兄貴と市郎・4



「川神さん、お電話です」
 兄貴に確認してもらうファイルを整理していると、鳴っていた電話に出た若い衆が俺を呼んだ。
「誰だ?」
「ええと……広美組の、成田さんです」
「…………またか」
 名前を聞いた瞬間、無意識に溜息が出てしまう。受話器を差し出してくるそいつが『兄貴、お気の毒……』と今にも呟きそうな顔をしていて、それにさらに気が滅入る。
 しかしこのまま放置しておくわけにはいかない。このまま居留守を使ったとしても、あの人は俺の携帯番号を知っているのだ(……なぜだろう)。
「──お待たせいたしました。川神です」
 必死に冷静を装って電話口に応えたものの、
『おう、市郎。元気だったか? そろそろ俺の声が聞きたいだろうと思って電話してやったぞ』
 不遜な口調で言われてしまい、思いきり口元が引き攣った。
「あ……はは、そうですか……」
『今日は何時頃上がりだ? 2人きりで飲みに行かないか? 俺がそっちまで迎えに行くからよ』
「えっ!? えっ、と、その…………」
『どこに行く? この間一緒に行った焼肉屋はどうだ? それとも今日はしゃぶしゃぶの店か? 極上の黒豚を食べさせてくれる店が六本木にあるが──』
「ちょ、ちょっと待ってください、成田さんっ」
『おっと、この間みたいなことはナシだぜ? 俺がトイレに行ってる間に帰っちまうなんてのはな。ったく、三上の野郎も勝手なマネしやがって……わかってるのか、テメェは!!』
……はい、申し訳ありませんでした
 成田さんの声よりずっと小さな声が聞こえてきて、その瞬間その声の主に対して申し訳ない気持ちが湧き上がってくる。
(そうだった……)
 以前成田さんに食事に誘われたとき(すでに事務所の前に来ていて拉致されるように連れて行かれたんだけど……)、兄貴に何も言わずに出かけてしまったこともあってなんとか途中で帰らせてもらおうとして──成田さんがトイレに行っている間に、部屋の前にいた三上さんに頼んで帰らせてもらったんだった(あの後携帯の留守電に成田さんの恨み言が山ほどいれられててビビったんだよな)。
『今度は逃がさないぜ。最後まできっちり付き合えよ、市郎』
「ええと、その……」
 電話の向こうでどんな表情をしているのかはっきりくっきり予想がついて、俺はどう答えるべきなのか返答に困ってしまった。
 はっきり言って、俺は成田さんが苦手だった。初めて会ったときから今までずっと、あの人のことを好意的に思ったことは1度もない(いろいろ良くしてもらっていてこの言い草は失礼だとも思うが、事実だから仕方がない)。
 だから言いたい。『行きたくない』と。『もう誘ってくれるな』と。
 でも、これが『接待だから』と言われてしまえば付き合わない訳にはいかない。……この世界でも接待は、組同士の関係を円満に保つための基本中の基本なのだ。
「あの、成田さん、今夜はちょっと────」
『6時に事務所まで迎えに行くから待ってろよ。ああ、今日は島谷にもちゃんと言っとけよ』
「えっ!? ちょ、待ってくださいよっ!!」
 そのまま強引に話をまとめられそうになり、思いっきり声が裏返ってしまった。周りにいた連中が一斉に俺の方を振り返る。だけど恥ずかしさを感じる余裕もなくて。
「成田さん、俺今日は──ていうか、こういうのホントに困るんで、もう誘わないで──」
『市郎の可愛い顔見れるの楽しみにしてるからな』
(まるっきりムシかよ!!)
 勇気を出して言った一言すら聞き流されて、俺は受話器を両手で握り締めたままフリーズした。この人には……俺は一生叶わないのかもしれない。
 そのまま話を押し切られるのかと自分でも半分諦めかけたとき、突然俺の手から受話器を奪った人がいた。
「え……っ?」
 俺より体格のいいその人は、まるで俺を腕の中に抱きかかえるように俺のすぐ後ろに立って、何かを話し続けている成田さんの声が響く受話器を自分の耳にあてがって、
「……大した用事もないのに何度も電話してくるな」
 底を這うような低い声で短く言い切ると、ガチャンと大きな音を立てて電話を置いた。
 嗅ぎ慣れたコロンの匂い。受話器を置いた腕に光る、俺が見立てたロレックス。
「あ……兄貴…………」
 思わず俺がそう呼ぶと、兄貴は俺の左腕を掴んで、
「来い、市郎」
 促すように一瞬腕を引き、それからすぐに手を離して自室へと戻っていってしまった。
「は、はい」
 俺は助けてくれたことを感謝するのも忘れて兄貴の後に従いながら、内心ひどく緊張していた。なんか兄貴の様子が……ものすごく不機嫌そうだったから。
(もしかして、また兄貴のこと怒らせちゃったかな。兄貴、成田さんのこと嫌いだもんな……)
 俺が成田さんを苦手視しているように、兄貴も成田さんのことを『食えない奴』だと嫌っている。しかも、ある出来事があってからはなおさらに(『狼の寂寞』参照/爆)。
 この間焼肉屋に無理やり連れて行かれたときも、逃げ帰ってきたときには相当機嫌が悪くなっていて──その晩から丸一日、俺は兄貴にいろいろと大変な目に合わされたんだった(いろいろって……その、ベッドでするようなナニだよっ)。
 もちろん兄貴だって、俺が自分から成田さんに近づくわけがないと知っているはずだ。それでも、自分の知らないところで俺と成田さんが接近していたということは気分のいいものじゃないらしくて、しかもその憤りを成田さんにぶつけるわけにはいかないから俺に当たってしまうんだろう(……たぶん)。
 でも、だからってこの事務所で何かされるわけないだろうし……『あいつにつけ込まれるような態度を取るな』と注意されるのかもしれない。
(仕方ないよな。成田さんの誘いをうまく断ることができないのは、俺の態度にも問題があるんだろうし……)
 ほんの少しだけ憂鬱になりながら、兄貴の後に続いて部屋に入り、ドアを閉めようとして──
「っ!?」
 突然背後に大きな気配を感じ、振り返ろうとしたところを、逆にその気配が覆い被さるように俺を羽交い絞めにしてきて!
(な、なに……!?)
 羽交い絞めにされたままその気配が驚くほど静かにドアを閉めて、部屋には緊張感の走る静寂が漂った。
 その静寂を破ってはいけないような気がして息を詰めていたらどんどん苦しくなってきて──ひどく気を遣って細く息を吸うと、さっき嗅いだばかりの匂いが再び鼻に届いた。
「……どうしてお前はそんなに隙があるんだ。そんなことだから成田にも付き纏われるんだぞ」
 胸元に回された両腕は力を緩めない。だからどんな表情をしているのか、俺には全然わからない。
 だけど、この行動と……そして俺を責めるようなこの口調は、明らかに機嫌の悪い兄貴のものだった。
「す、すみません……っ」
 身体を抑えられているせいで首だけしか動かせなかったけど、それでも精一杯の誠意を込めて小さく頭を下げる。
 兄貴は俺の頭の上で大きく息をつくと、呆れたような、どこか怒ったような声で言葉を続けた。
「お前は、自分がどれだけ男をそそるかわかっていないな」
「そそ……えっ?」
「それとも──わかったうえで誘っているのか?」
「え……えぇ!?」
(誘ってる!? 俺が、男を!?)
 兄貴の言葉はまさしく『寝耳に水』のようなもので、俺はまさかそんなことを言われるとは思ってなかったから、ドアの外にまで聞こえそうなデカい声を出してしまった。
 そして兄貴はそんな俺の声に、「声がでかい」と低く言って。
「あ、す、すんませんっ」
「……そのつもりがないところが、お前の1番たちの悪いところか」
 兄貴の怒りが相当なものなんだと悟って自己嫌悪を感じたときに、兄貴がさらに小さな声で何事かを言って、
「えっ?」
「…………いや」
 聞き逃してしまったことをもう一度聞こうとしたものの、兄貴は繰り返してはくれなかった。そりゃそうだよな、いつでも鈍くさい俺にムカついてるんだよな、兄貴……。
「本当にすみませんでした。今度成田さんに誘われたときは、しっかり断りますから」
 何度もこんな目にあっておいて、今さらと思われてしまうかもしれないけれど……はっきり口に出して兄貴に宣言することで、次こそは成田さんの攻撃もかわすことができるような気がして、俺は自分に言い聞かせるように言った。
 俺は別にホモじゃないし、兄貴以外の男に迫られたりしても迷惑なだけなんだから。いざとなれば、タンカだって切るし拳だって使ってやる!(きっと兄貴も事情がわかれば怒りはしないだろう)。
「…………」
 だけど兄貴は、俺の言葉を聞いても俺の身体を離してくれなくて。
「……兄貴?」
 固まったままの兄貴にさすがに不安になってきて、俺は思わず兄貴の機嫌を窺うように声をかけていた。
「……………………」
「…………、」
「……………………」
 兄貴は動かない。口も開かない。まるで、『いつまでたっても頼りないこいつをどうしてやろうか』と考えているみたいだ(……恐ろしい!)。
 そのままどのくらいそうしていたんだろうか。緊張で心臓が張り裂けちまうんじゃないかって不安に駆られはじめたとき、俺を拘束していた兄貴の身体がようやく小さく動いた。
 俺の肩に形のいい頭が落ちてくる。その頭が左右に首を振るように動いて、しっかりセットされていた髪が揺れた。
 それからほんの少しだけ頭が浮いて、今度は俺の側頭部に近づいてきて。
「兄貴?」
 耳の後ろに兄貴の熱い息が当たっている。それだけの刺激が俺の体温を急激に上げていく。声が、うわずってしまう。
「市郎……」
 さらにその状態で、俺の大好きな声が俺の名前を呼んでくれて──俺は目の前が真っ赤に染まった気がした。
「兄貴……」
 ここは厳粛な場所で、こんな不謹慎なことを考えていい場所じゃない(……不謹慎なことを兄貴にされたことはたくさんあるけど)。
 しかも兄貴は怒っていて、俺のことをどうやって粛正しようかと考えているのかもしれないのに。
「あにき……っ」
 それなのに止まらない。兄貴が欲しくて……兄貴に犯されて悶えている自分の姿が今すぐ現実になって欲しいと願わずにはいられない──!
「はぁっ、はぁっ」
 興奮に呼吸が荒くなり始めて、俺は我慢できずに兄貴の手の上に両手を乗せた。震える指先で兄貴の指に軽く爪を立て、交差していた腕を外させて、それぞれの手を俺の胸元へと導く。
 ボタンを外してあった上着の下は薄いシャツで、兄貴の掌の熱がすぐに浸透してくる。その熱に反応して、俺の乳首はぷっつりと立ち上がっていた。
「ぁぁ…………っ」
 乳首の上に移動してきた兄貴の掌で、軽く円を描くようにしこりを撫でてもらう。兄貴の手を動かしているのは俺なのに、まるで兄貴にそうしてもらっているかのような感覚が俺をさらに興奮させた。
(すごい……感じる……っ)
 気づけば俺の下半身はすっかり落ち着かないことになってきて、俺はもぞもぞと内腿をすり寄せた。
「……ふ」
 すると、それまで俺の動きになんの反応も示さなかった兄貴が小さく声を出して笑って。
「ぁ……!」
 俺の動きを続けるかのように乳首を揉みしだくようにされて、俺はたまらずに兄貴の肩口に頭を擦りつけるように仰け反った。
(どうしよう……こんな、こんなの────)
 股間のモノも、全身に広がる快感に導かれるようにどんどん大きくなっていく。ちらりと落とした視線でも確認できるくらい、俺のそこは立派なテントを貼っていた(くそう、男の生理ってなんでこんなにわかりやすいんだ!)
 俺より高いところから物を見ている兄貴にも、俺の変化はもちろん気づかれているんだろう。だけど、いつもだったらそうなっている時点で触ってくれるその場所に、兄貴の手が伸びてくることはなかった。
 代わりに兄貴の手が動いたのは、その勃起したチンコのすぐ上にあったベルトで……
『カチャカチャ』
 小さな音をさせながら器用にベルトを外すと、そのまま俺のズボンのチャックを下ろし、そして────
(ま、まさかっ?)
 兄貴の両手が俺の腰のあたりまで移動したと思ったら、突然ものすごい勢いで俺のズボンを引きずり下ろして!
「うっ・く……っ!」
 しかもそのとき兄貴は俺のズボンだけじゃなくパンツまで一緒に掴んでいて、俺のチンコは下ろされたパンツに引っかかって、ぶるんっと大きく弾んでしまった。まるで、起き上がりこぼしを大きく揺らしたように。
「あ、兄貴ぃ」
 外気にさらされた俺のチンコは、尖端がすでに濡れていたせいもあって敏感になっていた。幹の裏側に垂れていく我慢汁も、まるで兄貴の指先で撫でてもらっているみたいで。
(ダメだ……もう我慢できない……!)
 先っぽの、ホントに限界ぎりぎりのところまで溜まったものを吐き出して楽になりたくて、俺は兄貴の許しを請うように、俺の腰に触れてきた兄貴の腕を掴んだ。
 だけど兄貴は俺の望みを鋭い言葉でばっさり却下したんだ。
「この程度でもう我慢がきかないのか。大した淫乱だな」
「え……っ」
「その淫乱な身体が男を呼ぶんだな。え?」
「ち、違っ」
 熱に浮かされていた俺の身体は、冷水のように凍えた響きをもった兄貴の言葉で一気に熱が引いていった(……実際には、勃起したチンコが萎えることはなかったんだけど)。────兄貴、本気で怒ってるんだ。
「お前にその気がなくても、お前の身体に引き寄せられる輩が多いのが証拠だろうが」
 兄貴はどこか尖った声でそう言うと、右手を俺の腰から離して。
『チ・チー…………』
「そんなに男が欲しいなら、くれてやる」
 それまでのどの声よりも低い声でそんな囁きを落とすと、俺の尻の肉をがっしりと掴み、下から上に持ち上げて左右に割るようにして俺のアナルを剥き出しにした。
「えっ、ま、」
(まさか!?)
 この扉一枚隔てた向こうにはまだ若い奴らが残ってるのに──まさか兄貴、このままここでヤるつもりか!?
 俺は慌てて兄貴から身体を離そうとして(このままされたら絶対他の連中に気づかれちまう!)、だけど兄貴の力強い手は俺の尻から離れることはなくて……ああ、こんなにがっちり尻の肉を鷲掴みにされたのは初めてだ!!(恥ずかしい!!!!)
「兄貴っ、あに──っ、ふんぐっ!! っ、んんんん……っ!」
 兄貴の大きな尖端が、何の前触れもなく俺の中に潜り込んできた瞬間、唇を食いしばって声を洩らすまいとしていたはずの俺の口から衝撃音のようなものが出てしまい、すかさず兄貴の大きな左手が俺の口を塞いでいた。
『ぐっぐっぐっぐっ』
「っ! っ! っ! っ!」
 慣らされていない場所を、太くて固いものが無理やりにこじ開けて進入してくる。その久しぶりの感覚に、俺は兄貴の怒りも忘れて喜悦に全身をぶるぶると震わせていた。
 ──そうなんだ。ここのところ忙しくて、俺と兄貴は1週間もセックスしていなかったんだ(最近は3日と空けずヤッてたっていうのに)。
(あ……あ、ああ……兄貴……っ)
 声に出して言えない分、頭の中だけで兄貴を呼ぶ。脳裏には、兄貴の逞しいチンコがしっかりと勃起している映像が浮かんでくる。ああ──今俺の中に、兄貴のあんなに大きなアレが入ってるんだ……!!
 兄貴がゆったりと身体を動かすだけで、兄貴のチンコに埋め込まれたいくつもの真珠がぐりゅっぐりゅっと俺の内部を掻き回す。あの真珠たちは、兄貴のチンコの皮の下でいったいどんなふうに動いているんだろう。
(もっと、そこ……もっと、もっと──深く抉って…………!)
 もちろんその言葉は兄貴には聞こえていない。だけど、まるで兄貴は俺の頭の中の声に応えるように俺の身体を揺らしてくれる。
(いい、あっ、そこ……っ、兄貴、そこ、俺好き……っ)
 兄貴は俺にいつも『思ってることは全部声に出せ』って言う。だから俺は、兄貴とセックスしてるときも素直に思ったことをそのまま言う。
 最初はすごく恥ずかしかったけど、兄貴の前でだけだから……『好きです』も『もっと』も女みたいな声を上げるのも、兄貴が聴きたいって言うから──だから今はためらわずに発することができる。
 もちろん今は、場所も場所だし声を上げるなんてことできないけど、せめて「ものすごく感じてる」ってことだけでも伝えたくて、俺は今にも力の抜けそうな足を踏ん張って、懸命に腰を振った。
「っ、っ、っ、っ」
 兄貴も荒々しい息をつきながら、腰だけを使って俺の身体を上に揺さぶる。そのときの俺は、兄貴のチンコと兄貴の腕を掴んでいる手だけで自分の身体を支えていた。
 まさかこんな体勢で──お互いどこにも掴まらないで、直立したまま──セックスができるなんて……俺みたいな体重の重い男が立ったまま掘られるなんて、兄貴くらい身体を鍛えてれば楽勝にできることなんだろうか(俺ももっと頑張らないと……)。
(あぁんん! あん、あん、あっん、あ、あんっ、あは……んっ!!)
 兄貴がチンコを根元まで埋め込むとちょうど当たるスポットをぐりぐりと刺激されて、俺は女のように喘いだ(……頭の中だけで)。
 いつもと違う環境で、いつもと違う兄貴の責めるようなピストンが、快感を何倍にも膨れ上がらせてるみたいで────ああ、すげぇ感じちまう!!
「っっっっっっ!!!!」
 さすがにもうこれ以上は我慢できなくて、俺は身体の昂ぶりに任せて、今日一度も兄貴が触れてこなかったチンコから大量の精液を吐き出してしまった。
 激しい疲労感。抗争のとき、兄貴の命を狙った奴を追いかけ回したときもこんなに疲れなかった(あのときはただただ必死だったんだけど)。
(ああ……やべー…………)
 二度、三度と分けてぴゅっぴゅっと飛んでいく白い液体は、兄貴の部屋の上等なじゅうたんにいくつもの点を作っていく。あとでキレイに拭き取らないと……。
「んふー、ふー、ふぬー」
「…………ああ、」
 口を塞がれたままだったから鼻で思いきり息を吸い込んでいると、ようやく兄貴の手が俺の口から外れた。それでも極力大きな音を立てないように気を遣って肩で息をしていると、顎を掴まれて顔を兄貴の顔のほうに引かれた。
「んっ」
『くちゅぐちゅっ・ぐじゅっ』
 舌先で器用に口を開かされ、ずるっと潜り込んできた舌に舌の根元まで絡め取られて、俺は兄貴の求めに応えられるように夢中で舌を動かした。
 生暖かい滑りがどんどん口の中に溜まって、喉を鳴らしながらそれを飲み下す。極上の酒以上に俺を酔わせていくもの…………。
「……あっ」
 もっともっととせがむように兄貴の身体に体重を預けようとしたら、まだ俺の中にいた兄貴の熱の塊が存在を誇張するように俺の肉を叩いた。そっか……兄貴はまだイッてなかったんだ。
「兄貴……」
 名残惜しく思いながら兄貴の唇から唇を離し、まだ俺の尻の肉を掴んだままだった右手に右手を乗せて、言った。
「兄貴、出して……出して、ください…………」
「市郎……」
「俺の中でよかったら……全部、出して…………っ」
 今までにも何度も申し出ていること。数えられないくらいしてもらったこと。
 これを身体の中で感じられることは、俺にとってはものすごく贅沢なことだから……一滴だってムダにしたくない。
「…………」
 俺の願いを受け入れてくれたのか、兄貴は揺らしていた腰の動きをゆっくり抑えていき、俺の尻を掴んでいた手を腰の両脇の少し出っ張っている部分に動かして軽く掴むと、『最後の一発』とでもいうように俺の中に杭を打ち込んで。
「んんんっ!!」
 俺の汗ばんだ尻で兄貴のスーツを汚してしまうんじゃないかと心配になるくらいの間、しっかりと身体を密着させられて兄貴の脈打っている感じを味わわされて。
 やがて、俺が求めていたものが俺の身体の中を逆流するように注ぎ込まれた。
『どぐっ・どぐっどぐっ』
「ん・ぐっ!」
『どっ・どっどっ』
 久しぶりだったせいか兄貴の精液はいつもよりも量が多くて、俺の中に収まりきらなかったものが、みっちりと塞がれているはずの穴からどろどろと少しずつ溢れ出してきて俺の内腿を伝い落ちていく。
「ああ……ぁ」
 だけど俺は、その生暖かいものが伝っていく感触にも強く感じてしまって……ズボンの内側が白い液体で不自然に汚れてしまうとか、あとあと湿り気を感じた肌が痒みを持ってしまうとか、そういったことをまったく考えることもせず──そのままの状態で、体内に埋まったままの兄貴が少しずつ小さくなっていくのを味わっていた。
「……はぁ……はぁ」
 兄貴も小さく息をつきながら、俺の中からゆっくりチンコを抜く。そのとき、真珠がぶつかった部分に新しい刺激が走ったけど、『もう1回したい』とはとても言えず、歯を食いしばることで刺激に堪えた。
(……そうだ)
 それに、俺には兄貴にちゃんと言わないといけないことがあった。
「兄貴、俺……」
 足元まで落ちたズボンとパンツがジャマだったけど、その場で足踏みするような感じで身体を反転させて兄貴と向き合った。
 兄貴は胸ポケットから出したハンカチで今まで活躍していたチンコを拭っていた。思わずその姿に目を奪われそうになってしまったけど、見とれる前に言わなければいけないことがあると、頑張って視線を兄貴の顔まで移動させた。
 兄貴も俺を見下ろしてきていて、考えていることが読み取れない無表情に一瞬怯んでしまう。でも、俺の気持ちをどうしてもわかってもらいたくて、俺は度胸を出して口を開いた。
「俺には兄貴だけです。兄貴しかいらない。兄貴だけ……兄貴だけが特別なんです」
 汚れたままの下半身は兄貴の服に密着させるわけにはいかない。でも、どうしても兄貴に抱きつきたくて、俺は上半身で兄貴の身体にもたれかかるようにして、兄貴の太い首に両腕を巻きつけた。
「俺に隙があるって兄貴が言うならその通りかもしれない。でも、俺は他の人になんか興味はない。兄貴にしか──好きに、なってもらいたくないです」
「市郎……」
「これからは、兄貴を不快にさせるような態度は改めます。だから、だから……俺に呆れないでください」
 俺は一方的にそんなことを言うと、兄貴の肉厚な唇に唇を押しつけて再びキスを仕掛けた。
『ぐちゅっ』
 兄貴は何も言わず、ただ俺の身体を抱き寄せて熱いキスを続けてくれる。
 背中に走る兄貴の手に、『今回は許してやる』と言われたような気がして、俺はそのまま兄貴に身体を委ねたんだった。


 だけど、幸せな気分を味わいながらも頭の片隅で気になることが1つあった。
 ──下半身まで密着してるから、きっと兄貴のズボンには白い染みができちゃっただろう。……精液をキレイに落とすなんて、どうやって染み抜きしたらいいんだ……。


2人を引き裂くものなんて何もないのかもね(笑)

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