2人だけの、秘密の……




 あと少しで終業時間、というときになって、パソコンに向かっていた俺の肩に誰かが触れてきた。
 そいつは俺が振り返るより先に、
「斎【いつき】君、今日残業頼めるかな?」
 と不吉な言葉を投げかけてきて。
「……はい」
 聞き慣れたその声が有無を言わさぬ威圧感を持っていて──というより、他の奴らが聞いている前で口答えできない相手だったというだけなのだが──俺は不本意ながらもしぶしぶ頷いた。
「そうか、悪いね。僕も付き合うから一緒に頑張ろう」
 一見部下思いともとれるその言葉が、タブーへの誘いだということは明白で……。
「たっぷり可愛がってやるからな……悟」
 俺にしか聞こえない不吉な呟きを耳元に残し、そいつは悠々と去って行った。
「は〜〜……」
 終業を知らせるベルと同時に口から洩れてしまう重い溜息。だが、そんな俺に同情しつつ足早に帰っていく薄情な連中。

 ──誰も思いつかないだろう。この俺とあの上司が、男同士でダブル不倫してるなんて。



 最初は成り行きみたいなものだった。
 俺が入社したばかりの頃にあの人と2人きりで残業する機会があり、そのときになんとなくそんな雰囲気になって(どうしてそんな雰囲気になったのかは覚えてないが)、そのまま最後まで頂かれてしまったという──遊び人の代名詞のような、多分にモラルに欠ける関係がそれから始まって。
 それまで俺は男と付き合ったことは一度もなかったし、ましてやセックスなどしたこともなかった。
 なのに、あいつとすんなりそんな関係になってしまったのは……慣れない環境の中で唯一頼ることのできた相手になら何をされてもいいかな、とか考えたせいだろう。────そうだ、あのときの俺は疲れきっていてまともな判断力を失っていたんだ(これは決して言い訳ではない。……はずだ)。
 だが、週に1回程度の密会は、奇跡的に誰にもバレずに現在まで続いている。俺がこの会社に入社して3年経つから──もう3年もこんな関係を続けてるってことになるのか。
 3年の間に俺は学生時代から付き合っていた女と結婚し、そして去年娘が生まれていた。最近は「若いうちにもう1人くらい生みたい」という妻の要望に応えて、2人目を作るかどうか目下思案中だ。
 もちろん向こうにだって家族はある。確か子供は3人いて、一番上の息子さんは今年で15歳になると聞いた。……俺とあの人の年の差より、あの人の息子と俺との年の差のほうが小さいなんて……複雑(ちなみに俺は今年で26になる。あいつと俺の年の差は20だ)。
 お互いに、会社では『良き上司』『良き部下』を、そして家庭では『良き父親』を演じながらこんな関係に耽っているのだ。我ながら(よくもまぁこんなことを続けてるな)と思う。
 思うが、今までやめようと思わなかったのは……俺も少なからず『気持ちいい』とか思っちゃってるからなんだろう。
 男の俺が男のあいつに抱かれるなんて、最初の頃は違和感を感じまくっていた行為だが、どういうわけか今ではそれを簡単に受け入れてしまうことができる。もともと気持ちよければなんでもいい性質だったりするんだが……慣れってのはホントに恐ろしいものだ。
 当然のことだが、残業と偽ってあいつと会社でしてることは妻にはバレてない。極力汚れないように気を遣ってお互いゴムは必着してるし、だからシャワーを浴びる必要もなく余計な詮索をされずに済んでる(俺はあまり汗をかかない体質だから、シャツも汗でぐっしょりになったりしないのだ。……あいつはどうか知らないが)。
 行為の後に飯を食いに行ったりして、帰宅時間が相当遅くなると妻が訝しんで携帯に電話してくるが──そのたびにあいつが電話に出るもんだから、「今日も会社の付き合いだったのね」とすぐに納得してしまうらしい(そのあたりも計算してるんだろう、あいつは。……あくどい野郎だ)。
 あいつの奥さんはすでに放任してるらしく、電話もしてこないし変に疑ったりもしていないらしいから、このままこの関係を続けようと思えばいくらでも続けられる気もする。
 ……だが、秘密なんてものはいつどこから洩れるかわからない。
 そう断言できるのはなぜかって、それを知らしめるような出来事が社内で勃発したからだったりする。つい先日、ある女性社員と妻子持ちの中堅社員の不倫が露呈して一悶着あったのだ。
 男性社員の妻が会社に乗り込んで来て、他の社員の見ている前で女性社員の髪を引っ張ったり顔を殴ったりしながら暴言を吐きまくり。男が数人がかりで押さえたにもかかわらず妻の剣幕は収まらず、結局警察が出動してくる騒ぎにまで発展して──『修羅場』って表現がぴったりな状況が真昼間の社内で繰り広げられたのだった。
 その騒ぎの後、男性社員は九州支社に左遷、女性社員は退職処分となり、世間一般で正論とされている『不倫はするもんじゃない』っていう定説が社内に広がったのはいうまでもないだろう。
 もちろんその強烈な現場は俺も目の当たりにしていて、心臓を鷲掴みにされたような、肝が冷えたような心地になった。
 あんなものを俺の妻とあの人の奥さんがやったら──なんて、怖すぎで想像したくない。少なくとも、俺の妻は大暴れした男性社員の妻と同じことを本当にやりかねないのだ(けっこう気が強いところがあるからな)。
 しかも、俺たちの場合はどちらも男なのだ。最悪の場合エログロな三流記事にされてもおかしくないだろう。
 そんな諸々の事情(事情といえるほどのものかどうかはわからないが)から、俺の中で『こんな関係はそろそろ終わらせるべきだな』という思いが日に日に強くなっていて。
 今度「残業してくれないか?」と言われたら(あいつから残業に誘われるのは『今夜はヤるぞ』って言われてるのと同じなんだ)、「こんな関係はもうやめよう」と言うつもりだった。
(しょせん遊びの付き合いなんだ、簡単に終わらせることができるだろ) 
 あいつならすぐ俺の代わりを見つけるだろうし──なんたってだらしない下半身の持ち主だからな──俺は帰っていく奴らを見送りながら、3年間続けてきた関係を絶つ瞬間を待ったのだった。



「やあ、悪いね斎君」
 デスクに両肘をつきぼんやりと考えを巡らせていると、不愉快なほど明るい声が背後からした。
「……仕事は?」
 本当は振り返りたくなくて仕方なかったが、突然抱きつかれるのはごめんだと思い(……前にそんなことがあったんだ)のろのろと頭を動かしてそいつを見た。
 なるべく穏やかな態度を心がけようとしたものの、
「ああ、あれね。そんなに急がなくても大丈夫そうだから明日やることにしたよ。いやー悪かったね」
 そいつはこっちの血管が2、3本切れそうなことをしれっと言ってのけた。ちきしょう、このクソ野郎どうしてくれよう!!
「……そうですか」
「まま、せっかく残ってくれたんだ、コーヒーでも飲んでいかないか? 僕がいれてあげよう」
 怒りで形相が変わっている(だろう。たぶん)俺のことなどまったく気にせず、鼻歌なぞを歌いながら給湯室へと向かってしまう。
 そして、(どうせインスタントだろ)と思っていた俺の予想を裏切らず、一分と経たずに戻って来たそいつに手渡されたカップの中には、溶けきっていないコーヒーの粉が浮いていたのだった。
「……悪知恵ばっかり働かせやがって……」
「ん? 何か言った?」
「なんにも言ってねぇよ!」
 いつの間にかフロアには俺とそいつの2人になっていた。ここのところ残業するほど忙しくもないし、早く帰れるならそれに越したことはない。──もちろん俺だって愛する家族が待つ家に早く帰りたいんだ!
 このまま話を先延ばしにしたらどうなるかわからないと判断し、俺は頭の中で組み立てていた手順は省いて一足飛びに本題を切り出した。
「……もうやめようぜ。こんな関係」
 そっけなさを装ってそう言うと、煙草に火をつけようとしていた手が止まる。
「それはまた……ずいぶん急だな」
 俺が発した言葉がよほど予想外だったのか、ほんの少しの動揺が声ににじむ。──だが、それも一瞬で。
「どうした、奥さんにばれたか?」
 くわえ直した煙草に火をつけ、大きく吸い込んだ煙を吐き出したときには、いつもの飄々とした口調に戻っていた。
「バレてたらこんなにのうのうとしてらんねえよ。そうじゃなくて──」
 俺の表情からも何かを読み取ろうとしているのかじっと強い眼差しに見つめられ、用意していたはずの言葉がふいにわからなくなり口ごもってしまう。
「そうじゃなくて……もし、さ、俺たちの関係がバレたら大変だろ? この間あんな騒ぎもあったし……」
「ああ、あれは確かにすごかったね」
「そうだろ。…………」
「……それで?」
「このまま隠し続けてくなんて無理だ。あんただってそう思うだろ?」
「……そうだね」
「もう潮時なんだよ」
「……そうかもね」
 俺の言葉に一言も反論せず、さも『自分もそう思っていた』という様子で頷く。こんなときまでマイペースを崩さないなんて、なんて嫌な野郎だ。
「わかってるんだったら……これっきりにしようぜ」
「…………」
 だけど、俺の吐いた最後の言葉にそいつは頷かなかった。
「…………な?」
「………………」
「……………………おい」
「…………………………」
 互いに遊びだと割り切ったこの関係には、深刻な問題など何1つないはずだ。
 それなのに……重苦しい空気がフロアを満たしていくのは、なぜなんだろう?


「……………………………………」
「……………………………………」
 それ以上言葉が出てこなくて沈黙に任せて黙り込む。俺の正面に立って黙々と煙草を燻らすそいつを見ていることはできず、窓の外に視線を流して小さく息をついた。
 これはなんの沈黙なんだろう。……どうしてこいつは一言も話さないんだ?
(まさか、こいつが相手でこんなに気まずくなるなんて──)
 俺の知ってるこいつは何事もいいかげんで、常に気色悪い笑みをたたえた嫌味な男でしかなくて──こんなふうに無表情で黙り込んだりするような奴じゃなかった。
(………………まさか)
 ……もしかして、こいつ────俺になんらかの感情を持っていたんだろうか?
 だからこうして何も言わずに、まるで俺を責めているような視線を投げかけてくるんだろうか?


 だがそいつは、俺の考えこそ気の迷いなのだと言わんばかりに、シリアスな空気をすぱっと断絶するようなその場に似合わない明るい声を上げたのだ。
「それは、関係を隠すことができないほど僕のことばかり考えるようになってしまうということかな?」
「ばっ……ち、違うに決まってるだろっっ」
「あ、焦ってる。図星だったってわけかぁ」
「違うって言ってるだろ!?」
「ムキになって〜」
「なってない!!」
「そんなところも可愛いよv」
「〜〜〜〜っっっっ!!!!」
 前言撤回! やっぱりこいつはこういう奴なんだ!!
(くっそ〜〜! 紛らわしい態度なんかとりやがって!!)
 意思に反して顔が赤くなっていくのがわかる。こいつの言動に振り回されるのはいつものことだけど、今日はいつもより何百倍も恥ずかしい!
(こんな奴と関係してたから、俺の考え方も汚染されてたんだ! きっとそうだ!)
 そうじゃなきゃ、誰がこいつを意識したりするかっ!!!
「……どうしたのかな? そんなに顔を赤くしちゃって」
「あっ、赤くなってなんかいねぇよっっ! 誰があんたを意識して赤くなるかっ!」
「ええ?」
「えっ!? や、そ、その……っ!!」
(何言ってんだ俺!?)
 思わず口走った言葉に自分で驚き、勢いのままそいつの顔を仰ぎ見てしまう。恥ずかしさが自己嫌悪に変わり、さらに顔が熱くなる。
「────────」
 俺を見下ろしていたそいつは喜劇俳優のように片眉を上げ、そして次の瞬間唇の端を持ち上げる。──まるで何かを見透かしたかのように。
「まあまあ、そんなに照れないで」
 一歩、また一歩と弾むような足取りで俺に近づいてくると、腰を屈めて俺の顔に顔を寄せてきた。そして真剣な眼差しで俺を見据えてくる。
「悟」
 仕事の時間以外でこの表情を見たことがなかったために、必要以上に胸が高鳴ってしまう。……くそ、何気に整った顔してるんだよな、こいつ!
「な、なんだよ。離れろよっ」
 今までに感じたことのない空気に戸惑い、どぎまぎと焦りながら顔を離そうとした。でも、強すぎるほどの視線から逃れることはできなくて。
「お前は俺との関係を終わらせたいのか? 俺と寝るのに飽きたのか?」
 そいつが自分のことを『俺』と呼ぶのは初めてで、その響きまでも新鮮で。
「不倫騒動に便乗してでも手を切りたいと……そう思っていたのか?」
 いつもとちょっと違う環境と鋭い視線に、本心を──『あんたに抱かれるのは別に嫌いじゃない。この関係を無理に終わらせたいわけじゃない』──と言いそうになってしまう。────だけど。
「……そうすることが最善だろ」
 まるでそれこそが俺の本心であるかのように告げ、溜息というオプションをつけて別れ話を演出した。嘘が上手くなったな、俺も…………。
 ────────だが。
「だったら」
 必死で吐き出した俺の言葉に、そいつの顔には一瞬にしてさっきまでの能天気な表情が戻ってきたのだ!
「その考えが一蹴されるように、今夜は頑張っちゃおうかな」
「────え?」
「もう1度しっかり抱いたうえで悟がどう考え直すか楽しみだ」
「ええええっっっ!?」
 まるでそれこそが最良の策だとでもいうように、「そうだ、そうしよう」と気味の悪い独り言を楽しげに繰り返す。
(な、なんなんだ、こいつは……!)
 そいつの切り返しの早さに全然ついていかれない俺。さっきの真剣な顔は演技だったのか? ──ていうか、『抱いて考えを改めさせる!』って……どういうことだ!?
「そうとわかれば、いざっ! ふふっふ〜ん♪」
「……………………」
 嬉々として鼻歌を歌い始めたそいつに、俺は脱力した。
 そうして認めざるを得なかった。……一度決意したことを貫き通すことができない、自分の意志の弱さを。
「…………あんたほど享楽的な人間は今まで見たことねぇよ」
「おや、珍しい。悟が僕を褒めてくれるとは」
「呆れてんだよ」
 仕事が終わってすぐに結び目を緩めておいたネクタイをさらに緩めながら立ち上がり、俺より少し高い位置にあるそいつの喉元に手を伸ばしてネクタイを緩める。一歩前に踏み出してきたそいつが当然のように俺の腰に触れてきたことは、敢えて黙認してやる。
 伏せていた顔を上げると間近にそいつのニヤけた顔があって、俺の機嫌を伺うようにしながら近づいてきた唇に目を閉じた。
「ん……」
 軽く押しつけただけで一度離れていった唇が、俺の唇が開いているのを確認して再び重なってくる。俺は目を閉じたまま両腕を持ち上げて少し高い位置にあった肩に触れ、そのまま首に巻きつけた。
 密着度が上がった瞬間、生暖かい舌がぬるっと口の中に忍び込んできて、無意識にその舌を吸ってしまう。
「ん……っぅ」
 自分の吸ってるのとは違う煙草の匂いのするキス。あまり得意ではなかった口紅の味のキスより、こっちを味わうのが増えたのは、いったいいつからだろう──?
 くちゅくちゅと音を立てながら舌を絡めたり吸いあって、これ以上続けられると立っていられなくなるってときにようやく口が解放される。
「舌使いが上手くなったね。奥さんも喜んでいるかい?」
「ああ、おかげさまでね。しっかり股間を濡らしてくれるよっ」
 嫌みにしか聞こえない言葉に、ついムキになってそんな下卑たことを言ってしまう。
 だが、それを聞いてそいつはさらに意地悪く笑うのだった。
「ほらほら、自分の妻のことをそんなふうに言うものじゃないよ。それに感度が上がることは悪いことじゃない。今度僕も味見をさせてもらおうかな?」
「ばっ……バカ野郎っっ!!」
(夫婦そろってこいつの餌食になれって!? 冗談じゃない!!)
「ふ……冗談だよ」
「当たり前だ!!」
 へらへらと笑いながら俺の身体をデスクに押しつけ、巧みな手技で俺の衣服を剥ぎ取っていく。あっという間に剥き出しになった胸元と股間部に熱の高い掌が這いずり回る。
「あっ……あっ!」
「本当にこの関係を解消していいのかな? こんなに感じやすいのに──堪えられるのかい?」
「うるせ……ぇっ、っつ、っ!」
「ほら、乳首だって刺激が欲しいって言ってるよ?」
「欲しくなんか、ねぇよ……っ」
「ぴーんと立っちゃって……奥さんはこんなことしてくれないだろ?」
「あ、当たり前だろ! こんな、こんなエロくさいこと……っ、あ・ぁっ!」
「強がってばかりだな、今夜は。……それもたまらないが」
 ふふ、と掠れた声が笑う。その声質に鼓膜が震え、光ほどの早さで駆け抜けていった痺れが股間の尖端から透明な液体を吐き出させる。
 ──だけど、ここで感じてるわけにはいかない。俺はこいつとの関係を清算したいんだから…………。
 俺の身体を這いずり回っていた両手が下半身の前と後ろを弄りはじめたのに焦りつつ、悪態ともとれる言葉を吐き捨てる。
「もううんざりなんだよ」
「ん?」
「あんただっていいかげん俺を抱くのに飽きただろ? 新入社員の尻追っかけてるほうが楽しいんじゃないのか?」
「んー……それも楽しそうだね」
「……っ、だ、だったら早くその指引っこ抜けよっ。そんなに熱心にチン○弄ってんじゃねぇっ」
「あ〜あ〜、そんなに可愛い顔でそんな下品なこと言わないでくれよ」
「あっ・ん……っ!」
「ほらほら、口では嫌そうなことを言ってるが……ここはしっかり弛緩してるぞ」
「んんんっ!」
 感じるスポットを的確になぞられて俺の口からは強がりの言葉が消えた。そいつによって開発されたそこを慣れた仕種で責められれば、感じていないフリをすることはできなくて…………。
「はあっ、んっ、んんっ、あ・んっ……!」
 湿った音をさせながら満足いくまで俺を哭かせると、根元まで埋められていた指がずるっと引き抜かれる。そして、指とは比べ物にならないほどの容量をもったそれが尻に近づいてきて!
「ほら、お前が大好きな注射だ。奥にたっぷり打ってやるからな」
「なっ、ちょっ、やめろって……っ、く、んっ、あ……ああっ!」
 強引に入ってこようとする先っぽを、尻の肉に力を入れて滑りを利用して弾き出そうとした。……が、双丘をがっちりと押さえつけられてしまえば、どんなに入り口をすぼめても拒絶することはできなかった。
「う、あっ……やめ、やめろ……っっ」
 ずぶずぶと埋まってくる太さに全身が戦慄く。だが、それも一瞬で。
「あ……っ……っは……ん」
 小さく腰を振りながらさらに奥へと侵入してくる奴の動きに反応して、俺の唇からは甘い吐息が洩れ始めていた。
 じわじわと追いつめられていくような、それでいて全身を満たされていくような感じ。──こんな感覚に慣れてしまっている自分が恨めしい。
「どうだ? いいんだろう?」
「はっ……あ、ぅっっ」
「お前の奥さんにはこれがないんだぞ? ここで、こうして──」
「ああうううっっっ!!」
「……感じることもできなくなってしまうんだぞ? それでいいのか?」
 深く刺さっていた奴の勃起が俺を詰るようにぐりぐりとスポットを刺激する。咄嗟に厚い肩にしがみつきたくなったがそれは叶わず、俺の両手は奴の手によってデスクに縫いつけられた。
「あっ、あっ、あっ、あっ」
「男しか持っていない『これ』で、こうしてズコズコされるのが好きだろう? 僕と寝なくなったらバイブを愛用するつもりなのか?」
「そん、そんなこと……っっ!」
「それとも夜な夜な街に繰り出して、この淫乱なアナルを満足させてくれるような男を探して歩くつもりか。……そのほうがお前らしいか」
「し・ねぇ、よ、んなこと、っ、んっっ・ああ、あああっっっ!!」
「どうだろうね。お前は自分で思っているよりずっと快楽に忠実だから……我慢できないだろうさ」
「あっふっっん・んぁんんっっ」
 平然とした口調とは裏腹に力強く攻め立てられて、逃げ場のない身体がデスクの上で波打ってしまう。だめだ、こいつの動き…………やっぱりイイ!!
「だめだ、もう……イクっ!」
「待てよ、1人でイクってのか? 僕も連れてけよ」
「やっ、そんな……強いぃぃ〜〜っっ」
「もっと締め上げてくれ。っ……、そうだ、いいぞっ」
「あう、うううっ!!」
 強すぎるほどの突き上げに貫かれている場所に自然と力が入ってしまって、自分がどれだけ太いものを食んでいるのか自覚して──
「く……そ…………ん、んんっ!!」
 悪態をつきつつも、急激に高まった射精感を抑えることはできずに勢いよく放ってしまったのだった。
「くっ、きたな……っ」
 そして、俺を抱き締めて腰を振っていたそいつも、意味不明な言葉を吐きながら俺の中に射精しやがった。……くそ、ゴムしなかったなっっ。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「はっ、はっ……。あ〜あ……スーツ汚れちゃったねぇ」
 全身から力を抜いて酸素を貪っていると、頭上から気の抜けたような声が聞こえてくる。重くなっていたまぶたを無理やり開いて視線を流すと、確かに俺の精液で奴と俺のスーツは汚れていた。
「てめぇが……ゴム、しなかったからだろ……っ!?」
「ええ? ひどいなぁ、僕のせい?」
『だって、いつもお前が俺のもつけてるだろ!?』
 そう言いそうになって慌てて口を塞ぐ。そんなことを言ったらこいつが喜ぶだけだ。
「ちくしょ……」
 少しでも汚れを落とそうと、完全には体力が戻っていない身体を無理に起こして、ポケットに入っていたハンカチで精液を拭う。そんな俺に、おかしそうな顔してそいつが声を投げてくる。
「なぁ、悟」
「……なんだよっ」
「本当に今日で終わりにする?」
「え?」
「僕たちの、カ・ン・ケ・イ」
 確認のつもりか、それともただ俺をからかっているのか。声を聞いただけでは真意がわからない。
 だが、『答えなどわかりきっている』と言いたげな顔がにやにや笑いながら俺を見下ろしているのを見た瞬間わかった。…………間違いなく後者だ。
「…………ホントに悪党だな」
(だけど、それがこいつなんだよな)
 人をからかうのが好きなのも、とぼけた態度で俺をイライラさせるのも、仕事のときに見せる真剣な表情も……全部こいつの一部なんだ。


 そして俺は、そんないろんな面を持つこいつに────




 俺はズボンの上を走らせていた手を止めてハンカチをポケットにしまい、軽く息をついてからそいつに向かって軽く手を上げた。
「…………来いよ」
「ん? なに?」
「まだ早いだろ、──時間」
「ああ……そうだね」
 そいつは俺の言葉に込められた意味を察知したらしい。
「夜はまだまだこれから……ってね」
 歌うように、囁くように口ずさみながら、再び俺の前に立つと、その腕の中に俺の身体を閉じ込めた。



「てめぇも共犯だからな」
 声が掠れてしまうのを隠すことはできず、わざと投げやりな調子で言うと、
「わかっているよ、可愛い共犯者くんv」
 そんな気色悪い言葉と共に、嫌がらせのようなキスの雨が降ってきたのだった。


エロに辿り着くまでが長かったですねぇ。……メンゴ(撲殺)。
「WOW!」のAnisさんに捧げましたvvv

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