限りなく平凡な日常。・本文紹介





 朝八時。日曜日の朝は平日より二時間ほど遅く始まる。

 寝過ごしたとき用にセットしておいた目覚まし時計のアラームを解除し、布団の中の温もりが逃げてしまわないよう気をつけながら這い出した。
 私が抜け出してもなお布団には小高い山が残っている。その山の正体──寝息を立てている青年の姿を確認してから、足音を忍ばせ台所に向かった。

〜〜中略〜〜

 朝食の準備があらかた終わり、まだ寝ているだろう弘平を起こしに行こうかと思っていたとき。
「寛史」
 背後から名前を呼ばれ、今日はモーニングコールは必要なかったかと小さく笑ってしまった。
「おはよう、弘平」
「おう。……顔洗ってくる」
 振り返って仰ぎ見た顔はまだ眠そうだったが、短くそう言うと洗面所に向かったらしく、しばらくすると水音が聞こえてきた。
 弘平は基本的に睡眠時間が短いようで、休日でも二度寝をしたことがない(寝起きが悪いのは低血圧だからかもしれない)。一人暮らしのときは昼まで布団の中で過ごすなんてことが当たり前だった私だが、弘平がこの家に泊まるようになってその悪習が改善されたのは感謝するべきなのかもしれない。
 朝食は台所のテーブルで食べるようにしているため、弘平が戻ってくる間にご飯や味噌汁を盛っておく。日曜でも仕事に行くことが多い弘平も今日は完全に休みで、私も明日から作業を開始するつもりだったため、珍しく時間を気にせず食べることができるからといつもよりおかずの品数を増やしてみた。
 そして、そういう小さな変化に彼は気づいてくれるのだ。
「ん? 今日の朝メシ豪華だな」
 顔を洗ったことで目が覚めたのか、いつものようにシャッキリした表情で戻ってきた弘平は、テーブルに並んだ食事を見て言った。
「うん、今日はゆっくり食べられるから……あ、そうだ。頂き物の塩辛があったんだ。それも食べるかい?」
「ああ、食おうぜ」
 もう一品どうかと聞いた私に弘平は快諾してくれて、ありがたいと思いながら貰ったきり封を開けずに取ってあった塩辛の瓶をテーブルに用意する。
 彼が好き嫌いなくなんでも食べてくれるおかげで、頂き物の食品を無駄に捨てることがなくなって本当に助かっている。私も何でも食べられるほうだが、この年になると一度に食べられる量は限られてしまい、もったいないと思いつつ捨ててしまうことも多かったのだ。
 四人掛けのキッチンテーブルに向かい合って座り、いただきますの挨拶をしてから食事を開始する。
「弘平、今日は何か予定があるかい?」
 仕事は休みだと聞いていたが、休日に済ませて起きたい用事があるときは一人で出掛けることもある。そのため休みが重なったときはその日の予定を聞くようにしているのだが──
「今日はなんもねぇ。あんたは?」
「あ、私も……今日はなんの予定もないよ」
 こんなふうにお互いの予定が空いているのは極稀なことで、なんとなく胸が躍るようだった。
「天気いいみてぇだし、どっか行くか?」
「えっ?」
「家でゴロゴロしてたいならそれでもいいけどな。……布団の中とかよ」
 そう言うと口元に不敵な笑みを浮かべた弘平に、私の頬は一気に熱くなってしまう。直接的なことを言われたわけでもないのに──彼の言葉の真意が簡単に想像できてしまう自分が恥ずかしい。
「せっ、せっかくだからどこかへ行こうか。日用品の買い物にも行きたいと思っていたし……靴や服も見たいかな」
「あー、じゃあ駅前か?」
「そうだね。そうしようか」
 私も弘平も身に着けるものや食べるものに強いこだわりはなく、わざわざ電車に乗ってまで買い物に繰り出すことはない。通常の買い物は近所で済ませてばかりで、在宅の仕事をしている私の行動範囲は本当に狭いものだ。
 仕事でいろいろな現場に行く弘平は、自宅に篭りがちの私のことを機会を作って駅前まで連れ出してくれているのだと思う。『家の中に篭ってばっかりいると、ボケるのも早いぞ』と言われたこともあるから気にしてくれているのだろう。……その発言自体は冗談だと思いたいが。
 急を要する外出でもないため準備ができたら出かけるということにして、久しぶりにゆっくりした朝食の時間を楽しんだ。


日常の一コマ。平和です(笑)。


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