〜10years Episode6〜

構想・打鍵 Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。
 本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。 

「やっぱり、男手があると助かるわ。これだけの荷物は一人じゃとても無理だもんね」
「(ブツブツ)なんで俺が荷物を持たなきゃけないんだ?」
「文句言わないの、唯には黙っててあげるから。さっ着いたわよ‥‥ただいまぁ。」 
 涼子が玄関を開けると、すぐに唯が客間から出てきた。
「お姉ちゃん、おそ‥‥」 
 だが、涼子の後ろに荷物を抱えた龍之介を見るや、唯の表情が堅くなる。
「や、やぁ。」 
 龍之介がぎこちない笑いを返す。と、唯は部屋の中に戻り、ピシャリ! と襖を閉 
めてしまった。
 困ったように、涼子を見るが、
「私は知らない。まっせいぜい頑張って。先ほどの決意とやらを見せて貰いましょう」
 龍之介が抱えていた荷物を取り上げると、さっさとキッチンへ姿を消す。
 仕方なく客間の前に立ち、襖に手をかける。が、開かない。どうやら中から押さえ 
ているようだ。
 強引にこじ開ける事もできようが、それでは逆効果のような気がした。 
「お〜い唯、開けてくれ。」
 ‥‥返事はない。
「美佐子さんが心配してるぞ‥‥いや、俺も心配したぞ、もちろん。」 
「‥‥。」
「ゆい〜、謝るからさ、許してくれよ。」
 その途端、目の前の襖がスッと開き、龍之介を睨み付けるようにして、仁王立ちし
た唯が現れた。
「どうして‥‥」
「?」
「どうして謝るの? 謝らないでちゃんと説明してよ。謝るくらいなら、キスなんか
 して欲しくなかったよ。」
 みるみる唯の瞳(め)が潤み、目に涙が浮かび上がって来た。唯はそれを見せまい
として龍之介に背を向ける。
 龍之介はそれに気付かないフリをして、
「あのな唯、俺はあのことを謝る気なんか全然無いぞ。」 
 そこで言葉を切り、唯の反応を見るが、相変わらず背を向けたまま、身じろぎもし
ない。
(これで気付いてくれよ〜)心の中で半泣きする。
「‥‥昨日、忘れてくれって言ったよな?」 
 ビクッ! 唯の肩が震える。
「えーと‥‥謝るのはそっちの方だ。その‥‥忘れろなんて言って、ごめん。」 
 それでも背を向けたままの唯。
「唯‥‥まだ怒ってるのか?」
 おそるおそる訊ねてみる。 
「‥‥謝るって、そのこと?」
 ようやく返事が返って来る。
「う、うん」 
「唯に忘れて欲しくないの?」
「あ、いや、唯が忘れたいって言うなら、忘れてもいいけど‥‥。」 
 ゴゴゴゴゴゴゴ‥‥‥‥ 大地が鳴動する
「それじゃあ答になってないよ。お兄ちゃんは唯に‥‥」

 ズズンッ!

 不意に、下から突き上げるような衝撃が二人を襲った。いや、二人だけでは無い、 
次の瞬間、この家全体が激しく揺れ始めた。
「地震!?」
「きゃっ」
 その揺れの激しさに、唯が龍之介にしがみつく。とは言え龍之介も立っていられる
ような状況では無く、唯に抱きつかれた拍子に一緒になって床に倒れてしまった。 
 ズズズズズズズズ‥‥・・・
 ズシンッ! パシャーン! パリンッ
 上の階で何かが倒れる音と、どこかでガラスの割れる音が重なる。 
 カタカタカタ‥‥・・

 だが、揺れは一分も続かずに治まった。
「でっかい地震だったなぁ。」 
 壁に寄り掛かるようにして座り込んだ龍之介が呟く。その腕の中には、唯がしっか
りと抱きかかえられていた。
 吊るされた照明器具が、まだ右に左に揺れている。 
「お兄ちゃん‥‥苦しいよ。」
 強く抱き締め過ぎたせいか、腕の中の唯が訴える。 
「あ、わるい」
 腕の力を抜くが、唯は一向に離れる気配がない。
「‥‥どした? どっか痛いのか?」 
 唯はそれに応える代わりに小さく首を振る。そして龍之介の胸に手をつき、ほんの
少しだけ身体を離すと、龍之介を見上げ‥‥静かに目を伏せた
 その状況で、唯が何を求めているかが解らないほど、龍之介も鈍感ではない。 
(これは‥‥仲直りのキス‥‥だよな。)
 頭の中で変な言い訳をして、唯にそっと唇を寄せる。

「いやぁ〜、凄い地震だったね。二人とも大丈夫だった?」
 ハッ と二人同時に目を開けると、そ(唇)の距離は1センチも無かった。 
「あら? もしかしてお邪魔だった?」
 誰がどう見てもお邪魔なのだが、その割には一向に立ち去ろうとしない涼子。 
 もっとも立ち去ったところで、続きが出来る訳ではなかったが‥‥。

 真っ赤になって、のそのそと離れる二人。そんな二人を冷やかすように、 
「その様子だと仲直り出来たみたいね。 唯、帰るでしょ?」
 まだ真っ赤になっている唯に向かって聞くが、本人はそれ所ではないようだ。 
 ふっ、と息を吐き、唯と同様真っ赤になっている龍之介に向かって、
「上で何かが倒れてみたいなんだけど、見てきてくれない?」 
 こちらは、これ幸いとばかりに部屋を出て、階段を上がって行く。
「じゃ、唯はキッチンを手伝って。あ、スリッパ履いてね。破片が危ないから。」 
 キッチンは【惨状】という言葉がぴったり当てはまるような有り様で、開いた食器
棚から、皿や茶碗が飛び出し、無惨にその分身を床に曝(さら)していた。
「手、切らないように気をつけて。」 
 その後二人は、破片を拾い集める作業を黙々と続けた。

『先程、○○地方を中心とする大きな揺れが観測されました。震源は△△県西部の深 
 さ20キロで、地震の規模を示すマグニチュードは、5.8でした。
  尚、この地震による津波の心配はありません。各地の震度は、次のようになって 
 います。』
 テレビのアナウンサーが、その地域と震度を順に読み上げていく。 
「へぇー、震度5か。良く揺れたもんねー。ま、このほぼ真下が震源じゃしょうがな 
 いか。」
 ガスは危険なので、ホットプレートを使ってヤキソバを炒めながら、涼子が傍らの 
唯に話しかける。
「‥‥」
「ねえ唯、もしかして怒ってる?」
「‥‥」
「ごめんね。あと一分くらい遅れて行った方が良かったね。」 
 ボッ と唯の顔が再び桜色に染まる。
「お詫びに良いこと教えて上げる。龍之介がどうして‥‥」 
「こら‥‥。」
 ダイニングの入り口に、それは言わない約束だろと言わんばかりの目つきで、涼子
を睨み付ける龍之介の姿があった。
「いいじゃない別に‥‥」
「それ以上言ったら、この封筒のことを哲也さんに言うぞ。」 
 右手に持った茶封筒を龍之介が掲げると、涼子の顔から笑いが消えた。
「そ、それをどこで‥‥」 
「二階の本棚が倒れて、本が散乱していたんだけど、その中にあった。」
「中、見たの?」 
「ああ、福沢諭吉が10人ほどいるな。」
 世に言うヘソクリという奴らしい。 
「返しなさい。」
「別に盗るつもりはないさ。そのかわり‥‥」
「わかったわよ。」 
「じゃ、交渉成立だな。もし破ったら‥‥」
「それはお互い様よ。」
 妙な緊張感の中、茶封筒はが龍之介の手から涼子へ。 
 唯はそんなやりとりを横目で見ながら、涼子の代わりにヤキソバを炒める一方で、 
小さくため息をついた。

「はい、お兄ちゃんの分。」
「なんかやけに龍之介の分だけ盛りが多くない?」 
 確かに龍之介の皿に盛りつけられたヤキソバは、他の二皿の1.3倍(当社比)位 
だろうか。もっとも唯がよそったのなら、当然の結果と言えるだろうが‥‥。 
「いいんだよ、俺は男なんだから。」
「無芸大食(ボソッ)」
「うるさいな。唯、これ喰ったら帰るぞ。美佐子さんだって心配しているんだからな」
「無理みたいよ。」
 ヤキソバをかき込みながら主張する龍之介に、涼子が箸でテレビを指しながら答え 
る。

『先程の地震の影響で、各交通機関にかなりの支障が出ている模様です。』 
 アナウンサーが、無表情に影響の出ている鉄道を読み上げていく。
 言うまでもなくその中には、さっき龍之介が乗ってきた線の名前もあがっていた。 
『尚、震源に近い△△線の復旧は、今夜半から明日の朝になる模様です。』
 これまた言うまでもなく‥‥以下略。

            ☆            ☆

「唯、起きてるか?」

 結局、その晩二人は木原邸に止まっていくことになった。翌日が今日(秋分の日) 
の振替休日だったので、無理をして(電車が動き出すのを待って)帰る事も無いだろ 
う、と言うのが美佐子と涼子、そして唯の一致した意見だった。
 龍之介はもちろん帰りたかった。なぜなら、涼子に爆弾のスイッチ(キスした理由)
を握られているからだ。
 もっとも3対1、哲也が帰ってきてからは、4対1になってしまっては、諦めるし
かなかったが。
 加えて、龍之介には気になることがあった。それは唯が本当に許してくれたのか? 
ということだ。
 何故かというと、夕食の時までは、あれこれ自分に世話を焼いていてくれたのに、 
その後はなんか避けられているいる様な気がしたからだ。
 現に、この客間に入ってからは、「お休み」の一言だけで背を向けて、さっさと布
団を被ってしまった。
 昼間のあの出来事を考えれば、当然許してくれたのだろう、と思ったのだが、こう 
いう態度に出られたのでは、不安になってしまう。

 一方の唯は、もちろん起きていた。 
 では何故返事をしなかったのか? 照れくさかった、という訳ではない。
 話は夕食が終わり、唯が涼子と共に、キッチンで後片づけをしているところまで遡 
る。


「ねえ、お姉ちゃん。」
 塗れた食器を布巾で拭きながら、唯は小さな声で横に立つ涼子に声を掛けた。 
 龍之介は隣の居間で、哲也を相手に将棋を指している。
「ん? なに」
「昼間言ってた良い事って何?」 
 涼子は水道の蛇口を閉め、
「もしかして邪魔したこと、まだ怒ってるの?」 
「そういう訳じゃないけど‥‥」
 口ではそう言っているが、顔には肯定の色が浮かんでいる。 
「どうしよっかなぁ。龍之介に口止めされてるし‥‥。」
 居間の方を振り返る涼子。唯も釣られて振り向く。龍之介は将棋の分が悪いのか、 
盤に神経を集中しているようだ。
「教えてくれないなら、唯があの封筒の事を、おじさんに言ちゃってもいいんだよ」
「あはは。唯がそんなこと言うなんて珍しいね。そっか、唯からばれちゃう可能性が 
 あったんだ。」
 うーん、と腕組みをして二、三秒考える(つまり、考えたフリをする)涼子。 
「いいよ、教えてあげる。そのかわり、龍之介には内緒だよ。」
 こくり、と首を縦に振る唯。 
「あのね、【かわいかった】からだって。」
「え?」
「昼間、ここに連れてくる前に訊いたの。どうして唯にキスしたの?って。そしたら、
【かわいかった】からだってさ。」
 瞬間、唯の顔が朱に染まる。
「あと、唯じゃなきゃあんな事しないって、慌てて付け加えてたわね。」 
 これは涼子が
『お前は、かわいけりゃ誰とでもキスするのか?』
 と、詰め寄って得られた言葉だったが‥‥。 
 益々赤くなる唯。
「良かったね。‥‥でも、安心しちゃ駄目だよ。私には信じられないけど、唯の話だ 
 と龍之介はもてるんでしょ? そうゆう奴は、油断するとすぐに離れて行っちゃう 
 から‥‥。」
「ど、どうすればいいの?」
「そういう時はね、追いかけちゃ駄目。こっちがおいかけられるようにするの。」 
「良くわかんない。」
「今回やったような事よ。ちゃんと龍之介が追いかけてきてくれたでしょ。」

 で、唯なりに考えて出した結論が、これである。案の定、龍之介の方から声を掛け 
てきた。

            ☆            ☆

「唯、起きてるか?」

「何? 起きてるよ。」
 努めて、抑揚のない声で答える。
「なあ、まだ怒ってるのか?」 
「‥‥お兄ちゃん、唯がどれだけ傷ついたかわかってる?」
「だから、さっきから謝ってるじゃないか。」 
「‥‥‥‥。」
「機嫌直してくれよ、な。何でも言うこと聞くからさ。」
「‥‥いくつ?」 
「‥‥いくつって、一つに決まってるじゃないか。」
「いくつ?」 
「‥‥。」 
「いくつ言うこと聞いてくれるの?」
「‥‥わかった、三つだ。」
 それを聞くや否や、上半身を起こし、振り返る唯。 
「(にぱっ)じゃ、一つ目。‥‥もう一回キスして。」
 今度は龍之介の方が背を向け、布団を被る。 
「‥‥お休み。」
「あーっ、ずるい! 今、言うこと聞くって言ったのにぃ。」 
「ぐー(狸寝入り)」
「あっそ。友美ちゃんに言い付けちゃお。」
 ぴくっ! と、龍之介の肩が揺れる。

(もし、唯が友美に言い付けると‥‥)
『龍くん、唯ちゃんにキスしたんですって? 酷い事するわね。居候という弱い立場 
 の唯ちゃんに無理矢理キスをするなんて‥‥』
「ちっ違うんだ友美! 理由(わけ)を聞いて‥‥」 
『うるさい! もう勉強も教えて上げないし、宿題も見せて上げない! 唯ちゃんと 
 美佐子さんも家に住んで貰うわ。』
「あの、それじゃ俺のメシは‥‥」
『カップめんでも啜(すす)ってなさい!』

(ぞぞっ!)
「わ、わかったよう。」
 シュミレーションの結果、ここは唯に従った方が良いと出た模様だ。
 のそのそと上半身を起こし、唯に向き直る。
「はい」
 そう言って、左頬を差し出す唯。 
「な、なんだほっぺか‥‥」
 ホッとしたような、ガッカリしたような声。
「え?」 
「な、なんでもない。」
 沈黙が流れる。
「‥‥お、お兄ちゃんが、そうしたいって言うなら‥‥唯はいいよ。」
 唯が顔を正面に向け、目を閉じる。
 こうなると引き下がるわけには行かない。唯に顔を寄せ‥‥たところで、何かが頭 
を過(よ)ぎった。
 結果として、龍之介の唇は、見事な回避行動をとり、唯の頬に接触する。 
 一瞬後、顔を離すと、唯と目が合う。どこか不満そうだ。 
「なんだよ。」 
「‥‥別に。じゃ、お兄ちゃんも横向いて。」
「なんでだよ。」
「お返し。唯がキスして上げる。」 
「い、いいよ俺は。」
 後ずさる龍之介。
「‥‥お母さんに言っちゃおうかなぁ?」 
 龍之介の動きが止まる。

(唯が美佐子さんに言い付けたとすると‥‥)
『龍之介君、いやがる唯に無理矢理キスしたんですって? 龍之介君は私たちをそう 
 いう目で見ていたのね。そんな子とは一緒に住めません。今日から友美ちゃんの所 
 にご厄介になります。』
「あの、それじゃあ俺のメシは?」
『カップめんでも啜ってなさい!』

(ぞぞぞっ!)
「わかった。」
 大人しく左頬を差し出し、目を閉じる。すると、さっき頭を過ぎって行った人物の 
顔が、再び浮かび上がって来た。
(な、なに怒ってるんだよ。仕方ないだろ、こうしないと許してくれないって言うん 
 だから‥‥。大体、先輩だって仲直りしろって言ったじゃないか!)
 心の中で、必死になって言い訳をするが、愛衣の目つきは鋭さを増すばかりである。
 そして、龍之介が左頬に唯の唇を感じたときに龍之介の頭の中で、愛衣の怒りは頂 
点に達した。

            ☆            ☆

 翌日 如月駅

 秋分の日の振替休日ではあっても、駅構内はひどく混んでいた。
「待ってよ、お兄ちゃん。」 
「あんまり離れるなよ。ほれっ」
 唯が差し出した右手を、龍之介は何の躊躇も無しに握る。駅を出てからも手を繋い 
で人混みの中を歩く二人。
 この人混みの殆どが、今月閉鎖される予定の如月遊園地へと向かっていた。

「あれっ? 龍之介じゃない。」
 声のした方に龍之介が目を向けると、そこには大きな紙袋を抱えた愛衣が立ってい 
た。
「なんだ、先輩か。何やってんだ? こんな所で遊んでないで、仕事しろよ。」 
「お生憎様、これもお仕事なの。‥‥ふーん、仲直りしたんだ。」
 愛衣の目は、龍之介と唯の中間に注がれていた。 
 それに気付いた龍之介が、慌てて繋いでいた唯の手を振りほどく。

 瞬間、唯の頭の中で、黄信号が点灯した。 
『コノ女性(ひと)ハ危険ダ』
 この時点で昨日涼子に言われた『追いかけちゃダメ』は雲散霧消した。 
 とっさに振り解かれた右手を、龍之介の左腕に絡め直す。
 慌てたのは龍之介だ。 
「な、何やってんだよ。」
「二つ目のお願い。唯と腕組んで。」
「ふたつぅ? 三つ目の間違いじゃないのか?」 
「二つ目!」
「だってお互いがキ‥‥」
 そこまで言って言葉を切る。公衆の面前で、いや、愛衣の前で、お互いがキスしあっ
たなどと、言えるわけがなかった。
「あれで一つなの。ほら、早くしないと遊園地が混んじゃうよ、行こう。」 
「遊園地?」
 今度は愛衣の眉が、ピクッと動く。
「そ、それじゃ先輩、またお店に寄るから。」 
 そう言い残して、龍之介は唯と共に人混みの中へ消えて行った。

            ☆            ☆

 カララン!

「お早うございます。」
 紙袋を抱えながら、ピザハウスのドアを器用に開けて、愛衣が店内に入る。 
「ああ、叶くん、ご苦労様。悪いね、重かっただろう?」
「いえ、大したこと無いですよ。」 
 ドサッ! と紙袋をカウンターの上に載せる。
「‥‥どうしたの?」
「え? 何がですか?」 
「いや、なんか機嫌が悪そうだから‥‥。」
「そうですか? 気のせいですよ。」 
 どことなく強ばった笑顔を見せて、愛衣はロッカールームへと入って行く。


「機嫌なんか悪くないですよぉ。なにしろ相手は三つも年下なんだから‥‥」 
 独り言をブツブツ言いながら、ロッカーを開けて、シャツを脱ぎ捨てる。扉に付い
た鏡には、不機嫌そのものの自分の顔が写っていた。
「でも、私とあの遊園地で遊んだの、二日前よ。その領域(テリトリー)に、血の繋
 がらない妹とはいえ、他の女の子を連れていくなんて‥‥。」
 ロッカーの中から、店のトレーナーを引っぱり出して扉に手を掛ける。 
 仲が良さそうに、腕を組んで歩く二人が、愛衣の頭に浮かんだ。
 ムカムカムカッ!
「龍之介の無神経っ!」
 バァーン!

 ロッカーの扉を乱暴に扉を閉める。 
 もちろんその音は、営業準備中のマスターの耳にも届いた。
「やっぱり今日は機嫌が悪そうだな。」 
 ボソッと呟くと、店のドアに掛かっている【準備中】のボードを【営業中】に変え 
るべく、店のドアへと向かった。


【後書き】
諸悪の根元登場(笑)
タイトルは、篠原涼子 with T.Komuro「Lady Generation」より、『恋しさと せつなさと 心強さと』から頂きました。
ちなみに、このSSと『Lady Generation』シリーズの因果関係はほとんどありません(笑)

前半部と後半部の人称形式が違うのは、Nif発表時に前後編と分けてUPしたため。
前半部分の一人称は、前回の「鏡の中のアクトレス」より若干マシになったか? という程度。
やっぱりこの部分も恥ずかしかったりする。

注目すべきは、初登場の愛衣。
やけに龍之介に馴れ馴れしいが、これは次のSS及びEpisode13で語られている。
しかし今読み返してみると違和感が有るなぁ(笑) どちらかと言うと、涼子の方が今の愛衣に近い。
…が、キャラクターがダブるという理由で、この後涼子の出番は名前だけという事になってしまった。
さて、この愛衣、前半部では名前すら出てこない端役だった(笑)
実際、単なるピザ屋のウェートレス役だった筈なのだが……(^^;

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