朋也・本文紹介




 どれほど時間が経ったのか──数日分の睡眠を貪っていた私を、奇妙な感覚が突然襲った。
『ぎし……ぎしっ』
 どこか遠くでベッドの軋む音が聞こえる。次いで、身体の上にずっしりとした重みが──
(……なんだ?)
 眠りの底から起きようとしない脳をなんとか揺り起こし、重い目蓋をこじ開ける。
「…………?」
 ぼやけた視界の中に今では見慣れた天井と、見慣れない『何か』が飛び込んできた。電気を消しているせいで、それがなんなのかはっきりと確認できなかったが。
「あ、起きちゃった?」
 それは聞き慣れた声を発し、私に顔を近づけてきたようだった。そしてその直後、頬に柔らかい感触が当たって──。
「────!?」
 それが、頬に唇を押し当てられた感触だと気づいたとき、私の意識は完全に覚醒した。
(なんだっ!?)
 伸しかかっていた身体を力の限りに引き離す。それでも至近距離にあった顔をどうにか確認すると、それはあまりに見慣れた顔だった。
「とっ、朋也!?」
「やっほー」
「な、なにしてるんだっ、こんなところでっ!」
 朋也は私の寝間着に手をかけ、ボタンを外し始めていた。自分の寝間着のボタンは、すでに全部外されている。
「朋也!!」
「夜這い」
「えっ!?」
「男、抱く気ない?」
「……だっ!?」
 私の問いに答えるように、短い言葉を返してくる朋也。だが、言っている意味がさっぱりわからない。
「……ふふっ」
 朋也は状況を理解できないでいる私に再び顔を近づけてくる。暗い部屋でも十分その表情がわかるほどに。
 誘うような……妖しい光を宿した瞳が私の瞳を貫く。薄く開かれた唇からは、濡れた舌が見え隠れして──。
 そのときになって、私はようやく気づいたのだった。
(これは──初めて会う人格だ!!)
 今までの三人とは完璧に違う! こんな危険な人格までいたなんてっ!!
「おっ、落ち着け朋也!! 早まったことをするんじゃない!!」
「別に早まってなんかいないよ? 心配しないで、オレ慣れてるから♪」
「慣れてるって……っ!?」
「マグロでいいからさ。とりあえず、コレだけ貸してくれれば」
 そう言って、朋也は私の上に乗ったまま身体をずり下げ、横たわったままだった私の下半身に手を伸ばしてきた。──なんだ!? なんだというんだ!?
「ちょ……ちょっ……!!」
「……おっきそーだね。大丈夫かな、オレ。久しぶりだから──裂けちゃうかも」
「さけっ!?」
 そんな朋也の言葉に、頭の中がさらにパニックになる。朋也はいったい、何をどうしようとしているんだ!?
 狼狽えている私を後目に、朋也はさらに手を動かし今度は私のズボンを脱がせようとしてくる。
 そこまでされて、自分の身に起きようとしていることがようやくわかってきた私は、慌てて朋也の身体を自分の上から退かそうとした。
「きっ、君は新しい『交代人格』だなっ!?」
 上半身を起こした私に朋也は両腕を伸ばしてきて、するっと首に巻きつけてきた。そしてそのままの体勢で、私の耳元で口を開く。
「あなたに会うのは初めてだね。朋也の新しいセンセイ? オレとも仲良くしてよ」
「仲良くって……!」
(それは大歓迎だが、これはちょっと──!!)
 とにかく私の身体から引き剥がそうと力一杯朋也の身体を押し返すと、意外にもすんなりと朋也は離れた。その素直な反応にほっとして、冷静になって話をしようとしたとき──
「むっ……!? んんんっっっ!」
 がばっと何かが襲いかかってきて(確認するまでもなくそれは朋也だったが)、否応なしに唇に何かを押しつけられた。
「!? ──っ!?」
 突然の出来事に息をすることができなくなり、『それ』が唇から少し離れたときに口を大きく開いて呼吸しようとした。──が、それがまずかった。
 朋也は私が息を吸い込んだ瞬間を逃さずに、再び『それ』を押しつけてきたのだ! それまでよりも強い力で!!
(なんだ? なんなんだっ!?)
 この感覚は今までにも何度か経験しているものだ。だが、なぜ今そんなことになるのだ? この部屋には私と、それとどうやら侵入してきたらしい朋也しかいないのに!!
 というのも、先程から私の唇を拘束している『それ』とはずばり朋也の『唇』で────か、考えにくいことであったが、朋也は私にキスしているようなのだ!! そんなことが容易に信じられようか!!
 しかし朋也は私が現状を把握できないでいる間にも、確実に行動を進めていた。
 なんと、開いたままだった私の唇を、さらにすっぽりと覆うようにしてきたのだ! そして次の瞬間には、口の中にぬるりとした感触が入ってきて──私は完全にパニックに陥った。
「むぅっ!? むっ……うーうっ、んんっ」
 それは一つの孤立した生物のように、私の口の中を自由に動き回り、いつしか私を翻弄し始めた。こいつ──かなり慣れてるっっ!!



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