「つくづく不愉快な人ですね」 |
「なぁ、バニィ〜」 市長の息子さんとドラゴンキッドが眠ったあと、なぜかおじさんと2人で呑むことになって早1時間。ろれつが回らなくなり始めた僕の仕事上のパートナーこと『おじさん』が不意に声をかけてきた。 「なんですか。そろそろ寝ますか? あなたの分の布団はありませんが」 「あー? まだ呑みたりねぇだろぉ。そーじゃなくてさぁ」 「なんです?」 「さっきお前がナイスキャッチしたあのおもちゃ、あれ、親からの誕生日プレゼントだって言ってたよなぁ?」 「……ええ。それが何か?」 あまり思い出したくない出来事を蒸し返されたことに内心穏やかではなく、咄嗟に不躾な声が出てしまう。自分でも少し大人気なかったかなと反省していたんだ、あまり蒸し返さないで欲しい。 「お前の親って、お前が4歳のときに亡くなったんだよなー?」 「ええ、そうですよ」 「てことはぁ、あのおもちゃを貰ったのはー」 「4歳の誕生日のときに父が買ってきてくれたんですよ。それがいったいなんだっていうんです?」 酔っ払いの言いたいことはよくわからない。──いや、このおじさんの言いたいことは普段からわかりづらいのだけれど。 何を言われるのか警戒していると、おじさんは盛大に喉を鳴らしてビールを飲んでからようやく口を開いた。……どうでもいいけどそのビール何本目ですか? 「いやぁ、4歳のときに貰ったにしちゃーキレイだったなって思ってさぁ。いくら大事なモンだっつってもよ、ガキの頃に遊んでりゃボロボロになっててもおかしくねーだろぉ?」 「……あれでは遊んでいませんから。両親の形見のようなものですし」 「遊んでねぇにしたって、あれと一緒に寝たりしてたんじゃねーの? 『あ、ヨダレ垂らしちゃったっ』なんてことも──」 「ヨダレなんて垂らしてませんよっ。おじさんと一緒にしないでください」 「おっ、一緒に寝てたってのは否定しねーんだ? やぁっぱバニーちゃんも子供の頃は可愛かったんだなぁ〜」 思わず声を荒げると、気持ち悪い声で気持ち悪いことを言った酔っ払いがニヤニヤし始める。しまった、否定すべきところを間違えた。 というか、なんなんだこの人は。そこは『子供の頃から大切にしてきたんだな』と感心するところじゃないのか? なんで突然ヨダレがどうとかって話になるんだ。 「いいじゃないですか別に。子供の頃なんて誰しもそうでしょう?」 「え? ヨダレが?」 「そこじゃなくて! ……大事なおもちゃを枕元に置くのが、ですよ」 「ああ、そっちかぁ。そりゃそーだけど、お前の子供の頃ってぜ〜んぜん想像できないからよぉ」 「想像しなくていいですよ。ていうかしないでください」 「おもちゃと一緒に寝るような可愛いところが残ってたら、もっと可愛げもあったんだろーになぁ」 「……僕に何を求めてるんですか」 要領を得ない会話の相手をするのに疲れ、溜め息を吐いて酒を煽る。 この人はいつも先輩風を吹かせて僕を後輩扱いしようとする。しかも『可愛い後輩』に仕立て上げようとするのだからたまらない。 僕はこの人と馴れ合う気はない。会社命令で仕方なくコンビを組んでいるだけの相手と仲良くなる必要なんてない。信頼することも、されることも望まない。ずっとそう思っていた。これからもそう思い続けるつもりだった。 それなのに──どうして僕は、彼らがこの家に来ることを断固拒否しなかったんだろう。何が何でも嫌だと言えばきっと強引に来ることはなかっただろうに、なぜ彼らと馴れ合うようなことを受け入れてしまったんだろう……。 「これからもあのおもちゃ、ずーっと大事にするんだぞぉ〜」 「言われなくてもそのつもりです」 「よしよし、可愛いやつだなぁ! これからもおもちゃを抱いて寝るバニーちゃんでいてくれよぉ〜っ!」 「今はおもちゃなんて抱いて寝てませんから。さっきから言ってることが支離滅裂ですよ」 「お前がヨダレ垂らしてたら、俺が拭いてやるからなぁぁ!」 「だから、なんでヨダレに固執してるんですか!」 完全に酒に呑まれた中年オヤジがこんなに面倒くさいものだとは。この先もパートナーとして酔っ払ったこの人の面倒を見ることになるのか? 考えただけで気が重いぞ……。 「バニ〜、酒がねぇぞ〜ぉ」 「目の前に並んでるプルタブの開いてない缶が見えないんですか? ていうかテーブルに置いてあった酒、もう呑んじゃったんですか?」 「ん〜? あり、なくなってるかぁ?」 「全部1人で呑まないでくださいよ、まだ僕全然呑んでないんですからっ」 「『まだぼくじぇんじぇんのんでないんですからぁ!』ってかぁ〜バニーちゃんは可愛いねぇ。可愛いところでちょっとこれ開けてくれよぉ」 「なに甘えてるんです。自分で開けてくださいよ」 「ちぇ、つれないの〜」 唇をすぼめ拗ねたように言いつつ、なんなく缶を開けて勢いよく傾ける。──だから、それ何本目のビールですか? 「そんなに呑んで明日大丈夫なんですか? 酒臭い息してたら市長の息子さんにまた泣かれますよ」 「………………」 「……おじさん?」 突然無言になったのを不思議に思い顔を上げると、おじさんは床に転がっていた。恐る恐る近づいてみると── 「くぁ〜っ、くぁ〜っ」 「……寝てるし」 缶をしっかり握ったまま大口を開けていびきを掻いている姿に脱力する。言いたいことだけ言ってさっさと寝るなんて、この人はどこまで自分勝手なんだろう。しかも盛大に部屋を汚しておいて。 起きたら自分で片付けてもらおう。……ついでに僕の分も掃除させよう。 「そんな格好で寝たら風邪引きますよー。馬鹿だから風邪引かないんですかー?」 「ぐぉ〜っ、ごがっ! ぴゅるるるるる〜」 「……どんな返事ですか」 わざと大きい声で言ったのに、酔っ払いは起きるどころかいびきの音が大きくなっただけで。しかも今までに聞いたことがないような音に不覚にも笑ってしまった。 そのへんによくいるダメオヤジの典型のような人だ。こうして酔い潰れた姿を見て、この人がヒーローだなんて誰が信じるだろう? 「本当におかしな人だな」 こんな人は今までに見たことがない。暑苦しいくらい正義感に溢れ、ウザいくらいお節介で残念なくらいお人よし。どんなところでも『付き合いにくい』と思われるタイプだろう。 だけど、なぜか放っておけないと他人に思わせるところがあるのは──この人の人柄のせいなんだろうか。 「おじさん。おじさーん?」 強引に缶を取り上げても、ついでに転がった身体を足でつついてみてもまったく起きる気配がなくて。だらしなく開いた唇の端にはきらりと光るものが見える。ヨダレヨダレって、人のこと言えないじゃないか。 「ったく……床に垂らさないでくださいよ」 能天気な寝顔に向けて悪態をついた自分の口元が歪んでいることに気づき、誰かに見咎められたわけでもないのに酒を煽ることで笑みを隠す。 酒のつまみがおじさんの寝顔といびきだなんてしょっぱいけれど……まあ、たまにはこんな夜があってもいいのかもしれない。 |
初タイバニ話です。兎さん、虎さんの存在を受け入れ始める?の巻。 のつもりが……あれ? おかしいな、ヨダレといびきの話になっちゃったぞ(爆) 【BACK】 |