「上がるぞ」
玄関の方から声がして、私はコンロの火を調節しながら「どうぞ」と返事をした。
「ただいま」
いつもの仕事着に少し疲れた顔で、彼は台所へ入ってくる。
「お帰り。仕事ごくろうさま」
今日は日曜だというのに、彼は朝早くから仕事へ行っていた。肉体労働系の仕事には勤務時間も休みも関係ない、というのが世間の定説らしいが、彼を見ていると確かにその通りなのかもしれないと思ってしまう。……私の仕事もそうなのだが。
「これ。うまかったぞ」
彼が、手に持っていた四角い包みを私に差し出してそう言ってくれる。
「そう、よかった」
ありあわせで作ったから見栄えも質も物足りないのではないかと心配していたので、彼の言葉にほっとする。昨日彼はこの家に泊まり、ここから直接仕事に行ったのだ。
若者が持つにしては古臭い柄の弁当包みだったが、彼はそういうことはあまり気にしないタイプらしい。私が躊躇いながらも包みを差し出すと、嫌な顔をするでもなく受け取ってくれた。
彼のそういう飾り気のないところが好ましいなと思う。
「今日は和食じゃないんだな」
テーブルに並んだ料理を見て、心なしか口の端を上げて彼が言う。
「うん。今日は……クリスマスイブだから」
いつも作り慣れている和食とは調味料や材料が若干違う洋食を作るのには少々手こずったが、今日は特別な日だし──……それに、せっかく彼とクリスマスを過ごせるのだからと、意味もなく張り切って買い出しに行ってきてしまったのだった。
「おいしいかどうか、自信ないんだけど」
出来上がったばかりのローストビーフをテーブルに置くと、それを見計らっていたように彼が動いた。
「俺は飯よりあんたが食いたい」
そう言うと、いともたやすく私の身体を抱きすくめる。
「そんな……昨日の晩も、今日の朝もしたのに……あっ」
首筋を熱い物が這っていく。その動きに合わせて、全身がざわざわと粟立ちはじめる。
「あ……や、だ……っ・ぁっ」
言葉ばかりの抵抗だ。本当は私も彼が欲しくてたまらなかったのだ。
おかしいくらい彼の熱が欲しくて……全身が、彼の温もりを求めて高ぶっている。
「んっ……ふ」
『ちゅっ、く、ちゅ』
すぐに深く舌を絡められ、術に嵌ったように私の身体から力が抜けていく。
彼に縋り付くように両腕を首に回すと、彼は私を抱き上げた。決して軽くはない私の身体を、彼は軽々と持ち上げてしまう。
こんなことをするのは……世界で彼しかいないだろう。
「あ……」
「どうした?」
「当たってる……君の、」
それ以上は言えず、再び彼の唇に唇を押し当てる。彼も私の言わんとしていることに気づいたらしく、口元を歪めて、だが何も言わずに舌を絡ませてくれた。
寝室に向かって歩く彼の隆起した分身が、私の臀部に当たっていたのだ。もうすぐ直に私の中に入ってくるそれが、もどかしげに布の上から私を刺激するのが……たまらない。
(早く欲しい……)
いつからこんな事を思うようになっていたのか。彼に抱かれるとそれだけで安堵できる自分に、いつ頃気づいたのだろう?
「あっ……」
敷きっぱなしになっていた布団は、さっきシーツだけ取り替えておいた。掛け布団は最初から部屋の隅に畳まれていたし、私たちの欲望を妨げる障害は何もなかった。
「あ……はっ」
布団の上に身体を横たえられてすぐに衣服を脱がされ、彼の厚い掌で全身を弄られる。それだけでどうしようもなく息が上がって、私はきつくシーツを握りしめて喘ぎを噛み締めた。
彼の舌が私の乳首を嬲る。きゅっと噛みつかれたり強く吸われたりして、背筋を這い上がる快感に我を忘れてしまいそうになる。
「やっ……駄目、だ…っ、そんなにしたら……!」
「ウソだろ」
『ちゅっ』
「んふっあっ……!!」
左の乳首を思い切り潰されて、咄嗟に彼の頭を抱え込んでしまう。顎の下や胸板に彼の固い髪が当たり、ちくちくと刺激してくる。それが……たまらない。
『ぴちゃ、ちゅぷっ、ぴちっちゅ』
音を立て、私の立ち上がった乳首を 丹念に愛撫してくれる。小さな突起の先だけを弄られているだけなのに、どうしてこんなにも身体全体が戦慄くのだろう。
「あぁ……あ、、、ん……」
私への行為を中断することなく、彼は機敏な動きで仕事着を脱ぎ捨てる。露になった厚い胸板にどうしようもなく煽られ、両腕を持ち上げてその身体に縋り付いた。
君の事が好きだと言ってしまいたい。……だが、それは言うべきではないのだ。
言ってしまったら、彼に好きな人ができたとき、私から離れることを躊躇わせてしまうだろうから。
『ぴちゅっ、ちゅっぱ』
「はあ……っ!」
私の思考を断ち切るように、彼の愛撫がより一層深くなる。
(今は何も考えるな)
自分に言い聞かせるように唱え、彼を抱き締める腕に力を込めようとした。
だが彼は私の腕を外させると、そのまま身を起こしてしまう。
「え……?」
何が起こったのかと、両腕を持ち上げたまま固まっている私を愉快そうに見下ろして、
「起きろよ」
と手を引っぱり上げようとする彼に、私は慌てて起き上がる。
「ど、どうしたの?」
まさか、私が考えていたことを感じ取って……不愉快になった?
有り得なくはないことに狼狽えそうになったが、それは私の杞憂だったらしく……彼は私の身体を前に屈ませると、
「咥えてくれよ」
と私の目の前に分身を突きつけてきたのだった。
「あ…………」
こんなに間近に見るのは初めてで、見入ったように動けなくなってしまう。
太くて逞しい彼のそれは……リアルな形状で私を見据えている。
「ほら」
彼が軽く腰を動かし、私の頬に分身を当ててくる。しっとりとした感触。なのに、すごく熱を持っていて熱くて…………。
私は恐る恐る口を開き、彼の分身へと顔を近づけた。
「舌出せよ」
言われるままに舌を出す。そして──ゆっくりと、尖端に触れた。
『ぴち…………』
舌先に馴染みのない味が広がる。それをゆっくりと飲み下して、再び舌を尖端に当てる。
『ぴちゅ…ぺちゃ……』
舌を動かすたびに湿った音がする。いつも彼が立てる音。
自分がひどく興奮しているのがわかる。こんなことをする日がくるなんて、誰が予想していただろう。
「うまいぜ……」
掠れた声が頭上から降ってくる。私の後頭部に手が添えられ、促すように私の顔をさらに前へと押して。
「んんっっ」
咥えこんだ彼の分身は大きくて、鼻から息をしても呼吸が追いつかない。
けれど、口を離したいとは思わなかった。
恐る恐る手を伸ばし、彼の分身を両手で挟むようにして、手を上下させる。
『きちゅっ・きちゅっ』
「……ふっ」
固かった彼がさらに固さを増して、尖端から零れ落ちる雫も量を増した。
彼が感じているのだとわかると、私は行為に没頭しはじめた。──負けじと彼も動きだす。
張り出た部分が私の口壁を緩く穿ち、刺激となって私を追い立てようとする。
布団に擦られた私の分身も、際限まで大きくなっている。手を伸ばして解放を求めたいが、今は彼のこれを解放させてあげたい…………。
だが彼は、あと少しで達するのでは、というところで私の身体を引き離したのだった。
「もういい」
限界まで張り詰めているであろう彼の分身は、解放されるのを待ちかまえているのに。
私はいつも「そう」してもらっているのに、彼は私にはさせられないと思ったのか。
(……別に、飲んでもよかったのに)
そんな言葉が脳裏を掠め、私は自分の浅ましい考えに赤面したのだった(すでに顔が赤かったから、彼には気づかれなかっただろうが)。
「初めてにしては良かったぜ」
満足そうに笑った彼は、私に見せつけるように腰を前に突き出してくる。
「ほら、あんたの唾液で光ってるぜ、俺の……」
つけっぱなしの明かりの下で、確かに彼の分身は神々しく光っていた。断続的に脈打つ様子まではっきりと見てとれて、私は懇願せずにはいられなかった。
「あ……も、もう……来て、くれっ」
熱い。いつも彼に蹂躙される場所が、触れられてもいないのにどくんどくんと高鳴りはじめている。
欲しくて、たまらない。
身体を後ろに倒しゆっくりと足を開き、彼がその間に割って入ってくるのを待つ。膝を抱え上げ、彼が秘部に指を伸ばそうとしているのに気づき、そうじゃないんだと頭を振ってしまった。
「いい、から、……早く、挿れてくれっ……!」
早く欲しい。今すぐ、彼の熱で中を掻き回されたい!
飢えきった瞳で、彼にすべてを曝け出す。ここまで猥らになれるのは、彼の前でだけだ。
湿った息を洩らしながら、彼の来訪を待ち続けようとしていると、彼はぽつりと呟いた。
「……たまにはあんたから来るのもいいな」
「────え?」
「上、乗れよ」
分身を軽く擦り上げて、彼が言う。
「あ…………」
その仕種に、私の分身もどくっと震えた。
彼の言葉の意味がわからないほど私は疎い人間ではない。
「来いよ」 胡坐をかいた彼が手招きをして私を呼ぶ。誘われるまま彼に近づき、視線を落としてもう一度彼の分身を確認する。
今すぐ彼の熱を感じたい。私の中を狂おしいほど埋め尽くしてもらいたい……。
「い…く、ね」
彼の肩に手をかけて膝立ちになると、彼が私の双丘を割り開くように掴み、挿入を促してくる。
ゆっくり腰を落としていくと、すぐに彼の熱が私の中へと入ってきた。
『ぎちぎちっ』
「ひぁっっ……っ!」
狭い場所を押し広げるように彼の熱が侵入してこようとする。咄嗟に身体が固くなり、彼を受け入るにはきつく窄まりすぎてしまった。
「大丈夫だ、あんたの唾液でちゃんと滑ってる」
身体を強ばらせた私をリラックスさせるように彼が唇を動かし、そこかしこに口づけを落として筋肉を和らげていく。
「はっ…あ、ああ……っ」
口から大きく息を吐き出し、震えてしょうがない身体を彼に支えてもらいながら、ゆっくり身体を下ろしていく。
さっきまで私が口に含んでいたものが、あの場所に埋め込まれていく……。
目を瞑り、必死に圧迫感に耐えようすると、途中からはずずずっとスムーズに入ってくる気がした。彼の言うとおり、私の唾液が潤滑を促したのかもしれない。
「はあ…………ぁ」
深々と満たされた彼の分身が、熱い。
「入ったな」
私の身体を抱え直し、ほんの少しだけ彼が身体を揺する。
「あっ……」
途端に私の中の彼も、『びくん』っといつもよりはっきり動いた。まるで今すぐ暴れだしたいと言っているようだ。
「動くぞ」
「う…ん……あ、あっ」
『ずっ…ずっち…ずっぷ…ずっじゅ』
彼の熱が出入りしている様がダイレクトに伝わってくる。広がった秘部が、彼の固さと太さを確認するように収縮している様まで、わかる。
「あっ、はあっ…ん、あぁっ、ふ・ぁ……っ」
『ぎちゅっ……じっ、じゅっ』
次第にいつもの音が部屋を満たしていく。
「あっ、あはっ……あ、あう、んっ……」
声が止まらない。止める術が見つからない。
『ぐじゅっ・ぐじゅっ・じゅぶっ・』
彼に下から突き上げられるたび、私の内から少しずつぬめったものが溢れていく。それが大きな音を立てて、官能的に私を攻め上げる。
「もっとしっかり抱きついてろよ……!!」
少しだけ苦しそうな彼の声に、彼の身体にしがみついていた両腕に力を込める。彼は私の双丘を鷲掴みにして、さらに激しく突き上げはじめた。
『ずじゅっ・じぢゅっ・じゅぷっ・ずぽっ』
「あうっ! や、だっ! 駄目だよ、そんな……っ!!」
「いい、だろっ?」
私の言葉を訂正すると、それを証明するかのように私を喘がせていく。
「ひっ……や、あっっ……あ、うぅっ!!」
強く触れ合わされた身体の中央で、私の分身は彼の下腹に擦りつけられるような形で強い刺激を受けていた。
新しい快感に、私は我を忘れて身をくねらせてしまう。
『ぎじゅっぎじゅっぎじゅっじゅっじゅっじゅっ』
「あ、も……う、もうっっ! 達く、いく……っ!」
彼の身体にしがみついて、厚い肩に額を擦りつけながら叫ぶと、私の内の彼が大きくなって──
「あ…はっ………っ!!」
背筋を駆け抜けていった快感を我慢できずに、私は欲望を解き放っていた。
頭の中が真っ白になる感覚。
「俺もいくぞ……!」
私の迸りが完全に止まらないうちに彼の掠れた声が耳元で聞こえ、次の瞬間熱い奔流がどくどくっと注ぎ込まれて。
「あっ、あっ…つ、い……!」
いつもとは違う角度で注がれるそれは、私の中を逆流するように奥深くまで流れ込んできて。
中で出されるのは苦手だが(後々大変なことになるし……)、満たされたような気分が高まるのは事実なのだ。
彼の情熱のすべてを受け止められたような、そんな錯覚を起こさせてくれる。
「はぁっ、はぁっ、は、あっ」
全身から力を抜き、彼の身体に寄り掛かる。彼の力強い身体は、私の全体重がかかってもビクともしない。
「良かっただろ?」
大きな掌で背を撫でられて、私は素直に頷く。
彼にだったらすべてを委ねられる。この身体も、この想いも…………。
力が入らない腕をもう一度彼の背に回し、想いの丈を込めて抱き締めた。
離れたくない。一生彼と繋がっていたい。
彼の肩にもたせかけていた顔を上げ、彼の目を覗き込んで口づけを請おうとした──そのとき。
「……父さん?」
どさっと何かが落ちる音がして、聞いたことのある声が私を呼び、私は彼に近づけていた顔を止めてばっと振り返った。
彼と私を見下ろして呆然立ち尽くしていたのは、息子の寛人(ひろと)だった。
「寛、人…………」
急激に肌が冷めていき、冷たい汗が背筋を伝っていく。
周囲に衣服が脱ぎ散らかされていたため、繋がったままのそこは見えなかったかもしれない。
だが、情慾を貪ったあとは……隠しようもなかった。
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