「おじさんの1人占め ダメ、絶対。(前編)」


 ワイルドタイガーを巡りヒーロー男性陣が火花を散らした翌日。
 トレーニングセンターに到着した折紙サイクロンは、失禁寸前の恐怖を味わうことになった。

「ブルーローズさん。ドラゴンキッドも、こんにちはー!」
 更衣室に向かい歩いていると、前方からブルーローズとドラゴンキッドがなにやら楽しげに話しながらやって来るのが見え、珍しく自分から挨拶をしてみた。昨日の楽しい時間が余韻となり折紙を積極的にさせたのかもしれない。
 しかし、満面の笑みの折紙に返ってきたのはなんとも素っ気ない返事だった。
「あら折紙」
「…………こんちゃ」
 それまでの楽しそうな空気はどこにいったのか。2人は無表情で折紙を見るとそれぞれ短く呟いた。その態度の豹変ぶりに、一瞬何が起こったのかわからなくなる折紙。
 あれ? 僕なにかしたんだっ……け? 慌てて昨日の出来事を振り返ろうとしたとき、ブルーローズがジロリと睨みながら聞いてきた。
「ねえ折紙」
「は、はいっ!?」
「あんた、昨日タイガーとスシバーに行ったの?」
「えっ、あ──はい」
「2人きりで?」
「は、はい……」
「ずるい! 折紙だけずるい!」
「ええっ!?」
 折紙の返答を聞いた途端大きな声を上げたドラゴンキッド。その顔は憎々しげに歪み、力強く地団駄まで踏んでいる。男勝りだけど女の子らしい一面も持っている……というのがドラゴンキッドに対するイメージだったが、それが見事に崩れ落ちそうな姿だ。
 そして、気は強いけれど本当は優しい人だと思っていたブルーローズも、優しさなど少しも感じられない冷淡な様子で詰問してくる。
「あの飢えた獣どもからタイガーを救ってくれたらしいから、その点だけは評価するけど。なんであたしたちを誘わなかったの? タイガーを1人占めしようと思ってわざと誘わなかったとか?」
「ちっ、違います!」
「じゃあなんで誘ってくれなかったのさ! ボクだって一緒にスシバー行きたかったのに!」
「いや、その、本当に急だったから──」
「すぐにあたしたちのことが浮かばないなんて、タイガーと2人でご飯が食べられるって浮かれてた証拠じゃない。やっぱりわざと誘わなかったのね?」
「ちがっ、違うって! タイガーさんが慌ててたから、僕もそこまで気が回らなくて……っ」
「へー。楽しい時間をみんなで共有しようって気持ちがこれっぽっちも湧かなかったワケね。あーあーそーなのねー」
「折紙さいてーまじさいてー」
「そ、そんなぁ……」
 女子2人からのバッシングは浮かれた気分を一掃してしまうほど強烈だった。このままトイレに駆け込んで泣いてしまいたい。折紙がそんなことを思っていると、不意に声をかけてきた人物がいた。
「こんにちは、折紙先輩」
「あ……バーナビーさんっ」
 甘い声に顔を上げると、軽く手を上げ満面の笑みで自分に近づいてくるバーナビーの姿が見え、凍りついた心が一気に溶けた気がした──が。
「昨日はどうも。まさか先輩に出し抜かれるとは思いませんでしたよ」
「へっ?」
「虎徹さんと過ごした一夜はどうでしたか? さぞや楽しかったんでしょうね、顔がニヤニヤしっぱなしですよ気持ち悪い」
「バ、バーナビー、さん?」
「今夜は僕が虎徹さんと2人きりで食事に行きますから、昨日のような事態になっても先輩は断ってくださいね」
 いいですね、と念を押してくるバーナビーの顔から友好的な笑みは消え、代わりに眼光鋭く睨まれて言葉を失う。明らかな敵意をぶつけられている……でも、なんで?
「あらバーナビー、今夜はあたしとドラゴンキッドがタイガーと食事に行くのよ。あんたはついて来ないでちょうだい」
「そうだよ! 今日はボクたちが一緒に行くんだから!」
「おや? 虎徹さんはそんなこと一言も言ってませんでしたけど?」
「これから誘うのよ。あたしたちから誘ってやるんだから、他の約束なんてキャンセルさせるわ」
「……虎徹さんの貴重な時間を、あなた方のような傲慢な人たちに割かせるわけにはいきません。今夜彼の時間はボクと共有するためにあるんですよ、邪魔しないでください」
「バーナビーさん気持ちわるーい」
「マジキモいわね。あんたみたいなヤツがパートナーだなんて、タイガーがかわいそう!」
「自分たちの欲求をごり押ししようとしている人たちに言われたくありません。2日続けて奢らせようとするなんて、あの人の懐事情を考えてあげてください。あ、僕は当然奢ってあげますよ。余計な負担はかけたくありませんから」
「きもーい!きもすぎるー!」
「パートナー解消しなさいよ! あんたと一緒にいたらタイガーがおかしくなっちゃう!」
 なんと答えたらいいのかわからずオロオロしていると、3人が折紙を挟んで会話し始める。どこかギスギスしたやりとりは昨日の更衣室を再現しているようで、自分の出る幕はないとわかりつつハラハラしてくる。
 たぶん自分の存在は3人の意識から完全にログアウトしているだろう……素早く状況を判断した折紙は細心の注意を払ってその場から離脱することを試み、そしてそれはあっけないほど簡単に成功した。
「はぁ、はぁ、怖かった……」
 チラリと振り返ると3人は未だに言い合いを続けている。今まで自分もあの中にいたのだと思うと背筋が震え、逃げたことに気づかれる前にと先を急いだ。
 3人からぶつけられた憎悪の感情。どうやら自分がワイルドタイガーとスシバーに行ったことが原因のようだが、なぜみんなあそこまで怒っているんだろう……?
 興味がないことにはまるで無関心の折紙は、バーナビーやブルーローズがワイルドタイガーに並々ならぬ執着心を持っていることに気づくこともなく。彼らが2人きりで出かけたことを1番憎たらしく思っていることに気づかないままだった。

 目的の場所である男性用更衣室にたどり着き、中をうかがってからドアを開け、気配を殺してするりと侵入を試みる。先程のように自分から声をかけるなど本当に珍しいことで、人見知りな折紙はいつもはこんなふうに誰にも気づかれないようコソコソっとしてしまうのだ。そう、まるでGから始まる虫のように。
 そして必死に気配を殺しているにも関わらず、異様に虫の気配を感じ取れる体質なのかいつも自分の存在に気づいてくれるのは彼なのだ。
「おっ! よう、折紙!」
「タイガーさん……こんにちは。昨日は、ごちそうさまでした」
「いいっていいって。俺が誘ったんだからとーぜんだ!」
 ベンチに座り、ニコニコしながら手を振ってくれているタイガー。彼はいつも人や物の影に隠れている自分を見つけてはこうして声をかけてくれる。最初は放っておいてくれと思っていたけれど、今は彼に見つけてもらい声をかけてもらえることが嬉しい。彼のおかげで他のヒーローたちとも仲良くなれたようなものだし本当に感謝している。
 けれどタイガーはみんなの人気者で、今日も彼の周りには人がいた。
「やあ、折紙君!」
「昨日は楽しんだみたいだな、折紙」
「こんにちは、スカイハイさん。……はい、楽しかったですバイソンさん」
 タイガーの隣に座っているのはロックバイソン、その2人の前に立っているのはスカイハイだ。この構図はトレーニングルームでもよく見るもので、この3人がいかに仲が良いかをうかがえるようだった。ここにファイヤーエンブレムが加わると本当に楽しそうなのに、バーナビーが加わるとギスギスするのはなぜなんだろう? とひそかに折紙は疑問に思っている。
「なあ聞いてくれよ! 折紙に『好きなもん食えよ』って言ったら、こいつおんなじもんばっか食ってたんだけどさ」
「ほう。何か特別好きなネタがあったのか?」
「折紙君が好きなもの……なんだろう?」
「タ、タイガーさんっ」
「それがさ、かっぱ巻きなんだよ! かっぱ巻き! 『お前は河童か!』って思わずツッコんじまったよ!」
 昨夜散々笑われた事実を止める間もなく暴露され、折紙は恥ずかしさに耳の先まで赤くなった。タイガーと行ったスシバーは目の前をいろいろな寿司が流れていく、いわゆる『回転寿司』と呼ばれる店で、タイガーの好意に甘えて好きなものだけ食べようと思った結果、同じもの──タイガーの言う通りかっぱ巻きだけ食べ続けてしまったのだ。
「かっぱ巻き……お前、キュウリが好きなのか?」
「そ、そういうわけじゃなくてっ、久しぶりに食べたらおいしくて……止まらなくなっちゃって……」
「お前すっげーいい顔してたもんなぁ。あんな嬉しそうな顔でかっぱ巻き食ってるヤツ初めて見たぜ」
「カッパまき? カッパってなんだい?」
 古い付き合いになるタイガーの影響か、日本文化に精通しているらしいロックバイソンはタイガーの話を聞いて笑っていたが、スカイハイには3人の話の内容がわからなかったらしい。タイガーと折紙の説明ではきっと理解できないだろうと、『かっぱ巻き』が寿司ネタの中で最低ランクの価格で食べられるネタであること、『河童』が日本に伝わるきゅうりが好物の妖怪であることを懇切丁寧に説明してやるロックバイソンだった。
「素晴らしい! 折紙君は本当にジャパンが好きなんだね!」
「え? ──えっ?」
「そういう問題か……?」
「そんな折紙君をスシバーに連れて行ってあげるなんて、ワイルド君も本当に素晴らしい! さすがだ、そしてエクセレントだ!」
「お、おう……」
 いつものことながらどこか的外れな感想を述べるスカイハイに、なんと答えていいのかわからず曖昧に応じる3人。その微妙な空気などまるで気にしていないスカイハイは、爽やかに笑いながら座っていたタイガーの前に膝をつきその両手を握った。
「なっ、なんだよ?」
「心優しきワイルド君に、今日は私がごちそうしたい! どうだろうか!」
「はあっ!?」
「突然なに言ってるんだ、スカイハイ」
「だめだろうか、バイソン君……」
「い、いや、ダメかどうか俺に聞かれても困るが」
【タイガーに寄り付く虫は断固排除!】のロックバイソンも、キングオブ天然のスカイハイがどこまで本気なのか量ることができず言葉に窮する。するとそれを自分に都合よく解釈したスカイハイは、曇った表情をすぐに笑顔に戻しタイガーに迫った。
「ではワイルド君! 君の返事を聞かせて欲しい!」
「は、ぇっ?」
「私と二人きりで、夕飯を食べに行かないかい?」
「────これはこれは。とんだキングオブ腹黒ですね」
 直視するのが眩しいくらいのキラキラした表情で誘ってきたスカイハイに、特に断る理由もないしいいか、とタイガーが承諾しようとしたまさにそのとき。地の底を這うようなおどろおどろしい声が室内の空気をビシィッと凍りつかせた。
「おや、バーナビー君」
「戻ってきて正解でしたね。バイソンさんは出し抜けても、この僕がいる限りそう簡単に抜け駆けさせませんよ」
「……なに言ってんだバニー?」
「虎徹さん、あなたがそんなだから僕が目を光らせていないとダメなんですよ。わかってるんですか?」
「はぁ?」
「おいバーナビー、虎徹はお前のパートナーだが所有物じゃないんだぞ。こいつの意思も尊重してやれよ」
「随分悠長なことを言ってますねバイソンさん。そんなだからあなたは友人以上の関係になれないんですよ」
「なんだとぅ……!!」
「あまり失礼なことを言うものじゃないよ、バーナビー君! バイソン君にはバイソン君の考えがあるのだから!」
「その人の良さを利用して自分を優位にしようというわけですか。やっぱりあなたはただの天然じゃありませんね」
 折紙が廊下で会ったときとは違い、不機嫌な表情でトゲトゲした言葉を吐くバーナビー。最近の彼を見ていると最初の頃のクールな姿は幻だったのだろうかと思ってしまう。
 話の中心であるはずのタイガーも、何をどう突っ込んでいいのかわからないらしく3人の顔を交互に見ているだけだった。これは昨日と同じような展開じゃないか? 軽いデジャブを味わいつつ、内心ハラハラしながらその場の成り行きを見守っていた折紙だったが、脳裏に1つの可能性がひらめいた。
 昨日と同じ流れということは……今日もタイガーさんが夕飯に誘ってくれたりして? いやでもさっき会ったブルーローズさんやドラゴンキッドもタイガーさんと食事に行きたがっていたからそんなことは……あ、でも4人で行くっていうのもアリ? だとしたら今日はどこに行くことになるのかな。お好み焼きとか嬉しいかも……あれうまく焼けないんだよなぁ。
 まだ何事かを言い合っている面々のことは気にしないようにして、1人妄想に花を咲かせる折紙。そのとき、昨日の展開をなぞるようにファイヤーエンブレムが部屋に入ってきた。
「あら。あんたたち、またやってるの?」
「よお! ファイヤーエンブレム!」
「そういうときは私も混ぜてって昨日言ったでしょ〜? 仲間外れにするなんてひど〜い」
「なっ、なに言ってんだお前、お前までまた変なこと……っ」
「じょーだんよタイガー。そんなに怯えないでちょうだい」
 ファイヤーエンブレムに縋りに行こうとしたタイガーは、目的の人物の不穏な発言に足を止め泣きそうな顔になる。その怯えた表情が見たくてわざと意地の悪いことを言ったファイヤーエンブレムは、希望通りの顔が見られて満足したように笑った。
「〜〜俺は先に行くからな!」
「待ってくれたまえワイルド君! 私も一緒に行こう!」
「俺も準備できてるから行くぞ」
「スカイハイさんとバイソンさんはお先にどうぞ。虎徹さん、僕トイレに行きたいのでついて来てください」
「ああっ? 1人で行けよ」
「パートナーなんですから一緒に行くのは当然ですよ。虎徹さんが行くときは僕がついて行ってるでしょう?」
「いや頼んでないし。いつもお前が勝手についてくるだけだし!」
「ほら、どうでもいいから行きましょう」
「ワイルド君、トイレに行くなら私も──」
「だからあなたは1人で行ってくださいよ!」
「そんなに怒るなよバーナビー。みんなで行けばいいじゃないか」
「なんなんですかバイソンさんまで! 少しは自重してください!」
「あんたたち、毎日同じようなことしててよく飽きないわねぇ」
 ファイヤーエンブレムの言う通り、最近毎日のように繰り広げられている会話に折紙も頷きたくなった。特にバーナビーは、冗談なのか本気なのかわからないがタイガーのことになると誰に対しても攻撃的になるのがウザ……面倒だと思う。
「お前ら好きにしろ! 俺は行くからな!」
 ファイヤーエンブレムのおかげで言い合いが一段落すると、タイガーは脱兎のごとく部屋から飛び出していった。
「ワイルド君……」
「──あなた方がうるさいから虎徹さんを怒らせてしまったじゃないですか」
「お前のせいだと思うぞ俺は」
「そうねー、半分以上ハンサムのせいだと思うわ、アタシも」
「なっ! 僕のせいじゃありませんよ、皆さんがしつこいからですよ──ああやだやだ」
 悪態をつきながら部屋を出て行くバーナビー。ドアが閉まった瞬間駆け出す音がしたということは、タイガーを追っていったのだろう。……やっぱりキャラが変わった気がする。
「私がワイルド君とバーナビー君のことを怒らせてしまったのだろうか……」
「スカイハイのせいじゃないさ。それに虎徹は怒ってないだろ、バーナビーは知らんが」
「バイソン、あんたハンサムのこと本気でキライなのねぇ」
「嫌いじゃねーよ、ちょっと気に食わないだけだ」
 会話を続けながら着替えを開始したファイヤーエンブレムを見て慌てて着替え始める折紙。珍しく本音を洩らしたロックバイソンに驚きつつ、仲が悪いヒーロー同士もいるのかもしれないと初めてその可能性について考えたのだった。



──後編へ続く。

おじさんを取り合う話、その後。前日いい思いをした年少っ子が怖い目にあってます(笑)。
ムダに長くなったので分けますー続きは後編で!

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