〜10years Episode8〜

構想・打鍵 Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。
 本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。 

1991年4月

 春。
 諸外国ではどうか知らないが、日本では出会いの季節である。 
 学生ならば進学、進級に伴うクラス替え、社会人ならば新入社員や配属替え等で新 
しい出会いがあるだろう。
 そして彼もまた、この4月からかつての母校「八十八学園」に教師として戻ってき 
たのだった。

「おらぁ、あと30秒で予鈴だぞ! 走れ走れぇ!」
 右手に持った竹刀を頭の上で振りながら、近所迷惑になりかねない大声張り上げる 
男がいた。
 彼の名は「天道 新幹線」
 なんでも、新幹線が走り出した丁度その時刻に産声を上げたのが名前の由来らしい。

  天道が張り上げた声に反応し、彼の視界内にいた生徒達が走り始める。
「あと10秒!」 
 100mランナーがゴールに張られたテープを切るような勢いで次々と生徒達が校 
門内に雪崩れ込んでくる。
「あと5秒! 4… 3…」
 だが、今まさに秒読みを終えようとしていた彼の目の前を一人の女生徒が通りがかっ
た事で中断した。
「お早う、安田君」
「あ… お、お早うございます」
 何処か怯えたように挨拶を返す愛美。天道が赴任して来て半月余りになるが、愛美 
はどうも彼が苦手だ。
 そんな2人の脇をすり抜けるように、本来ならば遅刻扱いであった生徒達が、 
「愛美さんきゅっ」
「安田、感謝!」
 などと小声で感謝を述べながらすり抜けて行く。ほとんど生け贄的な状態である。

『新任の体育教師は、2年の安田愛美に微熱青年状態だ』
 以前、面と向かって天道にそう言った3年の男子生徒がいた。その生徒は、柔道部 
の特別練習に強制的に参加させられ、これ以上無いというくらいに投げ飛ばされたと 
いう。
 以来表だってそんな事を言う人間はいなくなったが、愛美にとってはあまり気分の 
良いものではなかった。
 しかし体育の時間に妙な視線を感じ、視線を巡らせると天道と目が合ったり、街を 
歩いていても、不自然なくらい天道と出会う。はっきり言って気味が悪い。

 気まずい雰囲気(それは愛美にとってだけかも知れなかったが)がその場を支配し 
かけたちょうどその時、救いの鐘の音が校内に響きわたった。
「あ、それじゃ私、行きます」 
 チャイムが鳴ったのを幸いに、愛美はそそくさと昇降口に向かった。背中に視線を 
感じつつ…

                  ☆

 その日の放課後… 
「やあ、安田君。奇遇だね」
 行きつけの本屋から出てきたところで、またも愛美は天道と出会ってしまった。い 
や、出会ったと云うより、捕まったと云った方が正解かも知れない。
「こ、こんにちは」 
 怯えた猫のように言葉を返す愛美だが、頭の中ではどうやってこの場から逃げ出す 
かを考えていた。
「ちょうど良かった。君のクラスにいる叶について2、3聞きたいことがあるんだが、
 ちょっと付き合って貰えないかな?」
 叶とは彼女のクラスメートだ。有り体に言えば問題児で、その問題児と割合親しい 
のが愛美だった。いや、ほとんど唯一と言ってもいいかも知れない。
 生活指導担当である天道が、その事に付いて愛美に尋ねるのは一見妥当のように思 
える。しかしそんなことは学校で聞けばいいだけのことだ。

「わ、私これから急用が……」 
 逃げ腰の愛美だが、天道は意に介さず、
「なに、手間は取らせない。ほんの10分でいいのだよ」 
「こ、困ります」
 10分でも嫌なものは嫌なのだ。だが、
“はしっ”
 あろう事か天道は愛美の手を握り、やや凄みのある顔で、 
「あんな不良がどうなろうと私は知ったこっちゃ無いが、君は困るんじゃないかね? 
 ん? お友達なんだろ? 君の」
 脅しとも取れる発言だが、愛美も震える声で反論した。 
「あの娘は… 不良なんかじゃありません」
「だからそれを証明して欲しいんだよ。」 
 天道は強引に愛美の手を引き……

 バ ン !
 振り返った拍子に、彼の顔面に何かがぶち当たった。 
「くぅ〜っ」
 思わず顔を手で押さえうずくまる天道。そして……
「え? え?」 
 何が起こったのかわからない愛美。その手を“むんず”と掴み、
「こっちへ!」 
 愛美は誰ともわからないに人物に手を取られ、訳もわからず走り始めてしまう羽目 
に陥った。

                  ☆

「はあはあ…、ぜえぜえ…」 
「はあはあはあ…」
 5分程走り続け、ようやく人心地付く事が出来た愛美は、 
「あ、ありがとうございます」
 改めて自分を助けてくれた人物を顧みる。学生服を着込んでいたが、襟章を見る限 
りでは同じ学校の生徒では無いように思える。どこかで見た襟章なのだが…。 
「いやぁ、脅して女の子を誘うような奴は許せないからさ。誘うならもっとスマート 
 に誘うべきだな、うん」
  なにやら一人で納得している。
 背丈は愛美より少し高いくらいで、高校生だとしたら随分と小柄な部類に入るだろ 
う。そこまで考えて、ぴんと来た。
「あの… ひょっとして、中学生?」
「2年生だ」 
 なぜか胸を張って告げる少年。
「しかし、走ったせいかノドが渇いたなぁ」 
 物欲しげな目で愛美の方をちらと見る。
 慌てて愛美が、
「あ、ごめんなさい。コーラでいい?」 
 小銭入れを取り出しながら自販機に向かい掛ける。
「へっ? あ、いや… そーじゃなくて……」 
 なぜかそれを遮る少年。別に奢って貰う事を遠慮している訳では無いらしい。 
 つまりどーゆー事かというと、
「どうせなら、どっかの喫茶店でゆっくりと休まない?」 
 愛美にしてみれば、一難去ってまた一難といった処だった。 

            ☆            ☆

 数分後……
「ここ……なの?」
 少年が愛美に連れられてやってきたところは、『Mute』というピザハウスだっ 
た。少年の顔が心なしかひきつって見えるのは気のせいだろうか?
「うん。知り合いがバイトしてるの」 
 今度はそれとわかるくらい少年の顔がひきつった。
「どうかした? 顔色がすぐれないみたいだけど…」 
 愛美が心配そうに少年(=龍之介)の顔を覗き込む。
「い、いやちょっと気分が…」 
 ちょっと大袈裟によろけて見せたりする。
 当然だ。この状況で店に乗り込んだりしたら、痛いほどの視線を浴びるハメになっ 
てしまう。しかしそんな事情を知らない愛美は、
「えっ!? たいへん。少し休めるように頼んで上げるから」 
 と言って、
 カララン!
 なんの躊躇もなく店のドアを開けてしまった。

「いらっしゃいませ… ってなんだ」
 カウンターの中でグラスを磨いていた手を止め、来客者を迎え入れる愛衣。最初に 
愛美を見、次に必死になって愛美の背後に隠れようとしている学生服姿に一瞥をくれ 
る。
 その視線に気付いた愛美が一言、
「あはは。ナンパされちゃった」
 とんでもない事を言ってくれる。 
 彼女にしてみればほんの冗談のつもりだったらしいのだが、龍之介にしてみればシャ
レにならない発言だ。
「ゴホッ ごほっごほっ…」
 わざとらしく咳払いをしてみるが、愛美に通じるわけもない。カウンター内の人物 
が、
「ナンパねぇ……」
 と、呆れ気味の言葉を洩らす。放射線の如く愛美の身体を抜けた視線が、背後に隠 
れた龍之介に突き刺さる。しかし龍之介にも言い分はあった。だが、反論しようにも、
『お茶しない?』
 と誘ったのは純然たる事実なのだ。

                  ☆

「で、何になさいますか? お客様」
 愛衣がテーブル席に腰掛けた2人にオーダーを求める。龍之介はまだ往生際悪くメ 
ニューに顔を埋めていた。隠れているつもりらしい
「私はコーヒー。えーと…」 
 ふと考え込む愛美。まだ正面に座る少年の名前を聞いていなかったのだ。
 それを聞こうと彼女が口を開けようとしたとき、 
「龍之介、何にするのよ」
 愛衣が手に持ったトレイの縁でテーブルを軽く叩いて急かすと、 
「……いつもの」
 その用を成さなくなったメニューをテーブルの上に放り出し、龍之介がやや投げや 
り口調で答える。
「ホット二つでございますね。毎度ありがとうございます」 
 恭しく頭を下げて、違う意味の笑顔をおまけに付けてカウンターへ戻っていく。そ 
の様を目で追っていた愛美は正面に向き直り、龍之介と目が合うと、
「知り合いだったの?」 
 意外だというように、大きく目を見開いて龍之介を見つめた。

            ☆            ☆

 それから約30分、なんやかんやと龍之介と愛美は話し込んでいたのだが、 
「…っと、ごめん。俺、約束があったんだ。いいかな?」
 恐縮そうに切り出す龍之介。 
「あ、こっちこそごめんなさい。引き留めちゃって…」
 実際は龍之介が誘ったようなものなのだが、そこはそれ……愛美だって礼儀と云う 
ものを知っている。
「んじゃ、また。 …あっ、それから嫌なものは、はっきり嫌って言わないと、馬鹿 
 な男にはわからないよ。」
 先の天道の事を言っているらしい。
「ありがと。今度からそうするわ」 
 微笑んで手を振り返す。

 カウベルの渇いた音が龍之介を送り出したのを確認すると、愛美は鞄と二つのカッ 
プを器用に持ち、カウンター席に移動する。

「おもしろい子ね」
 そう言って愛美が2つのカップをカウンター越しに愛衣に手渡す。 
「あ、私にはもう一杯ちょうだい」
 ちなみに『Mute』では2杯目から一杯100円になる。フリーのファミレス並 
とまでは行かないが、一杯毎に同じ金額を取る『憩』よりは遙かに良心的だった。 
 もっとも味の方は、本格的な喫茶店『憩』とは比べるべくもないのだが…
「ま、面白いと言えば面白いかもね」 
 2つのカップを受け取り、曖昧に答える愛衣。
「うん、面白かった。私の知っている誰かさんとは、ずいぶんと印象が違うのね」 
「他人(ひと)の事を根ほり葉ほり聞くのは、あんまり感心しないわね」
 そう言って愛美に鋭い一瞥をくれる。 
「私が聞いた訳じゃないわ。あの子が教えてくれたのよ」
 そういう視線にも慣れつつある愛美。 
「……ったく、あのお喋り奴(め)」
 代わりとばかりに、いなくなった龍之介に小声で悪態をつく。 
「ずいぶんと仲が良いみたいね ……ひょっとして、叶愛衣は年下がお好み?」 
 ちょっとした悪戯心… というか冒険心からか、茶化した様な言葉が愛美の口から 
出る。
「冗談。幼馴染みの知り合いよ」
 そんな愛美の悪戯心も愛衣は全く動じない。ちなみに幼馴染みとは洋子のことだが、
洋子と龍之介が知り合いかと言えば…… 確かに知り合いかもしれない。
「で? 何だってナンパされたからって、ここに来るのよ」 
「だって、此処以外のお店なんか入り難いし……」
 それは事実で、『Mute』以外に彼女が気軽に利用する場所といったら、甘味屋 
の『甘粕屋』ぐらいなのだ。
「それに、此処なら不測の事態にも対応できるし……」 
 ある意味を込めた目で愛衣を見上げる。
「あのねぇ、嫌ならきっぱりと誘いを断りなさいよ」 
「だって、曲がりなりにも助けてくれんだもの。悪いと思って……」
「……助ける? って…… なによそれ?」 
「ちょっと天道先生にね……」
 愛美が憂鬱そうに溜息をついてみせる。…が、 
「天道? ……先生? 誰それ?」
 聞き慣れない教師の名に、愛衣がオウム返しに聞き返す。別に惚けているわけでは 
ない。本当に心当たりが無かったのだ。

「忘れちゃったの? 始業式の日のアレ……」 
 信じられないといった愛美の声に、
「ああ、あれね…」
 此処にいたって愛衣もようやく思い出した。もっとも、思い出したのは天道という 
教師の名前では無く、起こった出来事を思い出したのだが……

※
 その日、始業式が半ばを過ぎた辺りで、のんびりと講堂に入ってきた愛衣と天道と 
の間に衝突が起こった。新任であった天道が、ここぞとばかりに自らの存在を示そう 
としたのだろう。遅刻をしてきた愛衣に近づき、何事かを注意した。だが、彼女はそ 
れを完全に無視し、自分のクラスの列に並ぼうとしたのだ。
 頭に来た天道が走り寄り、愛衣を引き留めようと彼女の肩に手を掛けようとしたの 
だが、それはあっさりと躱されてしまった。しかも後ろ向きでだ。
「貴様ぁ〜」 
 厳粛な始業式という事も忘れ、天道が愛衣に掴みかかろうとした瞬間、彼は宙で 
見事なまでに180度回転し、床に叩き付けられていた。


「しかし、柔道部の顧問が女生徒に投げ飛ばされちゃ話にならないわよね」
 気にも止めていないように愛衣が呟き、 
「女生徒が普通じゃなかったのね、きっと……」
 愛美が溜息を漏らす。そしてふと思った。もしかして自分が天道に付け狙われてい 
るのは、目の前にいる同級生のせいでは無かろうか? ……と。

「まあ、それはそれとして、助けて貰うたびにお茶してたら、レスキュー隊員はたまっ
 たもんじゃないわね。そもそも、あいつはそれが目的だったんだろうし…… ちょっ
 と軽率よ。少しは警戒心とか持ったら?」
 愛衣のちょっと強めな言葉に、愛美がシュンと肩を落とす。確かに軽率といわれて 
も仕方がない。年下というだけで、警戒無しに誘いに乗ってしまったのは事実なのだ。
 だが、愛美は龍之介に『ナンパされた』とは思っていなかった。現に先程の会話で 
も彼は愛美自身の事はほとんど聞いてこなかった。彼女が龍之介に教えたことと言え 
ば名前と年齢…… それ以外は、いま自分の目の前で洗い物をしている人物について 
の事だったように思う。
「(そう言えば、天道先生に無理矢理連れて行かれそうになった時も……)」 
 あまり思い出したくは無かったが、頭の中で先程の情景を再生してみる…… 偶然 
とは思えなかった。

「あ、そいうことか……」
 ほとんど独り言に近い声だったが、 
「なによ」
 愛美の声が思いの外大きかったのか、聞き耳を立てていたのか、その独り言はしっ 
かりと愛衣の耳に届いていたらしい。
「ん? なんかかわいいなぁ……って。さっきの子」 
 嫌味のない笑みをその顔に浮かべ、目の前のコーヒーを口に運ぶ。その愛美の仕草 
をどう解釈したのだろう? 愛衣はシンクに流れる水を止め、
「……言って置くけど、彼女いるよ。あいつ」 
「なんで?」
 不思議そうな顔で愛美が聞き返す。
「なんでって…… 見たことあるもの」 
「そうじゃなくて…… なんで急にそんなこと言うの?」
 ほんの少し愛衣の表情に変化が見られたが、幸か不幸か愛美はそれに気付かない。 
「え? あ、いや… 愛美が興味有りそうな顔してたから…」
 お茶を濁すように窓へ目をやる愛衣。その行動に、外に何かが有ると思ったのだろ 
うか… 愛衣の視線を追うように、愛美も窓の方に目を向ける。
 そして『何も無いじゃない』というように愛衣を見上げ、 
「そんな風に見えた? 別にそんな気は無いんだけど…… 私はどっちかと言えば包 
 容力のある年上の方がいいなぁ……」
「誰も愛美の好みなんか聞いちゃいないわよ」 
 そう言って布巾を手にテーブル席へ移動し、一つずつ丁寧に拭き始めた。

「(それにしても……)」 
 そんな愛衣を見て、ふと愛美は違和感を覚えた。
「(なんであの子の事そんなに気にするのかしら?)」 
 普段の愛衣からは考えられないほどに会話が続いた。もっとも、愛美にした所で普 
段の愛衣をそんなに知っている訳では無いのだが……。
「ね、さっきの子、良く来るの? 此処……」 
「そうでも無いわよ……週に1、2回位じゃない?」
 テーブルを拭きながら、振り向きもせずに答えてくれた。疑い出すとキリがないの 
だが、何となく突き放すような言い方に、益々愛美に疑惑の念が沸き起こる。 
「週一か… 何曜日?」
「……そんな事聞いてどうすんのよ」
「別に…… ちょっと興味が湧いてきたから……って言うのじゃだめ?」 
 というより、俄然興味が湧いてきた。どう見ても自分より龍之介と呼ばれた少年の 
方が愛衣という人物に関して詳しそうだ。
 そんな事を考える愛美に、愛衣は如何にも呆れた口調で、 
「ま、いいけど…。逐一チェックしている訳じゃないから曜日まではちょっとわから 
 ないわね…… 明日から一週間此処に通えばわかるんじゃない?」
 確かにチェックしてはいないが、土曜と火曜が割合多い事を愛衣は知っていた。別 
に教えても良かったのだが『へぇ、詳しいのね』と切り返されるのも面倒だと思いや 
めたのだ。
 だが愛美にはそれで十分だったらしく、にっこり微笑み、
「じゃあ、今度来たときにでも言っといて。また話がしたいって」 
 そう言ってカップの底に残ったコーヒーを一息に飲み干すと、
「じゃ、お代はいつものようにツケといて。マスターによろしくぅ」 
 と告げ、立ち上がる。本当なら、意中の人物に一目会って行きたい所だったのだが、
変に勘の鋭い愛衣に気付かれるとなんなので、早々に引き上げる事にした。
 スツールに置いた鞄を手に取り、 
「それじゃ、また明日」
 ドアに手を掛けた所で声を掛ける愛美に、愛衣はテーブルを拭いていた手を止め、 
「はいはい。ありがとうございました」

 とてもお客に対する言葉とも思えない声を背に受け、『Mute』を後にした愛美 
は、八十八駅へと足を進めた。彼女の家は八十八町駅から一駅の場所にあるのだ。距 
離的には歩いて通えないこともないのだが、電車を使った方が楽なのは間違いのない 
事だった。
 慣れた手つきでポケットからパスケースを取り出し、更に定期券をパスケースから 
取り出そうとしたとき、
「(あ……)」
 ふと視界の片隅に先程の少年――つまりは龍之介の事だが――を捉えた。一度家に 
帰ったのだろうか? 先程とは違い私服姿だった。いや、それよりも愛美の目を引い 
たのは、彼の隣を付き従うように歩く、暖色系のリボンを髪に結わえた女の子…… 
『彼女いるよ。あいつ』
 先程の愛衣の言葉が愛美の頭に浮かぶ。
「……ふーん、あれが彼女かぁ」 
 もっとも、腕を組んだり手を繋いでいたりして歩いている訳では無いので、見方に 
よっては兄妹のようにも見えてしまう。それでも、自分の歴史がそのまま「彼氏イナ 
イ歴」になってしまう愛美から見れば、羨ましく思える光景である。
 ……が、 
「あれ?」
 その2人に向かってもう1人、女の子が――こちらは愛美に対しては背を向けてい 
るため顔は解らなかったが、完璧なまでなストレートヘヤーを肩口まで伸ばしていた 
――駆け寄っていく。
「(ひ、ひょっとして、いきなり修羅場!?)」
  だが、そんな愛美の期待(?)は見事に裏切られた。リボンの女の子はロングの女 
の子に笑顔で向かい入れ、当の龍之介はほとんど『我関せず』といった態度で歩き始 
めてしまい、慌ててリボンの娘がそれを追い掛け、更にその後にロングの娘が続く。 
 どうやら、いわゆる修羅場な三角関係とゆーものでは無さそうだった。
「………」 
 別に気にしなければどうという事もない情景なのだが、全くの他人と言う訳でもな 
い人間が係わっていると、やはり気になる。
「どっちが彼女なのかしら?」
 どっちが彼女でも、愛美には全く関係が無いのだが、世話好きはお節介と紙一重と 
いった処だろうか?
「いいか…、今度会ったときに聞いてみよう」
 愛美は自分の中で今の出来事に区切りを付けると、手にした定期を自動改札に滑り 
込ませた。
 まるでトランプのカードを切るかのように……


【後書き】(2000.03.10)
タイトルNO.はEpisode8だが、書いた時期は結構後の方だったする(笑)
タイトルは小松美歩のCD「」より『anybody's game』
龍之介、愛衣、唯、友美の恋愛ゲーム(駆け引き)を傍観者の立場で見る事が出来る愛美がメインのSS。
そんなワケで、このタイトルがつきました。

この次のEpisode9は、初期(1996年8月)SSな為、リテークリストのトップにあるのですが、その際必要になったのが愛美。
リテーク前に、彼女を表舞台に出さなければならず、このSSを書いた。
時間があれば、愛衣が愛美を受け入れるストーリーも組んでみたいのだが……

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