〜10years Episode4〜

構想・打鍵 Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。
 本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。 

 人づてに聞いた話だと、新婚というものはいいものらしい。
 ことに新婚3ヶ月目などという時期はもう幸せ絶頂期らしい。あくまでも聞いた話
だが……。
 その体験者によると、
「森○キャラメルと○治チョコレートにコンデンスミルクを掛けてフルーツ牛乳で流
 し込む。」
 というあまり想像したくない例えで、どの位甘い物なのかを表現してくれた。
  そんな甘ったるい新婚生活を送っているカップルがここ八十八町にもいる。


 隣の喫茶店の照明が落ちる午後5時。彼女・水野友美いや今は綾瀬友美となった女
性が夕飯の支度をするべく台所に立っていた。
「今日は肉じゃがに挑戦しようかな?龍くんは薄味が好みなのよね。」
 ぶつぶつ呟きながら、しかし幸せいっぱいの表情で下ごしらえを始める。
 もちろん(若奥様のお袋の味)という料理の本は手放せなかったが……。

 食材と格闘する事約2時間。そろそろ愛する旦那様の御帰宅の時間らしく料理の方
も佳境のようだ。ご飯をオハチに移すべく炊飯ジャーの蓋を開ける。
 もわもわと水蒸気が立ち上り彼女の眼鏡を曇らせた。
 オハチにご飯を移し替え、上から布巾をかぶせる。それをテーブルの隣にある台の
上に乗せ、お茶碗と、箸を出す。箸休めの漬物を小皿に盛りつけ、最後にメインであ
る肉じゃがを真ん中に置いて後は味噌汁をよそうだけという段になって玄関のチャイ
ムが鳴った。
「タイミングぴったり。これも愛の力かしら(ハート)」
 いそいそと玄関まで迎えに出る。
「ただいま。」
「お帰りなさい龍くん。ご飯にする?それともお風呂?」
 まるで『カスタ○メイト3』の様な会話だ。だが、これが新婚家庭の定番なのだろ
う。
「腹が減ったから先にご飯を食べるよ。」
「先にご飯でお風呂が後ね。」
「一緒に入る?」
「もう、ばか。……ご飯は支度が出来ているからすぐに食べられるわ。」
「じゃ、すぐに食べよう。」
「ちゃんと着替えて、手を洗ってね。」
「はいはい。」
 その返事を聞いて友美はキッチンへと戻った。
 味噌汁をよそいテーブルに置くとすぐに着替えた龍之介がダイニングに入ってきた。
「おっ、今日は肉じゃがか。」
 早速箸を取ろうとする龍之介を慌てて友美が止める。
「龍くん、いただきますは?」
「あのさぁ、もう子供じゃないんだから。」
「だめ。」
「わかったよ。いただきます。」
「はい、召し上がれ。」
 言うが早いか龍之介は肉じゃがに箸をのばした。友美も同じように箸をつけ、口の
中に入れる。
(ん!おいし。龍くん好みの薄味になってるし。……褒めてくれるかな?)
 と、龍之介の顔を見ると何やら難しい顔をしている。
「どうしたの?」
 と聞いても龍之介は応えてくれず、今度は味噌汁の椀を口に運ぶ。友美もそれを見
て味噌汁を飲んでみた。
(おいしい……わよね。)
 ところが龍之介は首まで傾げて更に難しい顔をしている。そしておもむろに席を立
ち居間へと続くドアを開けた。

 カチャ
「あっ、お兄ちゃん。待ってたんだよ。」
「!?」
 龍之介が開けたドアの向こうは本来あるべき居間はなく、何故か友美も見慣れた鳴
沢家のダイニングへと続いていた。その中で唯がやたらと豪華な料理をテーブルの上
に並べている。
「なっ……なっ……」
 驚きのあまり声のでない友美を余所に龍之介がとんでもない事を言う。
「やっぱり唯の作った料理の方がうまいよ。」
「でしょ? なのにお兄ちゃんたら友美ちゃんをお嫁さんにしちゃったんだから……」
「そうだな。唯をお嫁さんにすれば良かった。今からでも遅くないかな?」
「うんうん、遅くないよ。唯をお嫁さんにしてよ。」
「ちょっ、ちょっと待ってよ。龍くんのお嫁さんはわたしなんだから……そうでしょ?
 龍くん。」
「悪いな、友美。」
 そう言って龍之介は唯を抱きよせる。
「待って……龍くん!」
 その友美の声がまるで聞こえないかのように龍之介は唯の顎に手を掛け唇を引き寄
せる。唯も目を閉じ龍之介のされるがままになっている。
「だめぇ〜〜〜!」

       *                   *

 ベッドの上で上半身をおこし絶叫したところで目が覚めた。
「はぁ、夢か……良かった。」
 本当に良かったのかどうかは疑問だが何故こんな夢を見たのかは想像に難しくない。
恐らくついこの間の『味噌汁ラーメン事件』(米軍側作戦名:『なにそれ』)が原因
だろう。あのときのショックがまだ尾を引いているのだ。

       *                   *

「せーのっ!!」
 威勢良く声をかけたはいいが3人が3人共他人を信じなかったせいか自分が担当し
た部分だけを口に入れる。
 つまり龍之介は麺、唯はスープ、友美は野菜炒めを最初に口にいれたのだった。

「やっぱり味噌ラーメンのスープじゃないや。」
 最初に感想を口にしたのは唯だった。そりゃそうだろう、彼女が作ったのは味噌ラー
メンのスープではなく味噌汁だったのだから。
「なんか妙に甘いわ。」
 野菜炒めを食べた友美が溜息混じりに呟く。
「ほんとだ。友美ちゃんお塩とお砂糖間違えなかった?」
「うん、途中で気が付いてお砂糖の倍の量のお塩を入れたんだけど足りなかったかし
 ら? 同じ量を入れれば相殺されると思ったんだけど……」
「味見……した?」
「ううん」
「してよ……味見くらい……(;_;)」
 そんな二人を余所に龍之介は黙々と麺を啜っている。
「お兄ちゃん、麺は旨く行った?」
「…………。(ズルズル)」
「まあ、龍くんが食べてるんだから……。」
 そう言って麺を口の中に入れる。
「……しょっぱい。」
「えっ?」
「麺がしょっぱいの。」
 唯も一口食べてみる。確かに不自然な位しょっぱい。それでも黙々と食べる龍之介。

「お兄ちゃん、なにしたの?(ーー)ジト」
「な、なにって俺は麺を茹でただけだぞ。」
「なんで茹でただけでこんなに塩辛くなるのよ。」
「塩を入れたからだろ。」
 平然と言ってのける龍之介。
「なんでお塩を入れたのか聞いてるの!」
「わかってないな、塩を入れると沸点が高くなってだな……」
「……どれくらい入れたの?」
「塩ひとつかみ。」
 相撲じゃないんだから……。
「ひ・と・つ・ま・みで十分なの!」       
 唯の攻勢にたじたじの龍之介を友美がフォローを試みる。
「でもほら、もやし炒めの甘さと相まってちょうど良くなる……。」
 わけがなかった。次の瞬間キッチンに向かって走り出す友美の後ろ姿がそれを物語っ
ている。

 やがてもやし炒めの甘味と麺の塩辛さが味噌汁に溶け出し3人の力作だったはずの
「味噌ラーメン」は得体の知れない物に変化しつつあった。
「これはもう。」
「そうだね。」
「廃棄処分しかないな。」
  こうして悪魔の食物『味噌汁ラーメン』は下水管へと流された。
 激闘30分……だがこの戦いが戦史に残ることはない。(;_;ゝ

 無駄な体力を使ったおかげで益々空腹になる。時間は3時半、美佐子の帰ってくる
気配は……ない。
「仕方がない。おい唯! ホットケーキを作れ。」
「あ、そうか。ホットケーキを作れば良かったんだ。」
「え、ホットケーキのもとがあったの?それならはやく言ってよ。」
 これでやっと空腹から逃れられる。そう友美が思った矢先だった。
「ホットケーキのもと? なにそれ?」
 またもや友美の背に寒気が走る。
(ホットケーキのもとが無くてどうやってホットケーキを作る気かしら?)
 今度こそ友美はその疑問を素直に唯へ投げかけた。但しあくまでソフトに。
「ホットケーキってどうやって作るの?」
「知らない?じゃ、教えて上げるから手伝ってよ。」
 再びキッチンへと向かう唯と友美。龍之介はと言うと再び横になり体力温存モード
に入った模様だ。

「えーと、牛乳・卵・小麦粉とベーキングパウダー、あと忘れちゃいけないバニラエッ
 センス。これだけかな?」
 やはりホットケーキのもとは出てこなかった。募る不安。
「じゃ、友美ちゃんは小麦粉を200gふるいに掛けて。」
「200gね。あ、秤は何処?」
「ごめんごめん。えーとゴソゴソあった。目盛りはふるい器をに合わせてあるはずだか
 ら……。」
 たしかにふるい器をのせると調度目盛りがゼロになった。
「200g……と、」
 目盛りが200gになるまで小麦粉を入れていく。
「友美ちゃん、あとベーキングパウダーを小さじ一杯入れて。」
「ベーキングパウダー?」
「そう、これ。ふくらし粉みたいなもんだよ。」
「ふーん。これを入れると膨らむんだ。」
 一瞬“ばい〜ん”な自分を想像したがすぐに追い払った。これからが成長期なのだ、
気にするには早すぎる。
 唯はというと、ボウルに卵を割り入れ(しかも片手で)泡立て器で軽く解きほぐす
とコップ一杯の牛乳を入れシャカシャカとかき混ぜはじめた。
 その一連の作業は鮮やかで、またもや友美は劣等感に呵まされた。しかし何度も言
うようだが粉をふるう事では対抗のしようがない。 
 そして唯もそんな友美の視線を気にすることなくボウルに砂糖をザッザッと入れて
いる。
「唯ちゃん、そんなに大雑把で大丈夫?」
「うん。この程度じゃ甘すぎるって事はないし、甘みが足りなかったらシロップで補
えばいいんだから……あ、ふるいは3回くらい掛けておいて。」
 茶色い小瓶の蓋を開けながら唯が答える。
「それは?」
 今度はその茶色い小瓶に興味が移る。
「これ? これはねぇ……」
 スゥっと友美の顔へ近づける。甘い香りが友美の鼻腔ををくすぐった。
「あ、いい匂い。」
「バニラエッセンスって言うんだよ。これで香りを付けるの。味はないけどね。」
 そう言って2、3滴振り入れる。
「これでこっちは出来た。お母さんはこれにブランデーを入れるんだけど、どうしよ
 うか?」
「やめときましょう。それをやると絶対オチに繋がるわ。間違って一瓶ブランデーを
 入れて翌日、三人共二日酔いで学校を休む羽目になるとか、この作者が考える事っ
 てその程度よ。甘やかしちゃ駄目。」
 ちっ! 余計なことを。

「うんわかった。あとはフライパンを温めて……。」
「こっちも終わったわ。これ、どうするの?」
「うん、ボウルの中に入れちゃって。」
 ここに来てようやく自分がふるいにかけていたモノがホットケーキのもとだという
ことに気が付いた。
(ふーん、ホットケーキのもとが無くても作れるんだ。) 
 ふるいにかけた粉をボウルに入れると唯がヘラでざくざくと混ぜ返して行く。そし
てそれを油をひいたフライパンの上に一気(!)に流し込んだ。
「だ、大丈夫なの?そんな一辺にやっちゃって。」
「平気平気。それに小さいのを一枚一枚焼いていたら最初のが冷めちゃうよ。えーと
 弱火で6分……と」ピッピッ<タイマーセットの音
 
「唯ちゃんはよく料理とかするの?」その手際の良さを見て友美が訊ねる。
「お母さんが忙しいときはご飯炊いたりお味噌汁作ったりするけど。あとは手伝うく
 らいかな。」
「じゃあ、一人で作ったりすることは?」
「ポテトサラダとかコロッケとかはよく作るけど。」
(がーん!)
「この間ロールキャベツを失敗しちゃって……。」
(失敗する以前に挑戦もしていないわ。)
「あ、でもお菓子ならクッキーとかカップケーキとか作れるよ。」
「すごいなぁ。わたしなんかなにも作れない。」
「そんなこと無いよ。そうだ、こんど一緒に作らない?遠足ももうすぐだしその時の
 おやつにさ。」
「え、ええ。でもわたしできるかなぁ。」
「平気だよ。ホットケーキもうまくできたじゃない。基本的にはこの応用だよ」
「うん、じゃあ色々教えてね。」
「まーかせて。」

 そうこうしている内にキッチン内にホットケーキの香りが漂いだした。
「お、巧く行っているみたいだな。」
 その匂いにつられて龍之介がキッチンに入ってくる。
「お兄ちゃん、『憩』の中からホットケーキ用のシロップ持ってきて。」
「いかんな、商品に手を出しちゃ。」
「ふーん。いらないんだぁホットケーキ。」
「わかったよ。取ってくればいいんだろ。」
 ピピピピピピピ
 タイマーが鳴り唯がフライパンに取り付く。ホットケーキのヘリを慎重に持ち上げ
フライパンの底にサラダオイルを塗っていく。そして
「よ……っと」
 見事に巨大なホットケーキをフライパンの上で反転させた。
「後は反対側に焼き色付けるだけだから。」
「美味しそう。」
「今度は多分平気だよ。お兄ちゃんが手伝ってないし。」
 その言葉に間違いは無かった。

       *                   *
   
 8等分に切り分けられた巨大なホットケーキはあっと言う間に無くなった。龍之介
は散々「空腹は最高の調味料」などと言っていたが、それを差し引いても美味しかっ
たと思う。
「……やっぱり特訓しかない。」
 先ほどの夢が正夢にならないようにする為にはそれしかないだろう。
「今日はそのために早起きしたんだから。とりあえず今日は目玉焼きかな。」
 ベッドから抜け出し着替えをしてキッチンに向かう。


30分後……水野邸ダイニングルーム
「あなた、今日の卵料理は友美が作ったんですよ。」
「ほー。もしかしてこれから毎朝友美の手料理が食べられるのかな?楽しみ楽しみ。
 おっ、今日はスクランブルエッグか。」
       ~~~~~~~~~~~~~~~~~
「………。」


 【後書き】
もうこの辺りで友美が壊れて来ている気がします(笑)
書いていた96年当時、かなりヒットしていた田村直美の『ゆずれない願い』から取りました。
なかなかマッチしたタイトルだと思ってます(笑)
有り体に言えば、「龍之介はゆずれない」って所でしょうか?

ちなみに、後がなかった1級建築士の2次試験まで1ヶ月を余りだった筈……
結果?
受かってれば、今年(99年)受けてません(逝)

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