Treacherous Blood・番外編

背 徳 の 記 憶




からっぽだった
  時が経つのが遅くて
  動くことがひどく気だるくて
  あの頃の自分は 毎日をただ無意味に過ごしていた




何のために生きているのか 何をするために生かされているのか
からっぽの心は 疑問に思う事さえなかった




『エミリオ、こちらにおいで……さあ』
名前を呼ばれるのが嫌だった
『ほら、脱いでごらん。美しいその肌を、私に触らせておくれ』
肌に触れられるのも 唇を寄せられるのも  吐き気がするほど嫌だった



嫌だったのに……自我が芽生える前から為されていた行為から 逃れる事はできなくて





周りの者たちと自分は『違う』とわかっていても
どこがどう違うのか はっきりとはわからなくて




「お前はそのために作られたのだから」
「お前にはそれしかないのだから」────と
まるで呪文のように 幾度となく耳元で繰り返されて

けれど
『そのため』とは
『それしかない』とはどういう意味なのか
私の思考は 考えるだけの術を持っていなかった




そんなときに出逢った 私たちの頂点に立つあの方────





あの方に出逢って 自分の世界がどれだけ狭く 背徳的なものであるのか思い知らされた
光り輝く世界でいつも笑っているあの方を見て
愉悦の世界に依存しているあの人たちから離れなければ
                     いつか自分も駄目になると  ようやく知った



あの方のようになりたいと
自分の未来もこうありたいと
            この場所から逃げ出したいと……願ったのだ




期せずしてあの方のお傍に仕えることが決まり
あれほど執着心を見せていた彼等がすんなりと私を手放してくれて
私には新しい世界が ──未来が 広がった









だが
それは同時に
あの方には口が裂けても言えない秘密を 抱えてしまうということで──






『あの方にだけは知られたくない 知られないようにしなければ……』





──それは 自分がしてきたことに対する『罪の意識』とも 
      あくまで自分は被害者だったのだという『自己愛』とも
解釈できるような気がしていたけれど


本当は どうだったのか
          …………私には────────今もわからない








あの人たちによって 私の記憶は削除された
肉の悦びも 胸を焦がすほどの焦燥感も すべて すべてなくなって
私は何の不安も持たず あの方の下へと旅立った






……いつか訪れる悲劇など 予想することもできずに










沈められた記憶の底を  私は二度と覗きたくない



覗きたくなど なかったのに…………






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