温泉へ行こう!・本文紹介





 同時刻、同じ旅館の別室にて。
 満面笑顔の青年が、自分の鞄をひっくり返して何やら用意していた。
「ねぇ橘さん、シャンプーとリンス使いますか? それとも食後のお風呂で使うから今はいいですか?」
「あー?」
「あっ、浴衣は持っていかないとダメだよな……。いや、部屋から着て行っちゃえばいいのかな? ねぇ、橘さんはどう思いますか?」
「……うるせぇよ、宮森」
 矢継ぎ早にいろいろ聞かれ、短い返事をすることさえ面倒だった橘は、だるそうにそう言って寝返りを打った。ちなみに橘は真新しい畳の上にゴロリと横になっている。……二時間前にこの部屋に到着してからずっとである。
「もー、そろそろ起きましょうよ橘さぁん。大自然に囲まれた露天風呂が俺たちを呼んでますよぉ?」
「お前だけだよ、呼ばれてるのは。俺は寝る前にひとっぷろ浴びられればそれでいいから、とりあえずお前行って来い。行ってどんなすごい風呂だったか報告しろ」
 とにかく動く気のない橘は、片手を上げて『しっしっ』と宮森を追い払うような仕種をした。それを見咎めて声を荒げる宮森。
「ひどいですよ、橘さん!! 俺が一人で風呂に行って、誰かにナンパされるんじゃ……とか考えないんですか!?」
「……こんな山奥の温泉にお前をナンパするような奴が来てるかよ。しかもお前、女じゃなくて男にナンパされると思ってんのか? 有り得ねぇって」
(一応)恋人のはずなのに橘は容赦なくそう言い、宮森の考えなどちゃんちゃらおかしいと鼻で笑う。
 そんな橘の様子に、宮森はさらに声を荒げた。
「わからないですよ!? もともとノーマルの男でも、橘さんに開発された俺の身体を見て欲情する奴がいるかもしれないじゃないですか!!」
「おい、開発って……」
「『キレイな肌だね、触ってもいい?』って声をかけてきて、俺が返事する前に両手で俺の身体を撫で回してるんですよ!? そんなの許せますか!?」
「…………(有り得ねぇからどうでもいいっつーの)」
「ねぇ、だから一緒に行きましょうよぉ。効能たっぷりの湯船に浸かれば、橘さんの疲れもきっとよくなりますってばぁ」
 仮定の話で何を想像したのか。宮森は紅潮した顔でそう言うと、寝転がっていた橘に近づきその腕を軽く引いた。
「それに俺、皆に自慢したいんです。俺の恋人は、年の割にこんなに立派な身体をしてるんだぞーって……」
「……アホか(『年』は余計だ!!)」
「俺だって、久しぶりに橘さんの身体ゆっくり見たいですし……だからわざわざ温泉旅館を予約したんですよ?」
 宮森の主張はもっともで、こちらのカップルも年末に向けて仕事が忙しくなり、最近まともにスキンシップを取っていなかった。
 そのため宮森の欲求不満がつのり、年末間近のこの時期に急遽泊りがけの慰安旅行が敢行されたのだ。
「ねぇ、橘さぁん……」
「──ったく、しょうがねぇな」
 あまりにしつこい宮森に、さすがの橘も折れた(……ただ単に、それ以上宮森の相手をするのが面倒だったから、というのが大きな理由だが)。
 ようやく行く気になり身体を起こした橘に、宮森は心底嬉しそうに笑いながら、
「俺、たっぷり時間かけて橘さんの背中流しますからねっ」
 と、何やら不穏な宣言をしたのだった。


こんな感じでギャグちっくな話になります。


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