「ね、唯。これなんかどう?」 
「うーん、ちょっと派手じゃないかな? もう少し大人しい色にして置いたほうが 
 良いと思うよ。……あっ、こっちはどう?」 
「えぇ!? これじゃ付けてるか付けてないか、わからないわよ。」
「そーかなぁ? あ、じゃあこっちは?」 
「それじゃ、派手すぎる。笑われるわよ。」

〜10years Episode13〜
構想・打鍵:Zeke
 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。 
 また本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。 
 

1992年5月…… 

「どうせ暇でしょ。」 
 朝一番に掛かってきた電話の主は、綾ちゃんだった。身も蓋もない言い様だったけ
ど、確かにこのまま家にいても喫茶店を手伝わされるのが関の山だから、申し訳ない
と思いつつも、 
「お母さん、今日綾ちゃんと如月町に行って来るね。」 
 お母さんに了解を求めた。

「あら、じゃあついでに……」 
 と、調味料やらなにやらが書かれたメモを渡されてしまった。まあ、喫茶店を手伝
うよりは楽なんだけどね。 
 ……で、ショッピングモール内で買い物をした際、

「はい、これ。5枚で1回まわせるからね。」 
 と、くじの引換券を貰った。その後、結局なんだかんだで3回分の引換券を手に入
れる事が出来、 
「いざ!」 
 後々禍根が残らないように、2人で手を添え合って回す事にした。まあ、当たると
も思わなかったけど、 
 カランカランカラン! 
「おめでとう。3等、5千円の商品券です。」
 当たってしまった。 

 唯はすかさず、 
「何かおいしい物を食べよう。」
 と提案したんだけど、 
「あんた、そんな色気の無いこと言ってるから綾瀬君にガキ扱いされるのよ。」

 ……でっかいお世話だよ。 
 でも正面きって反論出来ないのが悔しい。この間もお風呂上がりにタンクトップに
ショートパンツって刺激の強い格好で髪を乾かしてたのに、お兄ちゃんは見向きもし
てくれなかった。 
「だからさぁ、挑戦してみない?」 
 挑戦? ……何に?

            ☆            ☆ 

 そんな訳で唯達は化粧品売場にいた。高級ブランドのリップスティックが、放出価
格らしく、2本で5千円になっているのを目敏く見つけたのは綾ちゃんだ。 
 最初は、あんまり乗り気じゃ無かったんだけど、 
「大人っぽく変身して、綾瀬君を悩殺しちゃえ!」
 って言葉に乗せられ、もう30分近く、あーでもないこーでもないとやっている。

「じゃあ、これ。」 
 不自然に紅いわけでなく、かといって薄過ぎもせず……うん、我ながらいい感じだ。
「あ、いいなそれ。」 
 よし、綾ちゃんのお墨付きも貰った。 
「……あたしもそれにしよっかなぁ?」
 えぇ? 2人して同じ色付けるのもなんかなぁ……とか思っていたら、 
「よかったら付けてみる?」
 店員のおねーさんがにこやかに聞いてきた。もちろん二つ返事で答える。 

                  ☆ 

「じゃ、失礼しまーす。」 
“つい”っと唯のあごに店員さんの手が掛かる。

 うわっ なんかキスされるみたい。 
 ……と、そんな考えが伝わったのか、店員さんは、ショーケースの前で悩んでいる
綾ちゃんには聞こえないくらいの小声で、 
「あら、経験済みなの?」 
 ぼんっ! 

 ひょっとして煙かなんかが出たかも知れない。それほど顔が熱くなった。
「ふふっ、可愛い。」 
 そんな唯に、店員さんは怪しげな笑みを浮かべながら『ついつい』と唇に筆を滑ら
せていく。 

「はい、終わり。どーかな?」 
 鏡を手に聞いてくれたんだけど……
「……顔が真っ赤でわかりにくいわね。」 
 確かに耳まで真っ赤で、ルージュとの対比がわからない。
「ま、いいか。少し涼んでて。その間にお友達をやっちゃうから。」 
「どしたの? 顔、真っ赤じゃない。」
 あんまり突っ込んで聞いて欲しくない……ここは笑って誤魔化しておこう。
「あはは。そ、そう? ……ところで綾ちゃんはどれにするの?」 
「うーん、やっぱり同じのにしようかなって思ってるんだけど……ま、取り敢えず試
 してみるわ。」 
 椅子に座りながら言う綾ちゃんに対し、 
「そうねぇ、あなたの方が顔の作りが大人っぽいから、もう少し彩度の高い方が良い
 かもよ。」 
 ぐさっ! それって唯が子供っぽいってこと? 

「ふふーん。」
 見ると綾ちゃんが唯に向かってVサインを出している。ちょっとカチンときたので、
「老けてるんだね。」 
 言い返してあげた。 
「ひがむなひがむな。」 
 うっ、余裕の笑いだ……悔しい。

 綾ちゃんが店員さんと何やら話し込んでいる内に、だいぶ顔が涼しくなってきたの
で、備え付けてある鏡を覗き込んでみる。 
 そこには……ちょっと大人になった唯がいた。うん、なかなかいい感じだ。これで
お兄ちゃんを悩殺出来る……とは思わないけど、少しは唯のことを見直すんじゃない
かな。 

「ねね。どう? ……あ、いい感じじゃない。」 
 嬉々とした声と同時に、綾ちゃんが鏡の中に飛び込んでくる。やっぱり化粧品売場
にいるだけあって、店員さんの目は確かだ。綾ちゃんには今の色が似合ってる。
「あたし、これに決めた。唯は?」 
「うん。唯もこれにするよ。」 
 
「ありがとうございましたぁ。」
 店員さんの声を背に、唯達はるんるん気分だった。ショーウィンドウ自分達の姿が
映る度に立ち止まり、覗き込んではふたりで「きゃあきゃあ」言っていたので、ハタ
から見てたら、可笑しかったかも知れない。 
 道ゆく人達が振り返って見るのさえ、つけているルージュのせいだとか思えてしま
う。それが嬉しくて意味もなく如月町を徘徊してしまった。 

                  ☆

 駅で綾ちゃんと別れ、遠くに家が見えて来た処で、お店の外にお母さんの姿が見え
た。ちょうど5時になろうかという時間で、お店の看板を仕舞っているみたいだ。
 足早に歩いて行くと、お母さんもこっちに気付いたみたいで、お店の前で待ってい
てくれた。 
「ただいま。」 
「お帰りなさい。……まあ。」 
 さすがお母さん、早速気付いてくれた。
「えへへ、似合うかな?」 
「似合うけど……どうしたの、それ?」 
 ……預かったお金を使い込んだと思ってるのかな?

「えっとね、福引きで商品券を貰ったんだ。それで綾ちゃんと二人して買っちゃった」
 頼まれた物が入っている袋を掲げてみせる。するとお母さんは笑いながら、
「あら、それじゃあ、その商品券はお母さんの物じゃない?」 
 ぶう……いいじゃないそのくらい。

「ふふ、冗談よ。そんな膨れた顔したら、せっかくのルージュが台無しでしょ。
 ……その代わり、夕御飯をちゃんと手伝うのよ。1品くらいはしっかり作って貰お
 うかしら。」 
 まあ、そのくらいなら…… 
「じゃあ、何にするか決めて、買い物をして来てちょうだい。」
 そ、そこまで!? まあ、いいか……本当なら今日は喫茶店を手伝ってる筈だった
んだから。 
「じゃあ、着替えてくる。お母さん、何食べたい?」 
「それは私じゃなく、龍之介くんに聞いた方が良いんじゃない?」
 お母さんはにっこりと微笑み、お店の中に入っていった。そうだ! お兄ちゃん。

                  ☆ 

「ただいまぁ。」 
 改めて声に出し、家の中に入る。居間を覗くと……いたいた。ソファに寝そべって
テレビ見てる。 
「お兄ちゃん、ただいま。」 
 見て見て! と言いたいのを堪える。やっぱり自然に気付いて欲しい。
「ん? ああ、おかえり。」 
 チラッとこっちを見ただけの生返事で、すぐに目は画面の方に向いてしまった。やっ
ぱりチラッと見ただけじゃわからないのかな? 
「ねえ、今日の晩御飯は唯が作るんだけど、お兄ちゃんは何が食べたい?」
 すると、今度はしっかりと唯の方に顔を向け、 
「お前が作るのか? じゃあ……子羊のエストラゴン風味。」
 すぐそんな意地悪言うんだから……。 
「そんなんじゃなくて、唯のレパートリーから選んでよ。」
 ハンバーグ、トンカツ、ロールキャベツ、コロッケ……それに覚えたての肉じゃが
……ちょっとは自慢できるんだよ。 
「お前のレパートリーつったってなぁ……」
 お兄ちゃんは思案気に呟いた後、何かに気付いたかの様に、唯の顔をまじまじと……
「お前……その唇。」 
(気付いた? 気付いてくれた?) 
 本当は嬉しくてそう言いたかったんだけど……
「ん……、なぁに?」 
 おすましおすまし……偶にはいいよね。 
「へぇ、いいなぁ。買ってきたのか?」
「うん。」 
 えへへ、やっぱりお兄ちゃんにそう言われるのが、一番嬉しいな。
「じゃ、俺も食おう。」 
 ……って、食べる? 食べるって何を? 
「買ってきたんだろ? ケチケチしないで早く出せよ。」
 る、ルージュを食べちゃうの!? ……そんな訳ないよね。 
 訳がわからなかったけど、それでも買ってきたリップスティックを見せて上げる。
「なんだよ、それ?」 
「リップスティックだよ。」 
「リップスティック? そーじゃなくて、フライドポテトは何処だ?」

 ふらいどぽてと?? 
 どうも話が噛み合って無いような…… 
「なんで唯がフライドポテトを持っていると思ったの?」
 なんか、そこはかとなく嫌な予感がする…… 
「だってお前、唇が妙にテカテカしてるから……ひょっとしてフライドチキンか?」
                  ・ 
                  ・
                  ・ 
 ……その日の夕飯、龍之介の目の前にはフライドポテトが山のように積まれて出て
来たという……。


【後書き】
相っ変わらず、唯の一人称が下手くそですが(笑)
タイトルは松田聖子の『Rock’n Rouge』より。ルージュと名が付けば何でも良かったんですが(笑)
この話にも元ネタがありまして、「卒業写真2」というゲームで、ルージュを塗った妹もどきの従妹に主人公が言った
台詞がそのまんま使われています(おぃ

一部で「ルージュ三部作」と言われている(のか?)SCENE05の第1話(笑)
ちなみにこのSCENE05で龍之介の進化の過程が明らかにされています(爆)

戻る

このページとこのページにリンクしている小説の無断転載、及び無断のリンクを禁止します。