「おじさんはみんなのアイドル。」


 ある日のトレーニングセンター・男性用更衣室にて。
 一汗流したヒーローたちがシャワー上がりでまったりしていると、1番最後にシャワーブースから戻ってきたスカイハイがこんなことを言った。
「ワイルド君! ちょっと聞いていいかい?」
「あー? なんだよ、スカイハイ」
「君の能力のことなんだけれどね! ほら、この間君が披露してくれた、一瞬で体の傷を治してしまったアレなんだが!」
「ああ……」
 スカイハイの言葉に、そのときのことを思い出したくないのか顔をしかめるワイルドタイガー。それはそうだろう、ウロボロスのリーダーで最強のネクストだったジェイク・マルチネスとの闘いでボッコボコにやられた結果、不本意な形で能力を使用したのだから。
 だが、タイガーの気持ちなど欠片も察していないスカイハイはニコニコしながら話を続ける。
「ハンドレッドパワーは、体感的な能力も高めることができるんだろうかっ?」
「体感的……? どういうことだよ?」
「つまりね! 気持ちいいという感覚も、能力を使えば100倍になるんじゃないかと私は考えたんだ!」
「はぁぁっ!?」
「な……っ」
「ぶーーーーーっ!」
「!?!?!?!?」
 実に爽やかな声で、名案を思いついたとでもいった調子で叫んだスカイハイ。しかしその発言を聞かされた周囲の反応は、当然と言うべきか驚愕に満ちたものだった。
「バイソン君、大丈夫かい?」
「げぇっほ! げっほ! おまえ……なに言ってんだ!?」
「そうですよスカイハイさん、どうしたんですか急に」
「もしそうだとしたらとても素晴らしいじゃないか! 素晴らしいじゃないかとても! そうだと思わないかいバーナビー君!」
「あの……僕にはちょっと意味がわからないんですが……」
「〜〜〜〜〜〜」
 タイミング悪くドリンクを口にしていたロックバイソンは盛大にむせ、タイガーと同じ能力を持っているバーナビーは軽く動揺しているようだ。残念ながら折紙は下ネタ関連の話題だということに気づいていないらしく、そして突拍子もない質問を向けられたタイガーは……顔を真っ赤にして絶句していた。
 ちなみに。この場にいたら事態を収拾してくれたであろうファイヤーエンブレムは、トレーニングルームに残り女子2人と楽しくガールズトークに花を咲かせていた。
「で、どうなんだいワイルド君!」
 目をキラキラさせてタイガーに近づくスカイハイ。無邪気すぎるその表情に、怒鳴りつけたい衝動を必死に抑えながら低い声で言った。
「俺の力は身体能力を100倍にするだけだからな……感度が上がるとかってことはねぇんじゃねーかな……」
「そうなのかい? 肉体の感度が上がるのも身体能力のような気がするのだけれど、違うのかい?」
 至極真っ当なことが言えたぞと内心勝ち誇っていたタイガー。そこに追い討ちをかけるような意見をぶつけてくるスカイハイ。
 そして、なぜかロックバイソンとバーナビーの2人がスカイハイ以上に真剣に聞いてきた。
「そうだぞ虎徹、よく考えてみろ」
「そうですよ虎徹さん、想像してみたらどうです?」
「な、なんなんだよお前らまでっ!」
「…………あっ」
 1人蚊帳の外だった折紙もそこでようやく話題のないように気づいたらしく、何かを想像したのか小さく声を洩らし頬を染める。直接タイガーに問うことはなかったが、その視線はタイガーの答えをドキドキしながら待っている、といった様子だった。
「さあ、じっくり考えたまえワイルド君!」
「ふっざけるな! 考えたってわかんねーよそんなもんっ!」
「じゃあ試してみたらいいんじゃないか虎徹」
「そうですよそうしましょう虎徹さん」
「だーかーら! なんなんだよお前らまで! そんなに言うなら自分でやってみたらいいだろバニー!」
「僕が? 誰得ですかそれ?」
「誰得ってナニっっ!?」
「……僕もタイガーさんのほうが……ごにょごにょ……」
「折紙まで、ちっちぇ声でなに言ってんだよぉぉぉ!!」
 この場の全員が全力で俺の敵に回った! タイガーはそう思った。なぜ自分がこんな気分にならなければいけないのか。それはあらぬ質問をぶつけてきたスカイハイのせいだ!
 だが、タイガーの全身を舐めるような眼差しで見つめているのはロックバイソンとバーナビーだ。スカイハイよりもこっちの2人のほうがよほど危険かもしれない──タイガーの野生の勘がひしひしとそう告げていた。
 折紙? 大丈夫、こいつは放っておいても無害だろ。と勝手なことを思うタイガーは、牙を隠した狼にコロッといてこまされるタイプで間違いないだろう。
「補助が必要なら僕がお手伝いしますよ、虎徹さん」
「おいおい、俺がやってやるって。俺のほうが心強いだろ虎徹?」
「ワケわかんねぇよ! お前らなんのノリだよ!」
「では! ここは言い出しっぺの私が!」
「『では!』ってなんだよ! お前の思考回路が1番理解できねぇよ!」
「じゃあやっぱりバディの僕が──」
「だから俺がやるって言ってるだろ?」
「いやいや! ここは私が!」
「おめーら俺を差し置いてなに張り合ってんだよ! なに手伝うっつーんだよ!」
「タイガーさん、ぼくで──」
「頼むから黙って! 折紙だけでもいいから大人しくしてて!」
「…………はい」
 自分の存在を主張する前に釘を刺されてしまった可哀想な折紙は置いておくとして。じりじりと距離を詰めてきている3人に、本気で自身の身の危険を感じ始めるタイガー。
「そうか! ここはワイルド君本人に選んでもらえばいいのではないだろうか!」
「ああ……確かにスカイハイの言う通りかもな」
「では選んでください虎徹さん。もちろんパートナーの僕を選びますよね?」
「いやいや、私だよねワイルド君!」
「俺だよな虎徹?」
「つーかアントニオとバニー目が怖ぇ! スカイハイのキラキラおめめも怖いけどお前らの目マジすぎ!」
 いったいなんだこの流れは。なんで快感がどうのこうのって男に心配されてるの俺!? そんなに言われたらちょっとだけ興味が湧い……いやいや、そんなこと口が裂けても言っちゃいけない。言ったら最後、どんな目に合わされるかわからないぞ!
「さあワイルド君!」
「虎徹!」
「虎徹さん!」
「タ、タイガーさん…………なんちゃって」
 ロッカーに背中を押しつけガクブルしているタイガーを、3人(その後ろからもう1人)がぐるっと囲む。もはや虎徹の思考はパニック寸前、このままどうすることもできず男たちに弄ばれてしまうのか!?
(楓!! パパを助けてくれぇぇ〜〜〜!!!!)
 愛しの我が子に心中で助けを求めたそのとき、
「──あら。あんたたち、なにやってるの?」
 たっぷり話して満足した様子のファイヤーエンブレムが颯爽と現れ、異様な現場を目の当たりにして素っ頓狂な声を上げた。
「ファイヤーエンブレムゥゥゥゥ〜〜〜〜!!!!」
「あらん☆ どうしたのタイガー、そんなに怯えちゃって」
 半べそをかきながら腰にしがみついてきたタイガーに(役得だわ〜)と思いつつ、なんとなくだがその場の状況が把握できたファイヤーエンブレムは、こちらをじっと見ていた4人をきっと睨みつけた。
「あんたたち、タイガーいじめちゃだめでしょ!」
「そ、そんなつもりは……っ」
「そうだぞファイヤーエンブレム、俺たちは別に……なぁ?」
「ええ、僕たちは何もしてませんし何かするつもりもありませんでした」
「『何かする』って言っちゃってるじゃない……相変わらず怖い子ねぇハンサムは」
 グスングスンと啜り上げているタイガーの頭を撫でつつ、弁明してくる男たちをじっとり見つめる。自分がいないところで楽しいことをしていたとは、仲間外れにされたようで面白くない。
 だが、それよりもこうして自分を頼ってくるタイガーを見られるのは何よりの至福だった。このポジションはきっと誰にも奪われないはずだ。……タイガーが誰かに落とされない限りは。
「それで? 今日は何が発端でこうなったわけ?」
「それがその……私がタイガー君の能力のことで、ものすごい発見をしてしまったんじゃないかと興奮してしまって……」
 申し訳なさそうに事の顛末を説明したスカイハイ。さすがキングオブ天然の脳内は面白いと思いつつ、彼の疑問は確かに興味深いなと感じてしまったファイヤーエンブレムだった。
「あら、今日の首謀者はスカイハイだったの? 珍しいわねぇ」
「いっ、いや! 疚しい気持ちはなかったんだ決して! 決して私はそのような気持ちは──っ!」
「必死で言い訳するなんて怪しいですね。やっぱりスカイハイさんも虎徹さんを性的な目で見ていたんですね」
「ご、誤解だバーナビー君! 私はワイルド君を幸せにする自信はあるが、性的な目で見たことなど一度もないぞ!」
「幸せにする自信ってなんだよスカイハイ。そんなの俺にもあるぞ」
「奇遇ですね、僕にもありますよバイソンさん」
「『スカイハイ「も」性的な目で見てる』なんつったヤローに虎徹は任せられないな」
「あなたも僕と大差ない感情を虎徹さんに抱いているんでしょう? 幼馴染みだか親友だか知りませんけど大きな顔しないでください」
「はいはいはい! あんたたちの気持ちは気持ち悪いくらい伝わってきたからそれくらいにしなさい! ほら、タイガーがガッタガタ震えてるわよ〜」
 ファイヤーエンブレムの言葉に、険悪なムードを醸し始めていた面々が一斉にタイガーを見る。そこには小動物のように震えているタイガーがおり、様子を窺うように上目遣いで自分たちを見ているその姿に全員の胸がキュンとしたのは言うまでもない。
「大丈夫よタイガー、この連中も悪ふざけが過ぎたって反省してるから」
「お、おう……」
 ファイヤーエンブレムの言葉通り、それまで自分を追い詰めていたメンツはどこかバツが悪そうな顔をしていた。どうやら『ハンドレットパワーで100倍気持ち良くなれるのか否か』についての検証はされずに済んだらしい。
「マジでサンキューな、ファイヤーエンブレム」
「ぁ〜ん、いいのよぉアタシとあなたの仲じゃなーい。そうだわ、今日はアタシと呑みに行きましょ。グチもたっぷり聞いてあげるわ、もちろん2人だけでね」
 褐色の腕を借りながらよっこいしょと立ち上がり、ようやく帰れるとタイガーが思ったとき。ファイヤーエンブレムの言葉を聞いた他のヒーローたちが再び鼻息も荒く声を上げた。
「ファイヤーエンブレムはまだシャワー浴びてないだろう。早く行ってきたらどうだ?」
「その隙に虎徹さんを連れて行くつもりですね。そうはさせませんよバイソンさん、今夜は僕と夕飯を食べると約束しているんですから。ね、虎徹さん?」
「おお、そうなのかい! だったら私も一緒に──」
「空気読んでくださいスカイハイさん。誰が虎徹さんと2人で出かけるかっていう流れですよこれは」
「そ、それは申し訳ない……」
「ハンサムったら、威圧的な態度でスカイハイを蹴落とそうなんてやるじゃなーい。でもそう簡単にタイガーは渡さないわよ〜」
「……ファイヤーエンブレム、それは本気か? お前まで虎徹に……」
「あらぁ、どうかしらねぇ〜〜」
 なんだろう。いつものことと言えばいつものことだが、なんで俺の話題のはずなのに全然割って入れないんだろう。これはもしかしてそういう遊びか? さっきの流れで『誰がワイルドタイガーを1番おいしくいじり倒せるか!』とかいうゲームをやっちゃってるわけ? おいおい、それならそうと教えといてくれよ! 知ってればこっちだって、もっと面白い返しするからさぁ! えーっと、誰と一緒に帰ろっかな〜〜!
「──で、どうするのタイガー?」
「どうするんだ虎徹?」
「どうするんです、虎徹さん?」
「どうしようか、ワイルド君!」
「ぁ……ぁ……ぅ……」
 …………ごめん。俺なんて答えたら面白いのかわからない。自分を見下ろしてくる男たちの眼差しに混乱しまくったタイガーは、これ以上誰かに何か言われたくないと視線を彷徨わせる。
 そしてその先に光明を見つけたのか、突然表情を明るくして弾んだ声を上げた。
「おい折紙! メシ行こうメシ!」
「え……っ?」
「お前スシバーに行きてぇって言ってただろ? 俺も急に行きたくなったから連れてってやるよ!」
 突然名前を呼ばれビクッと跳ね上がった折紙。だがタイガーの魅力的な誘いに、頭の中はすっかりスシバーでいっぱいになった。
「ほ、ほんとですかっ!?」
「ああ、ホントホント! ──てことで、わりーなみんな! そういうことだから!」
 サカサカサカっと折紙に近づいて腕を掴み、横歩きで出入り口まで移動したタイガーは、すちゃっ☆と敬礼のポーズを取ってから勢いよく外に飛び出した。
「あの、それじゃ皆さん……また明日ですっ」
 何がなにやらわからないまま、だが虎徹とスシバーに行かれることだけは理解した折紙は、ぺこっと頭を下げてタイガーに続いて更衣室を出て行った。

 その場に残された4人は、遠ざかっていく楽しげな声が聞こえなくなるまでその場に硬直したままだった……らしい。

CP話にするつもりが、キャラたちが出張ってきて結局おじさんを取り合う話になってしまいました(爆)。
1番年少の子が1番いい思いをしたという……年が離れてるってときどき有利ですね!

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