「おじさんの1人占め ダメ、絶対。(後編)」


 ヒーローたちがトレーニングを終え、ファイヤーエンブレムに指示された通り休憩室に集まると、そこには誰もが予想していなかった光景が拡がっていた。
「いらっしゃーい! 待ってたわよ〜」
 今日はトレーニングもそこそこに、宴会のセッティングのため動いてくれていたらしいファイヤーエンブレム。満面の笑みで迎えてくれた彼女の後ろのテーブルには、料理と飲み物がずらりと並べられていた。
「あれ? もしかしてここで食べるのー?」
「そうよ〜この人数で数時間後の予約入れようとしてもムリだもの。だから今日はここで楽しみましょ☆」
「その辺のお店なら余裕だと思うけど……」
「あいつがその辺の店に出入りしてると思うか? どうせ簡単に予約が取れねぇような店ばっかりなんだろ」
「なるほど……実にファイヤー君らしい選択だね!」
 ロックバイソンの読みに、それはそうかと頷く面々。確かに舌が肥えていそうなファイヤーエンブレムが、一般市民の愛用しているような店にわざわざ予約を入れるわけがない。テーブルに並んでいる料理も味にこだわりのある名店のものに違いなかった。
 だが、その料理を見て顔をしかめている人物が1人いた。
「おい……俺と折紙は昨日寿司バーに行ってきたんだけど……」
「知ってるわよ〜。その話を聞いてお寿司が食べたくなったんだもの」
「お前が食いたかっただけかよ!」
 それまで誰よりもはしゃいでいたタイガーは、目の前に並んだ料理皿の中に黒い円形の器を見てガッカリしたような顔をした。──そう。円形の器とは、家で寿司を食べたことがある者なら1度は目にしたことがあるだろう寿司桶だった。
 寿司は嫌いじゃない。嫌いじゃないが2日続けて食べたいと思うほど好物でもない。どうせなら違うものがよかったなーという本音がダダ洩れの顔だ。
「ファイヤーエンブレムが勝手に決めちゃったのね」
「寿司ですか……」
 タイガーの気のない声を受け、ブルーローズとバーナビーも期待外れだと言わんばかりの声を上げる。顔などタイガーより憮然としているようだ。
 タイガーと折紙がガッカリするのはなんとなく予想してたけど、こいつらが騒ぐと思わなかったわ。面倒くさいヒーローNo.1とNo.2からの野次に、ファイヤーエンブレムがイラッとしないわけがなかった。
「あら、食べたくない人は食べずに帰ってもいいのよ? シュテルンビルト1美味しいって言われてるお寿司なんだけど、食べたくないならしょうがないわぁ」
 無理に付き合わせる気はないからお好きにどうぞと言外に込めて言うと、
「そうですか、では僕は失礼します」
「私もお寿司って気分じゃないから帰ろうかなー……」
 待ってましたとばかりに不参加表明をする2人。完全にタイガーの『俺帰る』発言を予測しての発言に間違いなかったが、そこでタイガーが思わぬ反応を示した。
「シュテルンビルトで1番の寿司!? ファイヤーエンブレム、それマジか!?」
「マジよぉ。せっかくみんなで食べるんだから、いいものを用意するに決まってるじゃないの」
「そっか、そりゃそうだよな! 社長様の知ってる寿司屋なんだから間違いねーよな!」
 それまで全く乗り気でなさそうだったタイガーが一転して目を輝かせ始め、それを見たファイヤーエンブレムは内心ほくそ笑んだ。普通の寿司を用意したところでタイガーが喜ばないことはわかっていたため特別に出前してもらったのだ。急にニコニコし始めたタイガーを見るからに作戦は成功といえた。
 さて、あの2人はどうするのかしら? ……聞かなくてもわかるっちゃーわかるけど、しょうがないから一応聞いてやろうかしら。
「じゃあ、食べないで帰るのはハンサムとブルーローズだけかしら?」
「なに言ってるんですか、僕も食べていきますよ。ファイヤーエンブレムさんのせっかくのご好意ですから」
「あたしも食べる! そんなにいいお寿司なら食べてみたいもの!」
 ほらやっぱり。恋する若者ってホントめんどくさいわぁ。タイガーの言動に振り回されまくっている2人の予想通りの返事に呆れつつ、楽しい時間に水を差すのは野暮ね、と余計なことは言わず事前に用意していた1枚の紙を広げた。
「りょ〜かい、全員参加ね。それじゃ席順だけど、これで決めましょ」
「なんだいそれは?」
「あみだくじよ」
「あみだくじ?」
「日系の子に教えてもらったくじ引きの方法よ。タイガーは知ってるわよね?」
「おお、もちろん! なっつかしーなぁ」
「俺も何度かやったことあるぞ。確か虎徹に教えてもらったんだったな」
 はしご状の線が何本か連なったものが描かれた紙。その片端は折り込まれている。馴染みのない面々は目を丸くしていたが、タイガーやロックバイソンは懐かしのそれを見て笑顔になる。
「最近こういうのやる機会なかったから楽しみだぜ!」
「あら。残念だけど、タイガーの席だけは決まってるのよぉ」
「へ?」
「今日はタイガーを囲んでの食事会だから、アナタはソファーの中心のあそこなの」
「なんだよそれぇ……」
 ファイヤーエンブレムに半月状のソファの中央を指差され、本日二度目のガッカリ顔となったタイガー。しかし『タイガーだけずるい!』とごねる者がいない以上我が儘を言うのもはばかられ、渋々指定された席に座った。
 この方法なら誰が隣に座ろうと文句は言えないしな……うるさいのとかめんどくさいのが隣にならなきゃいいけど……タイガーがそんなことを思っていたのは秘密である。
「両隣に誰が座るのか楽しみにしててちょーだい。さ、他のメンバーはちゃちゃっとやるわよ〜」
「ここは虎徹さんのパートナーの僕から引くべきですね。では、ここでお願いします」
 ファイヤーエンブレムが言い終わるより先に、ちゃっかり1番に引く権利を掻っ攫ったバーナビー。他のメンバーから非難されるより早く、紙の一点をビシィ! と指差した。
「ちょっとお! あんた1番新人なんだからエンリョしなさいよ! じゃあ私ここ!」
「あんただってアタシたちより後にヒーローになったくせに……しょうがないわね、先にこの2人の席を見ちゃいましょ」
 どこまでも「僕が!」「あたしが!」を通そうとするウザい若者2人。うるさい連中はさっさと片付けるべきだと、他のメンバーを待たせ2人の席を決めてしまうことにした。
「タイガーの右隣が@で左隣がA。@の隣はB、その隣がDね。で、Aの隣がC、E。タイガーの正面の椅子席がFよ。くじで当たった番号の所に座ってちょうだいね。じゃあハンサムいくわよ」
「お願いします」
 タイガー以外の全員が紙に見入る中、綺麗に手入れされた爪の先がはしご状の線をジグザグと走る。そしてたどり着いた先は──
「ハンサムはE!」
「ろく……ですか?」
「ぷっ! タイガーさんから1番遠い席だー!」
 ドラゴンキッドが無邪気に笑いながら言った通り、バーナビーが引き当てたのはタイガーにはほど遠い席だった。対してブルーローズの席は……
「あら! ブルーローズはAよ〜!」
「キャー! やったぁ! って……ゴホンゴホン」
 タイガーの隣の席を引き当てた喜びで思わず叫んでしまったブルーローズ。自分の声ですぐに我に返り誤魔化すように咳払いをしたが、口元に浮かぶ笑みはどうにも抑えられなかったようでプルプルと肩が震えていた。
 このときバーナビーの拳が別の意味でプルプル震えていたことに気づいた者は……どうやらいなかったらしい。
「席が決まった2人は先に座ってちょうだい。さあ、次は誰が引く?」
「私がいいだろうか! ぜひ引きたい! 引かせてほしい!」
 決めポーズをとるようにスチャッと右手を高々と上げたのはスカイハイだ。その迫力に気圧されたのか他に名乗り出る者がいなかったため、ファイヤーエンブレムは持っていた紙を広げ彼に好きな場所を選ばせてやった。
 まっすぐに突き上げていた手を下ろし、「ここだぁ!」と叫びながら指を突きつけた箇所をファイヤーエンブレムが辿っていくと──
「はーい、スカイハイはC! ブルーローズとハンサムの間よ〜ん」
「なっ……なんということだ……!」
「……それはこちらのセリフですよ……」
 座席の半分以上が空いているにも関わらず、すでにくじを引いた2人の間の席を引き当ててしまったスカイハイ。
「珍しい組み合わせが近くになったな。ま、たまにはいいんじゃないか?」
 うるさい2人組に挟まれる心配がなくなってホッとしたロックバイソンはそんな無責任なことを言い「それじゃ、今度は俺が引くぞ」と紙に向き合いひとしきり悩む。
「バイソンさんまだぁ? ボクが先に決めちゃうよー?」
 痺れを切らしたドラゴンキッドに言われ、ようやく決心したように「ここだ」と指を差す。そしてそのまま線をなぞった先に待ち受けていた数字は、
「……Bだ」
 タイガーとの距離は中途半端、そして両隣とも誰なのか決まっていないという、なんとも面白みに欠けるがある意味彼らしい結果となった。
「じゃあ次はドラゴンキッドね」
「はーい! ボクはここ! 最初から決めてたんだ〜誰にもとられなくてよかった!」
 無邪気に笑いながら迷いなく紙の上を指差すドラゴンキッド。選択肢が多いほうが子供の楽しみも膨らむ──そんな気配りをすっかり忘れ我先にとくじを引いた大人たちは、このとき初めて自分の行動を恥ずかしいと思ったらしい。
「ねね、ボクがやってもいい?」
「もちろんよ、やってごらんなさい」
「うん!」
 ファイヤーエンブレムやロックバイソンがやっていたのを見て興味が湧いたのか、見よう見まねで線の上に指を走らせるドラゴンキッド。そして到達した先にあったのは──
「やったあ! @だよー!」
「あらぁ、すごいじゃないドラゴンキッド! タイガーったら両手に花よ〜!」
「おおっ! おじさん照れちゃうぜ!」
「ドラゴンキッド、虎徹に寿司の食べ方教えてもらえよ」
「うん! 教えてねタイガーさん!」
「あ、あたしも教えて欲しい……!」
「私も知りたい! 教えてくれたまえワイルドくん!」
「わーったわーった、あとでゆっくりな」
 席が決まったメンバーが和気藹々と盛り上がる中、
「……誰の陰謀ですかこれ……誰が仕組んだんですかこれ……」
 1人輪から外れ呪詛を唱えるようにぶつぶつ呟くバーナビーのことは、当然のように誰も相手にしなかった。
「さて、残ってるのは私と折紙ね。あんたは昨日タイガーとご飯行ったんだから、残りものでも文句言わないわよねぇ?」
「あ……はい、もちろんですっ」
 コソコソしていたせいで存在を忘れられているのかと心配になっていた折紙だが、名前を呼ばれなかったのは理由があってのことだとわかってほっとする。ファイヤーエンブレムの言う通り、自分は昨日タイガーと2人だけで夕飯を食べてきたのだからどこの席でも文句は言えない。
 どの席になってもいいや──そう思っていたのがよかったのか、無欲の折紙に棚ぼたラッキーがやってきた。
 残り2つの選択肢から片方を選び、ファイヤーエンブレムの指が滑らかに動く。たどり着いた席は、
「……あ〜ん、タイガーの正面の席ゲットできなかったわ〜。でもロックバイソンの隣ゲットォォ♪」
「げっ、マジかよっ」
 ファイヤーエンブレムにとってはどちらもアタリ席といえたようで、引き当てたDの席に文句を言うことはなかった。結果残る席はFのみとなり、折紙はタイガーの正面の席をゲットすることになったのだった。
 テーブル越しとはいえ正面だ、他の席より自然にタイガーの顔を見られる。内心喜びながら席に着いた折紙に、ソファの端席になったバーナビーがすぐに声をかけてくる。
「折紙先輩、ゆったり座れるこちらの席と交換しませんか? 僕は椅子で十分ですので」
「え? ──えっ?」
「料理もこちらの席のほうが取りやすいですし、さあ先輩こちらにどうぞ」
「いえ、僕はこの席で大丈夫ですから、バーナビーさんこそくつろいでください」
「くつろげないんですよこんな席じゃ……!」
「はっ!?」
「隣のガチムチ男がオーバーアクションで僕の視界に虎徹さんが入らないようにするんですよ。やっぱり彼は腹黒だ絶対計算してやってるんだ」
「あ、あの……」
「先輩は昨日虎徹さんを飽きるほど見つめたんですよね。だったら満足でしょう僕と代わってくださいっ!」
「………………」
 パートナーとして活動しているあなたが誰よりもタイガーさんのことを見ているんじゃ? そう反論しようとした折紙だったが、バーナビーの目が血走っているのを見て怖くなり何も言えなくなってしまった。前から思っていたが、バーナビーのタイガーに対する執着心は恐ろしいほどのものがある。最初の頃反発していたのがまるで嘘のようだけど、彼の心境にどんな変化があったというのか……知りたいような、知りたくないような。
「さあ早くこちらへ!」
「ちょ、まっ──」
「ちょっとハンサム! 座席交換なんてズルしちゃだめよ!」
 腕を捕まれ椅子からずり落とされそうになり焦っていると、折紙の隣に座っていたファイヤーエンブレムがバーナビーの横暴な行動に気づききつく叱ってくれる。ファイヤーエンブレムの声で何事かと他のメンバーの視線が集まり、さすがに我を通すことは諦めたらしく舌打ちしてソファに座りなおすバーナビーにほっとする折紙だった。
「飲み物はみんな決まったわね? じゃあタイガー、乾杯の一言お願いするわ〜」
「え、俺?」
「今日はあなたを囲んだヒーロー集会みたいなものなんだから、当然でしょ」
「そっか? じゃあ……」
 突然話を振られた割に、まんざらでもない様子でビールが入ったグラスを掲げたタイガーは、一同の顔を見回すと二カッと笑い音頭をとった。
「あー、なんか急にこういうことになっちまったけど、全員が揃ってメシ食うのも滅多にないことだし、今日はみんなで楽しもうぜ! かんぱーい!」
「かんぱーい!」
 タイガーの笑顔につられるように笑顔でグラスを掲げるヒーローたち。バーナビーだけはこの状況に納得がいっていないようで無表情だったが、彼の機嫌が良いときをほとんど見たことがないメンバーはまるで気にせず、美味しい料理と和やかな会話を楽しんだ。
「たまにはいいな、こういうのも」
「ねぇタイガーさん、今度は中華料理食べに行こうよ! ボク美味しいお店知ってるんだー!」
「おお、いいな! ファイヤーエンブレム、財布よろしく!」
「んまぁ〜アタシを利用する気? でも一緒に連れていってくれるなら、しょうがないから払っちゃうわ」
「ちょっと、そのときはあたしも誘いなさいよ! あたしだって美味しい中華食べたい!」
「私も行きたい! タイガーくん、私のことも誘ってくれたまえ!」
「おいおい、お前らが行くなら俺も当然行くぞ。いいよな?」
「ぼ、僕も行きたい、です」
「ははっ、全員で行けばいいさ。そのほうが楽しいだろうからな!」
「……あら、ハンサムはいいの?」
 ひとしきり意見が出揃ったところで、タイガーの相棒が一言も発していないことに気づいたファイヤーエンブレムが話を振ると、ムスッとした表情のままバーナビーが口を開く。
「行きますよ。行くに決まってます。でもそのときの僕の席は虎徹さんの隣ですからね」
「はぁ? なに言ってんのよキモッ!」
「だっておかしいじゃないですか僕の席がこんなに虎徹さんと離れてるなんて。僕らは片時も離れてはいけないパートナーですよ? 食事の時だって隣に座るのが当然なのにこんな──」
「バーナビー君、仕方ないよ! 公平なくじ引きの結果なのだから!」
「そうだぞバーナビー」
「正論なんてくそくらえですよ!!」
 キレやすい一面を存分に披露するバーナビーに、さすがにこのまま放置を決め込むのは相棒としてどうなのかと考えたタイガーが口を開いた。
「落ち着けよバニー、今度のくじ引きで頑張ればいいじゃねぇか」
「そんな、虎徹さんっ」
「運なんてもんはどうなるかわかんねぇんだからよ。良くても悪くても、そのときの結果をしっかり受け入れることが大事だぞ」
「……でも」
「もし今度お前が俺の隣の席になったら、そのときはしっかり酌させてやっから。な?」
「! はい……!」
 タイガーの言葉に、それまで仏頂面だった美貌が華やかな笑顔になる。小間使いのような真似をさせてやるといわれて喜ぶ方もおかしいが、その発言で機嫌が直ると読む方もすごい。だてにパートナーとして活動しているわけではないということか。
「じゃあ今度は全員の都合のいい日に中華料理を食べに行きましょ!」
「わーい!」
「楽しみだ! そして楽しみだ!」
「今度は俺もくじに参加するからな! あみだで決めようぜ!」
「おー!」
 次回の予定にそれぞれ胸を躍らせ、その後は拗ねる者も機嫌を損ねる者もなく全員が楽しい時間を過ごしたのだった。


 こうしてタイガーを巡る争いは一時的に沈静化した。
 ──が、タイガーを独占しようとお互いを牽制する動きは日々繰り返されているという。


【完】

自分は皆がワイワイしている話が1番好きなのかも。と思いつつ書き上げました。
純粋なギャグ話ってあまり書く機会がないので楽しんでます(笑)。

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