ザ・オヤジ受5
|
息子に言い訳のできない(言い訳のしようがない)現場を見られてから、数日。 それに──弘平への想いがどれだけ強いのか改めて自覚してから、数日。 まるで何事もなかったかのように、日々は穏やかに過ぎていく。 だが、すべてをなかったことにできるほど、私の神経は図太くなかったようだ。 「そろそろ寝るか」 いつものタイミングで彼が言い、特に否定すべき要素もなくて私は頷いた。 見るとはなしにつけていたテレビを消し、同時に立ち上がって居間を出る。 だが、そのまままっすぐ私の寝室へ向かおうとした彼に、 「部屋で待ってて」 と声をかけると、私は廊下を寝室とは反対方向へ進んだ。 夕飯を食べてからすぐに外灯を消し、玄関のドアには鍵をかけておいた。だが、最近は寝る前にもう一度確認するのが日課になっている。……玄関だけでなく、家の中のドアというドアをすべて見て回ることも。 私が突然始めたこの『戸締まり点検』に、最初のうちは彼も目を丸くしていた。 「最近物騒な事件が多いから」 と彼には言ってみたが、きっと本当の理由など言わなくてもわかってしまっているだろう。 私の恐れている侵入者が、この家を知り尽くしている身内だということを。 彼のことを……いや、正確には私たちの関係を「認めない」と言い切った寛人。 その言葉を突きつけられたときは、真っ向から拒絶されたことに大きなショックを受けてしまったが、寛人の反応はごくごく一般的なものだったのだと今ならよくわかる。 例えば私が寛人の立場に立たされたなら──そんな立場に立たされるなど想像することもできないが──きっと、自分の父親を許せなかっただろうから。 一通り家の中を見て回ってようやく安心した私は、つけっぱなしとなっていた廊下の電気を消しながら彼が待つ寝室へと足早に向かった。 襖が開け放たれたままの部屋に飛び込むと、彼はすでに布団を敷き終わりその上に横になっていて──私の姿を認めて軽く手を上げてきた。 鍛え上げられた腕の筋肉が隆起して、張りのある動きに思わず見とれてしまう。 「来いよ」 深みのある声は、抑え込んでいた感情を解き放ってくれるもの。……もう一人の私を曝け出していいのだと、許してくれるもの。 「早くしろよ──寛史」 「あ……ああ……」 煌々と光っていた電気を豆電球だけにして(明るい空間で裸になるのはやはり恥ずかしいので)、誘われるままに彼に近づき、誘われるままに彼の身体に腕を伸ばす。 間近に迫った彼の顔は、どんなに見つめていても飽きることがない。 ……そして、そこから先へと続く行為は、いつも私の鼓動を極限まで速める。 『ちゅっ・ちゅっ、ちゅっ──くちゅっ』 ついばむような口づけに心音がどんどん早くなっていく。呼吸を整えれば鼓動も少しは治まるのだろうが、彼の唇から唇を離す気は毛頭なかった。 「ん……ん、んんぅ、ぬんっ」 醜い音が鼻から洩れても欲望は我慢できず、自ら唇を開き舌をのぞかせる。そこにすかさず厚い舌が絡みついてきて、私はそれを夢中で吸い上げた。 『ぴちゅっ・じゅるっ・ぎじゅっぷ』 こちらの思い通りには動いてくれない彼の舌。気づけばその巧みな動きに翻弄されている自分がいる。 一度くらいは主導権を握ってみたいものだが、彼が相手ではきっと一生無理だろう(と言い切れてしまうのが悔しいような情けないような……)。 私の背中に回されていた彼の腕が緩み、くっついていた身体の間に滑り込んでくる。そして、深く繋がったままの舌を離すことなく、器用な動きで私の衣服を剥ぎ取っていく。 私は彼の動きについていくのがやっとで、唯一できたことといえば、一瞬だけ唇が離れたときに彼のTシャツの首回りを脱ぎやすいように持ってあげたことだけだった。 『ちゅっ・ちゅぐっ』 熱を帯び始めた身体がじっとりと汗をかいて気持ち悪い。……だが、彼の肌を濡らすそれに触れるのは、嫌じゃない。 初めて知った。 気持ちの通い合った人間と一緒にいるのがこんなにも落ち着くということを。 そして、その相手と抱き締め合っているだけで、こんなにも満たされた気持ちになるということを……。 『ぴちゃ……』 深く絡まっていた彼の舌がふいに私の口内から抜け出し、唇の端から垂れていたものを舐めると完全に離れてしまう。 「あ……や……っ」 そのまま身体まで離れてしまうのではないかと、胸にせり上がった不安が老体を動かし、顔を突き出して早く続きをとねだる自分がいた。 「……ふ」 そんな私に彼は小さく笑いを洩らし、だが焦らすことなくすぐに唇を合わせてくれた。 『ちゅっちゅるっ、ぢぢゅっ』 積極的に彼の口内を探り、喉元まで流れ込んでくる唾液を味わう余裕などないまま飲み下す。生暖かい液体を受け入れるなんて、若い頃には抵抗があった行為だが……今は躊躇いなく受け入れることができる。 どんなことでもできる気がする。──彼が望むならどんなことでもしたいと思う。 それが……どんなに羞恥心を掻き立てることでも。 「はっ、はぁ、ぁ……っ」 長時間の口づけに、必要以上に呼吸が乱れている。彼の息遣いと自分のそれを比べると年の差が歴然としていることを再確認させられているような気分になり、高まりかけていたものの勢力が一瞬弱まった気がした。 ……そしてそれは、身体を密着させていた彼にもわかったらしく──彼の掌がダイレクトに私のその場所へと伸びてきた。 「どうした? なにか気になることでもあるのか?」 「あ……っ」 掌の腹から指先までを使ってやんわりと揉み込まれて、背筋を走った衝撃に反射的に声が洩れる。彼の手の動きはそのまま止まらず、次第に股間に快感が走り始める。たった今、軽く勢いがなくなったことなど嘘のように。 だが彼は、私が何事かを気にしたという事実を忘れなかったようだ。 「言えよ。何が気になってるんだよ?」 再び質量を増していくそこの、括れた部分をぐりぐりと押しながら尋問されて、私は歯を食いしばって首を振ることしかできなかった。 だって、言えるわけがない。『君との年齢差を感じてショックを受けたんだ』なんて。──まして、『そんなものは今さらじゃないか』と笑われでもしたら、尚更立ち直れなくなりそうだ。 「ほら、言えって」 さらに攻めを続けてくる彼に、視線だけで『これ以上深く聞いてくるな』と伝えたつもりが、どうやら彼には私の意思など少しも通じなかったらしい。 「そんなふうに睨むなよ。可愛いだけだぜ?」 近づけられた顔が小さく笑いながらそんなことを言ってきて、体温が一気に上昇する。 (まさか……本当はわかってるんじゃないのか?) 私が気にしたことを。本当は、私が常に気にしていることを。 ──いや、たぶんわかっているのだろう。彼は私と違って、他人の感情の機微に聡いから。 しかも、 (可愛いなんて……可愛いなんてっ!) いくら鈍いとはいえ(その自覚が自分にあるとしても)、彼が自分をからかっているのだということははっきりわかり、年長者の沽券に関わるとばかりに私の口は抗議した。 「やっぱり君は──意地悪だ……っ」 力の入らない声に精一杯の憎しみを込めて言ったつもりが、 「ああ、俺は意地悪さ」 意に介した様子もなくそう返してきた彼は、やはり私の手に負えない人物なのかもしれない……。 そして、 「ほら、そんなに睨むなって。このまま気絶するまで攻めてやってもいいんだぜ?」 そんな恐ろしいことを言われてまで強気な態度を貫けるほど、私の自尊心は強くなかったらしい。 「…………」 ゆっくり目を閉じて彼の視線から視線を外し、再び目を開けたときに視線に降参の意味を込めて彼を見上げると、彼はそれだけで私の気持ちを読み取ってくれたらしい。 口元に小さく笑みを浮かべ、顔を近づけてきて私の頬に唇を寄せると、括れに押しつけていた指を離してくれた。 そして、 「気にすることなんか何もねぇって」 呟くようにそう言うと、唇と指先を私の全身にくまなく走らせはじめたのだった。 「あっ……」 彼の言葉に、私の中のわだかまりがあっさりと消えていく。 これから先はどうかわからないが、現段階では彼は私たちの年齢差を気にしていないのだとわかったから……私を抱き締めているこの腕に偽りの気持ちはないのだと信じられたから。 (今は、こうして彼と抱き合ってもいいんだ) そう確認できたことで、私の身体は彼の与えてくれる刺激に再び溺れていった。 「ふ……あっ・っ」 彼の指先が戯れに動き回り、刺激を敏感に察知してしまう場所を的確に突いてくる。彼によって発見されたそれらの箇所は自分で触っても何も感じないところばかりで、彼に触れられただけでなぜ鳥肌が立つほど感じてしまうのか自分も不思議で仕方ない。 ……だが、 「ここがいいんだろ?」 と囁かれながら撫でたりつねられたりするとたまらなくなるのは事実で── 「あ……ああ、ん、っ」 巧みすぎる行為の数々に冷静でいられるわけがなく、飽和した脳で考えるまでもなく私はこくこくと頷いていた。 彼に触れられた部分がまるで火傷したように熱くなる。じんっと痺れて、むず痒いような刺激が走る。 自分でも知らなかった、他人に触れられると熱を発するらしい場所をこんなにも暴かれてしまって──私の身体はいったいどうなってしまうのだろう? 「ここも……好きだよな」 言葉と共に、汗とそれ以外の液体で多少濡れていた窄まりに彼の太い指が侵入してくる。 「……ぃあぁっっ!」 濡れているとはいえ故意に湿らせたわけではなかったそこは、異物を侵入させるまいと指を締め上げる。 しかし彼の指は尺取虫のようにうねりながら少しずつ内部に入り込んできて。 『ぐず……ぐじゅっ、っじゅ』 「あ……あ、あん………」 気づけば私の秘部は、彼の指を拒むことなくすんなり出入りさせられるほど緩和していた(最初から彼を拒む気などまったくなかったのだから、彼を受け入れられるようになるまで時間がかからないのは当たり前なのだが)。 指が1本から2本、2本から3本へと増えていく。そのたびに私の期待も膨らんでいく。 (もう……欲しい…………!) 彼の動きに合わせてときどき腿に当たる彼の熱が早く欲しくて、私は右足を持ち上げて彼の左足に絡めた。 「弘平……弘平っ」 彼のことを名前で呼ぶのにもだいぶ慣れた。……なんて、実際呼んでいるのはこうして抱き合っている間だけなのだが。 それでも私が彼の名を呼んだそのときが、私が彼を最も求めている瞬間なんだと知っている彼は、私の右膝裏を抱え上げてさらに足を割った。そして、 「挿れるぞ」 低い声で宣言すると、ゆっくり腰を進めてきて。 『つちゅ……』 指とは比べものにならないほどの質量が肉襞を掻き分けながら埋まってくる。拡げられた秘部が……熱い。 「……ん、ぅ、んんっ」 体内に侵入してくる熱に、短く息を切りながらこじ開けられる圧迫感に耐える。ここを我慢すれば痛みも苦しさも感じなくて済むのだと、自分自身に言い聞かせながら。 『ずる……っずず』 「ん、あっ、ぁん……っ」 ──やがて、抱え上げられた右足が感覚をなくしはじめた頃、私の中を走る感覚は疼くような快感だけになっていた。 「あぁ……」 無意識に洩れてしまった声に自分で驚き、咄嗟に口を覆う。──だが、 「いいじゃねぇかよ、今さら声なんか……」 口の上に被せていた手を強い力で引き離されてしまうと、食いしばっていた歯からも力が抜けてしまう。 そしてそのときに、狙いすましたように挿れられたばかりの弘平を突き立てられて、 「あぁううんんんん……!!」 悲鳴というよりもただの獣【ケダモノ】じみた声が部屋中に響き渡り、そしてそれを合図にしたように私の中の弘平が激しく動き出した。 『じゅっ! じゅじゅっ! ぐじゅっ! ぐずっ!』 「あっ・あっ・あっ・あっ」 ぐっぐっと深く突く動きで、弘平の大きさがはっきりとわかる。内壁を刺激しているのがどの部分か脳裏に浮かんでくるようで、自分の淫らな思考にさらに全身の熱が高まった気がした。 「あっ、あぅ……!」 『ぐっじゅぐっじゅぐっじゅぐっじゅ』 一定のリズムを刻む弘平の身体に爪を立てながら、我を忘れて叫んでしまう。 「こ、へ……もっ……と、も、と……っ!」 押し上げられることの快感。そして──弘平を受け入れて感じることのできる、充足感。 他には何もいらないと思ってしまうほどの幸福に、私は欠片ほど残っていた理性を投げ出し、彼のものは比べることなどできないほど脆弱な足を彼の腰部に力いっぱい巻きつけた。 「…………っ、」 思わぬ力をかけられて驚いたのか、私の腹部に触れていた彼の腹筋がぐぐっと硬さを増す。その硬さが私の欲望をも押し返し、湿った先端からさらに粘着質な液体が流れ出てしまう。──きっと私たちの腹部は、私が流したもので汚れているのだろう。 だが、そんなことを気にしている余裕はなかった。 「好きだっ、弘平、好……っ!」 まるで呪文のような──唱えると不思議な力が湧いてくるような錯覚をもたらす言葉。こんなに何度も繰り返して言うと真実味に欠けるかもしれないが、滑り出した口はもう止められない。 そして弘平も、私をさらに追いつめるような言葉を告げてきた。 「寛史……!」 あまり好きではなかった自分の名前の響きが、まるで特別な音色のように聞こえる。弘平の声はまるで媚薬のようだ。 「あっ、だめだ、だめ…………!!」 射精を促すように膨張したそれを扱きたてられて、目の前が真っ白になっていく。 追い立てられて、流されて……『このまま戻りたくない』と思うところまで責め上げられる悦びを全身で感じながら、私は欲望を放っていた。 そして私の欲望が出尽くした瞬間に、彼も私の内側に熱を放った。 『どぐどぐっ!!』 「ぐ・あっ・・・ん、んっっ!!」 マグマのような熱が私の中を逆流してきて、内臓が溶かされてしまうような錯覚を感じる。だがそれすらたまらなく幸福に感じられて、私の口からは安堵にも似た吐息が洩れていた。 彼は掴んだままだった私の右足から手を離し、私の隣に寝転がってくる。そして私の首の下に腕を敷いてくれて、そのときになってようやく私の身体から力が抜けた。 最中にはなんともなかった全身のそこかしこが、ほっとした拍子にやがて訪れる痛みを予期するかのように重くなった気がしたが……今は気にしないでおこう。 「……大丈夫か?」 そんな言葉をかけらて、妙に気恥ずかしくて、「うん」と小さく答えることしかできない。 だが、気恥ずかしく感じてはいても、(労わられるのはそんなに悪くない)と考えている私はかなり現金な人間なんだろう。 最初の頃に比べ、彼はこうして私の身体を気遣ってくれることが増えた。……よほど私が疲弊しているように見えるのだろうか?(……そうなのかもしれないが) 「このまま寝ようか」 行為の後は風呂に入りなおすかトイレにこもるかが私の通例だが(腸の中がいろいろと大変なことになってしまうのだ)、今夜はこのまま彼から離れたくなくてそんな提案をしてしまう。 彼は私の提案に一瞬驚いたような表情を見せたが、汗で濡れた私の髪をいじりながら 「ああ……そうだな」 と同意してくれる。そして一度私の下から腕を引き抜いて立ち上がると、ついていた豆電球を消して再び同じ体勢をとってくれた(私は豆電球の明かりがついていても眠れないのだ)。 「調子悪くなったら起こせよ」 「うん。……おやすみ」 「おやすみ。…………」 最近仕事が忙しかった彼はすぐに眠りについたのか、言葉を交わした次の瞬間には私の頬に彼の寝息がかかってくる。その寝息に導かれるように、私もゆっくりと意識を手放した。 『一緒に暮らしたい』 そんな考えが私の思考を支配していると知ったら……彼はいったいどう思うのだろうか? 『中年親父が馬鹿な夢見てるなよ』と軽くあしらわれてしまうだろうか(……ひしひしとそんな気がするが)。 もちろん、いろいろなことがあいまいになっている現在の段階では口に出して言えないけれど。 いつか、すべての障害がなくなったときに──この願いを口にできたらいいのだが…………。 |
オヤジの夢はかなうのか!?
BACK