く ち づ け



『……っちゅ』
 渇いた唇と唇が軽く触れ合って、その瞬間胸の真ん中が『どくんっ』と大きく跳ね上がった。何度体験しても慣れることのない感覚。
『──する・する……ぎゅっ』
『ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ』
 衣擦れとともに彼の腕が私の身体を抱き締め、唇を合わせるだけの口づけを仕掛けてくる。お互いに口を半開きにしていたせいか、回数を重ねるごとに唇が湿っていく。
『ちゅ・ちゅ・ちゅ・ちゅ・ちゅ』
 一定のリズムで口づけを落とされ、彼が顔を寄せてくるのに合わせ私も軽く顎を突き出す。すると、
『ちゅ・ちゅ・ちゅ・ちゅ・ちゅ・────、』
「あ…………」

 十数回目の口付けがタイミング通りに落ちてこなくて……代わりのように鼻に鼻を擦りつけられて、思わぬことに声が洩れる。
「──今、キスされると思っただろ」
 彼の低い声が耳元で図星を指してきて、咄嗟に頬が熱くなる。
 確かにそれは本当のことだけれど、口にされると死にたくなるほど恥ずかしくて。
「意地悪なこと、言わないでくれ……っ」
 軽い恨みを込めて、彼の胸の辺りに添えていた手で彼のシャツを緩く掴む。何度もぶつけ合ったせいでじんじんと加熱している(気がする)唇をまともに見られるのが恥ずかしく、彼が私を見下ろしてくる前に顔を伏せた。
 だが彼にしてみれば、私が顔を伏せようが何しようが同じことだったのかもしれない。
「意地悪じゃないさ」
『ちゅっ』
 耳元でもう一言話したかと思うとそのまま顔を移動させて──私の頬に唇を落としてきたのだ!
「そういうところがかわいいって言ってんだよ」
『ちゅっ、ちゅっ』
「そんな……こと、あるわけないよ」
「あるさ。その顔も充分かわいいぜ?」
「そん……」

 そんなわけないとわかっているのに……どうして彼の言葉は、こんなにも私の胸を高鳴らせるのだろう?
『ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ』
 まるで私をからかって遊んでいるように、私の頬に雨のように口づけを降らせる。それは私が顔を上げるまでずっと続くような勢いで繰り返され、そのことに気づいた私は観念して顔を上げた。……と同時に唇を塞がれて。
『っぷ』
「んっ……」

 それまでの軽い口づけとは比べものにならない深さで口内を探られ、再び彼にしがみつく。すると、彼は今度はその深い口づけをゆったりと繰り返し始めて──。
『くちゅっ』
 薄く開いていた唇を割って、生暖かくぬめったものが私の口中に潜り込んでくる。うね、うね、と大きく動かれて思わず歯を浮かせると、それはいったん外に出ていってすぐさま私の口中に舞い戻ってきた。
「ん……」
 舌の表面や口壁をざらっとした感触が走ったかと思うと、次の瞬間にはぬめぬめした感触が走る。それが断続的に続いたためにくすぐったさに負けて舌を動かすと、途端にそれが絡みついてきて。
『きゅうっちゅっ、ぢゅっ』
「──んがっ」
 舌の根元までを痛いくらいに吸い上げられ、息ができなくなって鼻で呼吸しようとしたらそんな音が洩れてしまい、一気に全身が熱くなる。
(は、恥ずかしい!)
 自分の発した音に驚愕と羞恥が湧き起こり、また似たような音が出てしまいそうな気がして身体を離そうとした。──が、彼は身体どころか唇も離してくれなくて。
「んっ、ん────っ」
『じゅっ、ぴちゅっ、くちゅっ』
 彼の腕の中から抜け出そうと必死でもがいたが、がっちりと締められた腕の囲いは外れなくて……しかもさらにわざとらしく湿った音を立てて舌を撫で上げられ、声を出すこともできずただされるがままとなっていた。
『ちゅっ、ちゅっる、ちゅっ、っぴちゅ』
「ん……ん、ん…………」

 彼の舌が私の口内を軽く出入りし、歯の裏や口蓋をちろちろと舐めたり舌を吸ったりする。その舌の動きとは別に、私の背中に回っていた大きな掌が、肩甲骨の上から腰までの間をゆったりと撫でながら移動する。……きもち、いい…………。
『ちゅ……きちゅ、ぷちゅ』
「はぁ……」

 さっきとは違って緩い力で絡め取られた舌が、彼の舌が出て行くのに導かれるように口から出て、舌先に弾力のある彼の唇が触れる。その瞬間だけは躊躇ったものの正常な判断力は働いていなかったようで、私は舌先に神経を集中させて開いていた彼の口の中にそれを挿し入れた。
『くちゅ』
 彼の口の中は熱く、生暖かい液体で満ちていた。それが自分の舌に絡みつくたびに言いようのない感情が生まれ、いつしか私は無我夢中で舌を動かしていた。
『ちゅっ・ちゅるっ・っちゅ・っる』
 舌を動かすたびに互いに顔の角度を変え、粘膜が触れ合っている部分を少しずつ移動させる。そのたびに違った刺激が身体を走り、ぎゅっとつぶっていた目の端に熱いものが滲んでしまう。
『ぬちゅっ・にちゅっ・にじゅっ』
 部屋にこだまする音は、彼の舌が生み出しているものなのか。それとも、私がさせているのか──?
 わからない……けれど、そんなことはもうどうでもいいのかもしれない。
「ん、んっは……ぅへ、こうへ……っ」
 もっともっと口づけしたい。彼の唇を、舌を、……唾液を、味わいたくてたまらない。
『ちゅるっ、くちゅ、くちゅっちゅ・っぷ』
「ふ……ん…………ん、ん……」
『────────どさ』
 口づけをしたまま身体を畳に横たえられ──その先に待ち受けている行為が容易に想像できた私は、彼の唇を求めながら両腕を上げて彼の背に手を回していたのだった。


キスはおいしかったかい?(殴)

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