恋着
れんちゃく


恋着……深く恋い慕うこと


 眠れない夜はお前のことを思い出す。
 震えた唇と、溢れ出す涙がよく似合っていたお前のことを。 


 男ニ人が寝転がると、それだけで窮屈になるほど狭い六畳一間の俺のアパート。煙草の煙で少し曇った部屋の中。
 お前はアルコールの力を借りて、俺にこんな告白をしてきた。
「好きなんだ……お前のこと」
 酒は好きだが強くはない二人がウォッカのボトルを空けた結果、お前の口からはそんな本音が洩れて。
「俺なんか、愛しちゃってるぜ」
 俺の口からも、それまでずっと隠し続けていた言葉がするりと零れていた。
 大学入学と同時に知り合ってから四年。入学式当日にちらっと見かけて、その瞬間に惚れてからずっと誰にも言わずに暖めてきた感情。
 偶然学科が同じだったこともあって顔を合わす機会が多くなり、つきまとってると言われそうな域に達するほど常にお前の傍を離れず、親友として付き合ってきた。
 一緒にいる時間が長くなればなるほど想いは募り、だが『お前に嫌われるくらいなら』と打ち明けることなどできなかった。
 あるかないかの可能性を信じるより、少しでも長い間お前のすぐ近くでお前の笑顔を見ていたいと、そう思い続けて──。
 だが、刻々と迫るタイムリミットに、いつしか俺は焦りを感じはじめていた。
『このまま、何も言えないままでいいのか?』
『この気持ちを伝えないまま卒業して……本当にいいのか?』
 自問自答する日々が続き、それでも答えなど出せなくて。

 だが、卒業を間近に控えて焦っていたのは俺だけではなかったのだ。


「本当か? 本当に俺のことが好きか?」
 俺の言葉を酔っ払いの戯言だと受け止めたのか、俺の顔を覗き込んでしきりに聞き返してくるお前に、俺はへらへら笑いながら「当たり前だろ?」と答え続けた。
 その場のノリで言っているのだと思われたらそれはそれでいいと思ったが、そのときの俺の頭はすでに酔いから醒めはじめていた。
 真剣な表情で、俺の真意を読み取ろうとするかのようなお前の顔……それまでに見たことがなかった真摯な眼差しを、俺は笑いながら脳裏に焼きつけていた。
 もしかしたら、本当はお前も酔っぱらっていなかったのだろうか? ──俺に告白してくる前から。

 起こしていた上半身を元に戻し、再び俺の隣に寝転がったまま押し黙ってしまったお前に、今度は俺が体を起こし、火照った頬に手を伸ばして触れていた。
 目が合って、そのまま数分間見つめ合い……潤んでいたお前の目から涙が溢れ出したとき、それが合図のように俺たちは目を閉じ唇を重ねていた。
 性急に服を脱がせあい、全身を弄りあって息を切らしながら、俺は、自分がずっとこうしたいと思っていたんだと自覚した。
 この体をこうして抱きしめて、熱を発しているその場所に自らの熱をぶちまけたかったのだと──実際にお前を抱きしめてしまったことで、俺の欲望は止まらなくなった。
 それまでに築き上げた関係が一瞬にして消え去ってしまうかもしれないという恐怖は、俺の欲望をさらに煽るための起爆剤でしかなくて──気がつけば、お前の体の中に何度となく醜液を注いでいた。
 行為の激しさに気を失いそうになっても、それでもお前は俺を離さず、しがみつくように俺の背に腕を回し続けた。
「忘れないでくれっ……俺がお前を好きだったってこと……っっ」
 俺の動きに合わせて喘ぎながらそういうお前に、俺は欲望を叩きつけながら言った。
「お前も忘れるな。これからも…俺はお前のことを愛していくことを」
 俺への感情をすでに過去のものにしようとしているお前を、俺はそんな言葉で繋ぎ止めようとした。
 ──繋ぎ止められる自信などなかった。どれほど深く想いあっていても、お前のそれは、時が経てば薄れていく感情かもしれなかったから。
 だから、忘れてしまうことができないように何度も何度も注ぎ込んだ。お前の内側に、俺の熱情を──すべて。


『さよなら……』
 何事もなかったかのように小さく呟いて俺の部屋から出て行ったお前は、その日のうちに地元へと帰っていった。
 次に会う約束もせず。俺との関係をあやふやなものにしたまま。
 俺はいつまでも、お前の温もりが残った布団から出ることができなかった。

 二度とお前に会えなくなったら、自分はどうなってしまうのだろうと……そんなことを考えながら、お前のいない日常を暮らしはじめた。
 お前への想いを断ち切ることができぬまま、長く感じる時間をただやり過ごしていた。


 あれから数カ月。仕事に慣れ、以前より広くなった部屋にもようやく違和感を感じなくなってきた頃になって、お前のことをよく思い出すようになった。
 たった一晩きり、お前の中に熱を残したあの夜のことを思うと、今でも体が熱くなる。
 お前も思い出すことがあるんだろうか? あの狂おしいまでに幸福だった時間を。
 ──溢れ出しそうなほど注ぎ込んだ、俺の熱を。


 それは1つの賭けだった。
 学生時代、俺はいつも決まった時間にお前に電話をかけていた。その電話にコール1回で出てくれたお前の声を、もう一度聞きたくて……俺は携帯を握りしめた。
 もしもコール1回でお前が出たら…………そのときは、もう一度俺たちの時間が動き始めるような──そんな気がした。
 もしかしたら、俺はどこかでずっと信じていたのかもしれない。今もお前が俺からの電話を待っているのではないかと。


 震える指でボタンを探り、すぐさま耳に当てる。
 プップップッ……という音が終わってからの一瞬の間がひどく長く感じて。
 呼び出し音が鳴った……と思った直後、すぐに相手に繋がった。
『……もしもし?』
 聞こえてきた掠れた声に小さく息を飲む。
 ずっと聞きたかった声。ずっと、求めていた声。
 俺の想いは、ずっとお前の元にあったんだ…………。
「──まだ、俺が好きか?」
 今にも爆発しそうな感情を押し殺し、あのときのように軽く言った俺に、
『愛してるよ。ずっと、お前だけを愛してる』
 熱のこもった声でお前は答えてくれた。

 お前の中に残してきた、俺の熱が今でも熱く疼いているかのように…………。





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