兄貴と市郎・こんな年越しもアリってことで。



 年の瀬も押し迫り、新年を迎えるまで残り1時間を切った頃。
「あっ……あっ、」
 繁華街に軒を連ねる年中無休の店々でカウントダウンイベントが多く催されるため、厳重な警備体制をとっている高橋組だった――が、その総指揮をとっている若頭とその舎弟は高橋組の新宿事務所内にとどまり、なにやらピンク色の空気を垂れ流していた。
「あ、兄貴、俺……そろそろ若衆たちと合流、しなきゃ……ぁ」
「お前がいなくても、今日は遠藤もいるから大丈夫だろう」
「そんな……あっ、あぁ!」
「ほら、身体は正直だ。ここは……熱い肉が食みたいと言ってるぞ?」
「あっ、そんなぁ……んっ」
「どんどん柔らかくなってくるぞ。このまま放り出していいのか?」
「あぅっ・ん、兄貴ぃ……」
「ん?」
「……い、いじわる……っ」
「――ふっ」
 眦に涙を浮かべ、力が入らないながらも上目遣いに睨んでくる恋人の愛らしい姿に股間を膨らます若頭。『大事な仕事中になにヤッてんだ!!』と言いたいところだが、彼らが年末年始に行われる行事の準備に忙しく、もう10日以上愛の営みをお預けされていた……と知れば同情の余地もあるのではないだろうか(ホントか?)。
 それはさておき2人の様子だが、行為を始めて数十分といったところか。いつもは早急に終わらせられる前戯も、久しぶりということもあってか丹念に行われてるようで――
「やっ、だめ・ぁっっ!」
「市郎……」
「兄貴っ、兄貴ぃ!!」
 全身を這い回る大きな掌の巧みな愛撫に、若頭の舎弟の市郎はか細い声で喘ぎ続ける。その平均体型より細めの身体が貪欲に揺れ始めていることは、本人も気づいてはいないようだった。
 そして若頭の掌がしきりに伸びる窪みも、本人の意志とはまるきり無関係に動き始めていた。
「ひくひくしてるぞ……」
「ぅあっ・んっ!!」
「少し触れただけなのに飲み込もうとしてやがる。よっぽど飢えてるのか?」
「はぁっ・はぁっ・はあっ!」
「このままにしておけばどうなるか……興味深いな」
「やだっ、兄貴もう……焦らさないで、ぇっ!!」
 いつしか割り開かれていた両足の付け根を執拗にまさぐられ、10日間の禁欲生活を耐え抜いた秘口はもう我慢できないと悲鳴を上げていた。
 もちろんその様に当の本人は気づいていなかったが、煌々と明かりが照らす中で間近に見ている若頭には刺激が強かった。
「市郎……!!」
 鼻息荒く猛然と顔を上げた若頭はマッハの動きで自分の衣服を寛げ、素早く市郎の両足を抱え上げると一息に身体の距離を縮め――一気に市郎の中に侵入した。
「あ――っ!!」
 身体の奥深くを抉ってくる熱に、市郎の悲鳴のような声が室内にこだまする。
「あぅっ・あっ・んっ、んんっ・んぁっ・あぁっ」
 強く揺すぶられるたびに洩れる嬌声は甘く響き、2人をさらに行為に没頭させていく。
 ……そのため、今日の熱い睦みも覗かれていることに気づくことはなかった。

「若頭と市郎の兄貴……ま、またしてるのか!?」
 ――そう。以前にもこんな現場に遭遇してしまった高橋組の構成員、坂城勇蔵である。
 しかし今日は、正確には『覗いて』いたわけではなく、『聞こえて』きたのだが。
(きょ、今日はドアがちゃんと閉まってる。一応この前のこと気にして……ってワケじゃないよな、たまたまだよな)
 だが、ドアは閉まっていても声はがっつり聞こえてくる。……つまり2人がそれくらい激しい行為に及んでいるのだろうことは容易に推測できた。
(なんで俺だけいっつもこんな現場に――ってまさか田島の兄貴、こうなってることがわかってて俺を事務所に戻らせたんかっ!?)
 そうなのだ。今回も勇蔵は田島の命令に従って事務所に書類を取りに来たのである。肉体関係を持ってから、それまでよりさらに田島のパシリと化しているらしい。
(俺なら口外しないと思って……? そ、そうならすげー光栄だけど……っ)
『あっ・あんっ、あん……!』
「……こんなの耳に毒だよ〜」
 以前も聞いたことがある艶声に、随分前に見てからずっと脳裏に焼きついていた光景を思い出し勇蔵は大きな溜息をついた。
 しかしこの場合、姿が見えないのはいいのか悪いのか――
「あたっ、あた、いだたっ」
 妄想でめいいっぱい膨らんだ股間を押さえつつ前屈みになった勇蔵を見る限りでは、どちらがいいのか特定できるわけもなかった。
「やば……こんな状態じゃみんなのとこに戻れねぇよ〜」
 断続的に聞こえてくる声のせいか、刺激されてしまった性欲はなけなしの理性を持ってしても押さえつけるのは困難であった。それはそうだろう、勇蔵は以前この2人の行為で自己記録にもなる○回昇天という快挙を成し遂げてしまったのだから。
 そしてやはり今回も、
(くそ、こうなったら手っ取り早くヌイちまうのが──)
 他に解決策が浮かばず、短絡的思考で導き出せた唯一の方法を実行しようと早速ファスナーに手を伸ばしたのだった(だから仕事しろよ)。
「はぁ、はぁ」
 熱い息を吐きながら外に飛び出してきた元気な息子を撫で擦ろうと両手を伸ばし、市郎の声をオカズにいざ! ──と手を動かそうとした瞬間。
「……ほぉ。イイことしようとしてんじゃねーか、勇蔵」
 背後から、しかも耳元で低く囁かれ、繊細な指の動きで触ろうとしたものを力いっぱい握り締めてしまう。
「ぎゃ…………っ!」
「デケー声出すんじゃねぇよ」
 突然の激痛に悲鳴を上げようとしたものの、素早く伸びてきた手が口を塞いできて(しかも、ちょっとやそっとじゃ外せないほどの力強さで)、激痛に次ぐ呼吸困難に身体が異常なほどガクガクと暴れ出す。
「ああ、わりーわりー」
 その面白いまでの反応にちっとも悪気を感じていないだろう声が軽く言い、勇蔵の口を塞いでいた手が外される。
「ぶはぁっ」
「おーい、俺の手に鼻水つけるなよ〜」
 涙目になりながら酸素を貪る勇蔵を尻目に手についた鼻水を勇蔵の上着で拭くのは、大方の期待を裏切らず田島右京その人である。
「あ、兄貴……っ?」
 思いもよらぬ人物からの思いもよらぬ攻撃に、背後に立っていた人物を振り返った勇蔵は戸惑いの声を上げる。もちろん下半身はボロリと剥き出しにしたままである。
「なかなか戻って来ねぇと思ったら、なにやってんだよお前」
「あ、あの、その……っ」
「あーあー、んなもん事務所で出しやがって。しかもビンビンじゃねぇか」
「わっ、あっ!」
 心底呆れたように言いつつ勇蔵の元気になっている息子を指先で弾く。すると、若さ溢れる息子は元気よく左右に揺れた。
「おいおい……汁まで出すなよ?」
「で、出ませんよっ! ……それ以上触られなきゃ、たぶん……」
「たぶん? 頼りねぇこと言ってんな、このサル」
「す、すみませ──」
「どうしようもねぇな、お前は」
 口では悪態をついているが、その目は妖しく輝いている。──ことに、勇蔵はまったく気づかない。
 兄貴分でもある田島に罵られ、(ホントになにやってんだろ、俺……)と真剣に反省し肩を落とす。……田島の調教が功を奏しているのか、すっかり従順な飼い犬のようである。
 そんな勇蔵であるから、田島がどんな意図を持って彼を事務所に向かわせたかなど知る由もなかった。
(やーっぱヤッてたか、若頭と市郎のやつ。遠藤さんまで警護に出すからそんなことじゃないかとは思ったが……それにしたってがっつきすぎだろ)
 事務所に入り、若頭の部屋の前で固まっている勇蔵を見つけたときに確信したものの、気配を殺して勇蔵に近づくにつれ耳に入ってきた市郎の声にはさすがに呆れていた。
 ──しかし、さすがは享楽的な人間である。
(こんなデケぇ声出してたら勇蔵だって暴走しちまうって。……ま、予想の範疇だけど)
 仕事中に盛っている上司と同僚を嫌悪するわけでもなく、ひたすら響いてくる市郎の嬌声を聞き流しながら、いそいそと息子をしまおうとしていた勇蔵の手を止めた。
「あ、兄貴……?」
「しょうがねぇよな、あんな色っぽい声聞かされてりゃ。その気になるのがフツーだと俺も思うぜ」
「えっ?」
 意味深な言葉と共に勇蔵の腕を引き、有無を言わせぬ強引な態度でどこかへ連れて行こうとする。
「兄貴、えっ、ちょ……!?」
「黙ってついて来いって」
 驚いて抵抗しようとした身体を小脇に抱えるように引き摺り、衝立で仕切られている一角──来客用の応接スペース──に連れ込むと、息子を出したままの身体をソファに押し倒した。
「兄貴!?」
「しー。デカい声出すなって。若頭たちに気づかれるぞ?」
「あっ……」
 上から圧し掛かられ整った顔を間際まで近づけられて、強張っていた勇蔵の顔が一気に赤くなっていく。
「このままにしておいたらお前の息子が可哀相だろ? 俺が手っ取り早く処理してやるよ」
「え? わ・あっ」
「おとなしくしてろよ。気持ち良くしてやるからな……」
 甘い囁きと繰り広げられ始めた繊細な愛撫に、その場の状況がどんなものなのかをすっかり忘れてしまった勇蔵。
「あぅ……あに、きぃ……っ」
 市郎の声に負けず劣らずの艶声で喘ぎ始めると、さらに不敵な笑みを濃くした田島だった。
「市郎の声に当てられたか……いい声だぜ」
「あ……んっ?」
「いーや。ほら、なんも考えんな。気持ちいいんだろ?」
「! ──っぃ、はぁ・いぃ……っ」
 甘えるように田島に顔を摺り寄せ涙を浮かべながら答える様子を見る限り、勇蔵に正気は残っていないようだ。
 そして田島も、
(どうせ市郎たちもあと30分は掛かるだろうから……2回はイカせられるな)
 頭の中でそう算段し、飼い犬の嬌態を堪能しようとさらに勇蔵の身体を弄り出したのだった。


『あぁっ・ああ、ああっ・ん、あん、あんん……っっっ!!』
『あぅ……はぁっ、ん、ぁぁっ』
「…………」
 二種類の喘ぎが轟く事務所。
 その事務所前にやってきた2人の人物は、予想外の状況に凍りついていた。

「なんか……大変なことになってるみたい、だね」
「………………」
「……宣之さん?」
「………………」
「……ショック受けちゃったんだね」
「………………」
 ひたすら硬直&無言の高橋組若頭補佐・遠藤を、遠藤の恋人でもあるリョウジは憐れみを含んだ目で見つめる。
 そして、
「高橋組もいろいろあるんだね。…………頑張ってね、いろいろと」
 プルプルと拳を震わせている手に気づき、心労が堪えないだろう恋人を労わるように握り締めてあげたのだった。


危うし高橋組!(爆)

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