ザ・オヤジ受6



 12月31日。時計が午後11時を回り、外の様子が賑やかになってきた頃。
 私は畳に広げた新聞に視線を落としつつ、向かいに座っていた弘平にちらちらと視線を送っていた。
(弘平はこの番組を見てるんだよな……。そうだよな、格闘技好きだって言ってたもんな……)
 そうは思いつつ、新聞のその欄が気になって仕方なく──私は弘平に気づいてもらえないかと、目配せのような挙動不振な動作を止めることができなかった。
 暮れも押し迫ったこの時間に、私が見たい番組など1つしかない。『どうしても』ではないが、毎年『見たいかな』程度に気持ちが動くものだったが。
(言おうかな……でも、怒らせちゃうかな……)
 だけどそろそろ『彼』の出番だ。このままだとせっかくのステージを見逃してしまう……。
「……なんだ、どうかしたか?」
 胸の内で1人格闘していると、私の妙な動きが視界に入ったのか、弘平が訝しむような顔で私を見て。
「え、や、あの……」
 だが、いざとなるとそれが見たいと言うのは躊躇われて……年末恒例の番組ではあるが、別段最初から見たいわけではなく──『彼』が出ている部分だけが気になるのだから、そんなテレビの見方をしたら弘平に失礼だろう。
「なんでもないよ」
 ともすれば引きつってしまいそうな笑みを顔に貼りつけ平静を装ってみる。しかし、私の感情の機微に聡い弘平は、私の考えているなどすぐにわかったらしく、
「なんだ、見たい番組があるのか」
 至極あっさりとそう言ってのけ、内心を見透かされたような気がしてひどく焦ってしまう。
「えっ、いや、そんなに見たいってわけじゃ……っ」
「そんな面でそんなこと言われても信じられねぇな。どこが見たいんだよ」
 言い訳がましい私の言葉など意に介せずといった様子で、素早い動きでテレビのリモコンを手にする弘平。そこまでされて『なんでもない』と言い続けるのも意固地なようで、意を決してその番組の名を口にした。
「……あの、その……『紅白』」
「……『紅白』?」
 しかし、私の発した番組名が思いがけないものだったのか、弘平はリモコンをテレビに向けたまま私の方を見て固まって。
(毎年見ているものだから見たいだけなんだっっ!!)
 内心そんなことを唱えたが、言葉に出して言うのは恥ずかしく(それこそ言い訳のようで)、弘平の視線から逃れるようにテーブルに載っていたお銚子を見つめた。
「…………」
 それでも弘平は私の望みに耳を貸してくれたらしく、テレビに翳したリモコンを操作してくれた。
『さあ、これからどんな闘いが──』
『……ていきましょう』
 聞こえてくる音が勇ましいアナウンスから聞き慣れた穏やかな声に変わる。……私のよく見るテレビ番組はNHKのニュースだ。
『さあ、続いての方はこちら!』
 番組が切り替わったのに気づいて慌てて画面に視線を移すと、私が見たいと思っていた人物がちょうど出てくるところで。
「……あっ」
 ──私は、自分が明るい声を洩らしていたことにも気づかなかった。
(彼の歌を聞くのは久しぶりだ。……楽しみだな)
 このところ締め切りに追われていて食事をするときくらいしかテレビを見ていなかったから、彼がよく出演している音楽番組も見れなかった。そのせいもあってか、私の期待(『興奮』……といってもいいのかもしれない)も高まっていたようだ。
 そのために、
「…………五木か」
 弘平の落とした呟きが耳に入ったものの、それに対して返事をすることができなかった。……それが、彼にどんな感情を抱かせるかなど考えもせずに。
(声に出して一緒に歌えないのが残念だ……)
 1人のときは、口ずさむ程度だが彼の声に合わせて歌っているので、それができないことを内心残念に思う。だが、弘平にへたくそな歌を聞かせるわけにはいかないし(きっと笑われるだけだろう)。
 聞いたことがある曲が流れ始め、彼が口元にマイクを持っていって、『さあ歌い始めるぞ』────というところで、彼の声に被さって低い声が私の耳に届いた。
『──』
「あんた、あいつが好きなのか?」
 両耳にいっぺんに注ぎ込まれた声に驚き、身体が大きく跳ね上がってしまう。そして動作が大きいまま弘平の方に顔を向け、
「え!? そ、そんなことないよっ?」
『まさかそんなこと』と、強い否定を示すために胸の前で大きく手を振った。
 ──が、大袈裟すぎる行動と、半分にやけたような表情は隠せるべくもなかったらしく。
「……………………」
「えっと、その…………」
 弘平の、『訝る』というよりは『追及する』ような視線からは逃れることが出来ず、私は仕方なく本音を洩らすことにした。……本当は、彼が歌う姿を楽しみにしていたのだと。
 しかし私はこのとき、さらに弘平を怒らせるようなことをしてしまったのだ。
「実は私は────」
 意を決して口を開いたものの、そのときすでに歌い始めていた彼の歌がちょうどサビの部分になり、弘平の質問に答えなければ──と思いつつテレビの画面を見ずにいられなくて。
 本当に浅はかな行動だ(と後で思った)が、話の途中でテレビに見入ってしまったのだった。
「…………」
「…………おい」
「……………………」
「おい、寛史」
「あっ、ご、ごめ……」
 普段の生活であまり呼ばれることがない名前を呼ばれ、ようやく我に返った私は慌てて弘平の呼ぶ声に応えた。歌っている五木さんの姿に目を奪われていて、ほとんど上の空だったものの(それがどれだけ弘平を不機嫌にさせるかなど、私はこれっぽっちも考えていなかった。
「好き……うん、歌は好きかな。歌い方とか独特だけど……」
「…………」
「歌ってるときの表情が豊かなのも魅力かもしれないね。体型もずっと変わらないし」
「……………………」
 弘平はそれきり何も言わず、私も久しぶりに見る五木さんのステージに心奪われていたのかテレビに見入っていて──気づけば沈黙は彼の歌が終わるまで続いたのだった。
『五木ひろしさんでしたー!』
 司会者の陽気な声に満足し、小さく頷きながら呑んでいた日本酒に手を伸ばした──ところで、部屋の空気がどこか白けていることに気づいて弘平を振り返った。
 すると弘平は、睨みつけるような目で私を見ていて……その視線に恐怖心を煽られた私は、思わず身を引いて弘平との距離を取ろうとしてしまった。
 その小さな動きに弘平は敏感に反応して、机の上に出していた右手を素早くこたつの中に入れたかと思うと、こたつの中で伸ばしていた私の足首を掴んできて!!
「わっ!!」
 驚いてこたつから飛び出そうとしたところを更に押さえつけられ、掌に力を入れられて、思わず
「い……痛、いっ」
 と声を上げてしまう。
 けれど弘平は私の足を離そうとせず、むしろ私の身体をこたつの中に引きずり込もうとするかのように手を引いてきたのだ。
「こっ、弘平っ!?」
 いったい何のつもりかとこたつ越しに弘平を見ると、その表情は先ほどよりもさらに険しいものになっているようで(いや、確実になっていた!)。
(お……怒ってる?)
 今までに何度か見たことがある表情に、彼が今どんな感情を膨らませているのかを悟ってしまい、私の心臓は萎縮した。
 さらに、
「……ニヤけてんじゃねぇよ」
 地を這うような、彼がいつも怒っているときに発する声音が追い討ちをかけるように響いて、
「ご、ごめん……」
 私はわけもわからないまま、なぜか素直に謝っていたのだった(……だって、弘平の顔が鬼のように恐ろしいことになってたから…………)。
「…………」
 弘平は謝罪の言葉を口にした私に何も言わず、しばらくの間画面をじっと見つめていた(すでにそこに五木さんの姿はなく、次の女性が歌い始めていた)。
 そして、何を思ったのか突然立ち上がると、向かい側に座っていた私のところまで歩いてきて──こたつに胸元まで埋まって(埋められて)いた私の身体を、今度は両脇に手を差し入れて一気に外へと引きずり出した。
「わっ!?」
 力の抜けた身体は抗う余裕もなく膝から下を残してこたつの外に出てしまう。その私の身体を足の間に抱き込むようにして、弘平はこたつから離れた場所に座った。
(どういうつもりなんだっ?)
「弘平、いったい──」
 弘平がしようとしていることがさっぱりわからず、抗議の声を上げようとして弘平を振り返った瞬間、唇を厚いもので覆われて声が出せなくなってしまう。
「ん……っ!?」
『きちきちゅっ・くちゅっ・ぐちゅっ』
「ん……ん、んんっ」
 仕掛けられたくちづけがいつもよりも性急で、そして濃厚で……私は弘平の腕に爪を立てて、弘平の動きに合わせようと必死に舌を動かした。
 ──だが、巧みな動きについていくことなどとてもできず、すぐにリードされてしまう形になったが。
『ぐちぐちっ・きちゅっ、じゅるっ』
「んく……んっ」
『ちゅ・るっ』
 生温い液体が口の中に流れ込んできて、慌てて飲み下したものの飲み干し切れずに唇の端から零れてしまう。それに気づいた弘平は私の唇から唇を離し、顎へと伝っていたそれを舌を伸ばして舐めとった。
「あ……」
 互いの唾液が混ざったものを咀嚼されるのは苦手だ。自分が味わう分にはなんともないが、他人に自分の体液を味わわれているかと思うと……無性に恥ずかしくなってしまう。
『ちゅっ』
 私の顎を舐めていた舌が離れ、もう一度小さな音を立てて私の唇を吸うと、弘平の顏はようやく離れていく。その頃には、抗議の声を発する気力など欠片も残さず削がれていた。
「はぁ……はぁ……」
 荒くなってしまった息を整えようと、弘平の身体に背を預けたまま深い呼吸を繰り返す。弘平はそんな私の身体を、さらに密着度を上げるように抱き締めてくる。
 すると。
「……え?」
(何か……当たってる?)
 気のせい……ではない。腰骨の少し上あたりに、棒状の固い物体が──
(って、まさかっ?)
 ──そう。それは、見て確かめるまでもなく、弘平の…………
「…………」
「こ……弘平?」
 声をかけるのが躊躇われるような沈黙と態勢。だが、腰に当たったそれをそのままにして無言でいられるわけがなく、私は恐る恐る弘平に声をかけた。
 弘平は無言のままもぞもぞと両手を動かし、私の肌のいたるところに触れてくる。手に力を入れるわけではなくただ撫でるだけの動きだったが、全身に寒さのせいではない鳥肌が立っていく。
 突然弘平の頭が首筋に埋められて、すうっと大きく息を吸い込む音がした。
「ちょっ、それは──っ」
 弘平はときどきこの行為をするが、私はこれが苦手なのだ。自分の匂いを……俗に『おやじ臭』といわれる匂いを嗅ぎ取られているのではないかと不安になってしまうから。
「やだ……弘平」
 緩く首を振り顔を離してくれと懇願すると、それまでずっと動いていた両手の動きが、胸と股間に置かれたまま止まってしまった。
「…………」
「…………?」
 顔を上げない弘平が、何を考えているのかさっぱりわからない。
 そして、密着したままになっているそれもどうなるのかわからなくて……私はただ弘平の次の行動を待ち構えることしかできなかった。
 そして弘平は、自分からは決して動こうとしない私に気づいていたようで(そんなことは随分前からわかっていただろうが)、ゆっくり顔を上げて──呟いた。
「……やるか」
「えっ? う、うぐっ!?」
 その小さな呟きのあと、手の置かれていた場所を掴まれて──胸元はともかく股間を強く握られ、さらにぎゅっぎゅっと力を加えられて、思わず変な声を洩らしてしまった。
「メシ食いすぎただろ? ほら……動こうぜ」
「えええっっっ!?」
 笑いを含んだ声で言われ、腰を上げろと引きずるように促されて、私は恐怖に慄【おのの】いた。
 何を『やる』か、そ、そんなことは口に出して言われなくてもわかるが──腰に当たっていたものの存在が如実にそれを物語っていたから──そんな、まさかこんなときに!?
「ちょっ、待って、弘平!?」
 紅白は順調に順番が回り、私の知らない歌手が熱唱している。だが、もう少しで番組が終わることは時間的にも明らかで──ということは、年明けが近いということじゃないか!!
(こんな時間からそんなことを始めたら────年が明けた瞬間はどうなってるんだ!?)
 しかし私の心配など、弘平には知ったことではないようで。
「膝で立って、その縁【へり】に掴まれよ」
 こたつに面して座り、さらに四つん這いのような姿勢を取らされた私の手の上に厚い掌をかぶせ縁を握らせると、すぐに手を放して私の腰に両腕を巻きつけてくる。
「えっ……なっに!?」
 それから素早い動きで私のズボンの前を開け、ズボンの下に穿いていた股引も、下着もすべてまとめて剥ぎ取って!! やっぱり弘平──このままあの行為をするつもりだ!!
「やだっ、や・ぁっ」
 突然外気に晒された肌が粟立ち、ぶつぶつと立ち始めた鳥肌を見られるのが嫌で、右手を伸ばして隠そうとした。
 ──が、ズボンを下ろしたその手が伸びてきて手首を縫い取られてしまい、その場所は弘平の眼前に晒されることとなってしまった。
(こんな……こんなことっ!!)
 剥き出しになったそこにストーブの風が当たり、それが小さな刺激となって皮膚が震える。それが自分でもわかって恥ずかしい…………!!
「やだ、見るな……っ」
 電気が煌々とついている空間で、普段では有り得ない体勢で普段では決して見られることがない場所を凝視されるなど耐えられない!
 しかし弘平は、そんな私の気持ちなど十分わかっているだろうに敢えて無視して、自分も膝立ちになって私のそこに顔を近づけてきたのだ!!
 しかも、
「そう言われてもな」
「っひ・ぃっ!」
「こんなヒクヒクしてるここ、放っておけるかよ」
 見るだけでは飽き足らず(なのかどうかはわからないが)、乾いた指先が秘口を突ついてきて!!!!
「やだっ、……っ!!!!」
「すげぇ……肉が動いて俺の指先咥え込もうとしてるぜ」
「そんなことっ────!」
「ないって言いたいのか? 『触って舐めて挿れて欲しい』って言ってるけど?」
「やっ、んんっ、ん・ぁっ!」
「ほら、そうだろ?」
 とんとんとんと、指先でノックするようにリズミカルに触れられて、いつもは意識して動かすことなどない尻の筋肉が引き締まる。そこにもう片方の手が伸びてきて、高めの体温を持った掌が双丘を撫で回してくる。
「やだ……やだ、弘平……っ」
 じんわりと、自分の中に熱が溜まっていくのがわかる。目に見える欲望が、首をもたげていくのが──わかる。
「は……あ、あ…………っ」
「……勃ってきてる。気持ちいいんだろ」
「やだ……ぁ」
 抵抗の言葉など、ありありと誇張されたそれが前ではなんの意味もない。弘平もそう思っていたようで、容赦なくその場所に指を押し当ててくる。
 もう片方の手も、私の固い尻をただ撫で回すだけに飽きたのか、時折力を加えずに薄い肉をぶってきて……その動きのリズムが、まるで何かの曲の節を取るようだと感じたのは、私の気のせいだろうか?
「あ……」
 じっとりと全身に汗が滲んでくる。膨らんだ欲望の尖端が湿り気を帯びて、そこからゆっくりとぬめりが溢れ出していく。
 身体が感じるまま、抑制できずに欲望を垂れ流すなんて──こんなに堪え性のない人間だったろうか、私は。
「やっとその気になってきたか」
 すぐにでも吐精に繋がってしまいそうな刺激をやり過ごそうと、必死に身体を強張らせた私の動きに気づいた弘平が『我が意を得たり』とでも言うようにさらに両手の動きを敏捷なものにする。
 特に、秘部に押し当てられていた指先は、勢い余って内部まで侵入してくるようになり──!
『ぐっ・ぐっ・ぐっ』
「いたっ、痛いっ!」
「だけじゃないだろ?」
(ほ、本当に痛いだけだっっ!)
 もしかしたら、もう少し奥まったところまで指が届けばそこから快感が生まれてくるかもしれないが(……って、何を考えているんだ、私は!?)、今の弘平の行為にはそんな気配などまったくしない。
「力抜けよ。指がうまく入らないぞ」
「い、いれなく、て……い、いい……ってば、ぁっ」
「ああ? 遠慮するなよ」
『ずっ……っ』
「ああっ! い、た……!!」
 どこか不自然なほど強制的に行為を強要してくる弘平に、私は強い違和感を感じざるを得なかった。
(こんな弘平は久しぶりだ──)
 そう、確か……私たちがこういう関係になってすぐの頃、弘平が私と片桐君の関係を疑ったときにも──こんなふうに有無を言わせず、苦痛の伴う行為をされたのだった。
 今の弘平はあのとき同様……そう、まるで────『嫉妬』、しているかのようだ。
(いや、そんなことあるわけない)
 まさか弘平が、大スターの五木さんにそんな感情を持つわけがない。きっと、自分のもの(だと思っているのだろう)が脇目を振ったのが気に障ったんだろう。そうに違いない。
「弘平、やめて、もう……っ」
 紅白はクライマックスに向けて華々しい演出が続いている。まるでそれに煽られるように、弘平の行動もどんどん激しくなっていく。
『ぐっぐっ』
「痛いから……もう、それはやめてくれっ!」
 ひりひりとした痛みにそれ以上耐え切れず、悲鳴にも似た声を上げると、そこでようやく弘平の動きが一瞬止まった。
 そして、
「なんだ。もっと太いのが欲しいのか」
 突然そんなことを口走ったかと思うと私の身体から離れ、カチャカチャと音をさせてベルトを外し、ジッパーを下げて──がばっと私に覆い被さってきたのだ!!
「ひ……っ!」
(そんなことは一言も言っていないし思ってもいない!!)
 そう叫びたいものの、あまりのことに声が出せなくなってしまう。さっきまで呑んでいた酒のせいか、喉が熱くひりつく。
 服を脱いだ弘平の下半身が私の肌に触れ、固くそそり立ったそれが────私の尻に触れてくる。
「やだ、やめ……っ!!」
 私の秘部に触れてきた弘平の尖端はすでに濡れていて……それが私の身体に反応してくれているのだと思うと内心悪い気はしなかったが、
「欲しいだろ? ほら…………」
 熱を受け入れる準備もままらない状態のそこに押し入ってこられたときは、心底『挿れないでくれ!!』と大声を上げたかった。
『っぷゅっ』
「ぐ、あ……っいっ、た、痛い、弘平……っっ!」
 自分では見たことがない皺の1本1本が、限界まで引っ張られてぴりぴりと痛みを発する。もしかしたら裂けて血を流しているかもしれない(それだけは勘弁してもらいたい!!)。
「やぁっ、だっ、も、動かな……っ」
『ず……ず、ずぷ……ぅ』
 ゆっくりとした律動と共に奥へ奥へと侵入してくるものが怖くて堪らなくて、腹部に力を入れて侵入を拒もうと試みる。
 だが、身体を揺すられる動きに細い息をするのが精一杯で、息を詰めることはできなくて……やがて弘平は、私の奥深くまでその欲望を埋めていたのだった。
「あー……あったけー、あんたの中」
「ばっ、ばかっ! あっ、いたっ」
 身体をぴったりと密着されてそんな身も蓋もないことを言われ、咄嗟に声を上げながら弘平を振り返ろうとした。──が、その振動で深々と満たされたものが動き、新たな痛みに声を上げてしまう。
 どこまでも情けない私の様子をおもしろがっているのか、弘平は小さな笑いを零す。そして、意地の悪い囁きを私の耳元に落としてくる。
「痛いだけか? ……ここは、いいんじゃないか?」
「あっ……、ん、やっ、あっ!」
「ここをこうして抉ると……」
『ぎじゅっ』
「あっ! あ、あっ」
「ここも──どうだったっけ?」
『ぐじゅるっ!』
「んっ、んんっ、あぁっ!」
 もはや私の身体の中で弘平の知らない場所などないのではないか──そんなことを思ってしまうほど、弘平は私の身体のことを知り尽くしていて。
「ほら」
『ずっ』
「ほらよ……」
『じゅぶっ』
「ああ……んっ!」
 自分でも気づかないうちに、いつの間にか快感を感じ取るようになった場所がたくさんあって──その場所を次々に探り当てられて、私は声を抑えることができなくなっていく。
『っちゅっ・ぬちゅっ・にゅちゅっ』
「あ……あ、あ……っ」
 じわりじわりと滲み出てきたお互いの体液で私の内部が潤っていき、極限まで膨らんでいる彼が出入りするたびに新たな音を呼ぶ。
 その音がだんだん速くなっていき、弘平の欲望の、特に張り出した部分が内壁の至る所を擦り上げていく。
「こ、こ、へ……、ちょっ……待っ、て、ぇっ」
 身体が引き裂かれてしまいそうな衝撃に、恐怖心なのか、それとも他の感情からなのかわからない身体の震えが私を芯から竦み上がらせる。
 そんな私を見咎めた弘平は、私を挑発するように軽く腰を突き出し、そのまま小刻みに揺さぶってきて。
「どうした……動けよ」
『づっぷ、っぷぢゅ』
「ああ……っん!!」
「それとも、もっと俺に動いてほしいのか? ……こんなふうに」
『ずじゅっ・ずじゅっ・ぐじゅっ・っじゅ・っぷじじゅ!』
「っ、はっ、あぅ、んっ!」
 弘平の動きに合わせ、私が掴んでいたテーブルががたがたと音を立てる。視界の隅に映った酒がなみなみと注がれていた猪口は、気づけば半分以下に減っていた。
「やぁ……っ! そ、そんなにしな……でっ、こうへ、ぇっ!!」
 がくがくと揺すられている身体がいつ限界を迎えるのか自分でもわからなくて、拒絶の言葉ばかりが唇から漏れる。
 だが弘平は、それが私の本心だとは思っていないようで────!
「今やめていいのか? ここ、こんなにしてるのに……」
「ああうっ!」
『ぎゅうっ』
「ほら、扱いてほしいだろ? このぱんぱんに膨らましてるチ○ポをよ……」
 大きな手が私の欲望を握ってきて、限界まで大きくなっていたそこを撫でられた衝撃に目の前で無数の星が弾ける。
「ああっ、あぅっ、うっんん……っ!!」
「いい声上げてんじゃねぇか。五木に負けてねぇぞ」
「やだ、やだ……はっ・ぁっ」
 自分が恥ずかしくてたまらなくて、でも強い快感を前にどうすることもできず──
「んはっ、は、あっ、ああっ!」
 私は奇妙な声を上げながら、平衡感覚を失った身体を支えることしかできなかった。
(どうしよう。年末なのに……あと少しで年が明けるのに──!)
 例年ならば、1年の出来事を振り返りながら静かに新しい年を迎えるのが私の年越しの過ごし方だった。
 それなのに、今年はこんな……肉欲に溺れたままでいるなんて!
『ずぷっ、ずぷっ、ずぷっ』
「こう、へ……っ、も、もうやだっ……」
 涙が次から次へと溢れ出してきて、手放しで泣いている自分の情けない姿が脳裏に浮かび、羞恥心に体温が上がっていくような感じがする。
 けれど弘平は動きを止めようとはせず、
「いいじゃねぇか、このまま年越ししようぜ」
 そんな恐ろしいことまで言ってきたのだ!(どうしてこの若者はこんなに奔放なんだ!?)
『ぎじゅぎじゅぎじゅぎじゅっ』
「っ、んっ、ぁっ、あぁっ」
 しかも、いつにも増して激しすぎる弘平の動きは、無事新年を迎えたいと思っていた私の願いを根底から覆すようなもので────!!
(腰が……腰が……っっ)
 早すぎる動きと上下左右に揺すぶられる衝撃が、決して頑丈とは言えない私の腰の耐久性を一気に落としていく。鋭い痛みが走るというわけではないが、脊椎の奥からじわじわと破壊されていくような恐ろしさがあり、その感覚はときどき味わわされているものの強い恐怖心は否めなかった。
「いやだ、弘平、も……もっと、──っくり、」
「……なんだって?」
「も……ゆっ、くり、っ、ゆっくり、して────っ」
 弘平の前後運動に逆らうように、軋みを上げている腰を左右に揺すり、老体の限界を訴える。すると弘平は、自分が身体を繋げている相手が若くないのだとようやく思い出してくれたのか、
「……ああ、そうか」
 そう呟くように言うと、どうしても肩こりがひどいときにだけ使うマッサージ機の、速度レベルを1つ落としたくらいに腰の動きをゆっくりにしてくれて(……あんなものに例えるなんて、私も相当酔っ払っているんだろう)。
『っちゅ・っちゅ・っちゅ』
「はぁっ、あっ、あぁっ! やっ、そこ……っ、い、いんっ」
 私の身体には適当な速度で、快感を引き出す箇所を幾度となく攻めてくる弘平。
 ……いつしか私は弘平が与えてくれるものに酔い痴れ、それまで気にしていたいろいろなことも、弘平を拒むことも忘れていた。
「いいか? 気持ちいいんだろ?」
「い、いい、こうへ……っ、いいっ、そこ、いいっ!」
「……だったら、もう五木になんざうつつ抜かすなよ」
 弘平がそう言ったのは聞こえたものの、その言葉の意味を理解することはできない。イツキ……とは、誰だ?
『ぢゅっ・ぢゅぐっ・ぎじゅっ・ぶちゅっ』
「あ、んっ、ぁっ、あっ」
 弘平の動きに合わせて洩れる自分の声と、動きの激しさを証明するかのような淫猥な音。
 過敏になった神経に、その音は鋭い稲妻のように突き刺さってくる。
「やっ、……弘平、弘平っ!」
『じゅっじゅっじゅっじゅっ』
「んっ、ふっ・ふっ・んっ・んっ」
 私の入り口を押し拡げ、強い刺激をもたらす弘平の熱が一定のリズムで私の体内を出入りする。もう──この熱を味わう以外に、他の事なんて考えられない!!
「も、もう……弘平っ!」
「──まだだ」
『ずるるっ──っ・ぱぁんっ!』
「────っっ!!」
 私の内部で暴れていた熱い肉棒が尖端を残して引き抜かれ、それから一際強く叩きつけられる。
 疼きを発している場所を抉り擦られ、あまりの刺激に息が詰まる。
「っぅぐ、んん……っ!!」
 いつも達する瞬間に発してしまう奇声を上げるのが嫌で、強く唇を噛み締めたらそんな音が出てしまい、さらに恥ずかしい思いをすることになった。だが、その声を恥ずかしいと感じる余裕など、そのときの私にはなくて。
「でちゃ……出ちゃう、うぅ……っ!」
『────びじゅっっ』
 どんなに身を絞っても高まる射精感は堪えることができず、情けなくも私はそう叫びながら精を解き放っていたのだった。
「あ……、はぁ、っ」
 強張っていた全身が強い疲労感に襲われ、その体勢のままでいるのが辛くなる。
 だが、私の背後で詰めたような呼吸を続けている弘平は、まだ限界を迎えてはいなかった。
『じゅっじゅっじゅっじゅっ』
「ん──────っ!」
 射精した直後ではどんな刺激も息苦しいものでしかなく、弛緩しようとしていたその場所も、さらなる打ちつけに驚いたように竦み上がるだけだった。
「…………くっ」
 だが、思っていたよりも早くその行為は終わりを迎えた(弘平は少ししつこくするところがあるから、私はこのときもきっと長い時間その状態を続けられるかと思っていた。……そんなことを一瞬でも考えた自分が信じられない)。
『ずるんっ』
「んんっ」
 ある種爽快感に似たような感覚が下腹部から脳天に向かって走る。限界まで拡げられていたそこがすぐに元に戻ろうと収縮を繰り返したせいで、生暖かい液体が窄まりから内腿に伝っていく。
「──ヒワイだな」
「え…………?」
『ぐちゅきちゅっきちゅ────びしゅっ』
「あ…………っ」
 弘平が何かを言った──と思った次の瞬間湿った音がして、濡れていた内腿に熱いものが当たってきた。……弘平の、精液、だ…………。
 いつもは私の中で達することが多いのに……まさか、年末だからと気を遣ってくれたのだろうか?(……そうだとしたら、嬉しい反面恥ずかしい…………)
「…………ふぅ」
 押さえつけられていた両手から弘平の手が離れ、ティッシュを数枚引き抜いて私の股間から内腿までを素早く拭いてくれる。少し乱暴な手つきが彼らしい。
「ほら、こっちの足あげろよ。────次はこっち」
 すぐに動く気になれなかった(正確には、すぐに動けなかった)私をやんわりと抱き上げ、脱ぎ捨てられていた下着と股引とズボンを穿かせてくれる。私はされるがままとなりながら、テレビから流れてくる鐘の音を聞いていた。
「さて、蕎麦の準備でもするか」
「…………あ、あぁ……」
 素早く立ち上がり、自分も衣類を纏いはじめる弘平。まるきり疲れた様子のないその動きに、私は胸の奥で一つの願いを唱えた。
(何分の一でもいいから、彼の体力を私に分け与えて下さい……)


ヒロシ イツキに嫉妬する弘平。

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