生徒×先生 part2



 ──最近、徹が僕に冷たい。
 冷たいというのとは、少し違うのかもしれない。喧嘩をしたとか、気まずくなるようなことがあったとか……そういうことはなかったのだから。
 この場合は「遠ざけられている」といったほうがいいのだろうか。
 僕と故意に距離を置いているような感じで……休み時間に僕の所に来ないし、話しかけてもこなくなった。
 当然家にも遊びに来なくて、僕はいつも夕飯を彼の分まで作って、勿体無くも捨てるという日々を続けていた。

 何が、彼をそうさせてしまったんだろう。
 僕が彼を怒らせるようなことをしたとか?
 だとしても、僕には思い当たる節がない。
 いったいどうしたら、この状態が解消できるんだろう……。

「せんせー、そこ昨日やったよー」
 背後から声をかけられ、黒板に途中まで書いていた数式をはっと見る。
「あ…本当だ。ごめん。ちょっとぼんやりしちゃった」
「しっかりしてよ先生〜」
「ホント天然なんだから、白木ちゃんってば」
「そこがカワイイんだけどねー!」
 やんややんやと囃し立てられ、照れる振りをしつつ新たな問題を書きはじめる。たった今浮かべたばかりの笑みが、すぐに顔から消え失せた。
 心の中にぽっかりと空いた穴を、毎日自覚せずにはいられない。
 窓際の一番後ろの席。……徹の席は、今日も空いていた。

「とお……土屋君」
 名前で呼びそうになり、慌てて言い直しながら前を行く徹を呼んだ。
 徹は僕の声を聞いたあとすぐには止まらず、10歩ほど歩いてからようやく足を止めた。
 それからゆっくりと振り返り、どこか遠くを見るような目で僕を見た。
 出会った頃の……僕のことなど気にもかけていなかった頃の瞳で。
「なんすか」
 冷たい響きの声に一瞬肩が竦み、それでも勇気を振り絞って声を出す。
「あの……最近授業に出てこないから……どうしたのかと思って」
 ──違う。本当に聞きたいことはそんなことじゃない。
 なぜ急に僕を避けるようになったのか。話し掛けることも、目を合わせることもしてくれなくなったのか。
 なぜ……どうして僕に会いに来てくれないのか。
 だけどそんなことを、他の生徒がたむろしているこんな場所で聞けるわけがなかった。
「このままだと、単位、足りなくなっちゃうよ? ホームルームも、ちゃんと出てくれないと……」
「……わかりました。次からは出ますから」
 それだけ言うと、徹は僕に背を向け、すぐに歩いていってしまった。
「とおる……」
 小さく口の中で洩れた声は、きっと誰にも聞こえなかったはずだ。
 だけど僕の胸の中でいつまでも反響して、ずっと消えることがなかった。

「ただいま……」
 誰もいない部屋に戻ると、気鬱がさらにひどくなる。
 だけどもしかしたら、今日こそは徹が来てくれるかもしれないと淡い期待を持って……今日も2人分の夕飯を作り始めてしまう。
 ついこの間まで、徹はこの部屋に来ていた。毎日のように合鍵でこの部屋に入り込んで、僕が帰ってくるのをテレビを見ながら待っていてくれた。
 ときどき料理を作っている僕を手伝ってくれたり……途中で互いの身体に溺れてしまうこともあった。

 この部屋で何度も愛し合って、僕も知らなかった僕自身を、彼によってたくさん見つけられて。
 些細なこともたくさん話して、1つの布団で抱きしめ合って眠った。
 そんな日々がたまらなく幸福だと思っていたのは……僕だけだったんだろうか。

「徹」
 何度も呼んだ名前。いつしか自然に呼べるようになった名前。
 喘ぎの中で呼んだこともあった名前。
 呼ぶことすら許されない日が、来てしまったんだろうか。

 ふと泳がせた視線に、最近では部屋の飾りとして見慣れた物が飛び込んできた。
『記念に取っとけよ』
 そう言って、徹がくれた太鼓のバチ。徹の勇姿は今でも昨日のことのように思い返すことができるのに。
「徹……」
 そっと手に取ると、少しの重量感とともに徹の手を思い出させてくれた。
 これを振るっていた徹を頼もしく思いながら見つめていたのは、つい昨日のことのようなのに。

『眼鏡、ないほうがかわいいぜ』
 そう言って、抱き合う前にいつも眼鏡を外して瞼に唇を落としてくれた。
 唇は顔中に触れて、最後に唇に触れて……舌を深く埋めてくれた。
 音がするほど、唾液が首筋まで垂れてしまうほど長く深い口づけ。苦しかったけど、嫌いじゃなかった。
 徹に組み敷かれただけで、僕の心臓がどれだけ大きな音をさせたか……徹は知らなかったんだろうか。

「んっ……」
 慣らすこともなくバチを挿れると、入り口がぴりぴりと引き攣れて痛んだ。
 もうここに、どれくらい徹を挿れてないんだろう。徹の熱を、感じていないんだろう。
 何度も大きく開かされて、彼を受け入れることに慣れきってしまっているというのに。

 ずずっと奥へ吸い込まれていくバチは、徹の物より細く、無機質で味気なかった。
「あっ、あっ……とおるっ……!」
 徹が欲しい。徹の熱くて大きいモノで、ここをめちゃくちゃに掻き回して欲しい!
 だけどもしかしたら、もう二度とそんな機会は来ないのかもしれない。

「あっん、ふっ…あ、ああ、徹……っ!」
 徹のリズムを思い出してバチを動かして……徹がいつも刺激してくれた場所を必死で探り当てて。
 熱く猛る自分のモノを擦りながら、目の裏に徹の姿を浮かべていた。
 逞しい徹の身体。縋りついて汗を擦り付け合い、その背中に爪を立てたい!
 熱い舌で僕の口中も犯して欲しい……!
 どんなに乱暴にされてもいい。痛いくらいに乳首を吸われても、血が滲むほど噛みつかれても、構わない。
「嫌だ、徹っ……僕を捨てないで……っ」
 徹の身体が欲しい。心が、全てが僕だけの物になって欲しい!

 願いが手の動きに乗って、強く激しく中を突き上げる。
「んあ……っ! あ、あああぁっっ!!」
 一番奥までバチが届き、堪えられずに射精してしまった。
「あ…あぁ……徹……」
 何日か分の精液は、大量に吐き出されてじっとりと絨毯を汚していた。
 徹が吐き出したものならば、嬉々として舐め取るのに……
 自分のものなんて、舌先で触れただけで吐き気を催してしまいそうだった。

「あ……ぅっ」
 体内から引き抜いたバチは、僕を嘲笑うかのように呆気なく僕の中から出ていく。
 1人で熱を解消することがこんなに空しいものだったなんて、知らなかった……。
「とおる……徹……っ」
 うなされたように名を呼んでも、彼は戻ってこない。

(電話してみようか。電話だったら、誰にも聞かれることなく彼に本心を聞くことができる)

 そう思って何度も何度も電話に手をかけようとして、勇気が出せないまま受話器が取れないでいる。
 徹の携帯電話の番号はすでに暗記済みで、かけようと思えばいつだってかけられるのに。

 決定的な最後を突きつけられてしまうのが怖くて……今日も僕は受話器を取ることができなかった。


 2人はこれからどうなる?

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