〜10years Episode6〜

構想・打鍵 Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。
 本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。 

「お兄ちゃん真剣勝負だからね。」
「唯、みにくいぞ。たかだかストロベリータルト一切れで。」 
「じゃあ唯に譲ってよ。」
「やだ。」
「じゃあやっぱり勝負だよ。」
 テーブルの上に置かれた3時のおやつ(お母さん特製のストロベリータルト)を夾
んで唯とお兄ちゃんは対侍していた。
「仕方ないな。」
「1回勝負だからね。」 
「わかってるよ、いくぞ‥‥最初はグー!」
「やったぁ!!」
「ちょっと待て、今のは反則じゃないか? 最初はグーって言っただろう。」 
「じゃあ何でお兄ちゃんはパーを出してるのよ。とにかく勝ちは勝ちなんだからこれ
 は唯が貰っておくよ。」
 お兄ちゃんは悔しそうに、
「ま、まあ、あんまり勝ちすぎるのも唯がかわいそうだしな、わざと負けてやったの
 さ。」
 ふん、だ。負け惜しみばっかり。
 ん? お兄ちゃんが唯のことじっと見てる。何だろう? 
「あのさ普通こういう事言ったら『お兄ちゃん優しい、コレあげるよ。』とか言わな
 いか?」
「言わない(キッパリ!)。お兄ちゃん、唯が負けたときそんな事言ってくれた?」 
「ちぇ」
 お兄ちゃんはダイニングからリビングに移ってテレビのスイッチを入れた。もちろ
ん唯もタルトを持ってお兄ちゃんの後を追う。
 ソファに座ったお兄ちゃんの隣に唯も腰をおろしてタルトにフォークを入れる。 
 そして一口・・・。
「うーん、おいしい。やっぱりお母さんのストロベリータルトは絶品だね。」 
 お兄ちゃんに聞こえるように声に出して言ってあげる。え、意地悪だって?今まで
唯は負ける度にこれをやられていたんだよ。せっかく勝ったんだから思いっ切り言っ
てあげるんだ。
「特にシロップ漬けにしたイチゴ、その下のカスタード、この取り合わせがなんとも
 言えないよ。」
「ふん、俺は大人だからそんな事言われても、ちっとも悔しくないぞ。」 
「別にお兄ちゃんを悔しがらせるためにこんな事言ってるんじゃないよ。ただ、おい
 しいなぁって言ってるだけ。」
「じゃあ、向こうで食えよ。」
「唯、このテレビ見たかったんだもん。」 
 嘘だけどね。
 だってこの再放送のドラマ唯は前に見ちゃったんだもん。お兄ちゃんは見てなかっ
たらしくてテレビに見入ちゃってる。つまんないの、せっかくお兄ちゃんに勝ったの
に‥‥あ、でも今日は最終回みたい。

30分後‥‥
 テレビを見ながら食べていたせいかまだ1/3くらいが、お皿の上に残っている。 
 ドラマの方はいよいよラストシーンで荷物をまとめて部屋を後にしたヒロインの目
の前に主人公が立ちふさがる場面が映し出されている。
 以前に見たドラマとはいえ、やっぱり見入ちゃうよ。 
 主人公の胸の中に飛び込むヒロイン。そして2人は見つめ合い‥‥

「スキあり!」 
(えっ!)と思ってお皿の上を見ると残っていた筈のストロベリータルトが消えてい
た。
 ゆっくりとお兄ちゃんの方を見ると、口をモグモグと動かしている!
「たっ食べちゃったの?」 
「当然だ。あーうまかった、最後の一口だと思うとまた、格別だな。」
 唯だったらまだ二口か三口分くらいはあったのに‥‥許せない。 
「か‥‥‥」
「ん? 蚊がどこかにいるのか?」
 そんな事でごまかそうったってダメなんだから、 
「返せ――――――!」
 横からお兄ちゃんの首に手を掛け叫ぶ。脳裏に
「おやつを取られて逆上、兄を絞殺!!」 
 なんて3面記事の見出しが浮かんだけど構わない。
「無茶言うな。わっ、首を絞めるんじゃない。」 
「食べ物の恨みは恐いんだよ。天国で後悔してねお兄ちゃん。」
 脅しのためにほんの少し手に力を加える。でも、 
「やめろとゆーに。」
 お兄ちゃんは唯の手を掴み、あっさりと首から外してしまった。 
「俺に見せびらかせる様にして食べてるお前が悪いんだ。へっへっへ、さあどうして
 くれようか?」
 唯の両腕を掴んだままお兄ちゃんが不敵に笑う。

 ジャジャーン! 
 不意にテレビから大音量の音楽が流れ出てきた。びっくりして目をテレビに向ける
と、ブラウン管の中の2人はラブシーンの真っ最中だ。カメラが様々な角度から2人
を撮り続けている。
 ちょっと恥ずかしくなって、目を逸らすとちょうどお兄ちゃんの目線とぶつかった。
 さっきは気が付かなかったけど、お兄ちゃんの顔がすごく近い場所にある。 
 10CMもないくらい・・・息が掛かるくらい、ううん、お兄ちゃんの瞳(め)に唯の
顔が映っているのが分かるくらい近い場所に‥‥。
 お兄ちゃんが唯の瞳を見つめている、唯もお兄ちゃんの瞳を見ている。それがほん
の数秒‥‥
 ぴくり と唯の手を握っているお兄ちゃんの手が動く
「ゆい‥‥」 
 声は聞こえなかったけど、お兄ちゃんの唇がそう動くのがわかった。
 くちびるが‥‥。 
 そしてその距離が、お互いのくちびるの距離が徐々に‥‥。
 ふっと今見ていたドラマのシーンが頭をよぎる。 
(え? こ、これって もしかして‥‥)
 近くなるお兄ちゃんの顔を見ているのが恥ずかしくて唯はそっと目を閉じた。 
 閉じたはずなのに目の前が燃えているみたいに赤くなっている。
(なんで赤いんだろう?) 
 そんな事を思った瞬間、唇が柔らかい感触で塞がれた。

             ☆           ☆

「どうしたの唯、ボーッとして。」
 我に返ると目の前にはお兄ちゃんでなくお母さんが立っていた。時計を見ると午後
5時15分! 30分近くボーッとしてた事になる。
「な、なんでもない。あの‥‥お、お兄ちゃんは?」 
「龍之介くん? もう帰ってるんじゃない? 玄関に靴があったから2階に居るとは
 思うけど。」
 キッチンの中に入ったお母さんが応えてくれる。ちょっと複雑、目の前に居て欲し
いんだけど、きっと会っても恥ずかしくて目を会わせられないだろうな。
「ご飯の支度をするから手伝ってちょうだい。」 
 そんな唯の思いなんか関係無しにお母さんがキッチンの中から呼びかける。 
「うん‥‥。」
 曖昧な返事をしてガラステーブルの上を見ると、タルトをのせていたお皿とフォー
クが置かれたままだ。
「夢‥‥じゃないよね。」
 指でそっと唇に触れてみる。さっきの感触がまだ残っているみたい。 
「ゆーいー、早く手伝って。」
「う、うん。すぐに着替えてくるから。」

 自分の部屋(って言ってもお母さんと共用だけど)に戻って普段着に着替えたんだ
けどそのままベッドに座りこんじゃう。
「お兄ちゃんと‥‥キス‥‥しちゃったんだよね。」 
 声に出して呟くと急に心臓がドキドキしてきた。
 ボフッ!
 身体を捻ってベッドにうつ伏せになる。 
「カトオリーヌ、お兄ちゃんとキスしちゃったよ。」
 つん! とヌイグルミのくちばしをつつく。 
「ファーストキスだったんだよ‥‥よくレモンのキスって言うけど、唯の場合はきっ
 とストロベリーキスだね。だってお兄ちゃんも唯もストロベリータルトを食べてた
 んだもん。」
  ゴロン
 今度は仰向けになってヌイグルミを抱えたまま天井を見る。 
「お兄ちゃん、何してるのかなぁ。」
 また、指を唇に当てる。
 夕暮れのリビングのソファの上‥‥か。ロマンチック‥‥だったのかなぁ。

「唯、どこか具合が悪いの?」
 ノックも無しにお母さんが入ってくる。あーん! 一人になれる部屋が欲しいよぉ。
 でも居候の身じゃしょうがないよね。
「唇‥‥どうかしたの?」
「何でもないってば」 
 慌てて手を唇から離し上半身を起こす。お母さんが近づいてきて左手を唯の額に、
右手を自分の額に当てる。
「ちょっと熱っぽいかしら。」
 お兄ちゃんの事考えてたからかな? 
「へ、平気。ちゃんと手伝えるよ。」
「そう? 無理しなくていいわよ。」
「平気だってば、‥‥今日はなに?」 
「トンカツよ。」
 トンカツ〜ぅ、ファーストキスの記念の晩御飯のおかずがトンカツなのぉ〜。 
「あの、他には‥‥」
「それだけ、後は煮物とキャベツの千切り。なによ、不満なの?」 
「えーと、例えばハンバーグとかロールキャベツとか、こうお洒落な横文字を使った
 物がないかなぁなんて思ったんだけど‥‥。」
「じゃあポークカツにして上げる。」 
 同じぢゃない‥‥。

                   ☆

 お気に入りのペンギン柄エプロンを身につけキッチンに入る。 
 唯がお米を研いでいる間にお母さんがまな板の上で豚肉の下ごしらえをする。 
 で、その後豚肉にコロモを着せるんだけど、それが唯の仕事。
「どうしたの? じっとお肉を見つめちゃって‥‥」 
「う‥‥ん。どれが一番大きいかなぁって。」
 一番大きいのをお兄ちゃんにあげるんだ。 
「いやしいわねぇ、3枚とも同じ大きさよ。」
 そんなのわかんないもん。
 ハカリを取りだし一枚ずつ量ってみる。 
「‥‥我が娘ながら情けないわ、そこまでして大きいカツが食べたいの?」
 うるさいなぁ‥‥ほら、こっちの方が20グラムも大きいじゃない。あ、これは
 5グラム小さい。

 なんて事やりながら小一時間‥‥

「そろそろ出来上がるから龍之介君呼んできて。」 
「う、うん」
 返事はしたけど足が進まない。だって今お兄ちゃんの顔を見たら心臓が破裂しちゃ
うかもしれない。
「どうしたの?」
「なんでもない。」
 ゆっくりと階段を上がりお兄ちゃんの部屋の前に立つ。大きく一つ深呼吸 
 カチャ
 ノックをしようとしたらドアが開いた。
「あ‥‥」
「あ‥‥」
 一瞬目があってしまった、瞬間顔がカアッと火照るのがわかる。 
 うわっ、やっぱりお兄ちゃんの顔がまともに見れない。
「あ、あの‥‥ご飯‥‥出来たから。」 
 うつむいたままやっとそれだけ言う。
「ああ‥‥」
 何事もなかったかのように、唯の横をお兄ちゃんがすり抜けていく。 
 (ハァ)‥‥お兄ちゃん落ち着いてるなぁ、唯はこんなにドキドキしてるのに。もし
かして初めてじゃなかったのかなぁ。だとしたらちょっとずるいな。


☆

 いつもなら学校であった事とか、喫茶店であった事で賑やかな夕食だけど今日はお
母さんだけがよく喋っていた。
「‥‥で、そのお客さんたら何を注文したと思う? 手巻き寿司よ、手巻き寿司。う
 ちは喫茶店ですって言ったら、『今の内に始めておかないと時代に乗り遅れますよ』
 ですって、失礼しちゃうわ。‥‥どうしたの唯、さっきから龍之介君の方をチラチ
 ラ見たりして。」
 ぎく。もう、変な事に気が回るんだから。
「ははぁ、わかった。」 
 ぎくぎくっ! な、何がわかったの?
「大丈夫よ、お肉取り替えたりしてないから。ねえ、龍之介君聞いて。唯ったらハカ
 リまで持ち出して一番大きいトンカツを自分のものにしたのよ。」
 ちがうもん、一番大きいのはお兄ちゃんに上げたんだから。 
「龍之介君元気がないわね。」
 なんの反応もしないお兄ちゃんにお母さんが話しかける。 
「そ、そんなことないよ。はは、ゆ唯ソース取ってくれ。」
「え? あ、う、うん。」 
「唯、それお醤油‥‥」
「さ、さんきゅ」
 渡そうとしたときほんの少し唯とお兄ちゃんの手が触れた。 
 ガシャ!
 2人が同時に手を離したもんだからお醤油の瓶は重力の法則に抗うことが出来ずに
テーブルの上へと落下した。

「もう、今日は2人とも変よ。いったいどうしたの?」 
 布巾でテーブルにこぼれたお醤油を拭き取りながらお母さんは何も言わない唯とお
兄ちゃんを交互に見ている。無言の数秒、再びお母さんが口を開く。
「まさか‥‥あなた達!」 
 お兄ちゃんがビクッとするのがわかる。もちろん唯もだけど‥‥。
「喧嘩してるんじゃないでしょうね。ダメよ仲良くしなきゃ。」 
 良かった、お母さんが鈍感で‥‥。

 結局お母さんはそれ以上追求してこなかった。 
 夕御飯が終わるとお兄ちゃんはさっさと自分の部屋に戻ってしまった。ちょっとつ
まらないけどそれが結構嬉しかったりする。だってお兄ちゃんが唯のことを意識して
いるって事がわかったから。

 それからテレビ見て、お風呂入って、ちょっとだけ宿題やってベッドに潜り込んだ。
‥‥けど、やっぱりというか、目が冴えて眠れない。
 目を閉じると、お兄ちゃんの顔が浮かんでくる。 
 明日も土曜とは言え学校があるんだから眠らなきゃ、と思うんだけど益々眠れなく
なっちゃう。こうなったら仕方がない‥‥

「羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、羊が‥‥」 
 古典的なおまじないだけど、これが悲しいことに唯にはよく効くんだよね。いつも
百匹になる前に眠っちゃうんだから。

「羊が八三匹、羊が八四匹、羊が‥‥ふぁ、そろそろかな?」 
                 
「羊が九九匹、羊が百匹、あれれ。‥‥羊が百一匹、羊が百二匹‥‥」 
                 
「羊が三百五匹、羊が三百六匹‥‥眠れないよぉ‥‥羊が三百七匹、羊が‥‥」 
 結局、一万三千匹余りが牧場の柵を飛び越えて行った様な気がする。よく覚えてな
いけど。だってさすがに眠く‥‥なっ‥‥て

             ☆           ☆

「‥‥ろ‥い。おい! 唯、起きろってば。」
 ふにゃ? ‥‥まだ眠いよぅ 
「こら、起きろって言ってるだろ。」
 う‥‥ん? なんでお兄ちゃんが唯の部屋にいるの? 
 ゆっくりと目を開けるとお兄ちゃんの顔が目の前にある。
「やっと起きたか。ほれ、早く支度しろ。」 
 支度?
「寝ぼけてんのか? 水族館でデートするって言い出したの唯だぞ。」 
 そうだっけ? ‥‥水族館でデートかぁ、そういえば『連れてってよ』って言った
様な気が‥‥。
「デ、デート!?」
「なんだよ、別に不思議はないだろ?唯と俺は恋人同士なんだからさ。」 
「恋人‥‥? 同士‥‥?」
「昨日キスしたじゃないか、立派な恋人同士だろ? ‥‥それとも嫌だったのか?」
 あわてて首を左右に振る
「う、ううん 嫌じゃなかったよ。その‥‥う、嬉しかったよ。」 
 唯の顔今真っ赤だろうなぁ。
「そうか。じゃ、もう一回する?」
 唯は返事をしないでそのまま目を閉じた。心持ち唇を突出す様にするとお兄ちゃん
の顔が近づく気配がして‥‥
 んっ‥‥

 あれ? お兄ちゃんの唇の感触が昨日と違うような気がする。なんか柔らかいとい
うよりモコモコしてて‥‥おそるおそる目を開けると目の前にはカトリーヌのおしり
があった。
 あう、夢かぁ。‥‥でも悪い夢じゃないよね。えへへ、お兄ちゃんと恋人同士かぁ。
唯とお兄ちゃんは血が繋がっていないんだから有り得ない話じゃないよね。

 コンコン 
 お、お兄ちゃん? もしかしてさっきの夢、正夢だったりして。
 いそいそとベッドに潜り込む。 
 カチャ
「唯! いつまで寝てるの。遅刻するわよ。」
 なんだお母さんか。 
 のそのそと上半身を起こす。
「ずいぶんとのんびりね。時計見たら。」
 えっ、そんな時間なの? 首を巡らせて時計を見る。なんだまだ8時じゃない‥‥
って8時!!!?
「ど、どうしてもっと早く起こしてくれなかったの。」 
 布団をはねのけて飛び起きる。
「さっき起こしに来たとき、幸せそうな顔してヌイグルミに顔を埋めて寝ていたか 
 ら‥‥いい夢見てたんじゃない? 起こした方が良かった?」
 う、それは難しい選択だよ。 
 黙ったまま制服に着替え髪にリボンを結わえる。
「サンドイッチを作ったから少しは食べて行きなさい。」 
「ありがとう。‥‥あ、お兄ちゃんは?」
「珍しく早く起きて、もう学校に行ったわ。」 
 ええ〜〜〜、唯はいつもギリギリまで待っていてあげるのに。お兄ちゃんの薄情者!

  サンドイッチを3つ口に放り込み、牛乳で流し込みながら玄関に出る。うわっ、 
走らないと間に合わないかも‥‥。
「行ってきまーす。」
「行ってらっしゃい。気をつけてね。」 
 お母さんの声を背に受け玄関を飛び出す。



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