真夏のおでんもオツなもの・本文紹介




「ナツー、客だぞ、出てこい!」
(ナツ?)
 もしかしておやじの娘か? と淡い期待を抱いた俺に、親方は速効夢破れることを言った。
「息子のナツか? まだ家にいたんだな」
「そうさ。こいつがどうしようもなくてな」
 だめなんだよ、と首を振るおやじに、がっかりしかけた俺の心は次の興味にむくりと首をもたげた。
「何がだめなんすか?」
「何って、そりゃ──」
 俺の質問におやじが答えようとしたそのとき、店とその奥の住居空間をわけてあるのれんが持ち上がった。
 気配に気づいてそっちを見ると、そこには一人の青年が立っていて。
 真夏なのに白い長そでシャツをきっちりと着込み、暑さとは無関係っていえるくらいの白い肌をしたそいつは、
「いらっしゃいませ…………」
 霧のような、空気に溶けてしまいそうな声でそう呟くと、足音もさせずにおやじの横に立った。
「おまえは太一の相手してろ」
「…………はい」
 ちょうど目の前に座っていた俺と目が合うと、そいつは眼球だけを動かして俺から視線を外した。
「何にしますか?」
 おでんがぐつぐついってる音より小さい声でそう聞かれ、俺も思わず声をひそめてしまう。
「じゃあ、ちくわぶ」
「はい」
 少し長めの前髪で隠れてしまっているそいつの顔をじろじろと眺めながら、おでんの中で一番の好物であるちくわぶを頼む。……しかし、それにしてもおやじに似てねーな。種が違うんじゃねーか?(ぶっとばされそうだから言わないけど)
「ナツはいくつになったんだ?」
「今年で二十五よ。こんなナリしてっけどな」
(俺と一緒じゃねーか)
「仕事は?」
「それがよ、聞いてくれよ、三郎!」
 おやじはすでに酔っぱらってるのか、涙ぐみながら親方にすがりついた。当の本人はおやじの涙に目もくれず、湯気が立ち上るおでんの鍋を真剣に見つめている。──どうでもいいけど、俺のちくわぶはまだなのか?
「こいつはほんっとにどうしようもなくてな。昔っからの人見知りがいまだに直らねえし、そのせいでせっかく決まった就職の話もパーだ。こうして店手伝ってもらえるのはありがてえが、力仕事はできない、客とも話せないじゃ商売上がったりだ! 安心して後継がせられねえよ!」
「そう言うなって。ナツはおめえの女房に似たんだろ。いい忘れ形見じゃねえか」
「そうだけどもさ、少しは期待しちまうだろ!? このままこの店継いでもらえるかもってよ。だけどこいつに任せたら、半年もしねえうちに潰れちまうよ!!」
 あまりにひどい言い草に、思わず憐れみを込めて息子を見てしまう。だけどやっぱり息子は真剣な顔でおでんの具を突ついてるだけで。
「……おい」
 この熱いのに汗一つかいてないそいつに、俺は思わず声をかけていた。
「ちくわぶはどうなったんだよ。そこにあるだろ?」
 ぐつぐつと他の具と一緒に鍋の中におさまってるちくわぶを指さして言うと、そいつはちらっとだけ俺を見て、すぐに視線を鍋に戻して独り言のように呟いた。
「……まだ」
「──あ?」
「まだ、もう少し煮ないとおいしくない」
「は?」
「…………」
 それ以上は何も言わず、再び具を突つきだしたそいつをぽかんと見てると、おやじが横から口を挟んできた。


本文P6〜P8から


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