「おじさんの1人占め ダメ、絶対。(中編)」 |
着替えを終えたファイヤーエンブレムと折紙サイクロンがトレーニングルームに行くと、なにやら言い合っている声が聞こえてきた。 「だから! 今日はあたしたちが一緒にご飯行くって言ってるでしょ!」 「わからない人ですねあなたも。今日は僕が約束しているとお話したでしょう? いい加減諦めてくださいよ」 「おい、虎徹はそんなこと言ってなかったぞ」 「うっわ、バーナビーさんウソついてるんだー!」 「ウソはよくない! よくないよバーナビー君!」 「あああもうあなたたちうるさいんですよ……!!」 「……またやってますね……」 「ハンサムったら、最近キレてばっかりねぇ」 バーナビーにロックバイソン、スカイハイの3人にブルーローズとドラゴンキッドが加わり、あーでもないこーでもないと口論している。話題は相変わらず『今夜ワイルドタイガーと食事に行くのは誰か』についてらしいが、あの調子では誰もが納得する結論が出るとは思えない。 「皆さん、タイガーさんのこと本当に大好きなんですね……」 「そうね。気持ちはわからなくもないけど、いつもあんなふうに衝突してるようじゃ困るわね〜」 「ホントだよ。なんなんだよあいつら……マジなんとかしてくれよぉぉ」 ぎゃいぎゃいと騒いでいる連中を遠巻きに見ながら話していると背後から疲弊しきった声した。2人が驚いて振り返ると、そこにはげっそりとやつれたタイガーがいた。 「あらタイガー。あんた先に来てたんじゃないの?」 「いや……ものっそい勢いでバニーが追っかけてきたから途中で隠れてたんだよ。また『一緒にトイレ〜』とか言われたらめんどくせーし」 「ああ、そういうこと」 チラッチラッと集団の様子をうかがいつつ小声で話すタイガー。悪いことをしたわけでもないのにコソコソしなきゃいけないなんて気の毒だな。自分は一生経験することがないだろう事態に、完全に他人事で同情している折紙だった。 「──で? あいつらはああ言ってるけど、あんたは誰と食事に行くつもりなの?」 「誰って、別に誰とも約束してねーから決めてねぇよ」 「あらそう。じゃあ、アタシと折紙とあんたの3人で行っちゃう?」 「えっ……」 ファイヤーエンブレムの突然の提案に、これってやっぱり昨日と同じ展開? と折紙の期待が大きくなる。ファイヤーエンブレムなら他の人のようにギスギスした雰囲気になることもないだろうから安心だ。 しかし、タイガーの言葉で折紙の期待は脆くも崩れ去った。 「お前……あいつらがギャーギャー言うの楽しんでるだろ」 「あら、どうして?」 「あいつら放置してメシなんか行ったら、明日また同じことになるだけじゃねーか」 「……うふふ、バレた?」 「──ちっ。人事だと思って適当なこと言いやがって」 タイガーの言葉は確かにその通りで、この状況で昨日と同じことをしたら彼らの怒りがさらに募るだけだと折紙も気づいた。 ファイヤーエンブレムの誘いに乗ってタイガーとご飯を食べに行っていたら、明日もバーナビーやブルーローズたちにさっきのような仕打ちを受けていたのかもしれない。投げかけられた冷たい言葉の数々を思い出し、タイガーがファイヤーエンブレムの考えに気づいてくれてよかったと思った。 「でもどうする気? あの中の誰とご飯に行っても他の連中が荒れるわよ?」 「〜〜なんだかなぁ。なんであいつら俺とメシなんか行きたいのかね」 「それだけみんなに愛されてるって証拠じゃなーい。もっと喜びなさいよ」 「そーなんだけどよ……あ〜、どうすっかな」 がりがりと頭を掻きながら困ったように溜め息を吐くタイガー。社交性がない折紙にいい案が浮かぶはずもなく、力になれずすみませんと胸のうちで謝罪しつつ黙ったままでいた。 そのとき、頼もしい発言をしたのはやはりファイヤーエンブレムだった。 「しょうがないわねぇ。私が一肌脱いであげるわ」 「何かいいアイデアでもあるのか?」 「さあ、それはやってみないとわからないけど。私に任せてくれる?」 「おお! 頼む!」 自分で考えずに済むならなんでも大歓迎! といった様子で調子よく一任するタイガー。深く考えもせずに他人にすべてを任せようなんて、いつか誰かに手酷く騙されるわよ……などと内心思いながら、ファイヤーエンブレムはヒーローたちの仲を取り持つ計画を実行するべく準備に取り掛かることにした。 「はいはーい、ちょっとそこで言い争ってるおバカさんたち〜」 「おい、バカってなんだよお前」 「くだらないことで言い争ってるあんたたちにはお似合いよ」 「あ、虎徹さん! どこに行ってたんですか!」 「ちょ、ちょっとな……」 「ねぇタイガー、今日は私たちとご飯行かない!?」 「行こう行こう!」 「おおっ、電光石火のお誘いだね!」 「ちょっとあなた方、脈略もなくそんなふうに誘うなんて失礼じゃないですか。虎徹さんも困るに決まってるでしょう、ねえ虎徹さん?」 「……俺はお前のほうが怖いっつーかなんつーか……」 「え? 聞こえませんでした、なんですって虎徹さん?」 「いや……別に……」 「そんなことより! 今日はトレーニングが終わったら、全員着替えて休憩室に集まってちょうだい。全員よ、全員!」 一向に話すのをやめない面々に痺れを切らし、ファイヤーエンブレムは勝手に話をまとめようとした。が、彼らの口はまだまだ止まらない。 「はぁ? 僕と虎徹さんは忙しいんですよ、何かあるなら今済ませてください」 「忙しいってなに? まさか『2人でご飯食べに行くから』とか言わないわよね?」 「だから、今日はボクたちが行くんだってば!」 「しつこいですね、あなたたちは別の日にしてくださいよ今日は僕の日なんですから。ねえ虎徹さん?」 「ええーっと……っ」 「『僕の日』とかチョーイミフなんだけど! あんたキモさに磨きかかってんじゃない?」 「ブルーローズ君、『ちょーいみふ』ってどういう意味だい?」 「スカイハイ、お前は知らなくていいことだ。とりあえずお前ら、少し冷静になれよ。──で、お前は俺たちになんの用なんだ? 全員に用ならみんな揃ってる今でもいいんじゃないか?」 「んもう、あんたも冷静じゃないじゃない。いつもならアタシの考えてること、ちゃ〜んと察してくれるのにぃ」 「べ、別にそんなことないだろっ!」 「バイソンさんも隅に置けないですね、虎徹さんに色目を使いながらファイヤーエンブレムさんにもその気があるところを見せていたなんて」 「誤解を招くような言い方はやめろバーナビー!」 「話がちっとも進んでねーぞー…………俺もう帰っかな……」 矢継ぎ早に繰り返される会話に加わる気にもならずタイガーがゲッソリ呟くと、その声をしっかり聞いていたファイヤーエンブレムはさらに話を進める。 「ほらあんたたち、いい加減にコントやめないとタイガーが帰っちゃうわよ!」 「コントってなんですか。虎徹さん勘違いしないでください、僕がこんな低脳な人たちとそんなことするわけないじゃないですか」 「低脳ってなによ! あんたタイガー以外のこと適当すぎでしょ!!」 「バーナビーさんホントにキモいー」 「ドラゴンキッド君、そういうことは思っても口に出してはいけないよ!」 「ちょっ、スカイハイさんそれどういう──」 「ハ〜ンサム、話が進まないから噛み付くのはあとにしてちょうだい。めんどくさいからちゃっちゃと説明するけど、今夜はみんなでご飯食べましょ」 「ご飯?」 「ファイヤー君、みんなで、かい?」 「そう、みんなで! 誰がタイガーとご飯行っても誰かしら文句言うんだから、今日はみんなで一緒に食べましょ。アタシが奢るから」 「マジで? いいのか、ファイヤーエンブレム?」 「いいのよタイガー、あなたのためだもの」 ファイヤーエンブレムの言葉に誰よりも驚いていたのはタイガーだった。ヒーロー全員、しかも欠食児童並みに食べるヤツが何人かいるにも関わらずこんな太っ腹なことを言うなんて……懐に余裕がある人間じゃなきゃそのアイデアは出てこないぜ! さすが社長! 「で? 都合が悪くて出られない子は何人いるの?」 ニコニコしながらファイヤーエンブレムの顔を見ているタイガー。そのタイガーの肩に手を置きファイヤーエンブレムが周囲を見回すと、それまでいがみ合っていた面々の表情が瞬時にキリッとした。 「あたしは参加するわ。当然でしょ」 「ボクも! みんなと一緒にご飯食べられてうれしいよ!」 「もちろん私も参加するよ! 楽しみだ! そして、楽しみだ!」 「出られない人なんているんですか? あ、もちろん僕も参加で」 「バーナビー……お前がそれを言うのか? おっと、俺も出られるからな」 「みんな参加できるのね。じゃあトレーニング後にちゃんと集まってね〜」 ウインクしながら念を押したファイヤーエンブレムに、ヒーロー活動中アニエスからの指示に応えるときのように「了解!」と息の合った返事をした一同。それぞれ清々しい表情となり、トレーニングを開始するために各々動き始めた。 誰より機嫌がいいのはタイガーで、さっきまでの不安げな様子がウソのように生き生きとしている。そんなタイガーに触発されているのか、他のメンバーも普段よりやる気が感じられるようだった。 よくわからないけどみんなの機嫌が直ってよかった。終始一言も発せず事の成り行きを見守っていた折紙は胸を撫で下ろした。 ところで……意思表示しなかったけど、僕も数に入れてくれてるんだよ、ね? 少しだけ不安に思いつつ、いつものようにコソコソとトレーニングを開始したのだった。 ──今度こそ後編へ続く。 |
キャラが多い話なのでムダに長く……(滝汗)。 次で終わります〜。 【BACK】 |