〜10years Episode9〜

構想・打鍵 Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。
 本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。 

’91/4:VIP社長室

「歌手デビュー……ですか?」
 芸能プロダクション『VIP』に所属する女性マネージャーは困惑した声を目の
前に座る男に返した。

 実はその女性マネージャー……、鹿島 ひかりは数年前までとあるアイドルグルー
プに所属していた。
 しかし芸能界で誰もが成功者になれる訳が無く、結局そのグループは鳴かず飛ばず
で解散…… その後ソロの活動も考えた彼女だが、紆余曲折を経て現在ここ『VIP』
でマネージャーをやっている。
 もっとも、本格的にマネージャーを始めたのは去年からで、それもベテランマネー
ジャーの補佐という役割だった。
 ところが先月、突然補佐していたベテランマネージャーが退社してしまい、スライ
ド式にそのまま彼女がそのタレントの担当をする事になってしまったのだ。
 そして目の前の男…… この『VIP』の社長は、そのタレントを歌手デビューさ
せるとひかりに告げていた。

「それは私にあの娘の担当を外れろと言うことでしょうか?」 
 実際に専属マネージャーとして実務をはじめてからまだ数日しか経っていない彼女
にとって、いきなり担当するタレントを歌手デビューさせると言われたのだからそう
思うのは無理もない事だ。
 しかし社長の言葉はそんなひかりの考えを否定した。 
「何故そうなる? 1年間ヤツの下でやって来て音を上げなかった事を俺は高く評価
 しているつもりだが?」
『ヤツ』とはどうやら前任者のことらしい。そう言えば随分と扱き使われたし、口汚
く罵られたこともあった。その度に何度やめてやろうと思ったことか……

 この業界自体は結構長いが、実務の経験は皆無に等しい

 だがそんなひかりの思いなどお構いなしに社長は話を進めていく。
「実はもう数社のレコード会社から打診を受けている」 
「例のカラオケ番組ですか?」
 例の番組とは、現在ヒットしている曲を、歌っているアーティスト以外のタレント
が歌うという趣旨の番組で、売り出し中の新人タレントや往年のヒットメーカー達が
ひょっこり顔を出したりで、結構な人気を博していた。
「ああ、見ていて俺も驚いた。まあそれで行けると判断したんだが」 
 可憐も先週その番組に出演し、その際もひかりは番組プロデューサーに
『歌手デビューも近いんじゃない?』
 と話し掛けられた。
 もっとも彼女に言わせれば『何を今更』となるのだが…… 
「わかりました。社長がそう仰るのならば私も全力を尽くします」
 我ながら的が外れた言い方だと思った。自分が全力を尽くしても仕方がないのだ。
 全力を尽くすのはあの娘なのだから……

「舞島 可憐」
 それがひかりが担当するタレント、いや13歳という年齢を考えれば子役と言った
方が正しいかもしれない。
 可憐はある意味不幸であり、そしてまた強運の持ち主だった。 
 6年前に起きた国内で最大最悪の航空機事故。524名の乗員乗客の内、生存者わ
ずか4名。生存率1%以下。
 その状況下でほぼ無傷で助かった1人…… それが、舞島可憐という少女だった。

                  ☆

チャンネル9食堂
「えっ、ふぁふふぇふー!?」(えっ、歌手デビュー!?) 
 まだ口の中が一杯だというのに、早くも次のエビフライにフォークを突き刺そうと
していた可憐の手がピタリと止まり、目の前の女性に向かって顔を上げた。
 エビフライにしてみれば間一髪のタイミングだったろう。 
「口の中にモノを入れたまま喋らないの」
 ダイエットでもしているのか、ひかりの側にはコーヒーカップしか置かれておらず、
当の本人は手帳に何やら書き込みながら、軽く可憐を諫める。

 ドラマ撮影の待ち時間は長引くことが多い。現に可憐の出番はとうに来ている筈な
のだが前のシーンが押していたので、これ幸いとばかりに食堂で夕食を採っていると
ころだった。

「ほ、本当?」
 ムグムグと口を動かしやっとの事で口の中のモノを飲み込み、聞き返す。 
「嘘言ってどうするのよ。 ……でもそんなに嬉しい?」
「もっちろん! 私の夢だもの。で? で? いつ頃になるの?」 
「さあ? 私もさっき社長に聞いたばかりだから…… それにレコード会社も決まっ
 ていないみたいだし。」
「なんだ、じゃあまだ当分先なんだ。」
 期待が外れたかの様に小さく肩を落とす。 
「そんなことないわよ、レコード会社なんかすぐに決まるし、そうなれば作詞や作曲
 の先生もすぐに決まってトントン拍子よ。それにレッスンもみっちりとやらないと
 恥をかくことになるわよ。」
「えぇ〜、レッスン〜〜。」
 あからさまに不満そうな顔をする可憐。彼女にしてみれば他人にどうこう言われて
歌う事より、自由に歌う事を望んでいたのだ。
 そんな可憐の気持ちを察したのか、 
「いやな顔しないの。好きに歌を歌う事と、聞いて貰う歌を歌う事では違う所がある
 かもしれないでしょ? それに上手く歌えなかった歌が歌えるようになるかもよ」
 後者は少し痛いところを突いてやった。やはり勝手気ままに歌っていると、どうし
ても出てこないキーがあるらしく、可憐自身がそれを気にしていたのも事実だ。

「う〜〜〜っ…」
 ひかりの的を射た指摘に、可憐も口を噤まざるを得ない。 
 そんな可憐へ、ひかりは更に追い打ちを掛けるように、
「それと……、学校の成績はどう?」 
 実を言うと可憐の成績は良くはない…… いや、はっきり「悪い」と言った方がい
いかもしれない。
「あ、あはは…… そ、それなりに頑張ってるわよ。ひかりさんが心配する程のこと
 じゃないわ。」
 それはひきつった笑いを見せる可憐が証明していた。
 ひかりは手元の手帳を開き、 
「中学1年時の総合成績、273人中238番。心配したくもなるわ」
 溜息混じりに嘆いたみせた。 
「ごちそーさま〜」
 旗色が悪くなったことを察知し席を立つ可憐、しかしひかりはそんな可憐の腕を 
“はしっ”と取り
「まあ、そんなに慌てないで、時間はまだあるわ」
 そう言って不敵な笑みを可憐に向ける。 
「でもほら、次のシーン台詞が長いし……」
「まあ、去年は確かに忙しかったけど、これはちょっと酷いわね」 
「………」
 言い訳はいくらでもあった。今日のようなドラマの撮影は深夜にまで及ぶことが少
なくない。ことによると明け方にまでズレ込むことすらあった。
 そんな日は授業どころではない。夕方からの仕事に備え睡眠をとるために登校する
ようなものだ。
「そういう訳で、こうゆう待ち時間は有効に使うことにしましょう」 
 そう言ってひかりは鞄の中から手にすっぽりと収まる単語帳を5つばかり取り出し、
可憐へ差し出した。
「なに?」
 ひかりの顔とずらっと並べられた単語カードを交互に見比べ、可憐が伺うように尋
ねる。
「私が中学のときに作った単語カードよ。それなりに使えると思うわ」 
 というと、作られてから数年が経過していることになるわけだが、それにしては随
分ときれいな単語帳だ。
「ふーん…… でも、あんまり使わなかったみたいね」 
 それを手に取り、パラパラと捲りながら可憐が少し嫌味を込めて呟く。
「ええ、作ってる最中に全部覚えちゃったから使わないで仕舞っちゃったのよ」 
「(ぐっ……)」
 まさに『ぐう』の音も出ない可憐だった。

’91/7月初旬:綾瀬邸

 今朝の綾瀬家、いや綾瀬邸は平日にもかかわらずいつもより比較的静かな朝を迎え
ていた。普段ならば「遅刻」「早く」といった単語が飛び交うのだが今日はその諸悪
の根元が早く起きて朝食のテーブルについていたからだ。
 彼は食パンをトースターに放り込みテレビのリモコンに手を伸ばすとスイッチを入
れた。丁度7時の時報が鳴るところだった。
「唯、起きたなら龍之介君を起こしてきて。久しぶりに4人揃ったんだから一緒に……
 あら龍之介君、早起きね。」
 龍之介と呼ばれた男の子は声を掛けてきた過去6年間母親の代わりをしてくれてい
る女性に顔を向け、
「おはよう美佐子さん。あの…」
 何かを言いたそうな龍之介だったが、 
「あれぇ珍しいね、お兄ちゃんがこんな時間に起きてるなんて。」
 これまた6年前から妹同然に暮らしてきた美佐子の娘、唯の言葉に遮られた。 
「そうなの、わたしも唯が起きたんだと思って起こしてきてって頼んじゃったわ」
「うんうん。こんなに早く起きたのって小学校の修学旅行以来だよ。」
「あのな、俺だって起きる気になればちゃんと起きれるんだよ。」 
「その気にならないと全然起きれないけどね。」
「ほっとけ!」
 確かに龍之介がこんなに早く起きたのは久しぶりだった、小学校の修学旅行以来か
どうかは別として。
「その龍之介君がどうして起きる気になったのかしら?」 
 もちろんそれを訊ねた美佐子には理由がわかっている。だが今日はちょっと意地悪
をしたくなる気分で、美佐子本人も多少浮かれているのかも知れなかった。顔がそれ
と分かるくらいに緩んでいる。
「べ、別に……」
 美佐子の言葉に裏の意味を感じとった龍之介は照れ隠しにはぐらかす様に首を巡ら
す。
 母親と『お兄ちゃん』の会話に入り込めない感があった唯だがここに至って二人が
誰の事を話題にしているのか分かった。
「ああ、おじさんならリビングのソファで寝ているよ。」 
 まるで宝物を見つけたかの様な表情で唯が龍之介に教える、何が嬉しいのかニコニ
コしている。
「べ、別に親父が帰ってきてるから早く起きた訳じゃないよ。」 
「あらそうなの? でも丁度いいから起こしちゃって、みんなで朝御飯を食べましょ
 う。」
「いいよ、別にバラバラで食べても。」
「そ、じゃあ唯起こしてきてくれる?」 
「わかったよ、俺が起こしてくる。」
 そう言い残しリビングに向かう龍之介の後ろ姿を見送る母娘は、顔を見合わせ同時
に微笑んだ。

 父親に会うのは正月以来だった。自分が物心つく頃からそんなに家にいる方ではな
かったが6年前からそれは顕著になった。大規模な発掘調査の指揮を執ることになっ
たのがその主な原因のようだが実際の所はわからない。妻を亡くしたことで足枷が無
くなり思う存分仕事に打ち込めたのか、妻を失った悲しみから仕事に没頭するように
なったのか、あるいはそれとは全く別な理由からか、とにかく父親と一緒に過ごした
時間はそう多くはない。それでも自分の父親であることは間違いないことだ。

「おきろ!」
 綾瀬が寝ているソファを思い切り蹴飛ばす。が、ソファの主は毛布にくるまったま
ま身動きもしない。
「起きろとゆーに!」
 強引に毛布を取り上げるが今度は体を丸めるようにして反対側に寝返りをうつ。 
「なるほどこーゆー頑強な精神じゃないと過酷な気候条件の下で発掘作業は出来ない
 わけだ。」
 唯がこの場にいたら違った意見を述べただろうが(つまり「やっぱり親子だね」
という意見)本人は全く自覚していない。
「って、感心している場合じゃないな。よし」 
 すっと息を吸い込み綾瀬の耳元で叫ぶ。
「ボスッ! 出ました。」
 条件反射とでも言うのか次の瞬間綾瀬がバネ仕掛けの人形よろしく跳ね起きる。 
 そして一言
「ど、どこだ!」
 発掘作業自体は2年も前に終わっており、今は当時の論文を抱えて学会の会議等で
世界中を飛び回っている。にもかかわらずこのように反応してしまう。 
「なにがだよ。」
「い、今見つかったって。」
「だから何が。」
「あれ?」 
「ぼけてないで朝飯食ってくれ、美佐子さんが待ってるんだから。」
 それだけ告げると食堂に戻る。

 食堂に戻ると何故か龍之介が焼いたはずのパンに唯がバターを塗っていた。 
「それ俺が焼いたパンじゃないのか?」
「放っておいたら冷めちゃうから新しいのを入れておいたよ。」 
 半年前だったらこのパン1枚を巡って壮絶な舌戦が始まったものだが半年経って2
人とも成長したのかそれともあの事件が尾を曳いているのか
「さんきゅ」と返しただけで龍之介は席につき時計代わりに点けられたテレビを眺め
た。

「タレントの舞島可憐さんが歌手デビューを予定しているようです。」 
 記者会見に臨む可憐の映像に番組司会者の声がかぶさって流れる。
 プツン! 
 突然唯が龍之介の手からリモコンを奪い取りテレビのスイッチを切った。 
「なにすんだよ唯、時間が分からなくなるだろ。」
 一応時計はあるのだがそれは龍之介の座る位置からは見えにくい所にあるのだ。 
「唯、この娘嫌いなんだもん。」
「だからって消すことないだろ、他のチャンネルにすれば・・・あれ。」 
 ところがどのチャンネルに変えても『舞島可憐歌手デビュー』の話題が放送されて
いる。結局チャンネルは一番まともで面白味の無いN○Kに固定された。

「おはよう、唯ちゃん。」
 ようやく起きだした綾瀬がダイニングに入ってくる。 
「あ、おはよう。今度はいつまでこっちにいるの?」
 台所からリズミカルに聞こえていたまな板と包丁の音が途切れる。が、綾瀬はそれ
に気付く事なく
「うん。まあ、あっちこっちに出る事はあるけど、9月頃までは日本にいるつもりだ
 よ。」
「へぇ、今回はずいぶんと長いんだね。」
「いやぁ、学会の合間を縫って色々調べるうちにまた興味深い事を見つけてね、前回
 のものより規模は小さいけれども考古学的にみれば・・・。」
 再びまな板と包丁の音がキッチンに響く。だが先ほどまでのそれとは違いリズミカ
ルというにはほど遠い。そして迂闊なことに綾瀬はその変化に気付かなかった。
 人間趣味の話をしているときが一番不用心になるというのは間違いではないらしい。
現に今の綾瀬がそうだ。

「それでこっちで色んな人の話を聞こうと思ってさ。」

 だん!
 突如としてテーブルの真ん中にサラダボールが現れた。いや、もちろんサラダボー
ルの中にはレタス、トマト、タマネギ、セロリ等が納まってはいたが。
 いやいやそうでなくて、いきなり現れたサラダボールは美佐子がテーブルに勢い良
く叩きつけたために突然現れたように見えたのだ。
 よく見るとタマネギのスライスが半分ほど厚さがバラバラだった。 
「この先また5年も6年も家を留守にするつもりですか。」
 どうも美佐子にはこの話は初耳だったらしい。 
「あ、み、美佐子君。お、おはよう。」
 どもりまくる綾瀬。ようやく彼も自分の口が滑りすぎた事に気付いて後悔したが、
後の祭だ。
「最初の約束は3年間でしたよね。」
 3年前から言われ続けている台詞だ、これが出ると長くなる。綾瀬は助けを求める
ように自分の息子と親友の娘を交互に見る。が、二人の子供は「毎度の事」とでもい
うように黙々と朝食を採り続けている。
「え、えーと新聞は何処かな。」 
 何とかこの場を逃れようと新聞を探しに席を立つ。
「……目の前です。」 
「あ、はは、ほんとだ。」
 動揺まるだしで新聞を開く。
「へ、へぇ舞島可憐が歌手デビューだって。」 
 ミルクティーを口に運ぼうとした唯の動きがぴたりと止まる。
「アルバムデビューだって、がんばってるなぁ。」 
「がんばるのは当然だよ。」
 カップの中味を飲み干す唯。
「大勢の人達の犠牲の上に立っているんだから。」 
 これには龍之介もカチンと来た。
「あのなぁ、彼女が助かったからお前の親父さんや俺のお袋が死んじまったわけじゃ
 ないだろ。」
「わかってるよそんなこと。」
「わかっているんだったらそんな事言うなよ、ガキじゃあるまいし。」 
「ごめんね! どうせ唯は子供だよ。」
 さっさと食器を片付けダイニングを出ていく唯。

「ちぇ、ああ言うところが子供だって言うんだよ。」
「まあ、唯ちゃんの気持ちもわからんでもないけどね。」 
 話題がそれた事で安堵した綾瀬が口を開く。
「なんだよ、ただ同じ飛行機に乗っていただけだろ。お袋だって一緒だったんだぜ」
「龍之介君、主人……いえ、あの娘の父親は可憐ちゃんの隣の座席に座っていたの。
 だから……」
「えっ…」
 単にのうのうと芸能生活を送っている可憐を妬んでいるだけだと思っていたのだが
そんなに根が深いものだとは思わなかった。
「そうか、それであんなに…」
 思い当ることが結構ある。テレビのCMやドラマで可憐が出てくるとすぐさまチャ
ンネルを変えたり、雑誌に可憐の記事が載っていたりすると即古雑誌の山に積まれた
りしていた。
 それ故、龍之介も可憐の事はほとんど知らない。「飛行機事故の生存者の中にたま
たま芸能人がいた」程度の認識しかないのだ。
  
「さて、俺も行くかな。」 
 席を立つ龍之介に綾瀬が声を掛ける。
「ああ、今唯ちゃんに何を言っても多分無駄だぞ。かえって意固地になる」
 機先を制されてしまった。
「お、俺は唯にかまっていられるほど暇じゃないよ。」 
「そうか? ならいいんだけど。」
 食器も片づけずにダイニングを出て行く龍之介を見て綾瀬はホッとした。今のとこ
ろ息子が恵、彼の死んだ妻の望むとおりに成長していることが確認できたからだ。
「ありがとう」
「えっ」
 突然投げかけられた言葉に美佐子は戸惑った。 
「いや、あいつがひねくれもせず成長しているのは君のお陰だと思ってね。実際帰っ
 てくる前は不安でしょうがないんだ。あいつがグレていたらどうしよう、とかね」
「なら、家にいるようにすればいいじゃないですか。」
 しまった、藪蛇だったか! 
「さっきの話、詳しく話して貰えますよね」
 にっこりと笑ってはいたが、美佐子の口調は有無を言わせぬものだった。


翌日:VIP事務室

 パン!パン!
 渇いた音が室内に響いた。
「きゃっ!」 
「なんだ!」
「テロか!?」
 そう広くない事務室の中に煙が漂い始める。そして火薬の匂い、何が起きたかは明
白だった。郵便物が爆発したのだ。
 昨日発表された歌手デビューの関係でいつもの数倍の郵便物が届いていた。その殆
どが可憐を激励する物で中には6年前の事故の遺族の人や可憐と共に生還した他の3
人からも激励の手紙が来ていた。
 しかし全てがそうではなかった様だ。
「大丈夫? 可憐ちゃん。」
 腕を押さえうずくまる可憐にひかりが駆け寄る。 
 普段は郵便物(ファンレターなども含む)は専門の者が開封することになっている。
今日も例外ではなかった。ただ、すぐ近くで可憐はその作業を見ていた。爆発したの
はその可憐宛のものだった。
「…大丈夫…ちょっと手をやけどしたみたいだけど。」 
 その少し赤くなった手を見てひかりはホッとした。しかし可憐本人は相当ショック
だったようでその場にへたり込んでいる。
「だれか、氷を持ってきて下さい。会田さん、大丈夫ですか?」 
 手紙を開けていた本人にひかりが声を掛ける。
「すまん、俺の注意が足りなかった。」 
「大丈夫なんですか!?」
「ああ、俺はこれをしていたからな。」
 特殊な手袋をはめた手をあげてみせる。所々焦げていた。 
「警察を呼びますか?」
 後ろから今年入ったばかりのひかりの後輩が訊ねる。
「待って。」
 歌手デビューを控えた大事な時期だ、無用なスキャンダルは避けたいというのがひ
かりの考えだったがもちろん自分一人では決められない。
(とりあえず社長に相談して……)
 そう思い立ち上がったところで遠くからサイレンが聞こえてきた。
(どうして?)
 それはすぐに理解できた。向かいのビルの窓際に人集りが出来ている。その中のお
節介が呼んだのだろう。

 翌日の新聞の見出しはデビューが発表された昨日の新聞よりはるかに大きく
「可憐狙われる!」「可憐暗殺!」のタイトルが踊った。


 真っ暗だった。 
「可憐・・・、可憐。」
「だれ?」
「わしだよ、可憐。」
「おじいちゃん!どうして・・・。」 
「迎えに来たんだよ。ほら、みんなも待っている。」
「!」
 祖父が指さす方を見て声を失う。 
 大勢の人がいた。
 顔半分が焼け爛れている者、
 首が妙な方向に曲がっている者、 
 皆が自分のことを恨めしそうに見ている。

 昔見た夢だ。そうだ前にも私は同じ夢を見た。そして私はあの人達から逃れる術を
知っている。
 振り向くと真っ暗の中に向かうべき光がある。その光に向かって私は駆け出す。そ
こには私のことを守ってくれる人がいる、大きな力を持った人が・・・。 
 光の中に人影が浮かび上がる。私はその人影に向かって叫ぶ
「助けて、おじさん!」

 だが今日は違った、その人影はまるで子供のように小さい。それでも私は走り続け
る。
「返して。」
「えっ!?」
 以前は一言も話さずに優しく私を抱き上げてくれるだけの人が語りかけてきた。そ
してそれは紛れもなく女の子の声だった。光が強烈なためその娘のシルエットしか分
からない。
「お父さんを帰して!」
 この娘・・・おじさんの・・・?
 光がやわらかくなり、姿がはっきりとしてくる。
「返してよ! あたしのお父さんを」 
 顔を上げた女の子は間違えようもなかった、あの写真の女の子だ。
 違う! わたしのせいじゃない。 
「どうしてお父さんが死んであなたが生きているの?」
 私はその子から逃げるように背を向ける。でも逃げ道はなかった。
「可憐、一緒に行こう。みんなお前を待っていたんだよ。さあ・・・」
 おじいちゃんが私の手を掴む。氷のように冷たい手だった。

「いや―――――っ!」
 自分自身の叫び声で目が覚める。全身汗びっしょりだった。
 時計に目をやると午前6時を指そうとしている。机の上の写真楯目をやるとそれは
倒れていた。ベッドから起きあがり写真楯を手に取る。写真は裏返しに収められてい
るが自分にとっては裏にこそ意味があった。そこには6年前と変わらぬ力強さで、
「君がいたから今までがんばれた。
                    ありがとう」 
 命の恩人がその最期の時に自分に遺したメッセージだ。この一文が自分を今まで内
面から支えてきたのではないかと最近思うようになっていた。
「あんな夢を見るようじゃおじさんも私を見捨てたかな……」
 恐る恐る写真を取りだし裏返す。小さな女の子、夢の中に出てきた女の子が自分に
微笑み掛けている。
「あなたも私を許してくれないのね。」
 語りかける自分にもちろん写真の少女は何も答えてはくれなかった。



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