は「高台の男の子」とわかってしまった訳です。
ちょっと誤解があるようなのですが、「高台の男の子」はわかったけど「高台」そのものの場所は忘れてしまっていた
という事です。
で、この再会シーンをラストに据える物語が、「10years」外伝の『Nostalgia』
原案Calvadosさんなのだが、Zekeがやたらと口を出し、

「構想打鍵:Calvados 徹底監修:Zeke」
てな具合になってます(笑)
つまり、CalvadosさんとZekeのイイトコ取り……なのは良いのだが、1年半掛けて150KB。
作戦氏の1週間分である(爆)
しかしこれは良いモノになりますよ<マジで

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