Oasis City・番外
Rainy day
あの音が、する 俺の 一番嫌いな音 あれは、死神の近づいてくる音。 俺を 狂わせる音。 ざああぁぁぁぁぁ…………………………… アスファルトを叩く水の音。 その音の激しさが あの日俺に思いもよらぬことを思いつかせた (迎えに…… 行ってやろうかな) あの人はきっと傘を持っていないはず 電車に乗り込むまでにずぶぬれになっているかもしれないけれど ……珍しく駅まで迎えに行ってもいいかもしれない あの人のお気に入りの傘を持って あの人の買ってくれた傘を差して 柄にもなく早足で駅までの道を歩いた 俺の姿を見たら、どんな顔をするだろう? どんな声で俺の名を呼んでくれるだろう? ジーンズに泥水がはね上がるのを気にせずに歩く 信号を渡れば あの人が出てくる駅の改札口に辿り着く 早く 青にならないかな あ…………傘は1本でよかったかな だってそうすれば、一緒の傘に入って帰れたもんな ──相合傘って、やつ? 自分の考えがおかしくて 忍び笑いを噛み殺す 以前の俺なら 思いつきもしないようなこと でも きっとあの人は言ってくれる 『傘が1本だけだったら 一緒の傘に入って帰れたのにね』って ときどきはこんなのもいいな あの人のことを迎えに行くってだけで、こんなに嬉しくなれるなら そんなことを思った自分を そのあと激しく 呪うことになるなんて ──視界を遮ってしまうほどの雨の中 改札から出てきたあの人を俺が見つけたのと同時に あの人も道路越しに俺を見つけてくれて 信号が青に変わって 豪雨の中を歩くのをためらう人たちを押しのけて あの人は俺に向かって歩き出して── 『濡れるからそこで待ってろ』と叫んで あの人のもとへ走り出そうとした俺の視界の中に ──突然、何かが近づいてきて。 そのあとのことは 今でもはっきり覚えてる 一瞬の 出来事だった キキィィイイ──────!! 耳を劈【つんざ】くのは 激しいブレーキ音と 女の悲鳴 そして…………『どんっ』という鈍い音 瞬きをする間もなかった あの人の笑顔が 黒い鉄のかたまりに触れて ──消えてしまった 黒いかたまりは そのままのスピードで走り去る だけど俺の目の前に立っていたはずのあの人が どこを見てもいなくて どこにいったの? 今、俺を見て笑ったあの笑顔は どこに消えた? あの人が立っていたところからかけ離れた場所に人だかりができてる 皆が意味不明な言葉を叫んでる 『俺には関係ない』 すぐにそう思ったのに 足は自然にその場所へと向かっていた 持っていた傘はいつのまにかなくて 俺の身体を痛いくらいの雨が打ちつけていた その痛みが 目の前の出来事がすべて現実なんだと 俺に教えていた 人垣をかきわけてそこにあるものを見る 降っている雨は透明なはずなのに そこには赤い水溜りができていて 水溜りはどんどん広がり すぐに小さな海となる その赤い海に横たわるのは あの人──────────── 白かったはずのシャツは なぜか赤く染まって い て あの人の綺麗な顔が赤く染まってる 首も 胸も 指も どこもかしこも赤く── 俺の目の前も 赤く染まる あの人は 駆け寄った俺をいつものように抱き上げずに 苦しそうな表情で 見上げてくるだけで ナンダヨ、コレ……? アンタ、ナンデコンナトコデ寝テルンダヨ? ナンデ、起キ上ガラナインダヨ? 俺ガ起コシテヤッテルノニ── 聞き取れないほどの小さな声を洩らすために 汚れた口は震えながら動く 聞こえないよ あんた、なんて言ってるの? 俺に、何を──言い残そうと してるの? やがて 急激な眠気に誘われたように あの人の瞳が ゆっくりと 閉じていく 消えようとしていく 俺はあの人の身体を きつくきつく 抱きしめた 目を閉じないで 眠ってしまわないで あんたはまだ 寝るには早すぎる 眠るときも俺と一緒だと──── あの日誓ってくれたのに 生温い雨に打たれているのに 体温の低い身体は まるで氷のようで どんなに熱を分けても 暖かくなることはなかった 俺の好きだった瞳も口も指も なにもかもが もう 二度と ────動かない 気まぐれであの人を迎えに行ってしまった自分を呪った。 あの人の瞳に映った自分の姿を呪った。 いつものように 家でおとなしくしていれば あの人はいつものように 俺たちの家に帰ってきたはずなのに 俺を見つけなければ あの人はあんなふうに笑いながら 暴走車にぶつかったり しなかった はず・・・・・・ ざああぁぁぁぁぁ…………………………… 雨が降る ざああぁぁぁぁぁ…………………………… 雨が……止まない あの人が俺を置いていった音 あの人との決別を突きつけられた音 【眠りにつく前に 俺の名前を呼んでくれた?】 【二度と開かないその瞳に 俺の姿を刻んでくれた?】 聞くことのできない答えが 雨音の向こうで 響いている 雨の音が 狂わせていく ────俺を、壊していく 破滅の音が 俺を・・・・・・
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